第7話:UNRECOVERABLE


「いやあ、わざわざご足労いただきすみません。こちらから伺おうとしていたところなんですよ」
 ロイエンタールは、ベルゲ03の制御室に踏み込んできたアイスバッハ一行を見るなり、開口一番そう言った。
「どういう意味かね?」
 アイスバッハが訝しげに訊ねると、
「いや、ウチの試験機が突然暴走してしまいまして。拿捕の要請をしようかと思っていたところだったんです」
 と、ロイエンタールが曖昧な笑みを浮かべてみせた。
「なら、話が早い。早速、ウチの戦闘ゾイドを出撃させた。それほど時間をおかずにケイローン・ツヴァイを捕捉できるはずだ」
「さすが、司令。もうそこまで手を打っておられるとは」
「世辞は結構だ。それより、ゾイドの緊急停止信号を発信したまえ」
「……なぁに、司令の部隊ならそんなものなくともツヴァイを拿捕できましょう」
「停止信号を発信したまえ」
 アイスバッハは重ねて言った。
「ですが……」
 何か言いかけたロイエンタールを制し、アイスバッハは口を開いた。
「現在、当基地は第2種警戒態勢下にある。規定では、第3種以上の警戒水準においては、当該基地内の人員及び設備は――例え民間のものであったとしても――全て基地司令である私の管轄下に置かれることになっている。それくらいは、軍属である貴官らならば、承知しているはずだろう」
「しかし、それは、あまりにも横暴ではありませんか」
 そうロイエンタールが抗議すると、アイスバッハは黙ってポケットから小型の音声レコーダーを取り出した。
「?」
 ロイエンタールは怪訝な顔でそれを見つめたが、次の瞬間には驚愕の表情が取って代わっていた。

《遠隔から起動させたツヴァイを操作して格納庫の壁を破壊。その後、自律モードに切り換えて、ツヴァイを基地外へ移動させる。そして、逃亡したツヴァイの捕獲に対する協力要請という名目で、ワルキューレ隊のゾイドを出動させてもらうわけだ。これならば、丸く収まるだろう?》
《……そ、そんなものですか?》
《まぁ、少し心が痛まないでもないがね。これも新型ゾイド開発のためだ。ワルキューレ隊の皆様には、少しだけ我慢していただこう》

 突如として流れ出した会話に、ロイエンタールの背後に座る二人の技官もギョッとして顔を見合わせた。
「まぁ、ここで貴官らの判断をとやかく言うつもりはない。だが、我々の要請が受け入れられないというのであれば、命令違反としてこちらも然るべき対応を取らせてもらうだけだ」
 アイスバッハは、あくまでも穏やかな調子を崩すことなく、そう宣告した。
 いつのまにか、アイスバッハの背後には二名の整備兵が立っていた。彼らが下げている小銃の黒光りする銃口を見て、ロイエンタールはこれ以上逆らうことはできないと悟らざるをえなかった……。

 ウーデットは、フレンツェンに続いて階段を降りたものの、とても作業を手伝う気分にはなれなかった。そのまま格納庫を横切るキャットウォークへ足を向けた。ケイローンを見下ろせる位置まで来ると、ウーデットは体重を手すりに預けて頬杖をつき、そし視線を落とした。ウーデットはどうにかしてこのケイローンで出撃したいと思ったが、如何せん駆動キーの管理は厳重であり、少なくともフレンツェンの許可なく搭乗することは不可能だった。
 自衛用としての小型ゾイドしか擁していないワルキューレ隊の装備で、ケイローン・ツヴァイにどこまで対抗できるだろうか――という思いが、ウーデットの心を掻き乱していた。今更、エヴァやハンテルマンの技量を疑いはしないが、しかしイグアンやヘルキャットを幾らカスタマイズしたところで高が知れているというのも、また動かし難い事実であった。大型ゾイドには大型ゾイド、中型ゾイドには中型ゾイドをぶつけるのが、あくまでも戦術の基本であり、軽量級のゾイドを集団運用して重量級ゾイドを強襲させるがごとき真似は奇策に類することである。中型ゾイドにカテゴライズされるケイローン・ツヴァイには、同じ中型ゾイドであるケイローンをもって対抗させるのが正しい。そのようにウーデットが考えたのも、理屈の上では、決しておかしいことではなかった。
「コイツが試験機でなけりゃ、な……」
 ウーデットはケイローンを見つめて、そう呟いた。
 彼がそこまでケイローンにこだわるのは理由があった。今でこそ人の言うことを聞き入れない、非常に扱いづらいゾイドとしての認識が先に立つケイローンであるが、過去に一度だけこのケイローンが確かに人の命令を聞いて戦闘を行ったことがあった。
 それはケイローンが搬入された当日の出来事だった。
 その日、戸外でケイローンの計器チェックを行っている際中に、基地の敷地内に野良ゾイドと化したサーベルタイガーが迷い込んだ。凶暴な野生を剥き出しにして基地に襲い掛からんとしたサーベルタイガーを制止したのが、他でもないケイローンだったのである。そして、そのときのパイロットこそがウーデットであり、だからこそ彼がケイローン担当のテストパイロットに任ぜられることになったのだ。
 だが、いざ評価試験が始まってみると、ケイローンは一転して扱いづらいゾイドに様変わりしてしまった。それがなぜなのか、今もって明らかになってはいない。整備班が、ケイローンがコアを二つ持っていることとの連関を指摘したものの、それもまだ確証を得るには至っていなかった。
 今となっては、当時の戦闘は単なる偶然と見なす意見が隊内でも支配的になりつつあったが、ウーデットだけはそう思うことができないでいた。なぜなら、あのとき確かに感じたゾイドとの一体感が錯誤であると認めることは、ウーデットには受け容れ難いことだったからだ。

