第6話:ささやかな抵抗


 地面を這うような低姿勢で飛ぶビヨンドの姿は、獲物を狙う猟犬のようにも見え、あるいは高空から舞い降りる猛禽のようでもあった。
 どういう例えが適切かどうかはともかく、その闘志がひしひしと伝わってくるという点では多くの一致を見ることができるだろう。
 ビヨンドの一群は速度を保ったまま、格納庫が密集する区画へと侵入した。
 突如、2体のイグアンが姿を現し、ビヨンドたちの行く手を阻もうとした。
「!」
 それを見たランバードは、ほんの僅かではあるが驚いたような表情を見せた。
 EMP弾の電磁障害から回復するには少しばかり早過ぎるタイミングだったからだ。
 そのイグアンたちが神経系に特殊な改修を施された実験機であると知っていれば、ランバードたちの驚きはなかっただろう。
 だが、どうであろうと、続くビヨンド部隊の行動には変わりなかったであろうことも、また確かだった……。
 イグアンたちが轟然と発砲を始めると、瞬く間に辺りは凶悪な喧噪に包まれた。
 インパクトガンの発射音が断続的に響き、マズルフラッシュが周囲を照らす。静かだった一角が戦場と化し、まるで地獄へと続く階段を駆け下りるかのような残響がこだました。
 ランバードは軽く操縦桿を操ってイグアンが放った弾丸をかわすと、躊躇いなくスロットルを叩き込んだ。
 その行動に、イグアンに乗っていたパイロットは色を失った。
 慌てて回避行動に移ろうとするものの、時すでに遅かった。
 ビヨンド01は両脚の先端で2体のイグアンの頭部を捉え、勢いに任せて押し倒した。
 いや、押し倒そうとした。
 だが、イグアンも一筋縄ではいかない。
 パイロットが戦意を失っても、微かに残された生物としての本能で、無碍に倒されまいと必死の抵抗を試みる。脚部と接地面が激しく摩擦し、耳障りな音と共に赤いスパークが飛び散った。
「無駄な抵抗だ……」
 ランバードはスロットルレバーのトリガーを引きながら、それをレッドゾーンにまで押し込んだ。
 瞬間、ビヨンドの背中のエンジンが凄まじいばかりの咆哮をあげた。燃焼室内の温度が安全基準を超え、コクピット内にアラートが響く。
 ――アフターバーナー。
 5秒も続ければエンジンが溶けてしまうため、ほんの一瞬しか使えない荒技だが、その一瞬の加速で十分に事足りた。
 抗しきれなくなったイグアンは地面に激しく叩きつけられ、パイロットは気絶した。
 倒れ込んだビヨンドに向けて、後続のビヨンドたちが行き掛けの駄賃とばかりにガトリング砲を撃ち込んでゆく。
 狙いなど無いも同然のラフな射撃だったが、それでも小口径高速徹甲弾の威力は馬鹿にできない。胴体に命中した十数発の弾丸は、ゾイドコアの機能を停止させるに十分な打撃を与えた。
 そして、2体のイグアンはほぼ完全にその戦闘能力を失った。
 ランバードは軽く機体を振って後方の部下に合図を送ると、角を右に曲がった。
 その奥には、目標とする『第五実験棟』があるはずだった。


