第3話:反乱分子


 翌朝、帰途に就いたホエールキングを見送ってからが、レイチェルたちの仕事の本番だった。大量に搬入された支援物資を、リストと付き合わせて最終チェックを行い、各部署へと振り分けていかなくてはならないのだ。
「やはり、消耗品の類は足りませんね」
 レイチェルと共に業務を担当するヒルトン少尉の嘆きが、ある意味で基地全体の心情を代弁していた。
「でも、無いよりはマシって思わないと。こんな孤立した基地なんか、外部からの補給が無くなったら、それこそ一巻の終わりなんだからね」
 そう言って慰めるレイチェル自身も、物資不足を肌で感じている一人だった。
 人手不足という問題もあるが、それは今に始まったことではない。本来、会計業務を専らとする筈の主計部が、補給や兵站まで面倒を見なくてはならないというのが、その良い例だった。
 話を戻すと、物資不足の原因は、支援物資の量ではなく、消費される物資の量にある――というのが、物資の管理を担当するレイチェルたちの見解だった。
「まぁ、それはそうなんですが……。にしても、ここのところ、消耗の度合いがひどくありませんか? 戦闘が激しさを増しているのはわかりますが、戦闘ゾイドの配備数は減少傾向にあり、しかも稼働率は向上する気配が見られないというのに、武器弾薬の消費量は増えている……」
 声を潜めるヒルトンに、レイチェルは無言で頷いた。そして、そっと人差し指を自分の口にあてがう。それ以上喋るなというジェスチャーだ。ヒルトンも心得たもので、それっきり日常会話は途絶えた。


 ようやく物資の最終確認を終えたレイチェルたちが食堂で遅めの昼食を取っていると、一人の男がやってきて、レイチェルに声をかけた。
「すみません。隣、空いてます?」
 その問いかけに、レイチェルとヒルトンは思わず顔を見合わせた。
 もうとっくにランチタイムは終わっていて、食堂はがらがらに空いていた。どこでも好きなところに座り放題なのである。それをわざわざ「隣、空いてます?」とは、何事か?
 二人が返事を寄越さないのを許可と受け止めたのか、彼はレイチェルの右隣に腰を下ろした。
「……あなた、誰?」
「これは失礼しました。私は、リチャード・レーク少尉と申します」
「……レーク少尉? 初めて聞く名前ね」
「まぁ、こちらに赴任して間もないですから」
 と言いつつ、男は持ってきていたコーヒーをすすった。
「……ID、つけてないんですね」
 ヒルトンの至極もっともな指摘に、男は苦笑してみせる。
「いやぁ、ははは。ID、なくしちゃいましてね」
「そんな下手くそな言い訳が通用すると思ってるわけ? IDなしでは、ここでコーヒー一杯飲むことすら出来やしないわ。……あなた、本当に『リチャード・レーク少尉』なの?」
 レイチェルの問いに、男は満足げな表情を浮かべた。
「噂通り、切れる方ですね……。ご推察の通り、私は少尉ではありません。情報部のレオナルド・ダイソン大尉です。以後、お見知りおきを」
「……それで、情報部の士官が、私たちに何かご用でも?」
「実は、お二人に是非ともご協力頂きたいことがありましてね。最近、増加しつつある武器弾薬の消費量についての話なんですが」
「そんな話をここで……」と言いかけたヒルトンは、食堂に自分たち以外には誰もいないことに初めて気が付いた。
「この食堂は、今は清掃中なので、立入禁止にしてあります」
 そう言って、ダイソンは快活に笑った。
「じゃ、お仕事の話を聞かせてもらえるかしら?」
「はい。単刀直入に申しますと、この基地の人間がネオゼネバスに物資を横流ししております」
「何それ?!」
「驚かれるのも無理はありませんが、事実です。我々は、幾度もの調査を重ね、ようやく容疑者を特定するに至りました。そこで、その容疑者を逮捕するために、あなた方にご協力をお願いしたいのです」
「そんなことなら、情報部だけでやればいいんじゃないの? 私たちにできることがあるとも思えないけど」
「大尉の仰ることは、ごもっともです。しかし、我々も万能ではない。この基地の全てを掌握しているわけではありません。こうやって、偽のIDカードを用意することはできますが、それを使えば何処へでも立ち入れるというわけにはいかないんです。食堂でコーヒーを飲むことはできてもね」
「……どういうこと?」
「これをご覧ください」
 そう言って、ダイソンは懐から一枚の写真を取りだした。そこに写っている人物に、レイチェルとヒルトンは思わず息を呑んだ。
「これは、部長じゃないですか!?」
 ヒルトンの言ったとおりだった。写真に写っている人物は、レイチェルやヒルトンの上司である主計部長――ロジャー・クーリガー中佐だった。
「彼こそが、我々が特定した容疑者です」
 唖然とする二人に、ダイソンはそう言い放った。
「お二人ならご承知でしょうが、主計部権限でなくては立ち入れない場所というのが、基地内に何ヶ所かあります。そこが、横流しの現場になっているであろうと思われるのですが、私たちにはそこに入る権限がない。情報部のエージェントを、主計部要員として派遣することもやってみたのですが、彼は勘が良くて……」
「……この間、着任後すぐに配転になった新人のこと?」
「そうです。ターゲットが部内の人事権を握っているので、情報部の人間を潜り込ませることがなかなか難しい」
「そこで、私たちに容疑者逮捕の手引きをしろ、と?」
「その通りです。我々は是非とも犯行の現場を押さえたい」
「確かに現行犯逮捕なら、色々と手間も省けるわね」
「そこまでご理解いただけているなら、話は早い。ご協力いただけますね?」
「……まるで、私たちに拒否する権利があるような言い草ね」
「私は、お二人が賢明な判断をくだされるものと信じておりますので」
 ぬけぬけと言ってのけるダイソンに、レイチェルとヒルトンは顔を見合わせ、そして共に苦笑した。
「了解です。共和国軍人として、捜査に協力致します」
「私もです」
 レイチェルとヒルトンの真摯な視線を受け止めて、ダイソンはやや崩れた敬礼をした。
「ご協力感謝します」

