第8話:戦慄


 ビヨンドの胴体目掛けて繰り出されたヘル・ラプターのミドルキックは、実にスムーズで無駄がなく、しかも洗練されていた。
 断末魔の声をあげる猶予もなく、標的とされたビヨンド05はコアを粉砕された。
 一撃だった。
 二体のビヨンドを屠ったヘル・ラプターが周囲を睥睨する。
 闇に光るヘル・ラプターの両眼は凄味を増し、見る者すべてを威圧した。
「くそッ」
 ランバードは呻いた。
 ヘル・ラプターが攻撃する姿に見とれてしまった自分に慄然とし、そして怒りが沸き起こった。自分に、そして敵に。
 だが、身体が思うように動いてくれなかった。
 焦りばかりがつのる時間の中で、ヘル・ラプターの首がランバードの乗るビヨンド01へと向けられた。
 それは余裕たっぷりの緩慢とした動作だった。
 生きた心地がしなかった。
 ヘル・ラプターが一歩踏み出そうとしたその瞬間、猛烈な爆発が「彼」を包み込んだ。
 あまりに突然で、ランバードは何が起きたのかわからなかった。
 凄まじい衝撃波に身を仰け反らすヘル・ラプターを目の当たりにしながらも、それが味方機の支援攻撃の結果だということには気付かなかった。いや、気付けなかった。
「ご無事ですか、隊長!!」
 ブラッドレイの声が耳を打った。
「ブラッドレイ中尉!?」
 ランバードはようやくヘルダイバー部隊の存在を思い出し、さっきの爆発が何であるかを悟った。
 爆発はヘルダイバーたちが放ったロケット弾によるものだった。
 発射された6発の対地ロケット弾は全てヘル・ラプターの胴体に着弾した。しかも、それらは炸薬を増量した強装弾だから、並の小型ゾイドが相手なら即死のはずだった。
「ご無事ですか?」
 ブラッドレイは重ねて訊いた。
「ああ、何とかな」
 そう言ってから、ランバードはようやく妙な束縛から逃れられた気がした。
 だが、和む雰囲気にマクレガーが水を差した。
「隊長! 奴は、まだ生きてますッ!」
「何だと!?」
 ヘル・ラプターの大きく抉られた脇腹が瞬時に回復する様を目撃して、ランバードは言葉を呑み込んだ。
 いくらオーガノイドシステムがゾイドの生命力を強化するとしても、瀕死の重傷を一瞬で回復させられるほどの力はない。
 仮に可能だとしても、そんなことをすればコアに負荷がかかりすぎ、ゾイドの生命を脅かしかねない。
「化け物だ……」
 マクレガーが絞り出すように言った。
 他に形容しようがなかった。
「……だとしても、我々は退くわけにはいかないぞ」
 自分自身に言い聞かせるように呟いたランバードの言葉に、ブラッドレイはピンと閃くものを感じた。
「そうか……、そうだ! 隊長、退きましょう!」
「どういうことだ?」
「我々の侵入経路をそのまま後退し、ヤツを格納庫が建て込んだ区画に誘い込むんです。きっとヤツは我々を追ってくるでしょう。そこを待ち伏せして、叩くわけです」
「なぜ、追ってくるとわかる?」
「勘、です。何となくなんですけど、アイツは戦いを求めているような気がするんですよ。それに人が乗っていない無人のゾイドですから、逃げる敵を見れば追わずにいられないはずです」
 自信に満ちたブラッドレイの提案に、ランバードはハッとさせられた。
 確かに、このままではどうしようもなかった。
 戦闘において先制攻撃、とりわけ奇襲攻撃を仕掛けた側が優位に立つことは、戦術上の常識である。
 その意味において、緒戦におけるアドバンテージをヘル・ラプターに奪われたことは紛れもない事実だった。この戦況をひっくり返すには、こちらが戦いの主導権を握らねばならない。
 後退することによって生み出される距離と時間。それを活かして逆襲すること――すなわち戦場を再構築することを躊躇う理由など何処にもなかった。
「……よし、その手で行こう」
 そう決断したランバードは、なぜだか心が軽くなったような気持ちがした。
 今なら、何もかもが手に取るようにわかる。
 ヘル・ラプターの襲撃によって取り落とした何かを、自分の手の内に取り戻せた気がした。
「ヘルダイバー小隊は残りのロケット弾で目標の注意を引きつけろ。別に当てなくてもいい。撃ったら全速で後退して退路を確保しろ。ビヨンドは後退してアンブッシュ。目標に対し、近接格闘を挑む。いいな」
 返事はなかった。
 ランバードは、それを了解の意思表示だと受け止めた。
「……よし。ヘルダイバー、撃てッ!」
 ランバードの号令と共に、ヘルダイバーのロケットランチャーが一斉に火を噴く。
 攻撃態勢に移りかけていたヘル・ラプターの足下でロケット弾が炸裂し、凶悪な光と音の渦を生み出した。
 それに呼応するようにして、ビヨンドたちがガトリング砲弾をばらまきながら後退し、あっという間に建物の影に姿を隠した。
 蛇足を承知で付け加えるなら、マグネッサードライブによって滑るように移動するビヨンドの姿は、先刻とは打って変わって軽快であり、まるで出鼻をくじかれたヘル・ラプターを嘲笑うかのようですらあった。
 果たして、ブラッドレイが予見したように、ヘル・ラプターはビヨンドたちを追って静かに前進を始めた。