 T型ヘルダイバーの降下と同時に、ヘルダイバー部隊は前進を開始した。
 地面に横たわるイグアンに一瞥をくれると、ブラッドレイは手元のディスプレイに視線を落とした。
 そこには基地の図面が表示され、幾つかの輝点が瞬いていた。
 輝点のひとつひとつが、敵の戦闘ゾイドの位置を表していた。
 T型ヘルダイバーの鋭敏なセンサーを信ずるならば、現時点で格納庫外に出てきているゾイドは目の前に転がっているイグアン2体のみであった。
 まだ、EMP弾の効果は続いていたのだ。
「これは好都合だな……」
 そう独りごちると、ブラッドレイは背後の部下たちに軽く合図を送った。
 そのあらかじめ決められていた合図を見て、ヘルダイバーたちは腕に装備したビームマシンガンの銃口を周囲に建ち並ぶ格納庫へと向けた。
 次の瞬間、幾条もの輝線が格納庫群を貫いた。
 連続的に発射される粒子ビームは大気との摩擦によって青白く発光し、そのエネルギーを幾らか損失したものの、それでもあり余るほどの熱転換エネルギーを抱え込んだまま格納庫内に飛び込み、触れるもの全てを灼熱地獄へと誘い込んだ。
 決して盲撃ちなどではない。
 T型からもたらされる情報に基づいて、きちんと照準を合わせた上での攻撃である。
 突如としてもたらされるビームが格納庫内に待機するゾイドたちの脚を、腕を、頭部を、あるいは胴体を撃ち抜いていく。
 電磁パルスの後遺症から回復する暇も与えられぬまま、格納庫内でゾイドが次々と擱座していく様を目の当たりにした帝国軍将兵は皆、言いようのない無力感に襲われた。
「よし、これで粗方の戦力は片づいたな……」
 ディスプレイから輝点が消えゆくのを確かめつつ、ブラッドレイはそう呟いた。
「……待って下さい、中尉! 基地外より、飛行型ゾイドが3機、接近中です」
「何だと!?」
「おそらく、定時哨戒か何かで基地外に出ていたんでしょうが……」
「種類は判別できるか?」
「えーと……、熱量と速度からサイカーチスと推測され……あ、いえ、サイカーチスです! 間違いありません! サイカーチス3機が接近中です。こちらの射程内まであと7秒ですッ!」
「わかった。ゲイツ少尉、ハーバート少尉、対空迎撃だ! ミサイル発射用意。最大射程で攻撃せよ」
「了解!」
「了解!」
 2体のT型ヘルダイバーは即座に迎撃体勢を取った。そして、サイカーチスが射程内に入ったことを告げるメッセージと同時に、ゲイツとハーバートはミサイルの発射ボタンを押し込んだ。
 それぞれ2発ずつの対空ミサイルが発射され、上空のサイカーチス目掛けて殺到した。


 飛行型ゾイドが地上目標に対して極めて高い制圧力を持つことは、かなり早くから知られていた。
 旧ゼネバス帝国によって開発されたサイカーチスは、対地攻撃のみに特化した初の飛行型ゾイドであり、ロールアウトから60年以上を経た現在でもそのコンセプトは衰えていない。それどころか、重要性を増しつつあるほどである。
 だが、そんな飛行型ゾイドにも致命的な弱点がある。
 それは強度の低さ、である。
 飛行型ゾイドは、陸上ゾイドに比べ、軽量で特殊なフレーム構造を持っている。それは、もともと空を飛ぶために進化したからであり、普通に飛行する上では何の問題もない。
 だが、戦闘ゾイドとしてみた場合、堅牢さとか頑丈さといった面において課題が残ってしまう。
 それは装甲の追加などという小手先の対策でどうにかなるような問題ではない。
 もっと本質的な問題なのだ。
 ゆえに、たった一発のミサイルで呆気なく撃墜されるというのは飛行型ゾイドにとっては日常茶飯事であり、今回のサイカーチスとて例外ではなかった……。


 サイカーチスのパイロットたちは対空ミサイルの発射を確認していたから、当然の行動として回避行動を取った。
 無論、フレアとチャフも撒いて、である。
 しかし、T型ヘルダイバーの放ったミサイルの方が一枚上手であった。
 高度な複合センサーとAIを搭載した撃ちっ放し型ミサイルが、そのような古典的とも言える探知妨害に引っ掛かるはずもなく、弧を描いて逃げようとするサイカーチスに追いすがり、そして命中した。
「命中確認。サイカーチス3機を撃墜しました。……パイロットは脱出した模様です」
「そうか……」
 ゲイツの報告に応えながら、ブラッドレイは首を巡らせた。
 そこはつい先刻ビヨンド部隊が右折した十字路だった。
 濃い闇に紛れてビヨンドの姿を目視することはできなかったが、手元のディスプレイによれば確かにこの視線の先にいるはずだった。
 ブラッドレイは今更になって、夜が怖いと思った。
 全ての灯りが消えた帝国軍基地内は不気味な静けさに満ちていた。
 そのことがブラッドレイの心の中を掻き乱した。
 ――俺は、何を畏れているんだ?
 戦闘ゾイドのパイロットになってから初めて味わう感覚に戸惑いながら、ブラッドレイは自らを奮い立たせるかのように大きな声を張り上げた。
「行くぞ! 目標まではあと少しだ!」


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