 共和国軍デルポイ地下基地の主計部長を務めるクーリガー中佐は、用心深く辺りを見回してから、昇降機に乗り込んだ。行き先階ボタンを押すと、扉が閉まり、ゆっくりとした調子で下降をはじめる。
 動き出した昇降機の中で、クーリガーはようやく緊張を解いた。
 だが、本当に気が抜けないのはこれからだと思い直し、再び表情を引き締める。
 やがて鈍いショックと共に、昇降機が停止した。無機的な電子音を伴って扉が開くと、そこは資材集積場だった。
 資材集積場は地下基地の最下層に設けられており、そこには最終チェックを経た物資が全て集められていた。
 整然と積み上げられた大小様々なコンテナの間を、クーリガーは慎重な足取りで歩いていく。しばらくして、クーリガーはひとつのコンテナの前で足を止めた。
 クーリガーは、コンテナの扉の脇に付けられた蓋を開いて、慣れた手つきで中の操作盤を叩いた。液晶ディスプレイに内容物情報を呼び出し、中身を確かめるためだ。程なくして、クーリガーの要求した情報が表示された。

>エネルギー・カートリッジ
>数量:120

 それは、ヘリック共和国およびネオゼネバス帝国の双方で使用されている、ビーム砲用のエネルギー供給装置で、いわばビーム砲の弾倉とも言うべきものであった。
 実弾兵器が廃れ、急速にエネルギー兵器の普及が進んだ要因のひとつに、こうした簡易式エネルギー供給装置の実用化があった。かつては、光学兵器やエネルギー兵器といえば、高出力のゾイドコアを有しているか、補機として専用ジェネレーターを搭載する余裕のある機体にのみ許されていた贅沢装備だった。それが、このエネルギー・カートリッジの開発により、小型クラスのゾイドにも装備可能な標準兵装としての地位を確立するに至ったのである。

