アトラスモルガに先に接触したのは、ノイマン率いるレブラプター小隊――帝国軍ではドナー小隊と呼称していた――であった。
   アトラスモルガは、ミューズ森林地帯でも比較的西よりのエリアにいた。
   そこで、これ見よがしに赤外線放射を続けていたから、鋭敏なレブラプターのセンサーで捕捉することは容易かったのである。
  「問題は……」
   ノイマンが呻いた。
  「コイツをどうやって、ここから動かすかだな」
  「ですね……」
   ベウマーが短く同意する。
   発見するのは拍子抜けするほど簡単だったが、それを確保するとなるとレブラプター3体では完全に力不足であることを認めざるを得なかった。
  「とりあえず、増援を要請しつつ、我々で警戒を続けるしかないでしょうか」
  「そうだな。他にないだろう」
   アインバッハの月並みな提案に頷きながら、ノイマンは指定周波数で増援を要請した。
  「こちら、ドナー小隊。目標を発見したが、我々では移送不可能だ。……そうだ、増援を頼む。……了解、警戒を続ける」
   通信機のマイクを戻しながら、ノイマンは軽い溜息をついた。
  「悪い報せだ」
   今度は、ヘルメットのインカムを通じて部下に呼びかけた。
  「増援は最短で一日後に到着するそうだ」
  「!」
  「!!」
   ベウマーもアインバッハも黙り込んだ。
   厳しい戦況を考え合わせると「最短で一日」ということは、それ以上かかると見ておくのが妥当だった。ここが、いくら深い森の中とはいえども、共和国軍のゲリラ部隊が跳梁跋扈している戦域には違いないのである。こんなところで突っ立っていたら、遅かれ早かれ発見捕捉されることは間違いないことのように思えた。
   そして、それはまもなく現実になろうとしていた。
※
「戦闘用ゾイドと思われる熱源を捕捉。例のモルガの周囲を囲むように移動していますね。あ、今停止しました」
  「数は?」
  「3、です」
   2号機のブラッドレイからの報告に、エレナはほんの少しの間だけ黙考した。
  「おそらく既に探知されていると見るべきね」
  「やはり、大尉もそう思われますか」
   3号機のマクレガーが割り込んできた。
  「ああ。ゾイド関連技術の進歩は早い。こちらが敵を見つけていれば、敵もこちらを見つけていると考えて行動するのが当然だわ」
   エレナの言葉に、ブラッドレイが首肯する。
  「そうですね。根拠のない楽観論は破滅を招くと教わった覚えがありますし」
  「そういうこと。光学迷彩をオンにして接近すれば何とか欺けるだろうけど、ある程度まで近づけば、パイロットはともかくとして、ゾイドには気付かれてしまうだろうな……。まぁ、いいか。02、03、パターンFで攻撃する。ついて来い!」
  「了解!」
  「了解!」
   たちまちの内にバシリスクの姿が森の中に紛れ込む。バシリスク小隊は一陣の旋風と化し、アトラスモルガへ、そしてレブラプターへと迫ったのであった。
※
「熱源が消えた……」
   計器表示を確かめていたアインバッハは、呆然とした面持ちでそう呟いた。
   無論、その熱源とはバシリスク小隊のものであったが、それは彼らの知るところではない。
  「索敵範囲外へ出たんじゃないのか?」
   そう言ってきたベウマーに、何か釈然としないものを感じつつも、アインバッハはその注意を目の前のアトラスモルガへと振り向けた。
   今、ドナー小隊は包囲の輪をじりじりと狭めつつあった。
  「おい、マックス。あまり、そいつの前に立たない方がいいぜ」
   一度痛い目に遭っているベウマーの忠告に、アインバッハは肩をすくめた。
   ――気にしすぎなんだよな、ヨゼフは。
   アインバッハはそう思って、友人のアドバイスを気にも留めず、アトラスモルガの真正面に立った。
   その行為が引き金になったのか、あるいは偶然だったのか。ともかく、それまで眠っていたように動かないでいたアトラスモルガが低く鳴動したことだけは、確かだった。
  「起動した!?」
  「まずいッ! 下がれ、アインバッハ少尉!」
   ベウマーの驚きとノイマンの叫びに、アインバッハの手が止まる。
   二人が何を言っているのか理解するよりも早く、事態は坂から転げ落ちた。
   目前のアトラスモルガが轟然と加速し、アインバッハの乗るレブラプター目掛けて突進したのだ。
  「なッ!!」
   アインバッハは本能的に操縦桿を引き、後ずさろうとした。
   その試みを森が邪魔した。背後に聳える巨木がレブラプターの尾部にぶつかり、後退しようとする動きを、ほんの一瞬ではあるが、止めた。しかし、その瞬きする間もないくらいの短い時間は、十分すぎるほどの余裕を持って、レブラプター3号機を窮地に叩き落とした。
   鈍い不快な音とともにレブラプター3号機――正確には、その胴体――は、アトラスモルガと巨木の間でサンドイッチになった。必死に身を捩って抜け出そうとするが、アトラスモルガのパワーの方が遙かに上だ。グイグイと押し込まれ、あっという間に身動きが取れなくなった。頑丈なはずの金属のボディが猛烈な圧力に軋み、情けない悲鳴をあげた。
  「脱出しろ! アインバッハ少尉」
  「りょ、了解!」
   幾分上擦った声で復唱しながら、彼はノイマンの指示に従い、緊急脱出用のハンドルを目一杯引っ張った。それと同時に3号機のコクピットハッチが吹き飛んだ。0.3秒後に、シート下部の射出ボルトが座席ごとアインバッハをコクピットから放り出そうと試み、その0.2秒後にはロケットモーターが点火。結局、射出用ハンドルを引いてから1秒と経たないうちに、アインバッハの体は空中にあった。
   瞬間的なGがおさまり、彼がやっとの思いで眼下を見下ろしたときには、アトラスモルガは背後の巨木ごとレブラプターを薙ぎ倒し、その巨体で蹂躙していた。
   無惨な姿になった愛機を眺めながら、アインバッハは言いようのない恐怖が全身を通り抜けていくのを感じていた。
※
 レブラプターから射出されたアインバッハの姿は、バシリスクからも捉えることができた。
「緊急脱出!?」
「何かあったんですよ、隊長!」
 ブラッドレイの無邪気とも言える発言に、エレナは細い眉をひそめた。
「それは、そうだけど……。問題は何があったか、ということよ?」
「大尉!」
「なんだ、マクレガー少尉」
  「お気づきかとは思いますが、例のモルガと思しき熱源反応が移動しています。それを追いかけるように小さな熱源反応も移動。先程の射出は、それらの状況変化に伴うものかと推測できます」
 エレナは小さく舌打ちした。
   もちろん、その変化はエレナも気付いていた。
 ――厄介なことになってきた。
 そう思った。
 だが、そんな厄介ごとに取り組むのが彼女たちの仕事だった。
 萎えそうになる自分に活を入れ、エレナは操縦桿を握る手に力を込めた。
「行くぞ! 奴らの真後ろから追撃するッ!!」
 エレナの叫びに呼応するかのごとく、3体のバシリスクはそのスピードを上げた。
