「今だッ。撃てぇッ!」
ヘルダイバーのビームガンが一斉に唸り声をあげ、闇に沈んでいた一角を明るく照らし出した。
高エネルギーの奔流がヘル・ラプターの表皮を焦がすが、致命的なダメージにはならない。
もっとも、そんなことはハナから計算済みである。ヘルダイバー隊を束ねるブラッドレイが狙っているのは、ヘル・ラプターを撃破することではなく、思い通りのポイントに誘い出すことなのだ。与えるダメージ量は二の次であった。
とりあえず敵の注意を引きつけることに成功したのを確認すると、ブラッドレイは部下に次の指示を出した。
「ゲイツ少尉とハーバート少尉は手近な棟屋に上がって周囲を警戒しろ。T型の探知能力ならこのだだっ広い基地全体をカバーできるはずだ」
「了解」
「了解」
「それから、ホーク少尉とブラウン少尉もT型に随伴し、その護衛につけ」
「わかりました」
「了解です」
「ライアン少尉は、私と共に目標を誘い出す。いいな?」
「はっ!」
「では、ただちにポジションにつけ! 時間がないぞ」
その合図で、6機のヘルダイバーは散開した。
ブラッドレイとライアンは隠れていた格納庫の影から走り出ると、ヘル・ラプターへ向けて発砲した。
2機のヘルダイバーに気付いたヘル・ラプターが駆け出す。
「気付いたか……」
ブラッドレイは笑みを浮かべる余裕を取り戻していた。
接近するヘル・ラプターの姿を視界の隅で捉えながら、ブラッドレイは素早くフライトユニットのイグニッションスイッチを押し込んだ。
スロットルレバーを叩き込むと、一瞬でメーターが振り切れた。
「行くぞ!」
高加速状態へと移行したヘルダイバーは地を這うように飛んで、ヘル・ラプターと擦れ違ってみせた。そして、翼を翻してあっという間に格納庫の建て込む区画へと滑り込む。
それにつられるようにしてヘル・ラプターも加速を始め、ヘルダイバーの後を追いかけた。
「全機、配置に付いたか?」
ランバードがそう訊ねた。
「準備できてます」
「はい」
「問題なしです」
闇の向こうから三者三様の答えが返ってくる。
今、生き残ったビヨンドたちは入り組んだ区画に身を潜め、ヘル・ラプターを仕留める機会を窺っていた。
彼らが試みようとしていること。それは戦闘というより、むしろ「狩り」と呼ぶべきなのかもしれなかった。
――もっとも、あんな得体の知れないゾイドを相手にハンティングしたことのある人間なんていないだろうがな。
ランバードはふとそんなことを思った。
と同時に、ゾイドの足音が聞こえ始めた。
「……来たか」
ランバードは操縦桿を握る手に力を込めた。
「くっ、もうガス欠か……」
ブラッドレイはコクピットの計器表示を見て、そう呟いた。
ヘルダイバーのフライトユニットはごく短い時間しか稼働できない。燃料タンクの容量が少ないことが最大の理由だった。
それに、そもそもこのフライトユニットは降下時の姿勢制御を主な目的として開発されたものであり、持続的な飛行に使うことなど全く考慮に入ってはいないのである。
「フライトユニットを切り離す」
そう独りごちて、ブラッドレイは非常釦を叩いた。
バシュッ
内蔵された炸薬ボルトが、フライトユニットをヘルダイバーの背中から弾き飛ばす。
たちまち空気抵抗がフライトユニットを後方へと押し流す。
硬い音を立てて地面にぶつかり、ヘル・ラプターの方へ跳ねた。
同じように、ライアン機が切り離したフライトユニットも地面に転がった。
ヘル・ラプターは高速で走りながら、軽いジャンプでそれらを回避してみせた。
そして、ライアンの操るヘルダイバーに狙いを定めると、更に加速した。
瞬く間に距離を詰めると、ヘル・ラプターは背面のブレードを展開した。
それはレブラプターに装備されているカウンターサイズに似ていると言えなくもないが、明らかに異なる形状を持ち、より広い可動範囲を持っている。むしろ、ブレードライガーのレーザーブレードに近いと言った方が適切であろう。
そのブレードが白く光った。
「……なッ!?」
背後を振り返ったライアンは、ヘル・ラプターを間近に見て驚愕した。
驚きはすぐに恐怖に取って代わった。
だが、それも一瞬のことだった。
光を帯びたブレードを展開したまま、ヘル・ラプターはヘルダイバーに追いすがり、そして抜き去った。
と同時に、鋭いブレードがヘルダイバーの躯を真っ二つに切り裂いた。
「うわあああああああぁぁッ……!!」
ライアンは絶叫した。
上下に分割されたヘルダイバーが地面にぶつかり、そしてバラバラに砕けた。
コクピットのある頭部も地面を激しく転がった。
その中に乗っているライアン少尉が無事であるはずがなかった……。
ライアン機を破壊したヘル・ラプターはその勢いを保ったまま、ブラッドレイ機へと転進した。
「ライアン少尉!?」
振り返ったブラッドレイの視界に飛び込んできたのは、一直線に駆けてくるヘル・ラプターの姿だった。
何度見ても、あまり気分のよいものではない。
「くそ、あと少しだってのに……」
ブラッドレイは歯がみした。
ヘルダイバーは、ビヨンドと違って、格闘戦には向いていない。
近接されれば対抗手段がなかった。
かといって、振り向いて銃を撃つなど論外だった。
そんなことをして速度が落ちれば、自らの首を絞めることになるだけだ。
手持ちのビームガンでは歯が立たないことは先刻から証明済みだった。
――打つ手なしなのか!?
思わず目を閉じたそのとき、背後で突如として爆発が起きた。
「!!」
振り返れば、そこには苦悶するヘル・ラプターがいた。
「……そうか! あいつら、やってくれるじゃないか!」
ブラッドレイは警戒にあたらせていた部下の機転に感謝した。
そして、ランバードと打ち合わせていたポイントに向かって必死で駆けた。
ヘル・ラプターが再び追いかけてくるのがわかったが、今度は焦らなかった。
「大尉! あとはお願いしますよッ」
そう叫ぶと、ブラッドレイは操縦桿を倒した。
ヘル・ラプターの視界からヘルダイバーの姿が消えた。
どうしたことか、といった風情で首を巡らすヘル・ラプターの胴体に、四方からアンカーが撃ち込まれた。
ヘル・ラプターは胴体を深々と貫いたアンカーの主たちを探して周囲を見回した。
突如、何もないはずの空間が揺らぎ、光で満ちた。
ささやかな喧噪の後で、光学迷彩を解除した4機のビヨンドがヘル・ラプターを取り囲むように立っていた。
「行くぞ……」
ランバードは押し殺した声でそう告げた。
それがはじまりの合図だった。