第2話:DOUBLE CORE


「違う。真っ直ぐじゃない! 右に曲がるんだよ!!」
 ウーデットはケイローンのコクピットで声を荒げた。
 今、彼はケイローンを駆って模擬戦に参加していた。試作ゾイドの評価試験は、連日のテストとそれによって収集されるデータの解析が主である。そのため、テストパイロットたちは、基地周辺に広がる荒野で――模擬戦闘を含む――各種テストに明け暮れる毎日を過ごしていた。
 テストパイロットとしてのキャリアは決して短くないウーデットであったが、2週間ほど前に送り込まれてきたケイローンには、かなり手を焼いていた。
 このゾイドは特異な外観を持つばかりではなく、操縦者の言うことを全く聞き入れようとしなかったのだ。
 ……いや、違うな。
 ……ケイローンは、聞き入れようとしないんじゃない。聞き入れることができないんだ。
 ウーデットはコクピットの中で、そう直感していた。
 コクピットに伝わってくるゾイドの鼓動は全くのランダムで、ひと時たりとも一定しなかった。その乱れたパルスは、ケイローンの内面にある激しい葛藤を容易に想起させた。職業柄ありとあらゆるゾイドに乗ってきた中で研ぎ澄まされてきた己の感覚を、ウーデットは信じていた。そんな彼だから、ケイローンを操ることの難しさを誰よりも深い部分で理解していた。
 だが、ウーデットは諦めなかった。
 いや、むしろ理解しているからこそケイローンを必死に操ろうとするウーデットであったが、彼の意に反して、ケイローンは盲目的な直線走行を止めようとしなかった。
「くそッ、この操縦桿は飾りじゃないだろうな」
 誰に言うともなく毒づいてみせるウーデットだったが、無論、本意ではない。
 だが、そうとでも言わねばやり切れないような状況だった。
 その状況に追い打ちをかけるように、ハンテルマンが駆るヘルキャット改が後方から迫ってくる。それを認識しつつも対処のしようがないという現状に、ウーデットは歯噛みした。
 と、次の瞬間、鈍い衝撃がコクピットに伝わってきた。
「!! ……しまった。被弾したか」
 そう呟くウーデットの視界の片隅に、訓練用のエアガンを背負ったヘルキャット改の姿が映った。それと同時に、聞きなれた声が耳を叩く。
「ウーデット中尉! 何をやっている。貴様はこれで今日2度目の戦死だぞ!」
 模擬戦を監督していたフレンツェンからの怒声がヘルメット内のインカムを通じて飛び込んできたのだ。
「も、申し訳ありません」
 反射的に謝罪の言葉がウーデットの口をつく。
「そう思うなら、まずケイローンに謝るんだな。一旦休憩を取る。降りて来い」
 フレンツェンはそう言うと、無線機のスイッチを切った。
 ウーデットは溜息とともに緊急停止装置を作動させ、無理矢理ケイローンを停止させた。通常は使うことのないはずの緊急停止装置を使わねばならないということが、事態の深刻さを何よりもよく物語っていた。
 手動でハッチを開けて、ウーデットはコクピットから降りた。
 ヘルメットを脱いで、ケイローンを見上げる。
 丁度、イグアンから流用した上半身がペイント弾の染料で赤く染まっていた。それはまるで血を流したかのように見え、ウーデットは思わず顔をそむけた。
 例え、どんな理由があるにせよ、目前の結果は決して褒められたものではない。
 事情を知れば、誰もウーデットを責めたりはしないだろうが、彼自身のパイロットとしての誇りと自負は安易な慰めや妥協を受け入れることを拒否していた。
 浮かぬ表情のウーデットは、重い足取りでフレンツェンの待つテントへ向かった。

