第4話:Unmanned Fighting Zoids


 ZAC2100年は、北エウロペ大陸戦線におけるヘリック共和国とガイロス帝国のパワーバランスが逆転した年であった。
 一時は北エウロペ大陸の東端に追いやられた共和国軍であったが、帝国軍の補給路に対するゲリラ攻撃と空爆を反復し、膠着状態の戦況を何とか打破しようと試みていた。そして、その地道な戦術の徹底により、徐々に共和国軍はその勢力を挽回しつつあった。
 依然として圧倒的優位に立っていたはずの帝国軍であったが、共和国軍ゲリラの執拗な攻撃に晒されていた最前線には厭戦ムードが漂い始めていた。24時間体制で奇襲戦用ゾイドを繰り出してくる共和国軍側の攻勢は、戦史で語られているほど生易しいものではなかった。帝国軍の歩哨の中には幻覚に悩まされる者も現れはじめ、潰走――とまでは行かないにせよ、それに近い状態に陥る部隊も出てきつつあった。緩慢に、だが確実に前線部隊の士気は低下していたのである。
 事態を重視した帝国軍最高指令本部は、北エウロペ大陸に展開している共和国軍地上部隊の掃討作戦を計画。それを実行に移すべく、旧式化したサイカーチスに代わる優秀な対地攻撃用ゾイドを開発することを急遽決定し、素体となる野生種の選定作業を開始した。
 帝国の摂政ギュンター・プロイツェンは、エウロペ戦線の芳しくない戦況報告を受け、新型の対地攻撃ゾイドは無人機とするようにとの指示を軍上層部に与えていた。優勢であるとはいえ、既に帝国軍は少なからぬ数のエリートパイロットをエウロペ大陸で失っていた。大異変で疲弊した国力の建て直しも途上である今、これ以上の人員損耗は戦争継続そのものを困難にしてしまうという懸念があったのだ。
 だが、それだけではない。摂政プロイツェンの目は、エウロペ大陸ではなく、その向こうにあるデルポイ大陸を見ていた。彼が最終目標としているのはヘリック共和国攻略であり、エウロペ大陸制圧はあくまでもそのための足掛かりに過ぎないのである。いわば前哨戦ともいうべき戦いで貴重な戦力を失うことは、プロイツェンの戦略の根幹を揺るがすことになる。磐石の態勢で共和国に攻め込みたい――という思いこそ、彼に無人ゾイドの開発を決意させた本当の理由であろう。

 そうした経緯から、無人制御システムの実験機として開発された試作ゾイド。それがケイローン・ツヴァイであり、その運用をサポートするべく用意されたのが、本国から派遣されてきている特別仕様のデータ収集用グスタフ『ベルゲ03』であった。
 このグスタフには、ある外見上の特徴がある。
 外骨格の中心線に沿った部分が四角く盛り上がっているのだ。
 その隆起した箇所には半ば無理矢理増設されたスペースがあり、そこがケイローン・ツヴァイの制御室になっている。如何にも急拵えというつくりではあるが、その重要性は決して疎かにできないものがあった。
 ケイローン・ツヴァイはあくまでも無人ゾイドである。
 その完全に無人で稼動するというコンセプトを実現するためには高度な自動制御システムが必須であり、しかも極めて安定した動作が要求される。スタンドアローンで制御不能というのでは、兵器として成り立たないからだ。
 が、しかし、そのシステムを小型化し、ゾイド本体内に収めるということは決して容易なことではない。無論、小型化へ向けて着々と開発が進められてはいるが、ケイローン・ツヴァイのロールアウト時点ではそうした実用レベルのシステムはまだ形を成していないというのが紛れもない現実であった。
 それゆえ、ケイローン・ツヴァイを制御する中枢システムはケイローン・ツヴァイ本体ではなく、特別仕様のグスタフ――すなわち、ベルゲ03に搭載されているのである。
 ベルゲ03に搭載されている自動制御システムの果たすべき目的は、根本的にただ一点のみ。
 ――ゾイドの持つ『野生』を服従させること。
 それだけである。
 とは言うものの、それを実現するためにクリアしなくてはならない技術的課題は山積しており、決して一筋縄では行かない。何よりもベースとなるべきデータが不足していた。だからこそ、幅広いデータの収集および得られたデータに基づくシステムの熟成を目指して、ケイローン・ツヴァイを使っての実用評価試験が実施されることになったのである。

