第3話:起動


 エウロペ大陸に夜の帳が下りようとする頃、エウロペ大陸の東岸から一機の輸送ゾイドが空へと舞い上がった。
 共和国軍が秘密裏に開発していた超大型輸送ゾイド『マンタレイ』である。
 ヘリック共和国には、もともとエイ型ゾイド『テンペスト』が存在していた。
 グスタフと同程度の積載能力を持つ空中輸送用ゾイドで、完全武装の小型ゾイドを3機搭載することができた。
 そのテンペストをベースに、更なる改良を加えて完成されたのが、マンタレイであった。
 様々な箇所に手が加えられたが、もっとも変化したのは、そのペイロードであった。
 爆装したガンスナイパー12機――四個小隊、すなわち一個中隊分に相当する――を積載可能とするために機体の大型化が図られたのだ。そのあまりの巨大さゆえに陸上の滑走路からの離発着が不可能となり、水上機として運用されなければならなかったほどである。
 また、徹底したステルス設計によってデザインされた機体は、敵のレーダーに捕捉される率が極めて低く、今回のような隠密作戦には適しているとされていた。
 今、エウロペ大陸上空を飛行するマンタレイの腹の中には、定数いっぱいの12機のガンスナイパーカスタムとそのパイロット、整備兵たちなど各種スタッフが収められていた。
「……これで、今回の作戦の概要は把握できたと思う。最後に、質問はないか?」
 この作戦で降下部隊を率いることになったエリック・ランバード大尉は、そう言ってパイロットたちの顔を眺めた。
 質問は、出なかった。
 パイロットたちの顔に浮かぶ真剣さと適度の緊張を見て取ったランバードは、軽く掌を叩き合わせた。
 乾いた音がブリーフィングルームに響き、11名の士官全員がランバードに注目した。
「これにて、ミーティングを終了する……」
 ランバードがそこまで言ったとき、タイミングよくブリーフィングルームの扉が開いた。
「ランバード大尉、間もなく降下予定ポイントです。準備をお願いします」
「了解した」
 伝令役の下士官に軽く頷くと、ランバードはパイロットたちに向き直った。
「全員、搭乗。次の指示があるまで、コクピット内で待機せよ!」
 男たちは弾かれたように、部屋を飛び出した。

 格納庫内の支持アームに接続されたガンスナイパーカスタムは、『ビヨンド』と『ヘルダイバー』の2種類であった。
 多少趣は異なるが、どちらも幅広い任務に対応できる兵装システムと高機動性能を誇り、通常型に比して格段に扱いが難しいのが特徴である。
 高いポテンシャルを持つ選りすぐりの素体。最新の戦術オペレーティングシステム。多様な武装。フィールドを選ばない運動性能……。
 それらを全て使いこなせるパイロットとなると限られてくる。
 人がいないわけではない。
 だが、戦場はここだけではないのだ。
 共和国軍の大規模反攻作戦が実施されようとしている今、膨大な人数のパイロットが各地で戦い、それをはるかに上回る数の支援要員――整備兵から調理担当兵まで――が動員されていた。
 頭数が揃っただけでも良しとしなくてはならないほど、取り巻く情勢は逼迫していたのである。

