3-05:戦場へ


 それは、静かにそこにあった。
 そして、まもなく訪れるであろう時を待っていた。
 もう残された時間は少ないのだ。
 これまでに、あまりに長い時を過ごしてきた。
 だが、それもじきに終わる。
 そして、深き森の中で再び眠りについた……。

「しかし、大尉。本当に、この先に例のモルガがいるんですかね?」
 ミューズ森林地帯へと向かうグスタフの中で、ベウマーは上官であるノイマン大尉に向かって訊ねた。
「オレに聞くなよ」
 困ったような顔でノイマンは応えた。
 ベウマーにとってそうであったように、ノイマンにとっても、そして同じ小隊のアインバッハ少尉にとっても、今回の命令は突然すぎた。
 レブラプターに乗り始めて、わずか2日で実戦を経験せねばならないというのは、いかに戦時下といえども異例なことだった。
 そのことは、帝国軍上層部がどれだけアトラスモルガに固執しているかということを雄弁に物語っていたが、現場のベウマーたちにとってはどうでもいいことだった。というより、そもそもロクな説明すらも受けてはいないのである。
「オレたちは命令通りに仕事をこなせばいいのさ。上の思惑にとらわれてちゃ、身がもたないからな」
「ですね」
 ノイマンとベウマーは互いに苦笑をかわすと、どちらからともなく、その話題を打ち切った。
「なぁ、ヨゼフ」
 さっきまで寝ていたはずのアインバッハが、起き抜けにベウマーに声をかけた。
「なんだよ、マックス。寝てたんじゃねぇのか」
「今、起きた。それより、聞いたか? 共和国軍の新型ゾイドの噂」
「何を言うかと思えば、それか……。アレだろ? レブラプターに似たヤツがいるって話だろ」
「それだよ。どう思う、ヨゼフ?」
「さぁな……」
 その話題には関心がないらしく、ベウマーはそれだけ言って黙り込む。
 アインバッハは所在なさげに頭を掻くと、ノイマンの方へ顔を向けた。
「大尉は、どう思いますか?」
 いきなり水を向けられたノイマンは肩をすくめた。
「まぁ、何とも言いようがないな。共和国軍にレブラプターと同じようなコンセプトのゾイドがあってもおかしくはないと思うがね」
「そうですか?」
「そうだとも。サイカーチスとダブルソーダ。イグアンとゴドス。コイツらなんかは、ガキでも知ってるような、似たもの同士の戦闘ゾイドだ。優れたコンセプトの機体であれば、お互いに真似しあう。兵器ってのは、そんなもんだ。そんなことより、少しでも寝ておけよ。森林地帯に着いたら、不眠不休で目標を探索しなけりゃならんのだ」
 そう言うと、ノイマンは目を閉じた。

