第5話:奇襲


「何だと!?」
 基地内の戦闘指揮所にひときわ大きな声が響いた。
「ま、間違いありません。監視塔が破壊されたそうです。巡回中の警備兵からの報告です。これは、自己診断プログラムの結果とも一致しています」
 女性オペレーターはそう繰り返した。
 つい先刻、ゲーリングとマイの担当エリアに隣接する区画を巡回していた別の警備兵が二人を助け出し、指揮所に報告を入れてきたのである。
「何てことだ」
 基地司令のヴェルター准将はそう言って、かぶりを振った。
 この事実が示唆するところは誰の目にも明らかだった。
 共和国軍の襲来、である。
 基地の撤収を来週に控えていただけに、指揮所内に沈鬱な空気が広がる。
 と、その時、オペレーターの一人が狼狽したように叫んだ。
「司令! 通信回線が寸断されましたッ」
「何だと!?」
 そう叫びながら、ヴェルターは最悪の事態を覚悟しなければならないと悟っていた。


 地上に稲光が降り注いでいた。
 青白いスパークが身をくねらせる大蛇のごとく基地全体を駆け巡り、僅かな時間ではあるが、周囲を昼間のように明るく照らし出した。
 ガイサックが放ったロケット弾の正体は、EMP(電磁パルス)弾だった。
 EMP弾とは、爆縮式ジェネレーターによって瞬間的に強力な電磁パルスを発生させる兵器である。発生させた電磁パルスによって電子回路を焼き切り、有効半径内のあらゆる電子機器類を無効化させるというもので、広義には非殺傷兵器として分類される。
 その効果はセンサー類や通信装置のみならず、ゾイドの神経系統や感覚器官にも及ぶ。目潰しとしての効果性はチャフやフレアを凌ぎ、一時的とはいえども完全にゾイドの感覚を麻痺させることができるとされていた。
 人間に対しては電磁パルスがスタンガンとして作用し、あっという間に昏倒させることができるが、これはあくまでも二次的な効果である。
 ともかく、12発のEMP弾が生み出した電磁パルスはちょっとした落雷など霞んでしまうくらいの威力があった。
 計算上では、野戦において一個大隊のゾイドを機能停止させられるくらいの電磁パルスを放射するというから、その効果は絶大である。基地全体の通信を麻痺させるくらいは朝飯前なのだ。
「フェイズ1、完了……ね」
 EMP弾の効果を確認したエレナは、ようやくハイパーモードを解除して、夜空を見上げた。
 幾条もの輝線が流星のように闇夜を流れた。
 それを見て、エレナは自分の仕事がタイミングよく遂行できたことを知った。

「第一区画、不通」
「第二区画、不通」
「第三区画、不通」
「第一から第五までの、全ての実験棟との回線が不通。回線状態がモニタリングできませんっ!」
 続々ともたらされる報告に、ヴェルターは頭を抱えた。
「やはり、敵襲でしょう」
 背後に控える士官の一人が何気なく漏らした言葉に、ヴェルターは怒りを露わにした。
「当たり前だ! そんなことは監視塔が破壊された時点でわかっている! 我々に必要なのは、敵かどうかということではなく、その数や目的といった具体的な情報だ! わかりっきたことしか言えないのなら、黙っていろッ!!」
 この期に及んでも緊張感に欠ける若い中佐を怒鳴りつけると、ヴェルターはオペレーターたちに向き直った。
「地下に敷設したバックアップ用の光回線を使用して、とりあえず通信だけでも早急に回復させろ」
「りょ、了解!」
「……どう思う、リッター?」
 そう訊ねられた副官のリッター・フォン・タトシェク大佐は、少し間をおいてから慎重に口を開いた。
「……そうですね。EMPだと思います」
「やはり、そう思うか」
「ええ、この効果はまさしく電磁パルスを放射したときに得られると報告されていたものです」
「うむ。もし、敵が、我が軍で想定されていたのと同じようなEMP弾の運用をしたとしたら……」
「次に来るのは奇襲部隊です。通信が回復し次第、戦闘ゾイドを出して警戒に当たらせるべきだと考えます。もっとも、そんな余裕があれば、ですが」
「ああ、余裕があれば、な」
 タトシェクの言葉にそう応えて、ヴェルターは光の消えたメインスクリーンを睨み付けた。

