3-07:迫撃


「くそったれ!」
 ノイマンは呪詛の言葉を吐き出しながら、レブラプターを加速させた。
「ついて来ているか? ベウマー少尉」
「はい、何とか」
「イカれた野郎だぜ、全く。ここが森じゃなけりゃ、とうに振り切られてる……」
 ノイマンはそう言ったきり黙り込んだ。
 ――アトラスモルガを確保せよ!
 この命令を遂行するためには、まず目の前からアトラスモルガを消すわけにいかない。
 だから、ノイマンとベウマーは鬱蒼とした森の中を爆走するアトラスモルガを必死で追いかけた。幸いなことに、前を行くアトラスモルガが次々と木々を薙ぎ倒しているおかげで、機体を前に進めることは難しくない。だが、一見すると単調なようでいながら、実は変化に富んでいる地形が、ノイマンたちを消耗させた。
 そして、それに追い打ちをかけるような出来事が起こった。
 背後からの銃撃。バシリスク小隊によるガトリング砲の一斉射であった。毎分80発の速度で発射される40ミリ口径の徹甲弾がレブラプターに襲いかかる。オーガノイドシステムによって強化された表面装甲のおかげで致命傷には至らないものの、瞬く間に無数の傷ができていく。
「今日は厄日かよ!」
 後方を一瞥し、吐き捨てるようにそう言ったが、それでもノイマンはスロットルを握る手をゆるめようとはしなかった。
 折角出ているスピードを殺しては、レブラプターの性能が無駄になる。
 乗り始めてから間のないゾイドだったが、それくらいのことはわかっていた。
 それだけではない。多少の負傷でもへこたれず、むしろ闘争心をたぎらせるレブラプターと、目の前に見えている「壁」の存在が――ささやかではあるにせよ――ノイマンを勇気づけていた。
 その壁は、正確に言えば、地殻変動によって生じた断層であった。おそらく、かつてミューズ森林地帯を震撼させたであろう大地震の爪痕。その断層が、アトラスモルガの進路を阻む高さ5メートル程の障壁となって、森の中を横切っていたのだ。
 アトラスモルガが勢いよく断層面に衝突し、そして停止した。
 それをきっかけに均衡が崩れた。
「行くぞ、ベウマー少尉! 左右の森に散って、側面から強襲する!」
「了解!」
 2体のレブラプターはパッと左右に分かれ、木立の中に紛れ込んだ。


