「何をやっている! 早くそのゾイドから降りないか!!」
   格納庫内に、フレンツェンの怒号が響いた。
  「お前がやっていることは、明らかな服務規程違反だぞ。それが何を意味するのか、わからぬ訳でもなかろう!」
  「しかし、ヘックラー中尉とクロードだけじゃ、ケイローン・ツヴァイには対応できません。そのことは隊長もよくご存知のはずです!」
   そう言い返したのは、ウーデットだった。
  「お前の言うことは道理だが、今は許可できん。ただちに降りるんだ、ウーデット!」
   そう叫んだフレンツェンの腰で、甲高い電子音が鳴った。
   小型の携帯無線通信機だった。
   フレンツェンはすぐさま無線機を掴んでスイッチを入れた。
  「フレンツェン大尉だ」
  《大尉。司令より緊急の通信が入っています》
  「わかった。こっちに回してくれ」
  《了解》
   整備兵がそう応えると、すぐにアイスバッハの緊迫した声が耳元のスピーカーから流れ出た。
  《私だ。大尉。状況が変わった。脱走したケイローン・ツヴァイを拿捕できない場合は、これを破壊せよ》
  「何ですと!?」
  《もう一度言う。拿捕できぬ場合は、破壊だ。それと、ケイローンを、ウーデット中尉を出撃させたまえ》
  「……よいのですか?」
  《ああ、構わん。責任は私が取る。それに、今回の任務は、ヘックラー中尉とハンテルマン少尉だけでは、少々荷が重そうなのでな》
  「了解しました」
  《うむ。頼んだぞ》
   そう言い残して、アイスバッハからの通信は切れた。
   フレンツェンは何かを考え込む様子で、しばし沈黙していた。が、無線機を腰のホルスターにしまうと、ポケットから何かを取り出し、ケイローンのコクピット目掛けて投げ上げた。それは放物線を描いて飛び、ウーデットの足許に落ちて、硬い金属音を響かせた。
  「これは!」
  「ケイローンの駆動キーだ。今しがた、司令より正式な命令が下りた。ただちに出撃して、ケイローン・ツヴァイを捕捉せよ。拿捕できぬときは破壊せよとのお達しだ」
  「了解!」
  「ウーデット! お前が信じるケイローンの可能性とやらを見せてみろ。だが、無理はするな。必ず生きて戻れ」
  「わかりました。……ウーデット中尉、出撃します!」
   コクピットハッチを閉め、ウーデットはモニター越しに格納庫の様子を一瞥した。
   こちらへ向けて敬礼を送るフレンツェンの姿を認め、ウーデットもコクピットの中で敬礼を返した。
   お互いに相手の姿は見えていないはずだった。だが、それでも気持ちは十分に伝わっているような気がした。
   そして、ウーデットは前を見つめた。もう振り返らない。操縦桿を強く握りしめ、スロットルレバーに手をかける。
   ゆっくりと歩み、格納庫の外に出た。
   視界いっぱいに広がる地平線。その向こうに敵がいる。そう思うと、否応なく緊張感が高まった。
  「行くぞ!」
   誰へ言うともなく叫んで、ウーデットはスロットルをレッドゾーンに叩き込む。
   次の瞬間には、背部のマグネッサードライブが淡い燐光を発し、ケイローンの体躯は鋭く加速していた。
※
「さて、と。聞かせてもらえるのだろうな。あのケイローン・ツヴァイが何であるかを」
   無線機のスイッチを切ったアイスバッハは、ロイエンタールたちを振り返りつつ、そう言った。
  「大事な部下を危険に晒すんだ。しかも、これは司令部からの指示に背いてもいる。相応の理由がなければ、申し開きもできないんでね」
   ロイエンタールはアイスバッハの言葉に頷きつつ、
  「私たちの知る範囲でよろしければ」
   と、前置きしてから語り始めた。
  「正直に申し上げて、私たちもツヴァイの全てを知っているわけではありません。司令もご承知かとは思いますが、戦闘ゾイド開発を担当する各セクションも混乱しておりまして、隣で何をやっているかということすら十分に知らないまま、複数の新型ゾイドの開発を進めているのが現状です。私たちの所属している開発チームでは、EZX-044という開発コードの無人戦闘爆撃機の開発を行っております。まぁ、機体そのものは既に完成していて、おそらく向こう三ヶ月以内には量産が開始されるものと思いますが、肝心の無人制御システムで二通りの案が出ていましてね。そのトライアルのために量産計画の進捗が少し遅れているのです」
  「二通りの案?」
  「はい。司令はオーガノイドシステムをご存知ですか?」
  「ああ。ゾイドコアを異常活性させて、ゾイドの戦闘力を限界まで引き出すとかいうシステムだったな」
  「まぁ、大雑把に言えばそうです。そのオーガノイドシステムをEZX-044に搭載予定の無人制御システムに実装するかどうか。その判断材料を得るために、上層部からの指示でオーガノイドを実装した無人制御システムの試験が行われることになりました」
  「それを担当するのが、君らというわけか」
  「その通りです。上層部、というか摂政閣下がオーガノイドシステムに強いこだわりを持っておられましてね。技研のほうでは、未知数な部分が多すぎるというので、実装に対して慎重な声が多かったんですが、それを押し切って試験を実施することになったんです」
  「ほぉ、摂政閣下がね」
  「ええ。それだけならともかく、摂政派の議員などからの圧力もありましてね。いろいろとやり難いんですよ」
   そう言って、ロイエンタールは自嘲気味に顔を歪めた。
  「圧力?」
  「なるべく好ましいデータを採取するように、と……。まぁ、そういうことです」
  「相変わらず無茶を言うのだな。政治家どもは」
  「全くです。しかも、素性の知れないゾイドを試験用の素体に使えと来るものだから、始末が悪い」
  「ツヴァイのことかね?」
   アイスバッハがそう訊ねると、ロイエンタールは首肯した。
  「ボディはイグアンとヘルキャットの外装パーツを流用していますが、コアは古代ゾイド人の遺跡から発掘したらしいです。詳しいことは、私たちも知らされていません。ただ……」
  「ただ?」
  「ただ、ツヴァイのゾイドコアは私たちが知っているそれとは違うようなんです。あまりにも未知な部分が多くて……」
   そう歯切れ悪く呟いて、ロイエンタールは口を噤んだ。
   彼は悔しかった。愛すべき祖国の復興を省みないゼネバス出身の摂政――ギュンター・プロイツェンの独断専行を助ける歯車になっている自分に憤りつつも、処世のためには命令に従順でなければならないという立場から自由になれなかった。
   もしもロイエンタールに家族がいなければ、ヘリック共和国への亡命という選択肢もあったかもしれない。だが、現実の彼には愛する妻がいて、子供がいて、年老いた両親がいた。彼に選択の余地はなかった。ただ、与えられた命令に従い、それを着実に成し遂げる以外に、取るべき道はなかったのである。
   しばらく押し黙っていたロイエンタールだったが、ややあってからアイスバッハを真っ直ぐに見返して言った。
  「ケイローン・ツヴァイは危険です。あのゾイドが無人制御システムのテスト機として運用されることになった最大の理由は、人が乗るにはあまりにも危険だと判断されたからなのです。私から言えるのは、ここまでです。あとは、司令のご判断にお任せします」
   アイスバッハは、ロイエンタールの意図をよく理解した。
  「了解した。我々にできる最善の手段を取るつもりだ」
   そう答えて、アイスバッハはロイエンタールに背を向けた。
