第3話:RESTIVE HORSE


 フレンツェンが率いる小隊がケイローンの評価試験を行っている頃、基地を挟んで反対側の荒野に設定された演習場では、ケイローン・ツヴァイの評価試験が開始されようとしていた。
 ケイローン同様、人の手によって造り出された人工的なゾイド。それがケイローン・ツヴァイであった。イグアンとヘルキャットの素体を接ぎ合わせてつくられたメインフレームは不思議な影を地面に投げかける。
 見る者の心を不安にさせるのは、それが半人半馬の亜人種の形状を模しているからというだけでもなさそうだった。
 それはともかくとして、ケイローン・ツヴァイを眺めるエヴァは、その異様さ加減に呆れていた。
「……ったく。本国の連中も、よく飽きもせずに同じようなゾイドをつくるものねぇ……」
 ゾイドに関しては実用第一主義的な思想の持ち主であるエヴァは、ケイローンシリーズの意匠は趣味的過ぎるように感じられて、あまり好きになれなかった。
 だが、そんな表面的なことよりもエヴァの心を掴んで離さないことがあった。
 それは、本国から派遣されてきた技官たちの振る舞いだった。
 隊の発足からこれまでの間、ワルキューレ隊は独自の裁量権の中で評価試験を行ってきた。別に捨て置かれてきたわけではない。軍上層部がテスト部隊のやり方に対して細かく口出しをしないというのは、ガイロス軍の伝統であった。消化すべきプログラムの内容は事前に提示されるが、軍が要求するのはそこに記された期限を守ることだけであり、評価試験をどのように実施するかという細目は個々のテスト部隊の裁量に委ねられてきたのだ。軍主流派から『島流し』同然の扱いを受けてきたワルキューレ隊でさえも、そうしたガイロスの伝統に則り、部隊としての自主性を尊重されてきたということなのである。
 しかし、ケイローン・ツヴァイの評価試験を実施するにあたり、軍は専任の技官3名とデータ収集用の機材を満載した専用グスタフを随行させてきた。評価試験においてワルキューレ隊が保有する実験機材は全く使用されず、データ収集用のグスタフのみを用いることとされた。そうした事態はワルキューレ隊の短い歴史の中でも初めての出来事であった。
 評価試験の一切は随伴してきた技官らが取り仕切り、ワルキューレ隊のスタッフにはグスタフに近寄ることすら許さなかった。
 無論、ワルキューレ隊のメンバーたちにとっては面白いはずがない。しかし、それが軍からの正式な命令書に基づく以上、彼らにできることは何もなかった。
 だからといって、納得したわけでもない。誰も公然と口に出して言うことはしないものの、ワルキューレ隊の間では本国から派遣されてきた技官たちに対する不信、不満といった感情が静かに蔓延していたのである。
「中尉! そろそろテストを開始したいとのことですが」
 駆け寄ってきた整備兵が遠慮がちにそう言った。
「了解」
 軽く敬礼を返したエヴァに、整備兵が耳打ちする。
「……中尉、例の準備は整っています」
「わかったわ。あとは手筈どおりに」
「了解です。よそ者に大きな顔はさせませんて」
「その意気ね。でも、ま、慎重に行きましょ」
「急いてはことを仕損じる、ですな。肝に銘じておきます」
「そういうこと」
 整備兵の肩をポンと叩くと、エヴァは自分専用にチューニングされたカスタムイグアンへと足を向けた。