「なッ……」
 アトラスモルガが止まり、レブラプターが反撃に転じたことで、エレナたちバシリスク小隊は完全に不意を突かれた。
 左右の茂みから躍りかかってきたレブラプターを迎撃すべく、当然のようにガトリング砲が火を噴く。が、それよりも疾くレブラプターはバシリスクの内懐へ飛び込み、脚部の爪で蹴りつけた。鈍い金属音が響き、火花が散る。
「くそ、やられてたまるかよ!」
 マクレガーは叫んで、機体を横に転がした。
 その急激な操作にバシリスク3号機はよく応えた。側転して素早く体勢を立て直すと、低姿勢からガトリング砲の照準をピタリとつけた。
 マクレガーは躊躇なく引き金を引いた。
 至近距離から猛烈な勢いで吐き出される徹甲弾に、ベウマーは反射的に操縦桿を手繰った。レブラプターのボディが沈み、そして横に跳ねる。その瞬間、ついさっきまでベウマー機がいた空間を超音速の弾丸が駆け抜けていく。ひやりとする間もなく、ベウマーは愛機を進め、鋭い一撃を繰り出した。
 マクレガーは更に操縦桿を倒して機体を転がし、ベウマー機の攻撃を紙一重でかわした。
 が、背後に迫っていたノイマン機を完全に見逃していた。
「しまった!」
 気付いたときには、遅かった。左の視界いっぱいに迫り来るレブラプターの姿が見えた。
 もう、避けられない。
「もらったな!」
 コクピットの中で、ノイマンが不敵な笑みを浮かべた。
 バシリスク3号機は、前後から挟撃される格好になっていた。これは、格闘戦に長けたレブラプターの性能を引き出すために、ノイマンたちがにわか仕込みで編み出した戦法だった。各個撃破という戦術の基本に則り、敵の1体に狙いを定めて集中攻撃する。目新しさはないが、効果は抜群だ。
 ストライクハーケンクローの一撃をまともに食らって、バシリスクはよろめいた。鈍い嫌な音ともにバシリスク3号機の左腕が脱落し、湿っぽい地面にぶつかっていた。
「下がれ、少尉! 格闘では敵わない。密集するんだ!」
 エレナの叱声が飛んだ。
「りょ、了解!」
 マクレガーは2体のレブラプターから離れ、そして僚機に合流すべくスロットルレバーを押し込んだ。地面を蹴って、加速するバシリスク。
 だが、レブラプターがそれを黙って見逃してくれるはずもない。
「逃がすか!」
 ベウマーが短く叫んで、すぐさま追撃態勢に入る。
 まさにその刹那、レブラプターたちの周囲で何かが弾けた。
「なッ、フレア!?」
 ベウマーが驚いたような声をあげ、レブラプターはその場に立ち尽くす。
 2体のバシリスクから射出されたフレアが、レブラプターの周りで弾け、高温の気流を形成したのだ。本来は赤外線誘導ミサイル対策の防御兵器なのだが、エレナの咄嗟の機転により、戦闘ゾイドのセンサー系を攪乱するために用いたのである。そして、その奇策は期待通りの効果を発揮した。
 端目には、まるでレブラプターの周りに花が咲いたかのようだが、その実体は高熱の塊であり――幾ら防御用で一種の照明弾みたいなものだといえども――至近距離で食らえば、なかなかどうして侮りがたい力を発揮する。
「くそッ!」
 憎々しげにアームレストを叩きつけ、ベウマーは何も表示されなくなったメインモニターを睨み付けた。フレアの高熱によって熱光学系のセンサーが麻痺させられたのだ。
 状況は、ノイマンも同じだった。
 砂嵐になったモニターを見つめ、苦い表情になる。
「ベウマー少尉、焦るな。熱光学センサーだけが、ゾイドの『眼』じゃないんだ」
 ゾイドは兵器である前に、生物である。
 人間にも五官(視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚)というものがあるが、それに相当するものが、当然ながらゾイドにもあるのだ。
「了解。センサーを切り換えて、警戒を続けます」
 ベウマーはどうやら冷静さを取り戻したようだった。
 だが、それ以上にノイマンには気掛かりなことがあった。
 それはレブラプターの闘争心である。
 フレアによる攻撃を受けたことで、更にレブラプターの闘志は燃え上がっているようだった。いや、『闘志』というのは正確ではない。それは、『本能』と呼ぶべきものであり、ゾイドの戦闘力に直結してくるパラメータではある。無論、高い方がよいに決まっているのだが、強すぎる闘争本能というのも困りものであった。
 そのことを、ノイマンは実戦を通じて知っていた。
 強すぎる闘争心は、しばしば蛮勇となり、無謀となって、その身を滅ぼす刃となる。
 そんなゾイドやパイロットたちを、ノイマンは少なからず目にしていた。

 それは、自らのそばにいる二つの敵意を感じ取っていた。
 本能が激しく警鐘を鳴らす。
 そして、それは封じられた最後の力を行使することに決めた。
 もう、残り時間は少ない。
 時は確実に満ちつつあった……。

 エレナ率いるバシリスク小隊は、アトラスモルガを受け止めた断層の上に身を隠していた。
 高所を制したものが優位に戦いを進められるのは、戦術の基本である。
 敵のゾイドの装甲が頑丈なことは、先刻の攻撃でわかっていた。
 だからこそ、必勝を期すべく、戦術的に優位なポジションを占めたのである。
「敵の動きが鈍いですね、大尉」
「ああ、そうだな。思ったより、目くらましがよく効いたということだろう」
「隊長! モルガに動きがあります」
 ブラッドレイに促されるように、視線をアトラスモルガに移したエレナは、まさにアトラスモルガの背面装甲が開いていくところを目撃した。
 そこからせり出てきた巨砲に、3人は息を呑んだ。
「すげぇ……」
 マクレガーが呆然と呟く。
 その砲はそれほどまでに巨大であり、小型ゾイドに乗る3人がどことなく威圧されるような印象を抱いたのも、無理からぬものがあった。
 次の瞬間、青白い光が森を貫いた。
 強烈な光芒は中空を突き抜けて急速に拡散していっただけだったが、その狙いは明らかにレブラプターへと向けられていた。


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