「馬鹿な! 荷電粒子砲だと!?」
ノイマンはコクピットの中で声を荒げた。
レブラプターの光学センサーが回復するのとほぼ同時に、その脇を切り裂いた閃光は紛れもなく荷電粒子砲による高エネルギービームだった。その伝説的なまでの破壊力は、前線のパイロットたちの間でもしばしば話題にのぼっていたから、知らない者はいないと言ってよかった。
「た、大尉……。まさか、あれは……」
無線越しに聞くベウマーの声がいささか震えて聞こえるのは、電荷を帯びたビームの影響によるノイズのせいばかりではなかった。
「十中八九、荷電粒子砲だ。いいか、アイツの直撃を食らったら、幾らレブラプターの装甲が頑丈でも一巻の……」
ノイマンが言い終えるよりも早く、アトラスモルガの荷電粒子砲が火を吹いた。
慌てて回避行動を取る2体のレブラプター。パイロットとゾイドの本能的な行動が重なり合い、辛うじて砲撃をかわした。
さっきまでレブラプターが立っていた場所を強烈なビームが襲い、生えていた下草を根こそぎ消滅させた。それだけでは収まらず、その下の地面もいくらか蒸発させた。
あとには大きな穴がポッカリと口を開け、その中はマグマのごとく赤く煮えたぎっていた。
「じょ、冗談じゃねぇ……」
ノイマンはそう呟きながら、アトラスモルガを見やった。
荷電粒子砲は静かに向きを変え、ノイマンの乗るレブラプターに狙いを定めつつあった。
その光景を目の当たりにしたノイマンは、言いしれぬ恐怖が背中を駆け上ってくるのを自覚せずにはいられなかった。
「まずい……」
バシリスクのコクピットで、エレナは呟いた。
「何がです? 隊長」
ブラッドレイの問いかけに、エレナは即答した。
「あの威力だ。森に火がつけばどうなるか、見えているだろう?」
「あ……!」
ブラッドレイとマクレガーは、その言葉の意味に気づき、そして戦慄した。
共和国軍がゲリラ戦を展開して帝国軍に対する抵抗を続けていられるのは、ひとえにミューズ森林地帯という地理的条件によるところ大であった。その森が――例え一部であっても――焼失してしまえば、共和国軍はその戦術基盤を失い、物量で上回る帝国軍にとって優位なように戦況が傾くであろうことは、それこそ火を見るよりも明らかだった。
兵卒ならともかく、士官クラスのパイロットであれば、その程度のことはさほど多くの説明がなくても、充分に理解できることだった。
「敵よりも先に、あの荷電粒子砲を叩く! とにかく、基部を狙って撃ち込め!」
「02、了解!」
「03、了解!」
3体のバシリスクが背負った計6門のガトリング砲が一斉に火を吹き、アトラスモルガの背面に無数の弾丸が突き刺さる。程なくして、巨大な荷電粒子砲は支持アームとエネルギー供給を失って、地面に転がり落ちた。
※
それは、力を喪失しても、何も感じはしなかった。
もう時は満ちた。
いささか遅すぎたかもしれなかったが、あまりに長い時を過ごしてきたのだから、数十年の誤差は些細なものだった。
今更、何を失おうと関係なかった。
すぐに、全てを失うのだから。
それが遠い過去に決定された、抗うことのできない運命だった。
それは、時の流れに身を委ね、無へと帰していった……。
※
「た、助かったのか?」
ベウマーが呆然と呟いた。
「共和国の連中が……?」
ノイマンも何かまだ夢の中にいるような面持ちで、3体のゾイドを見上げた。
その時だった。
コクピットの計器が耳障りなアラート音を発したのは。
見れば、アトラスモルガが淡い燐光を発していた。
「なんだ、あれは」
ノイマンは警戒心を解くことなく、ジッと目を凝らしてみたが、アトラスモルガは一向に動く気配をみせない。
慎重に近寄ってみると、アトラスモルガの装甲のひとつひとつが眩いばかりに発光していた。その輝きは徐々に強くなっていき、周囲を燦然と照らし出した。
その光に気圧されるように、レブラプターは動きを止めた。
「!」
同じくアトラスモルガを見つめていたベウマーはあることに気が付いた。
「大尉! 光の粒が!」
アトラスモルガは光を放ちながら、徐々にその輪郭を曖昧なものに変えていた。その構成材が光の粒――光子――に転換されて大気中に拡散しつつあったのだ。
立ち上る光子が霧のように辺りに立ちこめる。
