第10話:PINCH


 濃緑色の単眼を鈍く光らせるケイローン・ツヴァイの姿は、それだけで他を圧する異様な迫力に満ちていた。その様子には、戦士としての場数を踏んでいるエヴァですら、少なからぬ戦慄を覚えたほどであった。
 身構えるエヴァとパワードイグアンの眼前で、ケイローン・ツヴァイはマグネッサーウィングを広げはじめた。
 そのフレームだけで構成された翼は、通常ならばツヴァイの体躯を少しだけ地面から浮揚させるという役割を負うのみである。しかし、今まさに展開されつつある状況は、明らかに、その通常の状況とは違っていた。青白いスパークがフレーム表面を無数の蛇のように走り回り、翼全体が淡い紫色に発光しているのが、そのなによりの証拠である。
「これは、ホントにヤバそうね……」
 エヴァの口から、そんな呟きがこぼれる。
 次の瞬間、激しい閃光がイグアンを襲った。

 その閃光の正体は、マグネッサーシステムを通じて放散される電磁エネルギーを集束したビームだった。
 無論、マグネッサーシステム自体には、武器として転用できるような仕掛けは組み込まれていない。だが、それはあくまでも設計時に想定された使い方をする、という前提での話である。翼面から放電現象を起こすような状態が、その「設計時に想定された使い方」であろうはずが無い。
 マグネッサーシステムとは、電磁気力を利用してゾイドに高機動力を与えるシステムの総称である。そのため、稼動状態のマグネッサーシステムが周囲の大気を電離させ、発光現象を伴うことは広く知られている事実だが、それでも放電を伴うことは無い。
 もし、そういうことが起こるとしたら、それはマグネッサーシステムへのエネルギーの過剰供給しか考えられない。そして、ケイローン・ツヴァイの身に起きたのは、まさしくそのエネルギー過剰供給であった。
 つまり、暴走状態のゾイドコアから生み出された莫大なエネルギーがはけ口を求めてマグネッサーウィングへと殺到した結果として、前述の放電現象が起こり、そして集束電磁波によるビーム攻撃へと至ったのである。

 間一髪で最初の一撃を躱したエヴァであったが、続けざまに放たれる集束電磁ビームの雨の中で、攻勢に転じる機を失っていた。
 ビームが幾度となくパワードイグアンの脇を掠め、背後の地面を溶融させる。一瞬でも気を抜けば、間違いなく終わりだ。
「ったく、冗談じゃないわ……」
 コクピットの中で、エヴァはそう毒づいた。
 攻撃を回避するだけで精一杯という状況ではあったが、それでもエヴァは反撃に転じることを諦めてはいなかった。ツヴァイの間断ない攻撃に晒されながらも、一矢報いる機会を虎視眈々と狙っていた。
 しかし、ツヴァイの攻撃は熾烈を極め、エヴァとイグアンにはなかなか好機が訪れなかった。
 そうして、どれほどの時間が経っただろうか。足元に転がる岩を避けようとしたツヴァイの挙動に、ほんの一瞬だけ空白が生まれた。
 その刹那のタイミングを逃すことなく、エヴァはインパクトカノンのトリガーを引き絞った。
 間違いなく、一瞬の隙を突いたはずだった。
 だが、吐き出された弾丸はツヴァイを目前にして目に見えない障壁に阻まれ、着弾すらしない。
 それと同時に細波のような波紋が中空に広がり、青白い電光がそれに伴う。
「まさか、エネルギー・シールド!?」
 エヴァが驚愕したのも無理はない。弾丸を阻んだ際に生じた発光パターンは、エネルギー・シールドのそれに酷似していたのだから。
 ケイローン・ツヴァイの仕様書のどこを探しても、そのような記述を見つけることはできないが、強力な電磁場を作り出すことができれば、電磁エネルギーを集束してビームとして撃ち出せるし、それを反転することで防御兵器として用いることも可能となる。
 そのことにエヴァは気づいて、薄い唇を噛んだ。
 だが、今は戦闘中だ。悔しさに浸る暇さえ無い。エヴァが臍を噛む間にも、ツヴァイは着実に攻撃態勢に移っている。ツヴァイの単眼が冷たい光を宿すのを、エヴァは確かに見た。そして、再び電磁ビームが放たれる。
 その鋭い攻撃を紙一重で躱したと思ったエヴァを、鈍い衝撃が襲った。
 何が起きたのか、と周囲を見回すエヴァの耳に、甲高く、そして耳障りなアラート音が鳴り響いた。
 慌ててエバリューションモニターを覗き込んだエヴァは、そこに表示されているメッセージに目を疑った。

