第12話:離脱


「……大佐、何の真似です?」
 シュバルツシルトは自分に向けられた銃口とタトシェクの顔を見比べながら、そう訊いた。
 やっとの思いで言葉を紡ぎだしたとき、シュバルツシルトは口の中がカラカラになっていることに気づいた。舌が思うように動かなかった。そして、嫌な汗が背中をつたった。
 やがて重苦しい沈黙を破って、タトシェクが口を開いた。
「……いいだろう。冥土の土産だ。説明くらいはさせてもらうよ」
 タトシェクは静かにそう言うと、銃を下ろした。
「この基地で『ヘル・ラプター計画』がスタートした時、我々はプロイツェン閣下よりひとつの命令を与えられた。計画が失敗した場合は、基地内から全ての証拠を抹消せよ、と」
「な……、全て……」
「そう、全てだ。研究員、研究施設、データ、全てを消せ。閣下はそう仰せになったのだ」
 タトシェクは吐き捨てるようにそう言った。
「閣下はヘル・ラプターの研究において得られた成果が共和国側に漏れることを非常に懸念しておられる。帝国の優越性を保つためにも機密は保持されねばならない。この基地から計画の証拠を消しても、これまでに定期的に本国へ送信されたデータがあれば、研究自体は続行可能だ。研究員など、どうにでもなる。……それが閣下のお考えだ」
「そ、そんな馬鹿な……」
 シュバルツシルトは拳を握り締めた。
「プロイツェン閣下は、私たち研究者など所詮は使い捨ての道具に過ぎないと仰るのですか!? いや、その前に、そもそも機密の保持とやらができていれば、共和国軍がこの基地を襲撃することはなかったのではないのですか? 彼らの行動は明らかにヘル・ラプターを狙ったものです。それなのに今更……」
 激昂するシュバルツシルトの言葉を遮って、夜空に甲高い擦過音が響いた。
「……?」
「共和国軍のお迎えが来たらしいな」
 そう言ったタトシェクの科白には、一切の感情が含まれていなかった。

「来た!」
 3機のエイ型ゾイド『テンペスト』が徐々に高度を下げながら近づいてくるのを見つけ、ランバードは思わず声に出して叫んでいた。
 テンペストはマンタレイを改良した空中輸送ゾイドで、マンタレイと同じく小型ゾイド3体を積載できる。このエウロペ大陸にも武装を施したタイプが幾体も配備されていた。今回、ランバードたちの降下部隊を回収するために派遣されたのはそのうちの4機。3機が回収に向かう間、残りの1機は上空で待機する手はずになっていた。
 そして、それとは別に2機のテンペストがこの戦域に投入されていたが、それはランバードたちの与り知らぬことだった……。


「少佐! 降下部隊の姿を確認しました。報告どおり、9体います!」
 熱光学センサーで地上を監視していた下士官がそう報告する。
「よし。全機、エンジンの出力を下げ、着陸用意! ランバード大尉に通信をつなげ」
 テンペストばかりで構成された空輸部隊を率いるニック・ハーバート少佐は部下たちに素早く指示を出した。
「ランバード大尉とつながりましたッ!」
「よし。……こちら、第45輸送戦隊のニック・ハーバート少佐だ。ランバード大尉、聞こえているか?」
 ハーバートはマイクを掴んで呼びかけた。
『はい。鮮明に聞き取れます』
「うん。これから我が隊のテンペスト3機が基地に強行着陸する。着陸といってもタッチダウンするのは一瞬だ。その一瞬で大尉の部隊をテンペストに回収する。回収後はハッチを閉め、機体を停止させることなく離陸する。準備はいいか?」
『はっ! 必ずやり遂げます』
「大尉たちの頑張りを期待している。……以上」
 ハーバートがマイクを戻すと、コクピットの風防越しにビヨンドとヘルダイバーの姿が肉眼で確認できるまでになっていた。
「全機、ハッチ解放! ランディング態勢に入れ」
 ハーバートの命令により、テンペストの前後に設けられたハッチが開いていく。通常の任務において、格納庫のハッチを飛行中に開くことなどありえない。
 だが、今回の任務においては着陸後の停止を行わずにゾイドを回収することになっていた。着陸してからハッチを開けたのでは間に合わないのだ。前後両方のハッチを開いたのは、格納庫内部で乱流が発生し、飛行中の姿勢を崩すことを避けるための対応だった。
 エンジン音を轟かせつつ、テンペストは徐々に高度を下げていく。
 その進路上には、3機ずつでまとまったビヨンドとヘルダイバーたちがいた。