 パイロットたちは、自分たちのゾイドのコクピットに滑り込むと、ただちに起動させた。
 たちまち計器に灯がともり、12機のガンスナイパーカスタムは臨戦態勢に入る。
 ランバードも自機である『ビヨンド01』に搭乗し、イグニッションスイッチを捻った。
 心地よい鳴動が全身を包む。
「ふ、機嫌はいいようだな。ユリウス」
 ランバードの顔に笑みが浮かんだ。
 が、それも一瞬で消え、真剣な表情が取って代わる。
 彼らがこれから赴こうとしているのは、生死が隣り合わせの戦場なのだ。
『大尉、降下予定ポイントに到達しました。後部ハッチを開放しますので、順番に降下していって下さい』
「了解」
 マンタレイ管制室との交信を終えると、ランバードは無線通信機のスイッチをオンにした。
「各員へ。これより降下を開始する。訓練通り落ち着いてやれ。降下した後が我々の本番だ。決して気を抜くな。――以上だ」
 そう言い終えると同時に、後部ハッチが開く様子が視界の隅に映った。
 漆黒の夜空が広がる。
『これより降下シーケンスを開始します』
 そんなアナウンスと共に、支持アームに吊り下げられた一機のビヨンドがゆっくりと移動し、所定のポジションについた。
『降下開始』
 後方に開いたハッチ目掛けて、ビヨンドが真っ直ぐに滑っていく。
 支持アーム接合部のロックが解除され、ビヨンドは頸木から解き放たれた。
 次の瞬間、ビヨンドは高度30000フィートの高高度にいた。
 人はおろか、特殊装備なしには空戦用ゾイドすら到達不可能な遙かなる高みをマンタレイは飛んでいたのである。
 帝国軍の監視網を欺くために、最も過酷な侵入手段を選ばざるを得なかった結果だった。
 勿論、高高度からの降下というのは通常の陸戦用ゾイドが為し得るようなことではない。素体を強化されているビヨンドやヘルダイバーだからこそ可能な選択肢であった。
 酸素希薄で凍てついた高空に放り出されたビヨンドのパイロットがなすべきことは、マグネッサーウィングを展開し、自動姿勢制御が確実に行われていることを確認することだけだった。
 コクピットはしっかり与圧され、暖房が効いているから、寒さに凍えることもなかった。
 ただ、マンタレイが作り出した乱流には、少しの間ではあるが、耐える必要があった。
 そうこうしている間にも、マンタレイからは次々と降下部隊が吐き出され、そして目標目掛けてぐんぐん降下していった。

 エレナ・セーガンは一人きりで荒野の真ん中にいた。 
 狙撃手というのは、敵ばかりでなく、味方に対してもその存在をあからさまにすることはない。本来どうあるべきかはともかく、少なくともエレナはそうであることを求められた。
 そのため、ごく限られたサポートメンバーと行動をともにするか、あるいは全くの単独行動を取ることを余儀なくされた。少なくとも一個小隊以上の規模で集団行動するなど論外であった。そんなことをすれば、自分の位置を敵に知らせて、任務の失敗を自ら呼び込むのと同じだからである。
 ゆえに、常に単独で行動していたエレナであったが、さほど孤独を感じてはいなかった。
 狙撃用にカスタマイズされたブラックオルフィスに乗り始めてから、エレナは数多くの特殊作戦に参加し、困難な任務をこなしてきた。味方の誰一人として自分が戦闘に参加していることを知らないことだって、一度や二度ではなかった。
 慣れたわけではない。
 が、森林地帯でゲリラ戦をしていたときとは違った感覚が芽生えたのも、また事実だった。
 ――ゾイドに対する信頼。
 単独行動を続ける中で、エレナとブラックオルフィスの間には確固たる信頼関係が培われていた。他に頼るべき者が存在しないという状況が、否応なくそうさせた。
 今や、互いが互いのサポートメンバーであると言ってもよいほどに、信頼関係は深まっていた。
 コクピットの中に据え付けられたディスプレイのひとつを凝視していたエレナは、そこに表示される時刻を見て、自分の行動を開始するべき時が来たことを知った。
 慣れた手つきでコンソールを操作し、戦術システムを切り換える。
 システムの要求に従って、エレナはパスワードを入力した。
 低い蠢動とともに、ブラックオルフィスの戦術システムが『ハイパーモード』に切り替わる。
 それは、神経レベルでパイロットとゾイドとを同調させ、相互の能力を最大限に引き出すためのシステムである。人馬ならぬ人機一体を実現するものであり、それに伴う負担はパイロットとゾイドの相性によって大きく変動する。
 相性がよければ負担は軽く、絶大な戦闘能力を発揮する。
 しかし、相性が悪ければ戦闘どころか生命維持すら危い――。
 エレナは、ブラックオルフィスに対する適性検査に合格したただ一人の共和国軍士官だった。
 彼女にしか、ブラックオルフィスの性能を引き出すことはできないのである。
 そのエレナは、黙々と機体の操作を続けていた。
 210mm砲の電源を投入し、それがアイドリング状態に移行したのを確認すると、エレナはヘルメットのバイザーを下ろし、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)を通して外界をのぞき見た。
 前方40kmの地点には、今回のターゲットとなる帝国軍の基地があるはずだった。


<PREVINDEXNEXT>

Personal Reality