「なかなか思うようにはいかないものだな」
 ベルゲ03の狭苦しい制御室の中でそう呟いたのは、ケイローン・ツヴァイ開発担当技官のオットー・ロイエンタールであった。技官たちの中で最年長のロイエンタールは、このプロジェクトの主任技官に任じられていた。
「そうですね」
 と、同じく担当技官のゴットフリート・ドルニエも頷く。
「制御システムが有効に動作していないのかもしれません」
 縁なし眼鏡を押し上げながらそう言ったのは、フランツ・マイヤー。彼もまた、ロイエンタールやドルニエと同じ、ケイローン・ツヴァイの担当技官だ。
「採取されたデータを見る限りでは、ツヴァイの不安定な心理状態を抑制することができていないようです」
 マイヤーの見解にドルニエも同意する。
「確かに。イグアンのエンジン音に過敏に反応するあたり、やはりロールアウトされたばかりの試作ゾイドを実験体にすること自体に無理があったのかもしれません。もう少しシステムの介入レベルを強めてみますか?」
 比較的大柄なドルニエは、少し窮屈そうに体を捻って、ロイエンタールの意見を求めた。
「そうだな……」
 そこまで言って、ロイエンタールは目を見開いた。
 制御室の入り口に剣呑な表情を浮かべた女性が立っていたからだ。
「……ヘックラー中尉、でしたな」
「あら、名前を覚えていて下さったのね」
 そう応えたエヴァの口調には、明らかにロイエンタールに対する皮肉が込められていた。
「どうやって、ここに入られたのですか? この部屋は関係者以外立ち入り禁止のはずですが」
「表の警備兵に頼んだら、快く鍵を貸してくれたのよ」
 そう言いながら、エヴァは薄っぺらいプラスティックカードを片手で弄んでみせた。制御室の電子ロックを開錠するためのカードキーだ。
 が、当然のことながら、警備兵が素直に鍵を貸してくれるわけがない。
 エヴァと整備兵たちが共謀して警備兵を眠らせ、彼らが所持していた制御室の鍵を奪ったのだ。どうやって警備兵を眠らせたかについてはさて置くとして、エヴァがベルゲ03の制御室に踏み込んだという事実はかなり微妙な問題をはらんでいた。
「ヘックラー中尉。ここは立ち入り禁止……」
 そう言い募ろうとしたロイエンタールを制して、エヴァが再び口を開いた。
「さっきのは、一体どういうつもりかしら?」
「……何のことですかな」
 ロイエンタールは白を切った。
「なぜ、ケイローン・ツヴァイを停めなかったかと訊いている。あなたたちは、ゾイドが暴走することの危険さを理解していないの?」
「無論、理解しております。ですが、今回の件について、我々から中尉に対して申し上げることは何もございません」
 ロイエンタールはそう言い切った。
「なっ!? あなたたちは……」
 そう叫びかけたエヴァを遮ったのは、ワルキューレ隊の整備兵だった。
「中尉、本部から撤収せよとの命令です!」
 その声に振り返ったエヴァの手から例のカードキーがこぼれ落ちた。
 制御室の床に落ちて硬い音を響かせるキーに、皆の視線が集中する。
 エヴァは照れ笑いを浮かべながらカードキーを拾い上げると、整備兵の方を振り返った。
「……で、何ですって?」
「撤収せよ、と。……そんな連中に構ってないで、早く仕事を片付けましょうよ」
「そうね。……あ、これ警備兵に返しておいて」
 制御室から出ようとしたエヴァはそんなことを言いながら、振り向きざまにカードキーを放り投げた。
 ロイエンタールと背中合わせに座っていたマイヤーがキーを受け止めたときには、既にエヴァの姿はロイエンタールたちの視界から消えていた。
「何なんですか、あの女性士官?」
 呆然と呟くマイヤーに、ロイエンタールが応える。
「知らないのか?」
「え? 有名なんですか」
「有名も何も……。開戦直後の全面会戦で50体撃破の戦果をあげ、稲妻(ブリッツ)の異名を取った、凄腕のゾイド乗りだ」
「彼女が、ですか!?」
「でも、そんな凄いパイロットなら、何でこんなところに流されているんです?」
 ドルニエがもっともな疑問を呈示する。
「とある戦闘で、親衛隊に犠牲者が出たことがあってな。そのときの戦闘に参加していた部隊の中隊長が彼女だったんだ。要するに、責任を取らされるという形で更迭。前線部隊から地の果てのテスト中隊へ飛ばされた。それだけだ」
「そんなバカな! それじゃ、まるっきり摂政の都合じゃないですか」
「言うな。我々とて同じだ」
「…………」
「戦時中とはいえ、もう少し時間に余裕があれば、無人制御システムのテストと新しいゾイドコアのデータ収集を兼ねるようなこともなかっただろう。我々ではなく、ワルキューレ隊に評価試験の一切が委ねられただろうし、そうでなくとも、今日みたいな無茶はせずに済んだはずだ」
「確かに。制御システムのトラブルで暴走したゾイドを放置して、そのデータを採取するような真似は、あまりしたくないですからね」
「あぁ。……しかし、まぁ、これも仕事だ。止むを得まい」
「……ですか」
 マイヤーがそう嘆じると、ドルニエも無言で首肯した。
「とにかく、必要なデータが揃うまでは憎まれ役に徹するしかあるまい」
 ロイエンタールはそう言って話を打ち切った。


