第2話:その名はダムド


 ZAC2105年現在、共和国軍の拠点は中央大陸デルポイの南部域に集中していた。
 首都陥落直後に比べると、拠点の数は三分の一以下に減少し、勢力範囲は確実に狭まっていた。だが、ルイーズルートを経由してもたらされる支援物資の効果もあってか、将兵たちの士気はいささかも衰えてはいなかった。
 その士気を支える共和国軍最大の軍事拠点は、中央大陸南部の地下300メートルに存在した。
 今から約五十年前に惑星Ziを揺るがせた大異変。その際にできたと言われる巨大な地下空洞を利用して、共和国軍は極秘裏のうちに地下基地の建設を進めていた。その存在自体がランクAAの最高機密情報に属するという共和国軍のトップシークレットであり、前線で戦う将兵たちはそうした基地があることを全く知らされていないし、また知りうる手段を持たない。
 それほど厳重な機密管理の下におかれていた地下基地ではあったが、西方大陸戦争の際には殆ど役に立たなかった。あまりにも主戦場から離れすぎていたからだ。
 しかし、首都陥落後に始まったネオゼネバスとの戦争では、最も重要な拠点のひとつとなっていた。というのも、この基地はフロレシオ海と繋がる海底トンネルを有しており、そのためにルイーズルートの終着地点としての機能を果たすことができたからである。
 今、この地下基地の駐機場では、一隻の大型輸送ゾイド――ホエールキングから大量の支援物資が降ろされていた。
 そうした物資の受け渡しを管理する主計部のレイチェル・リッター大尉は、ホエールキングから降りてくる人影の中に、見覚えのある顔を見つけたような気がした。
 目録をめくる手を止めて、目をこらしてみる。と、思いもかけない有名人を見つけて、レイチェルは声を上げそうになってしまった。
 だが、何とか踏みとどまり、もう一度確かめる。
「……間違いない。カール・リヒテン・シュバルツ中佐だわ」
 そう呟いてみてから、
 ――そう言えば、今は昇進して大佐になっていたんだっけ。
 と、思い出す。
 やがて、シュバルツを含む一行は、司令部の担当官によって本部へ案内されていった。
 その後ろ姿を見送ってから、改めて目録に目を戻したレイチェルは、リストの一番最後にある名前に興味を引かれた。

 ――ゴジュラス改

 あまりにも素っ気ない記述。それにかえって好奇心を刺激されたレイチェルは、降ろされた積み荷の中に該当するものがないかと見回してみた。
 が、ゴジュラスに匹敵するようなサイズのコンテナは見あたらない。
「これで、今回の物資は全部なの?」
 部下のヒルトン少尉を呼び止めて、レイチェルは訊いた。
「いいえ。ヤツの腹の中には、まだ大きな荷物が残ってるんです。毎度のことながら、とんでもないペイロードですよ」
 ヒルトンはそう言って、ホエールキングの大きく開かれた口の中を指し示した。
 それにつられて、ホエールキングへ視線を飛ばしたレイチェルは、ちょうどホエールキングの口から姿を覗かせたばかりの巨大な自走式キャリアに目を瞠った。
「何、アレ?」
 と言ってしまってから、ハッと思い当たり、リストに視線を戻した。ページをめくって、最後に記された『ゴジュラス改』の文字を確める。
 確かに、キャリアに載せられた大型ゾイドはゴジュラスに見えた。細かいディテールはオリジナルとは違うようだったが、それが『改』と付記されている理由なのだろう。
 純白の塗装が鮮やかで、目を引いた。
 背中には高機動用のスラスターユニットと大口径砲二門が装備されていることが、かなり離れたこの場所からもはっきりと確認できた。それだけの重武装でありながら、キャリアに仰向けの状態で固定されているものだから、どことなくユーモラスでもあった。レイチェルの口の端にも知らず知らずのうちに笑みが浮かぶ。
 しかし、遠巻きにゴジュラス改が降ろされるのを眺めていたレイチェルは、いつまで経ってもキャリアがジャッキアップされず、ゴジュラスが寝たままであることに気が付いた。
 よく見れば、ホエールキングの乗組員同士で何やら言い争っているようだ。
「何か、トラブルですかね?」
 隣で同じように見物していたヒルトンも、同じことに気付いたらしく、誰に言うともない調子で呟く。
「……そうみたいね」
 と応えたときには、レイチェルは既にキャリアに向けて足を踏み出していた。

