第13話:DRY WIND


 ロケットモーターによる短い加速が終わり、体を押さえつけていたGが緩慢になるのが待ちきれない様子で、ウーデットは自分の足の下を覗き込んだ。
 ケイローン・ツヴァイの自爆装置は、設計通りの働きをやってのけていた。機体各所の成型炸薬ボルトが同期されたタイミングで起爆し、ツヴァイの体躯をこれ以上ない酷薄さで打ち砕いたのだ。
 だが、それだけで終わりではなかった。各炸薬ボルトによって生み出されたエネルギーの奔流は、ツヴァイの構造を破壊するだけでは充分に消費し尽くされず、その余力が暴走していたゾイドコアを直撃したのだ。それに伴い、莫大な余剰エネルギーが解放された。その光芒に呑み込まれるようにして、ケイローンの姿が視界から消えるのを、ウーデットは確かに見た。
「う、嘘だろ……」
 呆然として、ウーデットは呟いた。
 眼下で繰り広げられている光景が信じられないといった風に、ウーデットは首を振った。
 つい今しがた、ほんの数秒前まで共に戦っていたゾイドの最期を空の高みから見下ろさなくてはならないとは、何と皮肉なことだろうか。それが、精一杯の努力に対する報いであるとしたら、どれだけ神は無慈悲な存在なのだろう――と、ウーデットは思った。

 ――2時間後。
 擱座寸前のパワードイグアンを荷台に載せたグスタフ――ベルゲ03が現場に到着したとき、ウーデットは2体分の試作ゾイドの残骸の前で、まだ立ち尽くしていた。
「中尉、無事で何よりだ」
 アイスバッハが声をかけても、ウーデットは応えようとはしなかった。
 いったい何が起きたのかは、エヴァやアイスバッハ達にも、大まかではあるけれども想像がついた。
 というより、他に説明のしようがない状況だった。
 ――ウーデット中尉には、酷だったろうな。
 アイスバッハは、そう察した。
 そのまま真っ直ぐ歩いていき、アイスバッハはウーデットに並んだ。
「中尉」
 と、アイスバッハが声をかける。
「悔しいか?」
 一瞬の沈黙の後で、ウーデットはゆっくりと口を開いた。
「悔しいです、司令。ケイローンが死んだのに、自分は生きている。ケイローンは、最後に自分をコクピットから放り出した。一緒に戦おうとし、実際に戦っていた自分を。どうしてなんでしょう……」
「おそらく、君を助けるためだ」
「自分を?」
「そうだ。性格の真っ直ぐな君のことだ。最後までケイローンと共に戦い、そして帰還するつもりだったのだろう。だが、ケイローンは自分が助からないと知り、せめて君だけでも生きて欲しいと願ったのだ。私は、そう思う」
「…………」
「悔しい、という君の気持ちは――その何分の一かに過ぎないだろうけども――私にもわかる。だけれども、それ以上に、今はケイローンに感謝すべきだと思うよ。ゾイドが、パイロットのことを、身を呈して守ってくれるなんて、当たり前のように考えちゃいけない。私は、指揮官としてこの戦争に参加して、多くのパイロットが自らの愛機と共に散っていくのを見聞きしてきた。中尉のような例は、とても稀有なことだよ」
「……そうか。そうなんですか」
「そうだ」
「自分は、もしかしたら、あの時、死ぬ気でいたのかもしれない。けど、ケイローンは、そんな自分を引き止めて、生きろって言っていたんだ……。そうなんですね?」
 だが、アイスバッハは何も言わなかった。
 あとはウーデット自身の問題だ、と思った。今は、そこまで辿り着ければ、充分だ。体験から学ぶ――自分で考え、その意味を理解する。そうすることで、ウーデットはテストパイロットとして、また人間として、ひとつ成長するだろう。自分のような年長者が、横合いから偉そうにとやかく言う必要はないのだ。
「行くぞ。皆を待たせているからな」
 そう言って、アイスバッハは踵を返した。
「了解」
 ウーデットはアイスバッハの後を追って、ベルゲ03へと向かった。
 浅い角度で入射する夕暮れ時の太陽光線が、長い影を地面に投げかけている。
 それにつられるように、ウーデットは背後を振り返った。
 そこには、ケイローンとケイローン・ツヴァイの残骸があった。それらは全く原形をとどめておらず、何の説明も無ければ、素性を窺い知ることすらできないだろう。そう思うと、ウーデットの心は痛んだ。
 夕日に照らされて、残骸のひとつひとつが柔らかな光を帯びる。その金属の欠片たちは、土中のバクテリアによって強力に分解され、やがて土に還るだろう。そして、いつの日にか、他のゾイドを構成する金属分子として、再び新しい命を得るのだ。
「いつまで、そこに突っ立っているつもりだ、中尉! 置いて行くぞ!」
 アイスバッハが大声でウーデットを呼んだ。
「すみません。今、行きます!」
 そう叫んで、ウーデットは駆け出す。
 乾いた風が頬を撫でる。
 いつもなら何気なく見逃してしまうような、その微かな感覚が今はとても心地よいものに思われた。
 この先、戦争がどれだけ続くかなんてことも、ワルキューレ隊がどうなってしまうのかということも、明確なことは誰にもわからないだろう。だけど、ケイローンに助けられた、この命を無駄にすることなく、生き抜いていこう――。
 ウーデットは、そう決意して、ベルゲ03の荷台に飛び乗った。

■ ■ ■ ■ ■

 ……この戦闘から一週間後、「ケイローン」および「ケイローン・ツヴァイ」に関する記述はガイロス帝国軍の公式記録から抹消され、あらゆる資料が破棄された。
 この「事件」において、常に中心的役割を果たしたと考えられる帝国軍参謀本部直轄の第1実験ゾイド中隊――通称「ワルキューレ隊」も極秘裏のうちに解散され、初めからそのような部隊は存在していないことにされた。
 隊員達は、帝国主力部隊の西方大陸からの撤退を援護するという名目で、最前線の部隊に配置転換され、否応無く激戦の渦中に身を投じていったとされている。だが、その消息については正確なことがわからない。
 というのも、帝国軍主力部隊のニクシー基地からの撤退に伴う混乱により、西方大陸派遣軍の将兵の消息を記した資料が散逸し、未帰還の将兵の殆どが戦死扱いとされたからである。しかし、その中には共和国軍の捕虜となった者や行方不明者が多数含まれており、当時の発表内容が全く信用できないことは明白なのだ。私の同業であるジャーナリストの中には、帝国軍上層部が何らかの機密を隠蔽するために、意図的に将兵の資料を隠滅したのではないかと主張するものもいるくらいだ。
 私には、そうした見解を否定することも、肯定することもできない。
 しかし、そうした事態が起きたとしてもおかしくない程に、当時の帝国軍内が混乱していたのは事実と見てよいだろう。実際、帝国軍人たちが戦場で命をかけていたときに、後方の暗黒大陸ニクスでは様々な政治的策謀が渦巻いていたのである。
 多くの犠牲者を生み出した西方大陸戦線が、ある特定の個人およびその周辺勢力によって計画された大掛かりな陰謀の、ほんの第一段階に過ぎないことが知れるまで、残された時間は僅かであった……。

<リヒター・フォン・バウム『帝国の落日』より抜粋>


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