3-03:猛禽


「何だって!? もう少しわかりやすく説明してくれないか」
 基地のブリーフィングルームに集められたゾイド研究チームの面々を前にして、リヒトホーヘンは出来の悪い学生のように質問を重ねていた。
 若い研究者たちの中で一番年上――それでも26歳だ!――のミハエル・シュバルツシルトが遠慮がちに先程の説明を繰り返す。
「つまりですね、あのアトラスモルガが古代ゾイド人の遺跡の近辺で発見されたため、研究対象となった。ここまでは、よろしいですね?」
「うむ」
「それで、この巨大なモルガについて色々と調査しているうちに、我々のチームは旧ゼネバス帝国時代の非公式文書に行き当たったのです。大佐もご存知かと思いますが、ガイロス帝国がゼネバス帝国を併合した際に、公式、非公式を問わず、ゼネバス政府が保有していた様々な文書を接収したという歴史的経緯がありまして、膨大な関連文書が帝国図書館に収蔵されております。問題の文書は、アトラスモルガというモルガの亜種を捕獲し、戦闘ゾイドに改造したものの、実戦投入を前に暴走して行方不明になった――要約すると、そういう内容のものでした。そして、その文書の記述と発見されたゾイドの特徴が極めてよく符合したため、発見されたゾイドをアトラスモルガと考えて間違いないという結論に達したわけです」
 シュバルツシルトの回りくどい説明に辟易したように、リヒトホーヘンが手を振る。
「まぁ、それもわかる。私が知りたいのは、そのアトラスモルガの重要性がどこに由来するのかということと、君らの研究内容だ。簡潔に頼むぞ」
 さっきの二の舞にならないよう、リヒトホーヘンが念を押す。
「わかりました。……実のところ、その二つの問いの答えは同じです。つまり、アトラスモルガに搭載されていた戦術戦闘プログラムの解析、および神経伝達系統の研究です」
 その答えに、リヒトホーヘンは興味をそそられたようだった。
「ほぉ……。具体的には、どのような意味を持つのかね?」
「つまり、このアトラスモルガは旧ゼネバスの技術者たちによって改造を施される以前に、既に古代ゾイド人――これも正確なところはわからないのですが――の手が加えられていたと考えられるのです。それが戦闘プログラムと神経系でして、両者ともに当時の技術水準はおろか、現代のレベルをも凌駕する未知のテクノロジーが注ぎ込まれています。もっとも、ゼネバスの技術者たちはその事実に気が付かなかったようです。当時は古代ゾイド文明やオーガノイドといったことは殆ど知られていませんでしたから、無理もないことですが」
「要するに、それらの技術を研究し、帝国の次期戦闘ゾイドにフィードバックしよう。そういう訳か……」
「さすがです、大佐。そこまでお察しいただければ、これ以上の説明は無用かと」
 そう言って、シュバルツシルトは微笑んだ。
 リヒトホーヘンは曖昧に頷くと、おもむろに椅子から立ち上がり、窓際へと歩み寄った。
「なかなか厄介な仕事になりそうだな……」
 背中越しの呟きに、シュバルツシルトは首肯した。
「そうなるかと思われます」
 その言葉に苦笑しつつ、振り返ったリヒトホーヘンはシュバルツシルトを真っ直ぐに見た。
「君の率直な意見を聞かせて欲しい」
「何でしょうか」
「我々が見失ったアトラスモルガは、どこへ行ったと思うかね」
 その質問に、シュバルツシルトはおとがいに手をやって考える素振りを見せた。
「即答はいたしかねますが……」
「推測で、いや憶測でも構わない。我々にはあまりにも手がかりが無さ過ぎるのだ」
「わかりました。考えられる可能性は、大きく分けて二つあります。ひとつは発見された遺跡近くに戻る。もうひとつは、帰巣本能に従って、本来の住処に戻る」
「本来の住処?」
「デルポイ大陸です。アトラスモルガが発見されたのは中央大陸戦争時代のことですからね。……もっとも、これはあくまでも最終目的地であり、現実的にはエウロペ大陸の東部にて発見される確率が高いと思われます」
「何だと! それでは、共和国軍の勢力下で発見される可能性も……」
「否定できません」
 シュバルツシルトは冷たく言い切った。
 重苦しい沈黙がその場を支配する。
「……ご苦労だったな。解散だ」
 絞り出すように言ったリヒトホーヘンの一言で、ようやくブリーフィングルームは異様な緊張感から開放された。