「どうしたんですか?」
 レイチェルが訊ねると、ゴジュラス改輸送の担当官だと名乗る人物が申し訳なさそうに頭を掻いた。軍服ではなく、背広を着ているところを見ると、どうやら民間人らしい。
「いや。実はそのぅ、ゴジュラスを載せていたキャリアが故障して、ジャッキアップができなくなりまして……」
「それで、何を揉めていたの?」
「コイツをどうやって所定の位置まで移動させるか、ってことですよ」
 そう応えたのは、先程の担当官ではなく、ホエールキングの乗組員と思しきガイロス軍の下士官だった。軍曹の階級章をつけている。
 ――なるほど。彼が実務担当者か。
 そう理解したレイチェルは、軍曹に顔を向けた。
「どこそこに移動させろ――という指示は受けているんですか」
「ええ。駐機場の端に大型ゾイドの固定台があるでしょう。そこに置いてくれという指示なんですがね」
 そう言って、軍曹はレイチェルの背後を指さした。
 振り返ったレイチェルの目に、地下空洞の壁面に接するように設けられた大型ゾイド専用整備台が飛び込んできた。直線距離で、600メートルはありそうだった。
「キャリアであそこまで持っていっても、ジャッキアップできないんじゃ、コイツを立たせることはできないし。見たところ、ここには総重量300トンを超えるゾイドを持ち上げられるクレーンも無さそうなんでね」
 軍曹はそこまで言ってから、レイチェルに肩をすくめてみせた。
「それなら、私がコレを動かして、あそこまで運べば問題ない?」
 レイチェルが何でもないような口調でそう言うと、軍曹は驚いたように目を丸くした。
「え……。そりゃ、まぁ、問題ないですが……」
「それじゃ、ちょっとキーを貸してもらえる?」
 その言葉に、担当官は一枚のプラスティックカードを取り出した。
「あの、簡単に仰ってますけど、コイツを動かせるんですか?」
 担当官が言外に込めた意味には気付かずに、レイチェルは「一応、ゾイドのパイロットをしていたこともあったから」と応えて、そのカードを受け取った。
 そして、ヒルトンに支援物資リストを押しつけると、レイチェルは横たわるゴジュラス改へと真っ直ぐ歩いて行った。コクピットへよじ登って、そのロックを解除。小気味よい音と共に、部分的に装甲されたキャノピーがゆっくりと開いていく。
 その様子を一瞥して、コクピットに入ろうとしたレイチェルは、キャノピー開閉レバーの脇に書かれた文字に目をとめた。そこには、マーカーか何かの筆記具で手書きされたと思われる『DAMD』の四文字。
「……ダムド?」
 これが、このゴジュラス改の名前なのだろうか。そんなことを思いながら、レイチェルはパイロットシートに腰を落ち着けて、慣れた手つきでシートベルトを締めた。
 キャノピーを閉めながら、コクピット内の真新しい計器類を見渡す。
「うわー。ちょっと見ないうちに、ずいぶん進歩したもんねぇ。操縦桿も握りやすい形になってるじゃない」
 主計部に所属する身では、ゾイドのコクピットに座ることなど滅多とできるものではない。新型の操縦システムにひとしきり感激した後、レイチェルは駆動キーであるプラスティックカードをコンソールパネルに設けられたスリットに挿入した。
 チカチカとランプが瞬いた後、コクピット全体が低い振動に包まれる。