 整備班の副班長であるコールは、データ収集用の機材を並べたテントの下で、今しがた得られたばかりのデータを整理していた。決して人員が足りているとは言えないワルキューレ隊において、整備班の仕事は単なるゾイドの整備に留まらなかった。模擬戦闘のデータ解析、分析、そしてレポートの作成まで、およそゾイドのハード面に関することなら何でも請け負っていたから、その忙しさは半端じゃなかった。
 だから、フレンツェンが声をかけてきたときも、コールは作業の手を休めることはしなかった。
「コール中尉、ちょっといいか?」
「はい。何でしょうか?」
「ちょっと訊きたいことがあるんだが」
 そう言って、フレンツェンはコールの隣にある折り畳みイスに腰をおろす。
「……あの、ケイローンのことなんだ」
 と、フレンツェンは声を潜める。
 ああ…と頷きながら、コールは手元に散らばっているプリント用紙をまとめる。
「あのゾイドがここに来て、もうすぐ2週間になろうとしている。だが、まだウーデットはケイローンを扱い切れずにいる。ウーデットの腕は決して悪くはないんだ。それはオレがよく知っている」
「そうでしょうね」
 コールもフレンツェンの意見に同意した。
「で、率直な意見を聞きたんだが、整備班の目から見ても、やはりあのゾイドは扱いづらいと思うか?」
 フレンツェンの言葉に、コールはおとがいに手をやって少し考えるような素振りを見せた。
「大尉は、ケイローンの素性をご存知ですよね」
「あ、あぁ……」
 フレンツェンは曖昧に相槌を打って、頷いた。

 ケイローンというゾイドは、極めて特殊なゾイドであると言わざるをえない。
 何よりも先ずケイローンが人工的に造り出されたゾイドであり、惑星Ziの生態系にその素体を見出すことはできないという点で、既に他の殆どの戦闘ゾイドと大きく異なっている。
 ケイローンは、ブラキオスとイグアンをベースに、様々な小型、中型ゾイドのパーツを寄せ集めて生み出された、文字通りの合成獣(キマイラ)である。試作機を構成するそれらのパーツが、全て戦場で擱座した戦闘ゾイドから回収されたものであったという事実は、この異形のゾイドに対して付けられた予算があまりにも少なかったことに起因する。
 だが、その低予算とは裏腹に、かなり欲張った性能要求があったことも見逃すことができない。フィールドを選ばぬ高い対応能力が求められた結果として、水上航行可能なブラキオスの胴体にイグアンの上半身を接合したメインフレームが造り出された。が、話はそこで終わらない。メインフレームの背面には、高い索敵能力を求めてゲーターのレーダーシステムが取り付けられ、飛行能力を得るためにレドラーの翼を流用して製作されたマグネッサードライブまで搭載しているという有様である。また、メインフレームにはブラキオスとイグアンのコアがそのままの形で内包されているため、その重量出力比は同クラスの中型ゾイドに比べて倍近い。そうした高いスペックがあればこそ、計画が途中で頓挫することなく今日まで続いてきたのである。
 そうして生み出されたケイローンが、大異変前の共和国軍ゾイド『ケンタウロス』に酷似したシルエットを持つことは決して偶然ではない。ケイローンの設計チームは『ケンタウロス』を強く意識しており、開発コードにも『ケンタウロス』の名を用いていた。事実、初期の設計仕様書には『ケンタウロス・ジ・エンペラー』の文字を見て取ることができる。しかし、自国の戦闘ゾイドに敵国のかつての決戦機の名前をつけることを嫌った摂政プロイツェンの意向により、名称は『ケイローン』へと改められた。
 このエピソードは、ケイローンに対する帝国上層部の注目度が決して低くなかったことの何よりの証拠であろう。だからこそ、ケイローンはワルキューレ隊へと送られ、量産化を視野に置いた実用評価試験を受けることになったのである。