「いいか、よく聞け! チャンスは一度きりだ! 全員、気合入れていけよ!」
 ランバードは自分に言い聞かせるように、部下たちに向けて叫んだ。
 前方の視界で確実にその大きさを増してゆくテンペスト。着陸態勢に入った空輸ゾイドの進路上に突っ立っているなど、誰もが初めての経験だった。そんな行為は、普段なら自殺志願と断定されるに違いない。
 だが、今は違う。生きるため。明日を見るために、あえて危険に臨んでいたのだ。
 あるいは、ヘル・ラプターとの激闘に耐え切ったことが、彼ら降下部隊の面々にとって、幾ばくかの自信になっていたのかもしれない。
 誰一人として視線をそらすものはいなかった。
 皆、ただ真っ直ぐに前を向き、強い覚悟で挑んでいた。


「高度10メートルを切りました!」
「エンジン停止! 総員、耐ショック姿勢ッ!」
 ハーバートは叫んだ。
 程なくして鈍いショックがテンペストのコクピットにも伝わってきた。
「ぐおっ!!」
 充分に速度を落とさずにタッチダウンしたために、着地の衝撃でランディングギアが壊れ、操縦桿が激しく暴れた。
「抑え込め、ブライアン中尉!」
「了解です。……この野郎ッ! 言うことを聞きやがれ!!」
 地面との摩擦で、底面から赤い火花が散る。
 操縦士のブライアンは暴れる機体を必死に手なずけ、懸命に進路を維持した。
 ここでテンペストの進路が逸れたら、ランバード大尉たちやビヨンド、ヘルダイバーを回収する機会は永遠に失われてしまう。
 その思いがブライアンを奮い立たせた。
「正面前方100メートルにビヨンド3機。間もなく接触します!」
 オペレーターの報告も心なしか上擦って聞こえた。
 ハーバートはただ黙って前方を見据えた。


「来るぞ」
 チャンスは一回きり。しかも、たった一瞬に過ぎない。
 テンペストの姿が視界いっぱいに広がり、そして翼が視界から消えた。
 ――今だ!
 ビヨンドは跳んだ。
 一瞬のタイミングを逃すことなく、絶妙のジャンプでテンペストの格納庫に滑り込む。
 咄嗟に壁面のレバーを掴み、機体を固定。
 行き過ぎそうになった僚機をもう片一方の手で引き止める。
 後方のハッチが閉じてゆき、格納庫内に風が巻いた。
「やったのか……」
 呆然とした面持ちで、ランバードはそう呟いた。


「後部ハッチ閉鎖。ビヨンド3機の回収を確認しました」
「よし、前部ハッチも閉めろ。ただちにエンジン全開。ここから離脱する!」
「了解! ただちに離脱します」
 操舵士のブライアンが復唱するのを聞きながら、ハーバートはオペレーターに首を向けた。
「02と03も無事に回収を終えたか?」
「はい。テンペスト02、およびテンペスト03もビヨンドとヘルダイバーの回収に無事成功したとのことです」
「そうか。よかった……」
 再び加速していくテンペストの中で緩やかなGを感じつつ、ハーバートは心底安堵したという表情を見せた。
 急速に遠ざかっていく帝国軍基地。
 だが、まだ戦いが終わったわけではないことを、ハーバートたちは知らなかった。


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