 アトラスモルガ失踪の二日後、リヒトホーヘンが司令を務めるレッドラスト北部基地は突然の訪問者を迎えて、どことなく浮ついた雰囲気に包まれていた。
 2体のグスタフによってもたらされた4つのコンテナが、その原因だった。
 補給スケジュールにないグスタフの来訪は、砂漠に囲まれた基地ではちょっとしたイベントだったのである。
「どうしたのですか? 少将」
 部下の報せで駆けつけたリヒトホーヘンは、グスタフから降りてきた人影を見つけて、驚きの声をあげた。
 その人物こそが、他ならぬローレンツ少将であった。直接対面するのは何ヶ月ぶりだろうか。
「ははは。健忘症かね、大佐は。補充だよ。戦力の補充だ」
 豪快に笑いながら、ローレンツはリヒトホーヘンの肩を叩く。それから、思い出したように敬礼をした。
「久しぶりだな、リヒトホーヘン大佐。変わりはないか?」
「お陰様で」
 敬礼を返しながら、リヒトホーヘンは微笑んだ。だが、すぐに神妙な表情が取って代わる。
「例の捜索でありますが、何とか無事で済んだモルガとサイカーチスをフル稼働させて行っています。しかし、残念ながら、お聞かせできるような成果は得られていません」
「まぁ、ある程度は予測できたことだ。気にすることはない。過去よりも未来を見つめるべきだ。違うかね?」
 ローレンツの言葉に、リヒトホーヘンは頭を下げた。
「お心遣い感謝いたします。ところで、話を戻しますが、このコンテナの中身はゾイドでありますか?」
「そうだ。それと予備パーツもある。大型ゾイドを回せればよかったのだろうが、生憎それはできなくてね。先行試作機ではあるけれども、新開発の小型ゾイドを3機。一個小隊分、用意した。それなら、新規にパイロットを用意しなくていいからな」
 当たり前のようにそう言ったローレンツだが、それは言葉以上の重みを持って受け止められるべき科白だった。
 この時期、ガイロス帝国軍が思わぬ苦戦を強いられていたのは、補給路が延びきってしまい兵站能力の限界を越えたことと、ヘリック共和国軍による徹底したゲリラ戦の展開が功を奏していたからであった。
 戦争というのは、最前線から後方支援まで一続きのシステムである。どこか一箇所に齟齬をきたせば、全体に悪影響を及ぼすことになる。
 だからこそ、入念に準備を整えていた帝国軍であったが、当初の予測を越えて補給路の確保が大きな問題となっていた。
 どうしても前線に対して重点的に補給を行わなければならないが、そこは激戦区である。せっかく搬送した物資も敵軍に奪われたり、破壊されたりすることがある。そのため、その損失分まで計算に入れて、多めに補給する。すると、本来ならば後方の基地に行き渡るべき物資が不足する。特に戦闘ゾイドの予備パーツ不足は深刻で、配備されている戦闘ゾイドのうち1体を予備パーツ用に分解して他のゾイドの補修を行ったという事例もあるほどだ。
「新型、ですか……」
 そういった諸事情を知っているリヒトホーヘンは、驚きを隠さない。
 無論、新型といっても先行試作機であるから、体よく実戦テストに使われているという見方もできなくない。だが、それでもいい。とにかく喉から手が出るほど戦力が欲しかった。
 ローレンツは話を続けた。
「うん、そうだ。君も、オーガノイドシステムは知っているだろう?」
「はい。ゾイドコアを活性させて、ゾイドの生命力、俊敏性、闘争心を増進させるというシステムですな。例の古代ゾイド人の遺跡から発見された技術だとか」
「うむ。そのシステムを小型ゾイドに適用したのが、今回持ってきた『レブラプター』だ」
 そう言うと、ローレンツはグスタフの周囲で手持ちぶさたにしていた輸送部隊の兵士たちに手を振った。
 その合図で幾人かの兵士たちがコンテナのひとつに取り付き、手早く作業を始めた。
 ややあって、まるで花が開くかのように、コンテナの外板がゆっくりとした動きで四方に展開していく。
 そこから姿を現した小型ゾイドの姿に、ギャラリーたちは息を呑んだ。
「おお……」
 リヒトホーヘンも感嘆せずにはいられなかった。
 凶悪な顔つき。
 鋭い爪。
 スマートな体躯。
 明らかに格闘戦に特化しているとわかる、攻撃的なフォルム。
 目の前のレブラプターは、これまでに目にしてきた小型ゾイドとは一線を画する斬新さを持ち、得も言われぬ威圧的な空気を放っていた。その名が示すとおり、戦うために生まれた凶暴な猛禽だった。
「このレブラプターは、従来の中型ゾイドにも匹敵するポテンシャルを持っている。ただし、これは先行試作機だから、量産型にはもう少し改良が施されることになるだろうがね」
 そう説明しながら、ローレンツはまんざらでもない様子で、レブラプターを見上げた。
「しかし、少将。これはコクピット周りが従来機と違うようですが……」
 しばらく眺めていたリヒトホーヘンが、やや不安げに訊ねた。
「ああ、そのことなら心配無用だ。操縦システム自体は従来の小型ゾイドと同じものだ。ただ、新型センサーの導入やら避弾経始やらの関係で、ああなってはいるがね」
 ローレンツはそう答えて、再び視線をレブラプターへ戻した。
 その先には、次期主力小型戦闘ゾイドの地位が約束された新鋭機の、やや丸みを帯びた頭部があった。


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