 エヴァが駆るイグアンは、『パワードイグアン』と呼ばれる機動性能強化型のカスタム機である。改修箇所は背部のフレキシブルスラスター周辺に集中しており、機動性の向上に力点をおいて開発されたということが一目でわかる。実際、スラスターの総推力がイグアンの全備重量を上回るという桁外れな出力強化と、それに伴う脚部補機の再設計により、極めて優れた運動性能を獲得することに成功していたのだから、そのポテンシャルは相当なものだと言えよう。
 しかしながら、それを乗りこなし、本来のスペックを引き出すためにはパイロットにも相応の高い技量が要求される。スロットルを少し押し込んだだけで、一気に時速200キロメートル超の高速域に達するようなピーキーな機体は、熟練したパイロットでも手に余る。繊細かつ大胆な操縦テクニックだけでなく、ゾイドとの相性や信頼感といった要素が不可欠であり、高性能であると同時に乗り手を選ぶゾイドでもあった。
 このパワードイグアンは、かつてワルキューレ隊で評価試験を受けていた試作ゾイドの中の一体だった。だが、前述の理由により量産化には向かないと判断され、制式採用が見送られたという経緯を持っていた。本来ならば、そのまま本国に送り返されるべきなのであるが、エヴァとの相性がすこぶる良好であったこともあって、現在は彼女の専用機として評価試験における仮想敵機としての役割を担う日々を送っている。