 キイィィィィィン……

 甲高いジェットエンジン特有の駆動音が格納庫内に満ちた。
 ふと振り返ると、今まさに出撃しようとするパワードイグアンの後ろ姿があった。
 それをウーデットは複雑な面持ちで眺めた。
 見慣れたゾイドが、なぜか妙に遠くに見えるようだった。自分だけが蚊帳の外に置かれている気がした。
 思わず目をそむけ、そして唇を噛む。
 そんな彼の目に驚くべき光景が飛び込んできた。短い電子音と共に、ケイローンのコクピットハッチがゆったりと開いたのだ。
「!」
 ウーデットは目を見張った。本来なら、駆動キーなしには絶対に開くはずがないからだ。
 次の瞬間、彼は直感した。
 ――コイツは、操縦者を必要としているんだ!
 それならば、とウーデットは心を決めた。
 キャットウォークの手すりを乗り越え、そのままケイローンのコクピットへ飛び込む。
 ウーデットがシートに着座すると同時にハッチは閉じ、静かなゾイドコアの鳴動がコクピットを包み込んだ。
 その鳴動があの時と同じものであることに、ウーデットが気づかぬはずがなかった……。

「マイヤー。ツヴァイに緊急停止信号を発信しろ」
 ロイエンタールが言った。
「いいんですか、主任?」
 そう聞き返してきたマイヤーに、ロイエンタールは嘆息混じりに答える。
「いいに決まっているだろう。命令違反は軍では重罪だ。従う以外の選択肢は、我々の手にはないんだよ」
「そういうことだ」
 アイスバッハが鷹揚に頷いた。
「それじゃあ……」
 と、マイヤーは制御卓に向かった。
制御室のメインモニターに、ツヴァイの緊急制御メニューが表示される。
「緊急停止信号発信、と」
 そう言いつつ、マイヤーが制御卓上のキーを押し込む。
 が、返ってきた反応は彼らが予期せぬものだった。
「信号消失!? ダメです。緊急停止できません!!」
 マイヤーが悲鳴に近い声で叫ぶ。
「何だと!?」
「有効半径から外れているということは?」
 そう訊いたドルニエに、マイヤーが食ってかかる。
「そんなことがある訳ない! だって、ツヴァイのモニタリングはできているだろう? まだ回線は接続されているんだよ!」
「じゃあ、まさか……」
 そこまで言って、ドルニエは後に続く言葉を呑み込んでしまう。
「結論を急ぐな。もう一度信号を発信しろ!」
「は、はいッ。再度、発信します!」
 そう応えて制御卓を操作したマイヤーだったが、ややあって大きくかぶりを振った。
「やっぱりダメです。タイムアウトしてしまいます」
「回線の接続状況を再度確認だ」
「……リンク正常。接続しています!」
「なら、無人制御システムの管理コンソールに直接アクセスして、強制終了させろ。それに合わせて、ゾイドも止まるはずだ」
「やってみます!」
 マイヤーは再び制御卓に向き直り、キーを叩いた。
 が、すぐにロイエンタールを振り返る。
「ダメです。パスワードが受け付けなくて……」
「入力ミスじゃないのか?」
 そう言いつつ、ロイエンタールが腕を伸ばしてパスワードを入力する。
 だが、結果は変わらない。
「そんな……。パスワードが書き換えられている!?」
 モニター上に表示されるメッセージを見つめて、ロイエンタールが呆然と呟く。
「やはり、ツヴァイ自身に拒否された、としか考えられませんね……」
 ドルニエが呻くように言った。
 そのまま、技官たちは黙り込んでしまう。
「どういうことだ? 一体、何が起きているんだ?」
 そう訊ねたアイスバッハに、誰も即答することをしなかった。
 長い沈黙の後で、ロイエンタールがポツリと言った。
「ゾイドを弄んだ報い……かもしれません」


<PREVINDEXNEXT>

Personal Reality