その渦中にいて、ノイマンとベウマーはただ茫然と事の成り行きを見守るしかなかった。
理解できる範疇を、完全に超えていた。
わずかな高みにいたバシリスクの周囲にも光の霧は触手を伸ばしつつあった。
が、バシリスクを包み込むまでには至らず、やがてそれは薄らいでいった。
アトラスモルガの全てが光に転換され、文字通り雲散霧消する中で、エレナはある一点を見つめていた。
その視線の先には黒い物体があった。
「マクレガー少尉、右手は使えるな?」
マクレガーは、それがバシリスクのことだと気付くのに、2秒近くかかった。
「はい、使えますが、なぜです?」
「見ろ。あそこに黒い箱が見えるだろう。連中がぼうっと突っ立っている間にあれをいただく。あのモルガが残したものだ。何かの役には立つだろう」
「わかりました」
マクレガーは幾分緊張を滲ませた声で返答した。
「私が合図をしたら、飛び降りろ。……ブラッドレイ少尉、聞いていたな?」
「はい」
ブラッドレイが静かに返事する。
「マクレガー少尉がアレを確保したら、我々で壁を作る」
言葉は少なかったが、ブラッドレイはその意図をよく理解した。
「了解です」
もうすぐ、霧が晴れようとしていた。与えられたチャンスは一度きり。やり直しはきかない。
「……今だッ! マクレガー少尉!!」
エレナの合図で、マクレガーの駆るバシリスク3号機が飛び降りた。
その行動は実に迅速で、ノイマンらが気付いたときには、既に右手にブラックボックスを握っていた。
「くそ。そうはさせるかッ!」
そう叫んで駆け出そうとするノイマンの行く手を徹甲弾の雨が遮った。
それに頭から突っ込みそうになり、慌てて仰け反るレブラプターの前に、エレナの1号機とブラッドレイの2号機が降り立ち、3号機を覆い隠す。
そして、再び一斉射。
40ミリガトリング砲程度では致命傷にはならないが、足止めとしてならば充分すぎるくらい役に立つ。
レブラプターには火器の類が装備されていないから、距離をおかれては対抗する術がない。眩しすぎるマズルフラッシュを前にして足踏みするレブラプターを嘲笑うかのように、バシリスクの光学迷彩が起動する。
それは、表面装甲に練り込まれた特殊な樹脂に電圧をかけることで、装甲表面の光学的性質を変化させ、周囲の風景に溶け込む特殊な迷彩だ。従来の迷彩塗装とは違い、視覚の根本に働きかけるため、その効果は絶大である。
瞬く間に、森の木立に紛れ込むバシリスクはその姿を完全に消す間際までガトリング砲を撃ち続けてレブラプターを牽制し、姿が消えた途端に素早く後退していった。
「追いかけましょう!」
はやるベウマーに、ノイマンは首を振った。
「ダメだ。我々の装備では追いきれない。それよりも、アインバッハ少尉を……」
そう言いかけたノイマンを遮って、力強い声がコクピット内に飛び込んできた。
「大丈夫ですか! ノイマン大尉、ベウマー少尉」
その声は、彼らを森のはずれまで運んできたグスタフのパイロット、ブルツ中尉のものだった。
彼は森の外で待機していたのだが、空を切り裂いた荷電粒子砲の閃光を見て、慌ててグスタフを走らせてきたのだった。
後ろの荷台には、アインバッハ少尉のレブラプター3号機が固定されていた。
「アインバッハ少尉は無事に救出しましたよ」
「大尉、申し訳ありません。大事な機体を……」
ブルツの横にいたアインバッハが無線で謝ってきた。
「いいんだ、少尉。無事で何よりだ……。すまない、ブルツ中尉。ここまで来てくれて、感謝の言葉もない……」
声を詰まらせるノイマンに、ブルツは明るく応えた。
「いいんです。コイツは頑丈な装甲だけが取り柄ですからね。それよりも早く荷台へ。時間はありませんよ」
「わかった。帰るぞ、ベウマー」
「はい!」
ノイマンとベウマーが荷台にレブラプターを固定すると同時に、ブルツはグスタフを器用に回頭させて元来た道を全速力で引き返した。
やがて、森が切れ、平原に出た。
「帝国の勢力圏内に入りました」
ブルツの声を聞きながら、ノイマンはハッチを開けた。
冷たい風が頬を撫でていく。
途端に、言いようのない悔しさがこみ上げてきた。
任務を達成できなかった……。
ノイマンは、グスタフの後ろで揺られながら、大きく溜息をついた。
軍人になってから、これほど無力感を味わったのは初めてだった。