基地を発進したサイカーチス3機は上空で編隊を組むと、最大加速でアトラスモルガの後を追った。
時速390キロメートルという最高速度を誇るサイカーチスならば、先行したアトラスモルガを捕捉するのは難しいことではない。程なくして、サイカーチスに搭載された鋭敏なセンサーが砂漠の上に残された一筋の赤外線反応を捉える。それを辿った先には、追い求めるアトラスモルガの姿があるはずだった。
「あれか……」
サイカーチス小隊を率いるラルフ・フォッカー中尉は、コクピットでそう呟いた。
視線の先には小さなディスプレイ。その中に映る白い影が、アトラスモルガから発散される赤外線放射を映像化したものだった。人の目には映ることのない赤外線を探知することで、一寸先が見えない闇の中でも確実に攻撃目標を捉えることができるのである。
……思っていたより、反応が小さいな。
センサーの感度を最大にして、ようやく捕捉できるという事実に対して、フォッカーはさほど疑念を抱かなかった。帝国が秘密裏に開発していた新型機なのだろう、程度にしか考えなかったからだ。そもそも、戦闘中に余計な考え事をしていては死神の招きにあずかることになる。いかに敵を倒すか。そのことだけを考えていればよいのであり、攻撃目標としているゾイドについてあれこれ詮索する必要はなかった。
「ブリッツ01より、各機へ。これより高度を下げて目標を攻撃する。行くぞ!」
そう叫ぶと、フォッカーは操縦桿を倒した。サイカーチスの姿勢が大きく傾いで、そのまま急降下する。両翼についていたフォッカーの部下も、それに倣って高度を落とす。
地面にぶつかる寸前で機首を起こし、更に加速。
「各機、NOEで目標に接近しろ。初弾必中だ。いいな」
「ブリッツ02、了解」
「ブリッツ03、了解」
部下たちの返事を聞きながら、フォッカーは複合センサーユニットと直結したヘッドアップディスプレイを覗き込み、慎重に狙いを定めた。もう、相対距離はかなり縮まっている。間もなく、ロックオンを告げる電子音が鳴る。はずだった。
フォッカーがトリガーを引く指に力を込めようとした瞬間、正面のアトラスモルガの進路が突如として変わり、その速度が目まぐるしく変化し始めた。モニターの中の白い影が残像ともに大きくぶれる。
「……まさか、乱数走行なのか!?」
フォッカーは自分の目を疑った。
まだ、実用化されていないはずの乱数走行――移動速度をランダムに可変させ、コンピュータを使用した照準を狂わせるという特殊な戦術機動――であったが、目前のアトラスモルガは間違いなく不規則に速度を変化させていた。そのため、サイカーチスの射撃統制装置は目標の未来位置を予測できず、従ってロックオンできなくなっていたのだ。
「隊長! ターゲットをロックできません」
部下の悲痛な叫びに、フォッカーは舌打ちした。
経験不足の新米少尉だったからではない。目の前の敵が予想を超えた存在であることへの苛立ちであった。
「ホーネッカー少尉、落ち着け。ロックはともかく、引き金を引かなけりゃあ、弾は当たらんのだ。構わずに撃て!」
「ハッ!」
フォッカーの叱咤に押されるようにして、2機のサイカーチスの機首に装備された連装ビーム砲が闇を切り裂く。
だが、それを嘲笑うかのように、アトラスモルガは乱数走行を続け、攻撃を回避していく。
「馬鹿野郎ッ! デタラメに撃ってどうするんだ! 目標の進路を考えて、ある程度、見当を付けてから撃つんだ。いいか、見ていろ!」
そう言って、フォッカーがアトラスモルガに狙いを定めようとしたその時だった。
突如として爆音が響き、アトラスモルガの周囲に猛烈な砂柱が立った。巻き上げられた砂で視界が遮られ、そしてサイカーチスの進路を塞ぐ。
「うお!」
フォッカーは咄嗟に機体を捻って回避したものの、気付いたときにはアトラスモルガの姿を見失っていた。
