四方から射出されたアンカーはヘル・ラプターの胴に突き刺さり、その動きを抑え込んでいるかのように見えた。
確かに、ビヨンドのワイヤーアンカーは高張力の特殊合金で作られており、小型ゾイドはおろか一階級上の中型ゾイドにとっても、容易く振りほどけるような代物ではなかった。
ビヨンドの自重を保持するという観点からみれば必要以上の強度を持ち、使い方次第では飛行ゾイドを地上に引き摺り下ろすことさえ可能な装備なのである。
だが、ランバードは目の前の結果に満足してはいなかった。
むしろ、疑念さえ抱いていたのである。
――なぜだ? これくらい簡単に振りほどけるだろうに……。
一瞬で2体のビヨンドを撃破する近接格闘戦能力と、ヘルダイバーを凌駕する運動能力を目の当たりにしたランバードたちにとって、化け物じみたパワーを持つヘル・ラプターがたかだか4本の特殊合金製ワイヤーごときにその身を拘束されるなどということは、にわかに信じ難いことだった。
それはどんなに優位な状況下でも楽観しない、いわば戦士の本能のようなものだった。
「何を、考えているんだ……」
やけにおとなしいヘル・ラプターを目前にして、抑え込んでいた緊張感と恐怖心が再び頭をもたげようとしていた。
それらを振り払おうとして目を閉じたとき、ランバードはある考えに思い至った。
――ヤツは、俺たちを誘っている!?
だが、なぜ?
すぐに明快な答えは出なかった。
しかし、この短時間のうちに目にしたヘル・ラプターの戦闘能力をもってすれば、ワイヤーアンカーを振り切って周囲に佇むビヨンドを各個撃破することなど、容易いことに思えた。
なのに、ヘル・ラプターはそうしようとしない。
ビヨンドたちが一斉に襲い掛かってくるのを知っていて、それを待ち受けている。そう考えないと、とても合理的な説明はできそうになかった。
「くそ、上等だ……。各機、ワイヤーをたるませるなよ!」
そう叫ぶと、ランバードは一気にスロットルをレッドゾーンへ叩き込んだ。
背面に装備したガスタービンエンジンが野獣のごとき咆哮をあげ、青白い噴射炎を吐き出しはじめた。
と同時にアンカーの巻き取りスイッチをオンにして、マグネッサードライブを起動させる。
浮き上がったビヨンド01は二つの力に動かされ、一直線にヘル・ラプターへ突進していった。
当然、それを見て取ったヘル・ラプターは応戦体勢に入る。
背中のブレードが鈍く光り、ゆっくりと展開し始めた。
「させるか!」
ランバードの叫び声と重なるように、ビームガンが火を噴いた。
続けざまに閃光が闇を切り裂き、ブレードの基部を見事に撃ち抜いた。
それに喝采をあげる暇もなく、ビヨンド01とヘル・ラプターは急接近。ビヨンドのアンカークローがヘル・ラプターの横っ腹に突き刺さった。
その一撃には、さすがのヘル・ラプターも苦悶の叫びをあげた。
ランバードは攻撃の手を休めず、零距離からビームガンとガトリング砲を撃ちまくる。
高エネルギービームと徹甲弾がヘル・ラプターの表皮を削り取り、激しいスパークが飛び散った。
「た、隊長を援護だ!」
マクレガーが叫んだ。
それを合図にして、あまりの急展開にいささか呆気に取られた格好になっていたビヨンド隊から一斉にビームが放たれると、一瞬でヘル・ラプターは十字砲火の真っ只中に晒されることになった。
ワイヤーを切断するためのブレードは既に失われ、それを再生しようにも、次々とできてゆく銃創を癒すためにエネルギーを消費している状態では難しい話だった。
それでも渾身の力を込めて身を捻り、ビヨンド01が手にするビームガンの銃身を噛み砕いてみせるあたりが、ヘル・ラプターというゾイドの尋常ならざる闘争心を雄弁に物語っていた。
だが、無謀な行動の代償は高くつく。
強力な電磁場によって収束され、今まさに撃ち出されんとしていた高エネルギーの奔流が行き場を失って、一気に弾けたのだ。
高エネルギー粒子の実態はプラズマ状態の物質である。あらゆる物質がその性質を失うような超高温に泰然自若としていられるほど、ゾイドは鈍感な生き物ではない。
咄嗟にビームガンを捨てて後ずさったビヨンドは装甲表面に小さな焦げ跡をつくる程度で済んだが、恒星表面をも上回るかという超高熱が口腔内に直撃したヘル・ラプターの負ったダメージは相当なものだった。
