第9話:BATTLE


 ウーデットが基地を出撃したころ、先行していたハンテルマンのヘルキャット改は、ケイローン・ツヴァイの姿を捉えていた。
 既に平坦な荒野は途切れて久しく、周囲にはゴツゴツとした岩場が続いていた。その足場の悪さをものともせずに突き進むケイローン・ツヴァイを追いかけていたハンテルマンは、いつ見失うかと冷や冷やしていたが、その心配は杞憂に終わった。
 ケイローン・ツヴァイが反転し、攻撃を仕掛けてきたのだ。
 交戦状態に入った二体のゾイドであったが、その力の差は歴然としていた。ハンテルマンはヘルキャット改の加速性能に頼って、ひたすら攻撃を回避することだけで精一杯だった。
 ――ツヴァイが火器を装備していなくて助かった。
 ハンテルマンは心底から、そう思った。
 もし、ツヴァイがビーム砲なり機関砲なりを装備していれば、おそらくヘルキャット改は1分ともたずに撃破されただろう。しかし、そうした火器を一切搭載していないケイローン・ツヴァイは単調な肉弾攻撃を反復するに留まっていた。
 だからこそ、ハンテルマンもどうにかこうにか無事でいられたのだが、それでも反撃する余裕はなかった。
 イオンジェットエンジンが甲高い悲鳴を上げ、各部の装甲が軋む。
 そんな悲痛な音を聞きながら、ハンテルマンは必死に機体を操り続けていた。
 そうしてどれだけ経っただろうか。ふと気が付くと、ヘルキャット改とツヴァイはすり鉢上の窪地の中にいた。
 外周部の直径は1キロメートルほど。さながら露天掘りの鉱山跡を思わせる形状で、天然自然にできたとするにはあまりにも整いすぎていた。何らかの人為的な作用があったと考えるのが妥当だった。
「どこだ。ここは?」
 そこは全く見覚えの無い風景だった。
「帝国の制圧圏から出てしまったのか!?」
 思わずそんなことを思い、そして次の瞬間に自らの置かれた立場にハッと気づいて身構えたハンテルマンだったが、意外にもツヴァイが襲い掛かってくることはなかった。
 ハンテルマンに背を向ける格好でケイローン・ツヴァイは動きを止め、すり鉢の底でじっとしていた。その光景の異様さに、ハンテルマンは困惑せずにはいられなかった。
 何か仕掛けることも考えたが、火力に乏しいヘルキャット改では何ができるというものでもない。むしろ下手に手出しすることのほうがリスクが大きい。そう判断して、ハンテルマンは自重することに決め込むと、静かに後退りながら指定周波数で所定の通信文を送信した。


「少尉、目標の様子はどう?」
 そのよく通る声に、ハンテルマンはふと我に返った。
 慌てて窪地を覗き込むが、変化はない。
 目の前の現実に安堵しつつ、ハンテルマンは通信機のスイッチをオンにした。
「待ちかねましたよ、ヘックラー中尉。奴は、さっきからずっとあの調子です」
 そう言って、ハンテルマンは窪地の底を指した。
 言われるままに窪地の底へ目をやったエヴァは、そこに佇む中型ゾイドの姿を認めた。
「間違いないわね」
「……ですね。これからどうします?」
「それに関して、命令の変更が司令から伝えられたわ」
「変更、ですか」
「ええ。拿捕できぬ場合は破壊せよ、ですって。どうも、私たちが想像しているほど、生易しい相手じゃなさそうね。あのゾイドは」
 エヴァがそう呟くのと、ケイローン・ツヴァイがゆっくりと振り返るのは、ほぼ同時だった。