「ブリッツ03、照明弾を撃て!」
「どこへでありますか?」
「適当だ! この辺り一帯が照らせれば、それでいい」
「了解ッ」
ブリッツ03というコールサインを持つサイカーチスから照明弾が投射され、辺り一面を昼間のように照らし出す。
そこに、アトラスモルガの影はなかった。ただ荒涼とした砂漠が広がるのみ。
急速に力を失いゆく光の中で、フォッカーは呆然として呟いた。
「消えた……」
「何、見失っただと?」
「はい、突然、爆発が起こり、その直後に姿を消したとのことです」
叱責が飛ぶかと思い、おずおずと報告したオペレーターであったが、それに対するリヒトホーヘンの反応は予想を裏切るものだった。
「……そうか。仕方あるまい。ブリッツ小隊は呼び戻せ」
「了解」
「ところで、基地の被害はどうなっている?」
リヒトホーヘンは、背後に控えていた副官のカール・シュミット中佐を振り返った。
「パイロット4名と整備員6名が重軽傷を負っていますが、命に別状はありません。戦闘ゾイドでは、イグアン3機が小破。1機が中破。第3格納庫のシャッターが全損。そのため、第3格納庫に格納されていたモルガ8機全てが外装に何らかの損傷を負っており、点検が必要です。基地のアスファルト舗装もかなり激しく痛んでいます」
「やれやれ。まだ、死人が出なかっただけマシな方だと考えるべきなのだろうな」
溜め息混じりに呟くと、リヒトホーヘンは指揮官用シートに身体を沈めた。
頬杖をつきながら、あれこれ考えを巡らせてみる。
結論は出なかったが、ともかく彼の知らないところで何かが起きていることは確からしかった。
「例の研究班の連中を基地の外に出すな。ブリーフィングルームにでも集めておけ」
「わかりました」
そう言うと、シュミットは戦闘指揮所を出ていった。
その様子を見届けると、リヒトホーヘンはシートのアームレストに埋め込まれた赤い受話器を取り上げた。直属の上司である、ローレンツ少将へのホットラインである。これは、どんな時間でも、必ずローレンツ本人へ繋がることが保証されている。それゆえ、よほど重要な案件でもない限りは使われることのない回線でもあった。
『私だ』
「お久しぶりです、少将」
『本当に久しぶりだな、大佐。ところで、いったい何用かね? こんな時間に』
「他でもありません。以前、少将からの指示で受け入れたゾイド研究班についてのことです」
『彼らがどうかしたかね』
「いえ、その、彼らではなく、例のゾイドが暴走しまして、結局、ロストしてしまったのです。基地も被害を受け、何体かのゾイドは戦闘不能です」
『そんなに酷いのかね』
「いいえ。予備パーツ不足のため、破損したゾイドの補修を行う余裕がないのです」
『そうか……、わかった。近い内に戦力の補充は何とかしよう。だが、件のゾイドが暴走したとなると厄介だな。一刻も早く捕捉し、拿捕せねばならん』
「その重要性については了解しておりますが、なぜ重要なのかは聞いていません。今後の作戦にも関わることので、是非ともお教え願いたいのですが」
リヒトホーヘンの言葉に、受話器の向こうのローレンツは少し考え込む。
『うむ……。そうだな、研究班から直接話を聞きたまえ。私から許可を得たと言えば、連中もイヤとは言うまい。何しろ、責任者は私なのだからな』
「了解しました」
『なるべく早く補充を行えるように手配する。それまでに捜索の準備だけは整えておいてくれ。話を聞けば、君もその重要性がわかるはずだ。アレを共和国の連中に渡すわけにはいかんのだ……』
「わかりました」
『期待しているよ』
それで通話は途切れた。ローレンツが受話器を置いたのだ。
不必要なくらい丁寧な動作で受話器を戻すと、リヒトホーヘンはしばし瞑目した。
あまりにも為すべきこと、考えるべきことが多すぎた。