 そうした込み入った事情を持つゾイドだけに、テストを担当するパイロットたちの心境も複雑なものがあった。
「ウーデット自身は、あのゾイドは内面に強い葛藤を持っていると言っているが、オレには何とも言えないんだ。何せ、最初に一度乗ったきりだから、操作性の低さがどこから来るものなのか、判断し難くてな。それについて整備班としての意見があれば、聞かせてほしいんだ。いや、中尉の個人的な考えでも構わないが」
 歯切れの悪いフレンツェンの科白に、コールは微苦笑を浮かべた。
 叩き上げのゾイドパイロットであるフレンツェンが、ここまで判断に迷うというのも珍しいことだった。
「なるほど、葛藤ですか。それは言い得て妙ですね」
 コールはそう応えると、手にしたプリント用紙から一枚を抜き取ってフレンツェンに示した。
「これは今回の模擬戦中に収集したケイローンのデータをグラフで表したものです」
 コールはそう言った。
 細長い紙の上に十数本の折れ線グラフが長く伸びていた。その線の数がケイローンに取り付けられたセンサーの数と一致することに、フレンツェンはすぐに気が付いた。
「注目してもらいたいのは、この2本のラインです。これは、ケイローンのゾイドコアが発する微弱な生体電磁パルスを検出し、それをグラフ化したものです。このパルスはコア毎に固有の発振パターンがあり、このグラフでもそれぞれのコアが一定の間隔で決まったパターンの波形を描いていることがおわかりになると思います」
「……確かに」
「問題なのは、この二つのコアが持つ固有のパルス周期が一致していないことです。よく見てください。グラフの山と谷が全く一致していないでしょう?」
「本当だ……。だが、このことが一体どういう意味を持つと?」
「そう難しいことではありませんよ。野生のゾイドが持つコアはひとつですが、戦闘用ゾイドには人工的な手法によってコアを複数搭載させることがあります。より強靭な生命力や戦闘力を追及することを目的として、専ら大型ゾイドに対して試みられてきたことですが、あのケイローンにも同じようなことが行われています。しかし、大尉もご存知のように、イグアンとブラキオスを接合したために成り行きでそうなってしまったに過ぎず、必ずしも最初から意図した結果ではなかったという点には注目が必要です。異なるゾイドコアのパルスパターンを厳密に一致させることは殆ど不可能なことですが、意図的にコアを複数内蔵させる場合は、少なくとも近縁の種を選んでパルスの周期――グラフに現れる山と谷との間隔――をなるべく一致させるようにします。ところが、ケイローンは決して近縁とは言い難いイグアンとブラキオスのコアを何も考えずにひとつのボディに収めてしまったんです」
 コールはそこまで言って、一旦言葉を切った。
「ケイローンが二つのコアを持つことは、スペック的には優れた重量出力比を生み出し、あたかも高性能を実現したかのように見えます。ですが、現実には、コアが発振する周期の一致しないパルスが電気的な不協和音を生んでいます。その、ごく微かな不協和音がコクピットの操縦システムに繋がる神経系の情報伝達に干渉し、著しい操作性の低下を招いているわけなんです。ウーデット中尉が『葛藤』と表現したのは、おそらくはその不協和音のことを指しているのだと思います。おそらく、他のパイロットを乗せてもどうにもならないでしょう。ゾイドとパイロットとの相性ではなく、純粋にケイローンの内部で起きている問題ですからね」
「なるほど……」
 コールの説明を聞いたフレンツェンは腕組みをして唸った。
「無論……」と、コールは付け加えた。
「これは、今までの模擬戦闘で得られたデータの解析結果を元にした、私の推論に過ぎません。ケイローンがコアを複数搭載していることが、マイナスの方向に作用しているのではないかと、私たち整備班では推測していましたが、今日の模擬戦を拝見させてもらって、その推測は限りなく事実に近いと感じました」
「そうか。……ということは、このままではどれだけテストを重ねても意味をなさないわけか。……そのコアのパルスパターンを調整して、不協和音を消す――とまでは行かなくても、軽減することはできないのか?」
 フレンツェンが腕を組んだまま、至極もっともなことを訊いた。
 だが、その問いにコールは肩をすくめてみせる。
「無理です。大尉。ウチの設備でできることじゃありません。一度、本国に送り返さないと、どうにもなりませんね。まぁ、その場合も、コアの換装をする以外に方法はないでしょうが」
「となると、評価試験自体の一時中止も考えたほうが良さそうだな……」
 そう言いつつ、フレンツェンはイスから立ち上がる。
「中尉、ご苦労だった。今日は、これで撤収しよう」
「了解」
 敬礼を返すと、コールは駐機中のグスタフへ向かった。同行していた整備兵たちを呼び集め、ただちに撤収作業に取り掛かる。
 フレンツェンも、ウーデットとハンテルマンを呼んで、撤収作業にかかるように伝えた。
 それぞれの乗機に向かって走り出す二人を見送りながら、フレンツェンは事態が思わぬ方向へ向かって転がり始めていることを、漠然とではあるが、感じずにはいられなかった。


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