地形を利用して巧みにゲリラ戦を展開し、懸命にエウロペ戦線を支えていた共和国軍であったが、その台所事情は酷いものだった。急ピッチで戦闘ゾイドを量産しているものの、数量が圧倒的に不足しており、本土防衛用に残していた精鋭部隊まで派遣しなくてはならない有様だった。
   もちろん、それでも足りないから、動けるモノなら何でも使えとばかりに、いまだ量産ラインに乗っていない試作段階のゾイドまで戦線に投入して、どうにか急場を凌いでいた。
   ミューズ森林地帯を駆け抜ける3体の小型戦闘ゾイドも、そんな試作ゾイドのひとつだった。
   コードネームは、『バシリスク』といった。
   共和国軍のゾイドにしては珍しく装甲ハッチで覆われた密閉式コクピットを持つバシリスクは、数ある試作機の中でもひときわ異彩を放つゾイドであった。
   外見上は、帝国軍のレブラプターに似た二足歩行タイプの恐竜型ゾイドである。遠目であれば、区別は難しいかもしれない。
   だが、両者は似て非なる存在だった。
   最大の相違点は、バシリスクが高い汎用性の獲得を目指している機体であるということだ。
   つまり、近接格闘、というただ一点に的を絞って開発されたレブラプターと違い、バシリスクは近距離から長距離までのあらゆるレンジにおける対応能力を持つことが求められていたのである。それは、戦力不足に泣く共和国軍上層部の心情を多分に反映した設計要求と言えた。ゆえに、バシリスクは次期量産小型ゾイドに最も近い位置にある試作ゾイドであり、その点でも他の試作機群とは区別されるべきであった。
   無論、バシリスクは試作機であり、そのまま量産化されることはあり得ない。実戦における稼働データを収集するために、一個中隊分――9体――が試作され、前線の部隊に供与されたが、故障や戦闘における損傷により、1体、また1体と減っていき、最終的に3体だけが運用されているのが現状だった。
『隊長、前方2時の方向に熱源反応があります』
   バシリスク2号機に乗るマーク・ブラッドレイ少尉が報告する。
  「確かに……。各機、停止せよ!」
   無線機を通じて部下に指示を出す声は、明らかに女性のものだった。
   バシリスク小隊を率いるエレナ・セーガン大尉の指示を受け、エレナ機も含めた3体のバシリスクはその場に一旦停止する。
  「各種センサーの感度を最大にして、熱源の正確な位置を割り出せ」
   そう静かに命じるエレナは、共和国軍でも珍しい女性パイロットだった。女性兵や女性士官の存在自体はさほど珍しいものではないのだが、大抵は後方支援の任務に就いており、パイロットとしてゾイドを駆り、前線で戦うという猛者は殆どいなかった。
  『セーガン大尉。目標の位置はやはり2時の方角で、距離は2500です。目標に動きは見られませんが、放射される熱量などから大型ゾイドであると推測されます』
   3号機のジョージ・マクレガー少尉が計器表示を確かめながら、そう報告した。
  「よし。各機、光学迷彩をオンにしろ。目標に接近する」
   そう言うやいなや、エレナの駆る1号機が瞬く間に周りの風景へ溶け込んでいく。
   光学迷彩とは、可視波長を中心とした帯域の電磁波の吸収、反射、屈折を可能な限り抑えることで、視認性を大幅に低減させる新型迷彩である。バシリスクが密閉式コクピットを採用したのは、この光学迷彩をテストするという目的が大きかった。クリアキャノピーだと、その性質上、光学迷彩を施すことができないため、コクピットを狙い撃ちにされるという危険性が生じる。しかし、装甲ハッチならば心置きなく光学迷彩を施すことができる。もちろん、センサー部には施せないが、その程度ならば影響は少ない。少なくとも実戦上の問題はなかった。
   エレナはバシリスクを目標地点へと向けた。ブラッドレイとマクレガーも、後に続く。
   慎重に森の中を進むバシリスクの前方に、少しばかり開けた空間が姿を現す。
   目の前に転がる、薙ぎ倒された木々が、先にある空間が何者かによって作り出されたものであることを主張していた。
   エレナはバシリスクの移動スピードを抑え、赤外線センサーの感度を上げて周囲を走査した。
   周囲には人影らしき反応はない。どうやら帝国軍のゾイドではないらしいと判断できた。
  「野良ゾイドか、それとも……」
   そう独りごちながら、エレナは前へと踏みだし、そして現実に愕然とした。
  「マーク。ジョージ。目の前の光景が信じられる?」