「大尉! バシリスクの給弾は完了しております!」
 ハンガー内に元気のよい声が響く。
 ピンと背筋を伸ばして敬礼する整備兵に向かって、やや崩れた敬礼を返しながら、エレナは微笑んだ。
「ご苦労だったわね。いつものこととはいえ、無理を言ってしまったのではないかしら?」
「いえ、これが自分らの仕事でありますから」
 しゃちほこばってそう応える整備兵は、まだ紅顔の少年兵だった。
 ヘリック共和国にとって、ガイロス帝国のエウロペ侵攻はある程度予測されていた事態であったとはいえ、それに対する準備はほとんど何もできていなかった。
 戦闘ゾイドが戦場の主役とはいえども、拠点の確保のために大量の歩兵が動員され、また戦闘ゾイドを整備するための要員も膨大な数が必要とされた。
 その結果として、エレナの前に少年兵が立っていた。
 今は、このことの善悪を論じるときではなかった。挙国態勢で戦争を遂行している帝国に対抗するためには、共和国側も国家の持てる力の全てを注ぎ込まねばならなかったのである。戦況は、まさに総力戦の様相を呈していた。あらゆる人員と設備が最終的には戦線を支えるために働いた。そうする以外に、ヘリック共和国が生き残る道はなかったからだ。誰もが必死だった。
 そんな厳しい戦況の中でも明るさを失わない少年兵を、エレナは複雑な気持ちで見つめた。
 エレナの視線に気付き、照れたように面を伏せる少年兵。
 その様子を見て、エレナはフッと笑った。そして、自分が女性であることを思い出す。
「ウィリアム、だったわね。班長を呼んできてくれない?」
 名前を呼ばれた少年兵の顔が輝く。
「はい! 少々、お待ちください」
 そう言い残して駆けだしたウィリアムの後ろ姿を見送ったエレナは、ハンガー内に佇むバシリスクを見上げた。
 その背中には、40mmガトリング砲2門が装備されていた。開発当初は、もっと大口径の砲を積むことも検討されていたのだが、前線で規格の異なる弾丸が混在すると補給面で支障をきたすことが予想されたため、ステルスバイパーのヘビーマシンガンと同じ40mm径の弾丸を使用するガトリング砲を2門搭載するということで落ち着いた。
 そのことが結果的には正解だった。
 360度旋回するターレットに搭載されたこのガトリング砲は、最大仰角70度、最大俯角10度という広い射界を持ち、対地攻撃のみならず、近接防空戦闘までこなすことができた。その上、優れた速射能力を活かして密林でのゲリラ戦で大いに活躍した。
「セーガン大尉!」
 名前を呼ばれて、エレナは振り返った。
 そこに整備班班長のトーマス・ホワイト大尉の姿を認めて、エレナは軽く手をあげた。
「班長、すまないわね」
「それは言いっこなしですよ、大尉。出撃準備は整っています。が、しかし、急ですな」
「いつものことよ。にしても、大佐はやけに焦っておられたけれど」
「やはり、例のモルガが原因でしょうかね。私には大型ゾイド並のモルガなど、信じがたい話ですが」
「この目で見た私も半信半疑なのだから、班長が信じられないのもわかるわ。……上層部は、どうやら、あのモルガにご執心らしいわ。困ったことね。他にもすべきことは幾らでもあるはずなのに」
 そう言って、エレナは大袈裟に肩をすくめた。
 そんなエレナの態度に、ホワイトは苦笑してみせた。
「隊長!」
 そう呼ぶ声はブラッドレイのものだった。バシリスクのコクピットから手を振っている。
 マクレガーなどは、既にイグニッションキーを回していた。
「今、行く! ……では、出撃する」
「やる気のある部下をお持ちで良かったですな。では、ご武運を!」
「うん」
 お互いに敬礼をかわすと、エレナはバシリスク1号機に走り寄り、そのコクピットに飛び乗った。
 そして、ハッチを静かに閉じる。
 キーを捻ると、コクピットの計器に次々と灯りが点っていく。

 オオオオオオオオオオオオオオオオオォォ!

 バシリスクの鳴き声を聞きながら、エレナは素早く計器点検を済ませる。
「システム、オールグリーン。異常なし、と」
 狭苦しいコクピットで独りごちると、エレナは点検用のファイルを頭上のポケットに押し込んだ。そして、無線のスイッチをオンにする。
「01より各機へ。これより出撃する」
『02、了解』
『03、了解』
 ゆっくりと一歩踏みだし、それから真っ直ぐハンガーの出入り口へと向かう。
 たちまち深い森の中に紛れ込んでゆく3体のバシリスクを、整備班の面々が静かに見送った。

「すみませんが、これより先は直接ゾイドで向かってください」
 グスタフのパイロットが少しばかり申し訳なさそうな口調でそう言った。
「ああ、いいんだ。あんたらを危険にさらすわけにはいかない」
 そう言うとノイマンはヘルメットを掴んだ。
「行くぞ」
「はいッ」
「はい」
 ベウマーとアインバッハも立ち上がるとヘルメットを掴んで外へ出た。
 もう目の前にミューズ森林地帯が見えている。
 この森の中に探し求めるアトラスモルガがいるはずなのだ。
 ミューズ森林地帯の強行偵察から帰還したゲーターのパイロットが、見たこともない大きなモルガらしきゾイドを見た、と報告した。それが昨日のことだったから、いかに急な出撃だったかわかるだろう。
 ベウマーたちはヘルメットを着用すると、それぞれのレブラプターに乗り込んだ。
 低い唸り声とともにレブラプターが立ち上がる。
「こいつがレブラプターか……」
 グスタフのパイロット――ブルツ中尉は呆然とレブラプターを見上げた。
 その凶悪な顔つきは一度見たら忘れられない。ブルツは思わず背中にぞくりとするものを感じずにはいられなかった。
 2体のグスタフを後に残して、3体のレブラプターはミューズ森林地帯の深奥目掛けて駆けだした。
 あっという間に姿を消したレブラプターたちを、ブルツは敬礼で見送った。


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