 EMP弾によって生み出された刹那的な光芒は、基地上空からでも十分に視認できるくらい強かった。
「やった!」
 ヘルダイバーに乗るブラッドレイは、雷光に包まれる帝国軍基地を眼下に見て、そう喝采した。
 ヘルダイバー部隊を率いることになった彼は、降下部隊の先陣を切って降下していたから、作戦第1段階の成功を確認できたことは何よりの励ましだった。
 そうこうしている間にも高度計は急速にゼロに近づき、視界がどんどん狭くなってくる。
「行くぞ!」
 ヘルダイバー部隊は、ブラッドレイが乗るS型−4機と、電子戦用装備を搭載したT型−2機で構成されていた。
 ブラッドレイは、開傘降下するために少し遅れて来るT型の降下ポイントを確保すべく、基地に向かって突っ込んだ。
 それまで火を入れていなかったフライトユニットのスラスターに点火する。
 金属の擦れるような音と共に、ヘルダイバーは弾かれたように加速し、予定していた通り、正面ゲート内の少しばかり開けた空間へと一気に滑り込んだ。
 敵の抵抗はなかった。
 僚機たちもブラッドレイに続いて着地し、たちまち4機のヘルダイバーが基地の入り口を占拠した。
 ブラッドレイは部下たちに周囲を警戒するように指示を出し、空を見上げた。
 2基のT型がゆっくりと降下してくるのが確認できた。
 その様子を焦れるような気持ちで見守るブラッドレイの視界を幾つもの影が横切った。
「!」
 慌てて首を巡らすと、すぐ近くにビヨンドが着地しようとしていた。
 そして、聞き慣れた声が飛び込んでくる。
「マーク! よそ見するなよ」
「そっちこそ転んだりするなよ、ジョージ!」
 相手はマクレガー少尉だった。
 レーザーリンクのせいなのか、やけに鮮明に聞き取れた。
「わかってるって」
 マクレガーはそう応えると、軽く手を振ってみせた。
 飛行型ゾイドにも劣らぬ高機動性を持つビヨンドは、今回の作戦において攻撃の要ともいうべきポジションについていた。
 今回の作戦ではビヨンドがフォワードを務め、ヘルダイバーがバックアップを固めるということが早くから決まっていた。
 理由は単純だ。
 格納庫や実験棟が建て込んだ基地内では、市街戦も視野に入れて開発されたビヨンドの方が身軽に動けると考えられたし、なにより狭小な空間を利用できる特殊装備を持っていた。
「01より、各機へ。作戦内容は打ち合わせの通りだ。我々は既に敵陣にいる。今後、四方八方からの攻撃が予測されるが、無線通信は可能な限り控え、障害は実力でこれを排除しろ。ヘル・ラプターを叩き潰すまでは、家に帰れんと思えよ! 以上だ」
 ランバード大尉の言葉に、パイロットたちは身を引き締めた。
 ヘルダイバーたちが見守る中、6機のビヨンドはマグネッサーウィングを展開してホバリング状態に移行した。
 背面のガスタービンエンジンに息が吹き込まれ、ノズルから高温のバーストが吐き出される。その熱が冷え切った空気を払い、夜露に濡れた地面を乾かしていく。
 マグネッサードライブによって浮揚したビヨンドは、その脚をゆっくりと持ち上げ、そして爪先を前方へと向けた。
 その姿はビヨンドのうちに潜む、抑えきれない攻撃性をあからさまにし、見るものを無言のうちに圧倒した。
 T型ヘルダイバーの降下完了を待たずに、ビヨンドはヘル・ラプターの待つ基地の奥へと加速した。


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