突如、闇を白い閃光が切り裂いた。
その光はビヨンドたちの脇を掠め、ヘル・ラプターの胴体を真っ直ぐに貫いた。
……だけでは飽き足らず、背後に立ち並ぶ格納庫群を吹き飛ばした。大音響と共に破片が飛び散る。
ヘル・ラプターは静かに膝を折り、そして地面に崩れ落ちた。
見れば、胴体には大きな風穴が開き、ゾイドコアは完全に消滅していた。
あれほど有り余っていた生命力はコアを失ったことによって急速に失われつつあった。呻き声と共にビヨンドたちを見上げるその眼差しにも力はない。
先刻まで辺りを支配していた緊迫感は呆気なく消え去り、今はただ虚ろな時間だけが漂っていた。
「い、いったい何が……」
ランバードは目の前の出来事をどのように受け入れるべきなのか、わからなかった。
ついさっきまで死闘を繰り広げていた相手は、今や虫の息である。間もなく、完全に事切れるだろう。
ランバードたちはヘル・ラプターを撃破するために、ここへ来た。そのことを思えば、むしろ歓迎すべき結果のはずだった。
だが、誰ともわからぬものの攻撃を受けて倒れたヘル・ラプターを見ても、任務を果たしたという気分にはなれなかったし、かといって安堵感もやって来ず、ましてや喜びなど感じられるはずもなかった。
見知らぬ感覚に戸惑うしかなかった。
憐れみ?
同情?
いや、そんな安っぽいものではない。もっと複雑な感情であった。
しかし、言葉にすることは難しい。粘っこく渦を巻く思い。
突然の事態にビヨンドもヘルダイバーも時が止まったかのように凍りついた。
誰一人として言葉を発する者はなかった。発することができなかった。
と、そのときだった。
ビヨンド01のコクピットにノイズ混じりの無線が飛び込んできた。
『……ザザ……こちら、テンペスト01。降下部隊、応答せよ。こちら、テンペスト01……聞こ……るか……ザ…ザ……』
「!」
ランバードは慌ててマイクを掴んだ。
「こちら、降下部隊隊長のエリック・ランバード大尉だ!」
『……! ランバード大尉、ご無事でしたか!』
打って変わってクリアな声が聞こえる。指向性のレーザーリンクに切り替えたのだろう。
「ああ、何とか」
ランバードは短く応えた。
『状況を報告してください』
「ビヨンド2機とヘルダイバー1機をやられた。目標のヘル・ラプターは何者かの攻撃によって瀕死の状態だ」
『ビーム砲によるものですね? その攻撃に関してはこちらでも確認しています。僚機によるものですので、ご安心ください』
「僚機?」
『はい。それ以上のことは機密につき、申し上げられませんが……』
マイクの向こう側で申し訳なさそうな声が聞こえる。多分、まだ若い士官なのだろう。
その表情を思い浮かべて、ランバードは苦笑した。
「いや、いいんだ。それより、本題を聞かせてくれ」
『……我が第45輸送戦隊は大尉たちの部隊を回収するために、これから帝国軍基地へ強行着陸します。大尉たちは速やかに予定の回収ポイントへ移動してください』
「撃破されたゾイドとパイロットはどうする?」
『別働の回収部隊を降下させました。とにかく、一刻も速い移動をお願いします。既にエウロペ派遣軍司令部は基地の完全破壊を決定しました。もう幾らも猶予がないんです!』
「……了解した。直ちに移動を開始する」
『お待ちしております……』
通信は途切れた。
ランバードはスイッチを切り替えると、大きく息を吸い込んだ。
「全機、回収ポイントへ移動する。時間がないぞ! 急げ!」
その号令によって、激しい戦闘に耐えた9体のゾイドは目に見えぬ束縛から解き放たれ、一斉に撤収を開始した。
あとには、力尽きたヘル・ラプターが残された。
※
「なるほど。この基地も終わりか……」
タトシェクはタイガーキャットのコクピットの中で独りごちた。
不思議と感情に波は立たなかった。心が不感症になっていた。
タイガーキャットは、ヘルキャットの静粛性を活かしつつ、探知能力を強化した強行偵察ゾイドとして開発が進められていたものである。
高い索敵能力と情報収集能力が持ち味の小型ゾイドであったが、エウロペ戦線における戦局の推移はそのような機体を必要とはせず、より攻撃的、戦闘的なゾイドの開発が優先されることになった。結果として、タイガーキャットは量産化されることなく、たった2体の試作機が仕立てられただけで終わった。
そのゾイドに乗って、タトシェクが行おうとしていること。
それは『ヘル・ラプター計画』の隠滅であった。
オーガノイドシステムすら凌駕する謎の新ゾイドを解析し、それによって得られた技術を量産型ゾイドにフィードバックする計画を、帝国軍部はこの名もない基地で密かに推し進めていた。それが何らかの要因で失敗した場合の措置として、摂政プロイツェンはこう下命していた。
――すべての証拠を抹消せよ!