  『……はぁ、何ともダイナミックでありますな……』
  『こんなゾイドが存在したとは……。かけるべき言葉が見つかりません』
   ブラッドレイとマクレガーは、そう言って驚きを表現した。いや、驚きなどという生半可な言葉では足りない。
   度肝を抜かれる――それくらいでも控えめなくらい、心底驚愕した。
   そう。彼らの前に在る大型ゾイドは、帝国軍の一部部隊が血眼になって捜索を続けているアトラスモルガに他ならなかったのである。
   初めて見る巨大なモルガの威容に、3人はしばし言葉を忘れて見入った。
  「……モルガ、なのでしょうね」
   エレナは苦笑を浮かべながら、やっとの思いで、そう呟いた。
   全体的な形といい、各部のディテールといい、モルガをそのまま引き延ばしたかのような形をしている。装甲の隙間がゆっくりと伸び縮みしているところを見ると、生きているのは間違いない。
  『大尉、コクピットがあります!』
   マクレガーがそう言った。
   確かに、よくよく見れば頭部の先端からコクピットらしき構造物が覗いている。
  『ということは、野良ゾイドなんだろうか?』
   ブラッドレイが首を傾げる。
  「いや、違うわね」
   エレナはブラッドレイの推測を否定した。
  「野良ゾイドにありがちな、猛々しさというものがないわ。かといって、野生ゾイドでもない。コクピットがあるのだから。だけど、コクピットには生命反応がない。無人のゾイドには違いないけれど……」
  『乗り捨てられたとするのも、少し妙だし……。少なくとも、人の手が加えられているということだけは確かなわけですね』
   ブラッドレイはひとりで頷いた。
  『大尉、どうします?』
   マクレガーがそう訊いてきたが、エレナも答えようがなかった。
   敵ならば、攻撃すればいい。
   味方なら、助ければいい。
   だが、正体不明の相手にはどう接するべきなのか?
  「ともかく、本部に報告をあげておく。それからこのポイントのデータを記録しておけ。後々になって役に立つかもしれないからな」
   エレナとしては、そう言うのが精一杯だった。
  『了解』
  『了解』
   部下の返答を聞きながら、エレナはゆっくりとバシリスクを回頭させた。
※
 そのころ、帝国軍レッドラスト北部基地では、レブラプターの試運転が行われていた。
   パイロットとゾイドの相性が非常に大きな意味を持つため、実戦を行う前に必ずこういった一種の慣らし運転を行うのが慣例となっていた。それを経て初めて、正式にパイロットとしての辞令を受け取ることができるのだ。
『どうかね? ベウマー少尉』
 リヒトホーヘンにそう訊ねられたベウマーは、元気よく答えた。
「素晴らしいゾイドであります、司令。何というか、やる気がみなぎっているようです」
 対アトラスモルガ戦にて頭部を強打し、脳震盪で倒れたベウマーであったが、いざ復帰してみると彼の乗っていたイグアンは壊れたままだった。そのため、搭乗すべきゾイドがないという理由から、彼はレブラプターのパイロットに任命されたのであった。
 彼の乗るレブラプターは、実に活き活きと基地の敷地内を駆けていた。
 ベウマーもこの強い鼓動を持つゾイドがとても気に入った。イグアンとは比較にならない潜在力を持っていることは、すぐにわかった。
   脚力が強く、全高の倍の高さならば軽々と飛び越えることができる。ジャンプ中の姿勢制御も優れていて、着地と同時にダッシュすることができた。片足で立ってもぐらつかず、非常に安定している。これは今までの小型ゾイドでは考えられない高い運動性能だった。
『少尉。イオンチャージャーを試してみたまえ』
 リヒトホーヘンは無線を通して、ベウマーに呼びかけた。
「了解!」
   そう応えると、彼はシート脇のスロットルレバーを限界まで押し込んだ。
   背後から低く唸るような音が聞こえたと思った途端、レブラプターのスピードが跳ね上がった。
「う、わ!」
 前触れのないGに驚きつつも、ベウマーは操縦桿を握る手に力を込めることを忘れなかった。
「行くぞぉッ!!」
 ベウマーの若い闘志とレブラプターの激しい闘争本能が瞬間的にシンクロした。
 地を蹴るレブラプター。
 捲れ上がり、舞い散る地面。
 次の瞬間には、レブラプターは駐機していたグスタフ2体を上空から見下ろしていた。
 ――コイツとなら、やれる!
 ベウマーは、そう確信していた。