 途端に、ケイローンの加速が鋭さを増した。
「うわっ!」
 前触れのない急なGに、ウーデットは慌てて操縦桿を握る手に力を込めたが、そんなことでは速度は緩まない。むしろ、制止を振り切るかのように、ぐんぐんと加速していく。
 その行動に、ウーデットはケイローンの強い意思を感じ取った。
 ――こいつ……。何かを感じているんだ。
 それは論理的な根拠に基づく判断ではなかった。ゾイド乗りなら誰でも持っている、ゾイドとのコミュニケーションから来る直感的なものだった。
 言葉よりももっと深いレベルでの意思の疎通。それがなければ、とてもゾイドに乗っていることなど出来はしない。ゾイドは単なる機械ではない。生きていて、そして自分の意志を持っている。だから、人がゾイドを駆るということは、互いの意思を通わせるということなのである。
 ウーデットは、ケイローンの意思に任せてみようと思った。
「お前が望むなら、俺も付き合ってやるさ!」
 スロットルレバーを押し込み、一段と加速を強める。全身に覆い被さってくる強烈なGに、ウーデットは意識を失うかと思った。
 だが、スロットルを握る手を緩めることはしない。
 ケイローンを、そして自分を信じて、ウーデットはひたすらに加速を続けた。

「逃げなさい! 少尉」
「どういうことですか!?」
 何の前置きもなくエヴァから発せられた言葉に、ハンテルマンは戸惑いを隠そうともせずに訊き返した。
 その声には、まだ戦ってもいないのに、という不満が含まれているようだった。
「わからないの? 自分の乗っているゾイドの状態も把握できないようでは、長生きできないわよ!」
 エヴァにぴしゃりと言われて、ハンテルマンはハッとなった。
 ヘルキャット改が半歩ずつ、後ろへ下がりつつあった。
「まさか……」
「そう。あなたのヘルキャットは、ツヴァイが発する威圧的な空気を敏感に感じ取っているのよ。既に戦意を失っている状態では勝ち目はないわ。一刻も早くこの場を離脱して、隊長たちに現状報告を!」
「しかしッ……」
 ハンテルマンはなおも反駁しようとしたが、後の言葉を続けることはできなかった。
 ケイローン・ツヴァイがヘルキャット改とパワードイグアンを目掛けて、全速で突っ込んできたのだ。
「ちっ」
 エヴァは小さく舌打ちすると、動きに精彩を欠いたヘルキャット改を蹴り飛ばし、その反動とスラスターの推力を合わせてパワードイグアンを素早くツヴァイの予想進路上から退避させた。
 そうしてできたイグアンとヘルキャットの間隙を、ケイローン・ツヴァイが駆け抜けていく。
 その様子を目の当たりにしたハンテルマンは、自分が何もできなかったという事実にショックを受けていた。
「今のでわかったでしょう? あなたの勇気には敬意を表するけれども、それだけでは勝つことはできないのよ」
 エヴァは諭すように、そう言った。
「わかりました」
 今度は、ハンテルマンも素直に頷く。
「現状報告を行うべく、この場を離脱します!」
「頼んだわよ」
「了解ッ!」
 そう応えて、ハンテルマンはヘルキャット改を翻すと、一気にスラスターの推力を上げた。
 爆発にも似た猛烈な噴射炎がノズルから吹き出し、排気ガスの奔流が周囲の砂埃を盛大に巻き上げる。そして、ヘルキャット改の体躯は瞬間的に時速200キロメートル超の高速域へと加速され、どんどん速度を上げていく。当然、そんな無茶なことをすれば、パイロットに襲いかかる加重も半端なものではない。だが、ハンテルマンはそのGによく耐えた。
 砲弾よろしく飛び去っていくヘルキャット改を見たツヴァイは、即座にその後を追おうとした。
「そうはさせない!」
 エヴァは躊躇いなくインパクトカノンのトリガーを引いた。
 速射能力を強化されたパワードイグアンの連装インパクトカノンが猛然と火を噴き、ケイローン・ツヴァイの背面に続けざまに着弾する。背後から撃たれては、さすがのツヴァイも歩を止めざるを得ない。
 だが、緩慢な挙動で背後のパワードイグアンを振り返るツヴァイの瞳は、見る者の心を凍りつかせるかと思うほど、妖しく輝いていた。


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