>WARNING
>LEFT ARM VANISHED

「何ですって!?」
 知らず知らずのうちに、そんな言葉が口をついて出る。
 エヴァは、パワードイグアンの自己診断システムが故障したのかと、一瞬ではあるが、本気で考えた。
 しかし、その考えが幻想に過ぎないことを彼女が確認するまでに、さほど時間を必要とはしなかった。
 念のためにと左方監視モニターを一瞥したエヴァは、そこに在るべき左腕が無いことを認め、愕然とした。その光景を目の当たりにして、エヴァは背中に冷や水を浴びせ掛けられたような気分に陥っていた。

 結論から言えば、ケイローン・ツヴァイの集束電磁ビームがパワードイグアンの左腕を直撃し、その膨大な熱エネルギーによって跡形も無く消滅させた、ということである。
 とは言うものの、決してエヴァが油断していたわけでもなければ、機体の操作が遅れたわけでもない。だが、エヴァが駆っていたパワードイグアンは、ツヴァイを中心に広がる強力な電磁場の影響から逃れることができなかった。
 戦闘用ゾイドであるイグアンの電装品には、当然ながら、強固な電磁プロテクトが施されている。しかし、それは工場からロールアウトされた時点での話である。パワードイグアンは、新型兵装のテストベッドとして運用することを第一に考えて、幾度もの改修を受けている機体だ。そのため、数次に及ぶ改修の際に追加されたバイパス回路や制御系チップ、補助伝導系などには充分なプロテクトが施されていなかった。そもそも実戦を想定した機体ではなかったことから、そうした処理は不要だと考えられていたし、そうでなくともワルキューレ隊の基地には充分な処理を施すための設備も余裕も無かった。
 模擬戦闘の仮想敵機を務めているだけなら何の問題も無いが、このように強力な電磁場に晒されれば、剥き出しとは言わないまでも、申し訳程度のカバーで覆われただけの電装品は瞬く間に電磁波の干渉を受ける。そうなれば、自ずと機体のポテンシャルは低下する。
 無論、そうした影響は、例えば0.1秒にも満たない、ごくごく軽微な反応時間の遅延としてしか表れてこないものだ。しかし、戦闘という、一瞬一瞬の判断が生死を分かつような状況では、そうした百分の一秒、千分の一秒といったレベルの反応の遅れが軽視できない結果をもたらす。ましてや、影響が及ぶのは一ヶ所ではないのだ。小さな遅延の積み重ねが、取り返しのつかない事態を呼び込むことにもなるのである。
 これが、もしクリアキャノピーを採用したコクピットであれば――パイロットが外部を直接目視できるため――センサー系の遅延は大した問題にはならなかったかもしれない。だが、全てをセンサーからの情報に依存する密閉式コクピットでは、その影響が甚大となることは、もはや論ずるまでもないだろう。望むと望まざるとにかかわらず、パイロットは――自らの感覚ではなく――ゾイドのセンサーに頼らなくてはならないのだから。

 エヴァは、ノイズのちらつくモニターを睨みつけながら、
 ――限界が近いな……。
 と思わずにはいられなかった。
 パワードイグアンとケイローン・ツヴァイでは、あまりにも差がありすぎる。これは認めざるを得ない事実であった。
 唯一の火器であった連装インパクトカノンも左腕と共に失われた。このままの状況が続けば、やがて絶対的なパワーの差で押し切られてしまうであろうことは、明白だ。
 かといって、逃げ出すわけにもいかない。
 たとえ勝ち目が殆ど無くても、この場に踏みとどまって戦い続けることが、今のエヴァに期待されている役割であり、果たすべき任務なのだ。
 ――逃げ切れないのなら、向かっていくしかないか……。
 ツヴァイの放つビームに追い立てられるようにイグアンを走らせながら、エヴァは静かに覚悟を決めた。


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