 未だ全てのモニターが沈黙したままの戦闘指揮所には、基地内の各所からバックアップ回線を通じて被害報告が入ってきていた。
 そのほとんどが、戦闘用ゾイドが破壊されたことを告げるものであり、およそ明るい報せと呼べるものは皆無であった。
「司令。第五実験棟から連絡が入っています」
 そう言いながら、女性オペレーターが振り向いた。
「誰からだ?」
 ヴェルターは面倒くさそうに訊き返した。
 どうせロクでもない話だということが、わかりきっていたからだ。
 だが、オペレーターは、そんなヴェルターの態度を意に介する風もなく、あくまでも淡々とした口調を崩さなかった。
「シュバルツシルト主任研究員からです」
「わかった。こちらに回してくれ」
 そう言うと、ヴェルターは手元の受話器を取り上げた。
「ヴェルターだ。どうした?」
『ヘル・ラプターが自律的に起動し、実験棟外に逃亡しました』
「何っ!? それは本当か?」
『はい。つい今し方のことです』
「そうか、わかった。君らは早急に避難したまえ。くれぐれも気を付けてな」
 そう言ってから受話器を戻したヴェルターの顔は青ざめていた。
「どうされました?」
 タトシェクがそう訊いた。
 だが、ヴェルターはすぐに応えなかった。
 彼は目の前の一点を見つめ、何かを考えるような表情になっていた。
「ヤツが、起動した……」
「?」
「忘れたか? 第五実験棟に何があったのかを」
「……! そ、そんな、まさか!? 休眠状態だったはずではなかったのですか?」
 言葉の真意に気付いたタトシェクが、珍しく狼狽えてみせた。
「確かに、そう報告されていた。だが、状況は変わったのだ」
 ヴェルターは吐き捨てるように言った。
「……どうされるおつもりです?」
「ふん。私に選択の余地など無い。誰にどう言われようとも、摂政閣下のお言葉に従うしかないのだ」
 ヴェルターは自嘲気味にそう答えると、そのままシートに座り込んだ。
 前を向いたその視線はメインモニターに注がれていた。
 そこには何も映ってはいなかったが、彼は確かにそこに何かを見出していた。
 何を見出していたのかは、それこそ本人のみが知るところであるが、少なくとも愉快な内容ではないことだけは確かだった。
 しばらく沈黙を守ってから、ヴェルターは口を開いた。
「手筈通り頼むぞ、リッター」
「……了解です。では、手筈通りに」
 そう応えて、タトシェクは指揮所を退出していった。


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