>SYSTEM NORMAL

>STAND BY

 モニターの表示は正常らしい――と確かめたレイチェルは、次なる行動を起こすべく外部スピーカーのスイッチを探った。
「確か、拡声器のスイッチはコクピットシートの脇に付いてたと……」
 そんなことを呟きながら、シートの横を覗き込む。
 視線の先に『LOUDSPEAKER』の表示を見つけて、レイチェルの顔がほころぶ。
「やっぱり、ここだった! 基本的なレイアウトは変わってないのね」
 外部スピーカーのスイッチをオンにすると、レイチェルは士官としての態度でマイクに向き合った。
「レイチェル・リッター大尉だ。システムを起動させた。キャリア側のロックを解除してもらいたい!」
 ややあって、ガシャンという鈍い音がコクピットにも伝わってきた。
 ロック解除の音だ。
「よし、行こうか」
 レイチェルは軽くコントロールスティックを引きながら、ゾイドに呼びかけた。
 コクピットに軽い加速感があって、レイチェルはゴジュラス改が上体を起こしたことを実感した。
 周囲で見守る人々の間から、嘆息が漏れる。
 これだけの重量級大型ゾイドが動いている姿を間近で見る機会は少ない。
 しかし、その事実に一番驚いていたのは、ゴジュラス改に随伴していた担当官だった。
「う、動いた……」
 呆然とゴジュラス改を見上げる横顔に、ホエールキングの乗員たちは訝しげな視線を送ったが、彼がそれに気付くことはなかった。ゴジュラス改が最初の一歩を踏み出すまで、彼は微動だにすることなく、その巨体を見上げていた。
 やがて、ゴジュラス改はキャリアから降り立った。
 コクピットのレイチェルは、目指すべき整備台の方向を確かめると、慎重に足を踏み出させた。
 下方監視モニターに、ゴジュラスの足下から離れていく人々の様子が映る。その様子を一瞥してから、レイチェルは拡声器のマイクを握った。
「作業中の各員へ。今から、ゴジュラス改を整備台へ移動させる。速やかに進路上から退避せよ。踏みつぶされても知らないぞ」
 と、そのとき、腰に付けていた無線機が鳴った。
「はい。リッター大尉です」
『大尉。ヒルトン少尉です。今から私が誘導しますんで、それに付いて来てください』
 その言葉に眼下を見れば、赤い誘導灯を手にしたヒルトンがこちらに向けて手を振っていた。
「了解。助かるわ」
『任せておいてください』
 元気な声が返ってきて、レイチェルは思わず微笑んでしまった。

 それから、およそ10分ほどの時間をかけて、レイチェルはゴジュラス改を慎重に整備台まで移動させ、無事に機体を固定させることに成功した。
 直立したゴジュラス改のコクピットから、殆どワイヤーそのものと言うべき昇降用リフトを使って降りてきたレイチェルに、先程の担当官が駆け寄ってきた。
「これ、返しておくわね」
 レイチェルは駆動キーを担当官に返すと、ヒルトンからリストを受け取り、さっさと自分の業務に戻ろうとした。
「……あの、すみません!」
「何かしら?」
 そう訊き返してきたレイチェルの視線に、呼び止めたはずの担当官は思わずしどろもどろになってしまう。咄嗟に口をついて出た言葉は、彼が本当に言いたいことではなかった。
「あの、その、ゴジュラス改はどうでしたか?」
「そうね。良いゾイドだと思うわ。もっとも、私は現役のゾイド乗りじゃないから、比較論で評価することはできないけどね」
「そうですか……」
 担当官は、安堵と落胆の入り混じった表情を浮かべて立ちつくした。
「……他に用が無いなら、私は通常任務に戻りますので」
 レイチェルはそう言って、踵を返した。
「あ、あの……!」
 再び大声をあげた担当官に、レイチェルは足を止めて振り返った。
「このゴジュラス改は、ダムド……。ゴジュラス・ダムドって言うんです」
「あぁ。コクピットの下に書いてあった文字って、やっぱり名前だったのね」
「はい、そうなんです」
「でも、どうして私にゴジュラスの名前を?」
「それは……、たぶん、あなたがもう一度このゾイドに乗ることになるんじゃないかという気がしたものですから」
 担当官は、自分の本心を隠して、そう応えた。彼の口から言うには、あまりにも重大な事実だと思ったからだ。
「……ふぅん。何か隠してない?」
「い、いえ。その、私の口からは言えることと言えないことがあるもので」
 その返答を聞いたレイチェルは、声を上げて笑っていた。
「――あははっ。とことん正直な人ねぇ。よかったら、あなたの名前を教えてよ」
 その言葉に、担当官の顔がパッと明るくなる。
「私は、スティーブ・アストリア! アルゴ社の製品管理課に所属しております」
「アストリアさんね。私は、レイチェル・リッター大尉。……って、さっきも言ったと思うけど」
「ええ、聞いていました。またお会いすることがありましたら、宜しくお願いしますね。リッター大尉」
「こちらこそ。アストリア担当官」
 二人は互いに握手を交わすと、それぞれの仕事へ戻っていった。


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