パワードイグアンの右腕の突端――クラッシャーバイスがケイローン・ツヴァイの胸部に突き刺さらんとする刹那、凄まじい空中放電が起こった。
  「また!?」
   エヴァが叫ぶ。
   しかし、パワードイグアンの爆発的な推力が生み出した慣性は、ツヴァイのエネルギーシールドによって易々と相殺されたりはしなかった。少しずつ、徐々にではあるが、ツヴァイへ向けて食い込んでゆく。
   それは、あたかもエヴァの意思が実体化したかのようにも見えた。強烈な運動エネルギーが、強固なエネルギーシールドに穴を穿とうとしていたのだから。
   だが、その微かな希望も一瞬で掻き消えることになる。
   パワードイグアンのスラスターが保たなかったのだ。
   設計時の想定限界を遥かに上回る高い燃焼温度にエンジンの構造材が耐え切れずに溶融。解き放たれた膨大な熱エネルギーがプロペラントタンク内の推進剤をそそのかして、大爆発を招いた。その結果として、激しい衝撃がパワードイグアンを、そして搭乗するエヴァを襲った。
  「……くッ」
   エヴァは歯を食いしばり、転倒のショックに備える。
   そうする以外に、やることが無かった。
   この期に及んでも至って冷静な自分に気づいて、エヴァは操縦桿を握る手に力を込める。
   ――そうだ。まだ、終わった訳じゃない!
   エヴァは咄嗟に機体を捻り、着地に伴うダメージを最小にするようにした。
   そして、すぐさまイグアンを転がす。
   案の定というか、エヴァの予想通りに、ツヴァイの一撃が新しい窪地を作り出す。もし、あのまま寝転がっていたら、間違いなくやられていたところだ。
   エヴァがイグアンを立ち上がらせても、ツヴァイはすぐに襲おうとはしなかった。満身創痍のイグアンが、どう出るか。それを窺っているのだ。
  「嫌なヤツ……」
   そんな台詞が、エヴァの口をついて出る。
   どうやって反撃するか、エヴァはそれだけを必死で考えた。幾つかの方法を思いついたが、そのどれも決定的な効果をもたらすとは思えなかった。機動力も火力も無い今の状態では、特攻すらできない。それは認めざるを得ない事実だった。
   と、そのとき、エヴァの耳に聞きなれた声が飛び込んできた。
  「ヘックラー中尉、後退してくださいッ!」
  「ウーデット中尉!?」
   その声に、エヴァが目を瞠った瞬間、目前のケイローン・ツヴァイが吹き飛んだ。
  「!!」
   いったい何が起きたのかと、よくよく目を凝らしてみれば、そこには試作ゾイドのケイローンの姿があった。その斜め後方に視線を移せば、砂塵にまみれたケイローン・ツヴァイが無様に横腹を晒している。
   ケイローンがツヴァイに高速で当て身を食らわせたのだ、ということはすぐにわかったが、それまでの苦戦を思い返すと、あまりにも現実離れした光景のように思えてならなかった。
  「中尉、なぜケイローンで? いえ、それよりも、そのゾイドをコントロールできるの!?」
  「詳しい話は後です、ヘックラー中尉。この場は私とケイローンに任せて、中尉は後退してください」
   ウーデットは毅然とした口調で、そう告げた。
   ざらつく通信用モニター越しに見るウーデットの顔は、並々ならぬ決意に満ちていた。
   エヴァは口にしかけた言葉を呑み込む。
  「了解。だけど、無理はしないようにね」
  「ええ、わかっています」
   と、ウーデットは応えた。
   だが、ある程度の無理はしなくてはならないだろう、という覚悟は出来ていた。
   ぼろぼろになった体を引き摺りながら戦場から撤退していくパワードイグアンの姿を視界の端で見送ってから、ウーデットは正面のモニターへと視点を移す。
   そこには、砂煙の中から立ち上がろうとするケイローン・ツヴァイの映像が映し出されていた。
  「お前に恨みは無いが、これも任務だ。悪く思うな!」
   ウーデットはケイローンを鋭く加速させ、再び体当たりを食らわせる。体勢を崩したツヴァイの片翼を素早い挙動でもぎ取ると、それを無造作に投げ捨てた。
オオオオオオオォォォォォォ!!
 苦悶の叫びをあげながら、ツヴァイが身を捩った。
   デタラメに暴れつつ、ケイローンに突っ込んでくるが、既に形勢は逆転した後だった。
   ウーデットは冷静な機体操作で、直線的な動きのツヴァイを軽くいなし、地面に倒す。
   ツヴァイも集束電磁ビームで反撃を試みるが、片一方のマグネッサーウィングを失った状態では、充分なエネルギーを制御することができない。そればかりか、過負荷のかかった残りの翼が高温に耐え切れずに溶け始めた。
   程なくして、ツヴァイのマグネッサーウィングは完全に失われた。溜め込まれていた電磁エネルギーは虚空に拡散し、短時間のうちに雲散霧消していった。
  「割と、呆気なかったな」
   ウーデットは、コクピットで独りごちた。
   慎重な足取りでケイローン・ツヴァイに歩み寄り、その首の後ろにあるという自爆装置の起爆スイッチを確かめる。
   ロイエンタールが言った通り、頭部の付け根にあたる部位に、丸いマンホールのようなディテールを見て取ることができた。
  「なるほど。あれか」
   ウーデットは、ケイローンを更にツヴァイに近づけると、その上半身を腕で抱き起こすようにした。
   そのとき、予期せぬ出来事が起きた。
   ツヴァイがケイローンに噛み付いてきたのだ。
  「なッ! まだ動けるのか!?」
   不用意だったと気づいても、後の祭りだった。
   ツヴァイは、何処にそんな力が残っていたのだろうと思うほど、ありったけの力を振り絞って、ケイローンに対する最後の反撃をしてきたのだ。ケイローンにとっては、ちょうど左腕と胴体との接合部に食いつかれた形になり、そこから鮮血代わりの青白いスパークが飛び散った。
  「この死にぞこないがッ!」
   ウーデットは激昂した。
   ふと見ると、すぐ目の前にケイローン・ツヴァイの起爆装置が見えた。
  「二度と化けて出るんじゃねぇッ!!」
   ウーデットは絶叫し、ケイローンの右腕が起爆装置に叩きつけられた。
   何かが弾けるような音がして、ツヴァイの自爆装置が起動した。全身の爆破まで、残り10秒。一刻も早く、この場を離脱しなくてはならない。
   だが、ケイローンの肩に食らい込んだツヴァイの顎が外れない。
   ケイローンのコクピットには、もちろん緊急用の射出座席が組み込んである。しかし、ウーデットはそれを使う気にはなれなかった。折角、心を通わせることのできたゾイドを見捨てて、自分だけ逃げることなどできるものか――と思った。
   両腕でツヴァイの首を掴み、何とか引き剥がそうとするのだが、これがなかなか思い通りに行かない。
   そうこうしている間にも、残り時間は刻々と減っていく。コクピットのサブモニターに映る数字は、既に「6」になっていた。そして、それは次の瞬間には「5」に変わる。
  「くそ。往生際が悪いヤツだっ」
   ウーデットがそう吐き捨て、操縦桿にかけた力を更に強めようとしたときだった。
   突如として、コクピットの照明が非常灯に切り替わり、モニターに短い文字列が浮かんだ。
>EJECT START
「!?」
   ウーデットが、その意味に気づいたときには、もう遅かった。
   頭上の装甲ハッチが飛散したコンマ数秒後には、ウーデットの体は座っていたシートごと空中にあった。
