第6話:DEFCON-2


 それは前置きなしの出来事だった。

 ズドオオオオォォォォォォォォォン……

 突如として、棟屋全体を突き抜ける衝撃が会議室を大きく揺さぶった。
「うぉわっ! 何なんだ、一体!!」
 長テーブルにしがみつきながら、ウーデットが叫ぶ。
「格納庫のほうから!?」
 エヴァが言った。
「何が起こったんでしょうか?」
 ハンテルマンが弱りきった顔で訊ねるが答える者はいない。皆、無言で困惑した表情を浮かべるだけだ。
「あたし、行って見てきます!」
 そう叫んで立ち上がったエヴァが、会議室の扉へ向き直る。
 と同時に、勢いよくドアが開いて、一人の整備兵が転がり込んできた。
「どうした、ヨヘン!」
 ビスマルクがその整備兵に素早く駆け寄った。
「た、大変です……。班長……」
 ヨヘン、と呼ばれた整備兵は息を切らせながら、懸命に言葉を絞り出そうとした。
「どうしたんだ。ヨヘン? 落ち着いて話せ」
 ビスマルクは、ヨヘンの肩を軽く叩きながら、ゆっくりと訊ねた。
「大変です、班長。……ヤツが、ケイローン・ツヴァイが起動し、基地外へ脱走しました……」
 その言葉に会議室は凍りついた。
 驚きの言葉も喉を通らない。
 居合わせた士官全員は呆然として、互いに顔を見合わせた。
「何も、しなかったろうな?」
 ビスマルクがヨヘンに念を押す。
「当然じゃないスか!? 整備班の誰一人として、あの薄気味悪いゾイドに近づいた奴はいません!」
 憮然とした表情を浮かべつつ、ヨヘンは口を尖らせた。
「それならいいんだ」
 ビスマルクは少しなだめるような口調でそう言って、アイスバッハの方を振り返った。
 皆の視線がアイスバッハに集中する。誰もが基地司令としての指示を求めていた。
 ひとつ咳払いをすると、アイスバッハはおもむろに口を開いた。
「現時刻より、第二種警戒態勢を発令する!」
 途端に全員の表情が引き締まる。
「敵襲ではないが、有事には違いない。それに時期が悪すぎる。あまり遠くに行かれて、共和国軍の哨戒機にでも見つかったら、更に事がややこしくなる。フレンツェン大尉!」
「ハッ」
「戦闘ゾイドを出して目標を追尾、捕捉せよ。実弾の装填を許可。必要に応じて発砲も許可する。部隊の指揮は任せる。存分にやりたまえ」
「了解!」
 フレンツェンは勢いよく応えると、敬礼もそこそこに部下を引き連れて会議室を後にした。
 その様子を見届けたアイスバッハは、整備班長のビスマルクへ顔を向けた。
「ビスマルク大尉」
「はい。ただちに戦闘用ゾイドの兵装の換装作業に入らせます」
「うむ。ところで、急ですまないが、君の部下を数名貸してくれないか」
「は? ……ああ、了解であります」
 アイスバッハの意図を察したビスマルクは口元に笑みを浮かべてみせた。
「あまり手荒なことはしたくないが……」
「相手の出方次第、ですかな?」
 ビスマルクがそう言うと、
「そういうことだ」
 と、アイスバッハも頷く。
 二人はワルキューレ隊創設以前から付き合いがある仲だ。お互いに相手が何を考えているかくらいのことは、おおよその見当がつく。
「コール! ヘンケル兄弟を連れていけ。司令のお手伝いをしろ」
「了解です」
「それでは、失礼。換装作業の指示を出さねばなりませんので」
 ビスマルクは帽子をかぶりなおすと、軽く会釈して会議室のドアをくぐった。
 慌しかった会議室は再び沈黙に包まれた。
 残されたアイスバッハ、シュナイダー、コールの3人は押し黙ったまま視線を交わした。
「では、行こうか」
 アイスバッハが静かに言った。
「はい」
 シュナイダーがそう応え、コールも無言で首肯した。