ヘル・ラプターの顎は上下を問わず赤熱し、その様は溶鉱炉の中の鉄を容易に想起させた。
「な、なんて無茶しやがる……」
ランバードは焼け爛れたヘル・ラプターの頭部を見て、背筋に寒いものを感じた。
深手、と呼ぶのも憚られるくらいに凄惨なダメージを負いながら、それでもヘル・ラプターは戦うことを止めようとはしなかった。人知を超えた自己治癒力が瞬く間に爛れた顎を癒し、再び戦う力を与えた。
ヘル・ダイバーの反撃が始まる――。
誰もがそう思ったとき、ヘル・ラプターの身体に異変が生じた。
なんと、ヘル・ラプターから炎が噴き出したのである。
「!?」
いったい何が起こったのか。
ランバードたちには想像もつかないことだったが、ヘル・ラプターの体内ではその精緻なシステムが崩壊しつつあったのである。
つまり、相次ぐダメージからヘル・ラプターを立ち直らせてきた驚異的な代謝能力が、あまりにも深刻なダメージにその限界を超え、ついに暴走を開始したのだ。
全身の金属細胞から生み出される膨大なエネルギーはヘル・ラプターの小さな体躯では消費しきれず、余剰したエネルギーが熱に変わり、その表皮から放出された。
無論、そうした代謝熱の放散というメカニズムそのものは、ゾイドにとって珍しいことではない。
しかし、あまりに桁外れな熱量にヘル・ラプターの表皮が耐え切れず、ついには発火してしまったのである。
「各機、アンカーを切り離して、距離を取れ! ヘルダイバー隊、一斉攻撃だ!」
ランバードは必死に叫んだ。
危機感に突き動かされての指示だった。
部下たちもランバードの意思をよく理解し、そして迅速かつ的確に行動へと移した。
「とにかく、撃てるだけ撃つんだ!」
ヘルダイバー隊を指揮するブラッドレイは、部下にそう指示しつつ、自らも残りわずかなロケットランチャーの発射ボタンを押し込んだ。すぐさま、5体のヘルダイバーから合計14発のロケット弾が放たれ、折り重なるような軌道を描いてヘル・ラプターへと殺到した。
着弾の衝撃でヘル・ラプターを包んでいた炎が吹き飛ばされたが、あくまでも一時的なことに過ぎなかった。
全身の傷が癒えると同時にヘル・ラプターは火だるま状態に戻り、ゆっくりとした足取りながらも前進をはじめた。燃え盛る火炎が全身を覆い尽くしながらも、眼光は衰えず、むしろ爛々とした輝きを放っていた。
「くそ、狂ってやがる……」
「まだ、やる気なのかよ……」
パイロットたちの間から恐れとも諦めとも詠嘆ともつかぬ呟きがもれた。
そうした声をインカム越しに聞きながら、指揮官であるランバードも言いようのない無力感に襲われていた。
――我々の力をもってしても、ヤツを抑えることはできないのか??
一瞬が永遠にも思える時間の中で、ビヨンドも、ヘルダイバーも、なぜか金縛りにあったようにその場に立ち尽くし、ただ紅蓮の炎だけが闇を焦がしていた。
ひとり歩みを止めないヘル・ラプターは、もしかすると本当に狂気にとらわれていたのかもしれなかった。
だが、それを確かめるチャンスが訪れることはなかった……。
※
タトシェクは浮かぬ顔で地下格納庫を歩いていた。
この格納庫は、基地が襲撃されるという非常事態に備えてテスト中のゾイドの予備機を保管しておくための施設であり、その立ち入りは厳重に制限されていた。
5重のセキュリティシステムに守られた格納庫内には武装を除去した最新鋭試作ゾイドがずらりと並べられており、通路を挟んで佇むゾイドたちの威容は、まさに圧巻としか形容しようがなかった。
その中の一体――ヘルキャット改『タイガーキャット』の前にタトシェクは立つと、ポケットからキーを取り出した。
ハッチを開けてシートに座り、ベルトで体を固定する。
キーを急ごしらえの認証装置に差し込むと、タイガーキャットは静かに起動した。
タトシェクは自分がこれからしようとしている行為について、決して好感情を抱いているわけではなかった。軍人として職務を全うしなければならないという意識と彼自身の個人的な思惑が真正面からぶつかり合い、激しく葛藤していた。
答えはまだ出ていなかった。
まだ、迷いがあった……。
「ゾイドなんて、久しぶりに乗るな」
そう呟きつつ、タトシェクは操縦桿を軽く倒した。
タイガーキャットは原型機譲りの静粛性を遺憾なく発揮し、音もなく一歩を踏み出した。
そして、優雅かつ緩慢な挙動で格納庫の出口へと向かっていった。