 コンテナの中身が自分の求めるものであることを確かめると、クーリガーはもう一度慎重に周囲を警戒した。今から彼がしようとしていることを思えば、どれだけ警戒しても充分とは言えない気がしたが、かといってずっと警戒し続けるわけにもいかない。
 クーリガーは、腰に付けていた携帯端末を取り出すと、幾つものコマンドを打ち込んだ。
 すると、目の前のコンテナがモーターの駆動音を響かせながら、ゆっくりと動き始めた。少ない人員で物流の効率化を図るために開発された自走式コンテナが、この地下基地では使用されていたのである。
 コンテナは、軽快なメロディを奏でながら、亀が歩くような速度で資材集積場を移動していく。
 ――この音さえなければ、最高なんだがな。
 思わず苦々しい表情になりながら、クーリガーはコンテナの後を付いていく。
 五分ほどの時間を費やして、ようやくコンテナは地上へ向かう物資搬送用昇降機の前で停止した。
 クーリガーは、現在は使われていない昇降機の操作パネルの蓋を開いて、テンキーを叩いた。ロックを解除するためのパスワードを手早く入力してから、上昇ボタンを押す。少し遅れて反応があり、低く軋むような音と共に鉄扉が開いていく。
 その様子を確認し、コンテナを昇降機に載せようと、操作パネルの傍から離れたクーリガーへ、不意に声が掛けられた。
「こんなところで何をなさっているんですか、部長?」
 ドキリとして振り返ると、そこにはレイチェルとヒルトンが立っていた。
「リッター大尉……。それに、ヒルトン少尉も。こんなところで、何をやっとるのかね?」
「それは、私たちの台詞です」
 レイチェルはぴしゃりと言って、クーリガーを見据えた。
「質問にお答え下さい。それとも、私たちには言えないようなことをなさっているのですか?」
「失敬な! それが上官に対する口の利き方かね?」
「もう一度お訊ねします。こんなところで何をなさっているんですか?」
「その質問に答える必要はない」
「そうでしょうか?」
「無論だ!」
「では、なぜ使用が禁止されている昇降機のロックを解除されたのですか? この昇降機は、民家に偽装した地上搬出口へ繋がっていたものでしたよね。その搬出口は既に破棄され、完全に使用不能になっていたと伺っていたのですが」
「…………」
「それに、搬出口に偽装された民家がある集落は、既にネオゼネバスの勢力圏に入っていた筈ですが……」
「…………」
「納得の行く説明を、お聞かせ願いますか?」
「君たちに答える必要はない。ここで何をしていようと、私の勝手だろう」
 吐き捨てるように言って、クーリガーはレイチェルたちに背を向けた。
「中佐の勝手、ですか……」
「そうだ。わかったなら、すぐにここを出ていきたまえ」
「中佐に、そのような指図を受けるいわれはありません」
「……どういう意味だ?」
 怪訝な顔で振り返ったクーリガーに、レイチェルは失望と軽蔑と同情の入り混じった眼差しを向けていた。
「今までお世話になりました。中佐」
 その言葉を待っていたかのように、重い軍靴の音が響いた。周囲のコンテナの影から、一個分隊の武装兵が現れたのだ。
 兵士たちは手にしたサブマシンガンの銃口をクーリガーの胸へ向けると、徐々にその包囲の輪を狭めていく。
「こ、これは何の真似だ?!」
「武器を捨て、両手を頭の上にあげろ」
 兵士の一人が、クーリガーに命令した。従わなければ射殺する――という意味が言外に滲んでいた。
 クーリガーは、ただ言われるがままに、腰の軍用オートマチックを床に放り投げ、両手を高くあげた。その顔面からは、完全に血の気が引いていた。
「ご苦労だった」
 そんな労いの言葉を口にしながら、兵士たちの背後から一人の男が姿を見せた。
 一昨日、レイチェルとヒルトンが食堂で会った男だった。
「共和国軍情報部調査二課のレオナルド・ダイソン大尉だ」
 その簡潔すぎる自己紹介で、クーリガーは全てを理解した。
「ロジャー・クーリガー中佐。服務規程違反、その他の容疑で貴官を逮捕する」
 口調は冷静で抑制が利いていたが、その一方で有無を言わせぬ強さをも伴っていた。
「……いつから、気が付いていた?」
 兵士たちに拘束されながら、クーリガーは絞り出すような口調で、そう訊ねた。
「半年前からだ」
 素っ気なく応えてから、ダイソンは何かを思い出したかのように顔を上げた。
「あぁ、それから、黙秘などという姑息な真似は止めた方がいい」
「拷問をするつもりか?」
「まさか。我々は、そんな非効率的なことはしない。……脳波制御システムは知っているだろう?」
「……開発途中に、幾人ものテストパイロットが病院送りになった、アレか?」
「そう。そのアレだ。それの応用で、人間の思考を読みとる装置ができたのさ。もっとも、開発途上の脳波制御装置を流用しているから、一度使うと被験者の脳が破壊されるという危険極まりない代物だがね。しかし、性能は抜群。欲しい情報は何でも手に入る。だから、口を割らない頑固な容疑者には、それを使うことにしているんだ」
 それを聞いたクーリガーの表情が険しくなる。
「馬鹿な。犯罪者にも人権はあるのだぞ!」
「それは民間人の話だ。我々は、そういう甘ったれたロジックで動いていない。そのことは、貴官とて承知の筈だ」
「…………」
「それに、知っていることを素直に喋ってくれれば、何も問題はない。……その結果として、軍事法廷でどういう判決が下されるかまでは責任を持てないがね」
「くそっ、覚えていろよ。いつか必ず、ゼネバスの正統なる後継者が貴様たちに正義の鉄槌を下す日が来る!」
 そう叫ぶクーリガーから顔を背け、ダイソンは静かに命令した。
「……連れて行け」
 重い足音と共に、クーリガーの姿は消えた。

 翌日。ロジャー・クーリガー元陸軍中佐は略式軍事裁判にかけられ、死刑宣告を受けた。容疑は、服務規程違反、業務上横領、利敵行為、叛乱幇助罪、その他であった。

(つづく)


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