 通路を抜け、格納庫に面した廊下に出たとき、フレンツェンたちは先ほどの轟音の意味を瞬時に理解した。格納庫の壁にぽっかりと開いた巨大な穴は、いくら安普請の格納庫とはいえども、そうそう簡単にできる代物ではない。これだけの大穴を穿つためにはどれだけの力が必要であるか――ということは、もはや言うまでもなかった。
「すげぇ。これならセイバータイガーでも楽々通れるな」
 ハンテルマンが穴の向こうにある地平線を眺めながら、妙な感心をしてみせる。
「感心している場合か。我々は、この大穴を開けた張本人を追いかけるんだぞ」
 フレンツェンが咎めるように言い、ハンテルマンも首をすくめた。
「了解です」
「ったく……。明るさは貴様の取柄だが、TPOを弁えろ。とりあえず、当面はこちらから手を出さず、目標の位置を見失わずに追跡することを目的とする。残念なことに、この近辺のエリアには帝国軍基地は他になく、早期警戒機も統合管制機も飛んでいない。よって、我々が戦闘ゾイドで追跡して直接捕捉する以外に手段がない。……ハンテルマン!」
「はいッ!」
「貴様は、ヘルキャット改で目標を追え。あれが一番安定して高速走行できるからな」
「了解です!」
「不幸中の幸いというべきか、まだ目標は基地の対地レーダーの有効半径内にいる。現時点における目標の位置情報を戦術システムにセットしておくから、それを参考にして追跡しろ。目標をヘルキャットのセンサーで捉えたら、指定周波数で連絡をいれろ。追って指示を出す。それまで余計なことはするな」
「はい」
「それとな、ヘルキャット改の背面ハードポイントには、試作のイオンジェットブースターを取り付ける」
「……もしかして、あの、ゾイドの歩幅が2倍になる、アレですか?」
「そうだ。何か不満か?」
「いや、ちょっと目眩がするんですよね。アレで全力加速すると」
 そう言って苦笑いを浮かべるハンテルマンに、フレンツェンはぴしゃりと言った。
「慣れろ」
「ええ〜っ!?」
「たかがブースターのGくらいで、大の男が四の五の言うんじゃない! すぐにヘックラー中尉のパワードイグアンに後を追わせる。貴様に何もかも任せるほど、ウチは人手不足じゃないんだからな」
「ハッ! 申し訳ありません」
「わかったら、さっさと行ってこい!」
「了解ッ!」
 そう叫んでハンテルマンはあたふたと駆け出したが、少し進んだところでピタリと足を止めた。
「?」
「すんません。トイレ、行ってからでもいいですか?」
「そんなことをいちいち訊くな! 出撃前にトイレをすませておくのは、当然のことだろうが! それとも何か? 貴様はコクピットの中で小便を漏らす気か!?」
 フレンツェンは本気で怒鳴っていた。
「ハッ! では、トイレを済ませてから、速やかに出撃いたしますッ!」
 敬礼しながらトイレへと走るハンテルマンを見送って、フレンツェンは軽く溜息をついた。そして、エヴァに顔を向ける。
「……という訳だ。ハンテルマンのお守りを頼む」
「了解です」
 そう応えて、エヴァはくすりと笑った。
「私は、パワードイグアンの武装が完了してからの出撃ですね?」
 エヴァがパワードイグアンを見下ろしながら訊ねる。廊下の手すり越しに見えるパワードイグアンには数名の整備兵が取り付いており、訓練用兵装の取り外しが行われているのが見て取れた。
 エヴァの視線の先にある光景を確認しつつ、フレンツェンが答える。
「ああ。現在、整備班が全力で武装を交換中だ。中尉には、全ての搭載火器に実弾を装填し、使用可能な状態で出てもらう」
「わかりました」
 カツンと踵を合わせる音がした。
「それでは、準備をしてまいります」
 きれいな敬礼をしてから、エヴァはパイロットの詰所に置いているヘルメットを取りに行った。
 エヴァが廊下の角を曲がるのを見届けると、フレンツェンは小脇に抱えていた端末を開いて電源を入れた。
 と、そのとき、傍らに立っていたウーデットが焦れたように大声を上げた。
「隊長!」
「何だ?」
 聞き返すフレンツェンに、ウーデットは詰め寄った。
「自分も、自分も出させてください」
「ウーデット。お前は待機だ」
「なぜです?」
「乗るゾイドがないだろうが?」
「ケイローンがあります!」
 ウーデットは格納庫の隅でシートをかぶった異形の中型ゾイドを指差した。
「あれはダメだ。いくら武装を施しているとはいえ、評価試験用の試作機を出撃させるわけにはいかん」
「しかし……」
 食い下がるウーデットを遮るように、格納庫内に甲高いゾイドの駆動音が響く。
 ウーデットが手すりから身を乗り出すと、ちょうどハンテルマンのヘルキャット改が一歩踏み出そうとしているところであった。その背中には、小柄なヘルキャットには不釣合いな大きさのブースターユニットが取り付けられているのが見て取れた。
「隊長!」
 コクピットハッチを開けて、ハンテルマンがフレンツェンを呼んだ。
「目標位置のデータが未入力なんですけど!」
「すまん。すぐに送るッ!」
 そう叫ぶと、フレンツェンは端末を手早く操作し、基地のメインコンピュータにアクセスした。レーダー情報のインデックスから、お目当てである直近30分以内のデータを選び、内容を確認する。ケイローン・ツヴァイを示すデータはすぐにわかった。
「これだな」
 フレンツェンは慣れた手つきで端末のキーボードを叩くと、データの送信先にヘルキャット改の戦術システムを選び、そして決定キーを押した。
「今、送った! 確認できるか?」
「ちょっと待ってください。……えっと、あ、ありました。それじゃあ、クロード・ハンテルマン少尉、出撃します!」
「よおし、全力加速で行ってこい! しくじったら、腕立て伏せ300回だからなッ」
 フレンツェンの言葉に少し微苦笑を浮かべて、ハンテルマンがハッチを閉じる。
 そして、次の瞬間、ヘルキャット改はしなやかな動作で穴をくぐり抜けていた。程なくして、イオンジェットエンジンの甲高い推進音が聞こえてくる。壁を隔てた格納庫の中にいても、その凄まじさが伝わってくる。安っぽいサッシがガタガタと揺れたが、それもすぐに収まった。音源そのものが遠くに去ったのだ。
「よし、行ったな……。事は一刻を争う。換装作業を手伝いに行くぞ」
 フレンツェンはそう言い置くと、階下へ通じる階段をさっさと降りていった。
「…………」
 ウーデットは釈然としない面持ちで、その後を追った。


<PREVINDEXNEXT>

Personal Reality