 そんなパワードイグアンのコクピットに潜り込んだエヴァは、ヘルメットをきっちり被って、計器点検を行った。シートを通じて伝わるコアの鳴動が心地よい。どんなにモヤモヤしていても、愛機に乗れば不思議と気分が安らぐ。それはゾイド乗りとしての適性の高さを示す、何よりの証であった。
 ゾイドは兵器や道具である前に、先ず一個の生命体である。
 故に、それぞれのゾイドには固有のバイオリズムというものが存在する。そのバイオリズムが操縦者のそれと一致したとき、ゾイドは持てる力を最大限に発揮することができるのだ。
 ゾイドのポテンシャルがいかに高くとも、また操縦者である人間の能力がどれだけ優れていようとも、それらが相互に響き合わなければ、何の価値も生まれない。それこそがゾイドと人との関係の妙であった。
 ゾイドと人が力を合わせることから全てが始まると言っても過言ではないだろう。
 そうした関係性に魅入られ、ゾイドを駆る悦びに取りつかれた人種が、いわゆる「ゾイド乗り」である。彼らにとって、ゾイドに乗るということは難しくもあり、楽しくもあり、そして何よりも誇らしいことであった。多くのゾイド乗りは自らの愛機に巡り会えたことを何よりの自慢にしていたが、それはエヴァも同じだった。
 エヴァはコクピットの中でゆっくりと深呼吸して精神を集中させると、イグニッションキーをコンソール脇に挿しこみ、一目盛分だけ捻った。
 たちまち背部のスラスターがアイドリング状態に入り、特有の甲高い音ともに高温の排気ガスが吐き出される。その振動がコクピットにも伝わってくる。エヴァは、その振動を全身で感じながら、訳もなく気分が昂揚してくることに気づいていた。
 だが、その昂揚感は次の瞬間に掻き消されることになる。
「中尉! ヤツが、ケイローン・ツヴァイが起動しましたッ!」
 スピーカーから飛び込んできた声は、待避所に下がった整備兵のものだった。
「何ですって!?」
 エヴァは思わずそう聞き返していた。
 模擬戦には手順というものがある。まず、参加するゾイドを起動させた後、予め定められた合図があって初めて模擬戦が開始されるのだ。実戦的とは言い難いのは事実だが、データ収集を目的としている以上、この形式を破る必然性はなかった。
 だから、何の合図もなく模擬戦に突入するなどありえない。…ハズだった。
「間違いありません。赤外反応は、ミリタリーレベル!」
「ツヴァイは真っ直ぐそちらに向かっています。ただちに、ただちに回避を!」
 整備兵たちの叫びと眼前の状況は確かに一致していた。
 エヴァとしても躊躇う理由は何もない。
 待機状態で止めていたパワードイグアンのキーをもう一段階回し、戦闘レベルへと出力を上げると、一気にスロットルを押し込んだ。
 スラスターの強烈な排気圧で地面の砂が盛大に巻き上げられる。
 それはパワードイグアンの姿を覆い隠さんばかりの凄まじい勢いだった。
 固唾を飲んで見守る整備兵たちの前で、その濛々たる砂煙の中から飛び出してくる影があった。
 パワードイグアンだ。
 思わず、整備兵たちの間からワッと歓声があがる。
 軽くホバリングした状態を保ちながら、エヴァはパワードイグアンを加速させた。
 大きく弧を描くように機体を操りながら、油断なく周囲を警戒する。
「いた……」
 エヴァは巻き上げられた砂煙に立ち往生するケイローン・ツヴァイの姿を認めた。
 だが、エヴァがツヴァイに気が付くのと同時に、ツヴァイもパワードイグアンの存在に気づいたようだった。素早く方向転換すると、パワードイグアン目掛けて加速状態に入ったのだ。
「チッ……」
 コクピットの中で、エヴァは舌打ちした。
 左腕に装備したインパクトガンを構え、ケイローン・ツヴァイに向かって発砲するが、ダメージを与えるには至らない。
 それもそのはずで、パワードイグアンの搭載火器は全て訓練用のエアガンに換装されており、装填されている弾丸も赤い染料を詰めたペイント弾なのである。何発命中しようとも、表面装甲に赤い塗料が飛び散るだけだ。
 そのことを知ってか知らずか、ケイローン・ツヴァイは速度を緩めることなく突っ込んでくる。背部のマグネッサードライブによって滑るように移動するケイローン・ツヴァイの速力は、高速戦闘ゾイドと比しても見劣りするものではなかった。
 エヴァは、パワードイグアンの全スラスターを最大出力で噴かして空中へと逃れ、突進してきたケイローン・ツヴァイをやり過ごした。そして、着地して姿勢を整えると同時に無線のスイッチを入れた。
「こちら、ワルキューレ201。ベルゲ03、応答せよ」
 だが、応答はなかった。
 ベルゲ03というのは、本国から派遣されてきたグスタフに付けられたコールサインである。無線を通じて呼び出す際に使用する名前だが、エヴァが何度呼びかけても『ベルゲ03』は沈黙を守ったままだった。
 こんな時に無線機の故障など起きるはずもない。
 意図的にエヴァの呼びかけを無視していると考えるのが妥当だった。
「……くそ、何を考えているんだ」
 そう毒づきながら、エヴァは後方監視モニターを一瞥した。
 そこには相も変わらずパワードイグアンを追いかけてくるケイローン・ツヴァイの姿が映し出されていた。
「緊急停止信号を送信すれば事足りると言うのに……。荒事をやるしかないか」
 エヴァは溜息とともに、そう呟いた。
 決意した後の彼女の行動は迅速だった。
 パワードイグアンを一挙動で転進させ、ケイローン・ツヴァイと向き合わせる。と同時に、スラスター出力を全開にして最大加速をかける。そして、牽制を兼ねてペイント弾を撃ち込みながら、右腕のクラッシャーバイスを構えた。
 パワードイグアンのクラッシャーバイスは単に打突の衝撃でダメージを与えるだけの武器ではない。強力なスタンガンを内蔵しており、中型ゾイド程度であれば全身の神経を一時的に麻痺させることも可能なのだ。
 そのクラッシャーバイスをすれ違いざまにケイローン・ツヴァイの胸部――つまり、イグアンの上半身を流用した部分――に叩き込む。迸る高圧電流がケイローン・ツヴァイの全神経を一瞬のうちに麻痺させた。

 ドオッ……

 全身の自由を失ったケイローン・ツヴァイは、もんどりうって地面に倒れ込んだ。四肢が痙攣している以外は身動きすることもできず、戦闘を行えない状態であることは誰の目から見ても明らかだった。
 エヴァはもう一度無線をオンにした。
「ワルキューレ201より、ベルゲ03へ。状況は終了した。ただちにケイローン・ツヴァイの回収を行われたし。……以上」
 言いたいことだけ言うと、相手の返答を待たずに、エヴァは無線のスイッチを切った。


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