それは実験で得られたデータのみならず、研究施設、そこで働くスタッフまでもを含めた、この上なく冷酷な命令だった。
タトシェクは基地の副官として、その計画の全容を知る数少ない人物の一人だった。
彼が浮かぬ顔でタイガーキャットのコクピットに収まっているのは、それが原因だったのである。
「!?」
タイガーキャットの鋭敏なセンサーが、幾重にも建て込んだ基地施設の向こうで動く人影を捉えた。
「……二人。パイロットじゃないな。撃破地点から少し離れている」
ぶつぶつと呟きながら、タトシェクは状況を整理する。
「…………」
彼は無言でコクピットハッチの開閉レバーに手をかけた。
音もなくハッチが開き、冷たい夜風が吹き込んでくる。
静かにコクピットから降りると、背後に立つタイガーキャットを振り返る。
「お前はここで待っていてくれ。お前に汚い仕事をさせたくはない。手を汚すのは私だけで充分だ」
そう告げると、決意を固めたタトシェクは後ろを振り向くことなく歩き出した。
「生命活動は完全に停止しているか」
シュバルツシルトは目前に横たわるヘル・ラプターを見ながら、そう呟いた。
「そうみたいね。生体反応はおろか、赤外線放射もないし、何といってもコアが消滅しているんじゃあね……」
傍らに立つリディアも手にした携帯センサーの表示を確かめつつ、シュバルツシルトに同意した。
第五実験棟を出た彼らは指揮所からの避難指示を無視して、ヘル・ラプターの足取りを追った。
苛烈な戦闘から身を隠しつつ、その一部始終を目撃したのである。
当然、ヘル・ラプターが正体不明の攻撃を受けて倒れた瞬間もその目で見ていた。
「……もしかしたら、こうなったほうが良かったのかもしれないな……」
「どういうこと、ミハエル?」
「ヘル・ラプターは人間には制御できない、ということさ」
「? ……気性が荒いから?」
「違うな。もっと本質的なことだよ。単に気が荒いだけなら、パイロット次第では乗りこなすことも可能だろう。だが、そういう表層的な問題ではなく、もっと深い部分に何かが仕掛けられていたような気がしてならないんだ。人が決して開けてはならないパンドラの箱のような何かを、ね」
「パンドラ?」
「ああ、地球の古い神話さ。昔、パンドラという女性がいた。神はその女性にある箱を渡したんだ。決して開けてはならないと言ってね。だが、パンドラはその言いつけを破ったんだ。パンドラが箱を開けると、そこからはありとあらゆる災いが飛び出してきたんだ。パンドラは慌てて箱の蓋を閉めたが、あとに残されたのは『希望』だけだったそうだ」
「……皮肉な話ね」
「なるほど、面白い話を聞かせてもらったよ」
出し抜けに男の声がして、シュバルツシルトとリディアはさっと背後を振り返った。
そこには月明かりに照らされたタトシェクが立っていた。
彼は腰の軍用拳銃を抜き、そして静かに構えた。
「すまないが、君たちにはここで死んでもらわなくてはならない」