「へぇ、なかなか面白いじゃない」
 盗聴器がとらえた技官たちの会話を聞きながら、エヴァはそう呟いた。
 エヴァがベルゲ03の制御室へ押し入ったのは、そこに盗聴器を仕掛けるためであった。実行犯は、あとからエヴァを呼びに来た整備兵。その整備兵に対する注意を逸らすのが、エヴァの役回りだった。
「ところで、この会話、ちゃんと録音してるわよね」
 エヴァは傍らに立つ整備兵にそう訊ねた。
「勿論、バッチリですよ。中尉」
 得意満面で応える整備兵に笑みを返すと、エヴァはパワードイグアンを載せたグスタフの荷台に飛び乗った。
「OK。それじゃ、帰投しましょうか」
「了解。ただちに、撤収準備に取り掛かります」
 敬礼とともに走り出す整備兵を見送ってから、エヴァはベルゲ03を見やった。
 ケイローン・ツヴァイを荷台に載せ、ゆっくりと移動を始めるベルゲ03。それが負うものの大きさに、エヴァは思いを馳せていた。
「これは、厄介なことになりそうだわ……」
 そう吐き出した言葉は複雑な響きを伴っていた。
 ……もし何かあったら。
 そう考えると、エヴァの胸は騒いだ。
 パワードイグアンを含め、ワルキューレ隊が有する戦闘ゾイドは小型ゾイドばかりだ。ケイローン・ツヴァイのような重量級の中型ゾイドのパワーを抑えきれるかどうかは微妙なところだった。パイロットの技量でカバーして、ようやく拮抗する階級差。それを考えると、エヴァの思考はぐるぐると巡り、いらだつのだった。
 そんなエヴァの頬を、荒野特有の乾いた風が撫でてゆく。
 いつもならば、清々しさすら覚える心地よい風だ。
 しかし、今のエヴァにとっては、なぜか言いようのない不安と焦燥を運んでくるように感じられてならなかった。


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