第3話:疾風の果てに


 セイバーD+とライジャーとの間で繰り広げられる高機動戦闘の行く末は、なかなか定まらなかった。
 2体のゾイドは、激しい闘争心をむき出しにしつつも、互いに必殺の一撃を食らわせるタイミングを窺いながら、張り詰めた空気の中を猛スピードで駆けていた。
 その挙動に無駄はない。相手に隙ができるのを虎視眈々と待ちながら、ひたすら高いテンションを保ち続けていた。
 いつの間にか、闘いの舞台はミューズ森林地帯西部の巨木の森へと移っていた。まさに天を衝くばかりの高さで聳える巨木の間隙を縫うように進む両者の動きを追っていると、周りの木々がまるで初めから存在していないかのような錯覚に陥る。それほどまでに、セイバーD+とライジャーの機動は凄まじかった。例えるならば、道を極めた剣豪同士の決闘であり、およそ常人に到達しうるレベルではない。
 闘いは、互いに互いの躯をぶつけ合う近接格闘戦の様相を呈していた。
 一進一退。互いに譲らぬ混戦模様。
 だが、闘いが長引くにつれて、双方の絶対的なポテンシャルの差が顕わになり始める。
 徐々にセイバーD+が優位に立ち始めたのだ。
 四肢に装備されたストライククロー。30トンを超える重量差。ひとつひとつは些細なことかもしれない。もし、ライジャーが現役時代の装備と性能を今でも持っていたのなら、話は違ってきたかもしれない。
 だが、かつては旧ゼネバス帝国最速の戦闘ゾイドであったライジャーも、野良ゾイドとなってから40年以上の歳月を重ねてきていた。機体各所に蓄積したダメージは少なからぬものがある。一度戦闘用にチューニングされたゾイドは、二度と野生本来の能力――優れた自己治癒力や強い闘争本能、強靱な生命力――を完全に取り戻すことはできないのである。当然、このことは戦闘の推移に反映されてくる。
 それに加えて、この密林という条件があった。高速ゾイドにとって鬼門とも言えるこの環境は、最高速度を誇る高速戦闘ゾイドの力を大きく制限してしまう。ゆえに、ライジャーの速度面における優位性は完全に相殺されてしまっていたのだ。
 だが、おそらくは、その不利を自覚しながらもなお、ライジャーは闘うことを止めようとはしなかった。まるで生き急ぐかのように、セイバーD+を追って森を駆け抜けていた。


 戦闘開始から50分ほど経過した頃、戦況が大きく動いた。
 おそらく進展の乏しい戦況に焦れたのだろう。先に仕掛けたのはライジャーの方だった。
 オーバーブーストでセイバーD+を抜き去ると、正面の巨木を利して急反転。セイバーD+の真正面から挑みかかったのだ。金属疲労を起こしかけている躯が悲鳴を上げるのも構わず、ライジャーは全速力でセイバーD+に迫った。二本の牙が青白い光を放つ。渾身の一撃だ。
 対するセイバーD+は咄嗟に身を捻り、紙一重の差でライジャーの捨て身の攻撃をかわす。その動作は70トン超の重量を全く感じさせないほど身軽で敏捷なものだった。
 虚を突かれ、勢い余ってつんのめるライジャー。それが大きな隙となり、これまでかろうじて保たれていた均衡が完全に崩れ去ることになった。
 四肢を踏ん張って何とか転倒だけは防いだライジャーが後ろを振り返ったとき、既にセイバーD+は跳んでいた。低い唸り声を上げながらライジャーに躍りかかるセイバーD+の機動は、研ぎ澄まされたナイフのように鋭かった。姿勢を崩していたライジャーは、それを避けることができなかった。
 セイバーD+の鋭い爪がライジャーをしっかりと捉える。すぐさま爪がライジャーの装甲に深く食い込み、鮮血代わりの青白いスパークが飛び散る。ライジャーの動きが止まり、そして地面に倒れ込む。それでもまだ、ライジャーは闘争心を失っていなかった。のし掛かるセイバーD+を振りほどきながら、再び加速状態に入ろうとする。
 しかし、それよりも早くセイバーD+の牙がライジャーの喉笛を掻き切っていた。
 瞬間、刻が凍り付く。
 崩れ落ちるライジャー。
 全てが静まり返り、森の木々たちも息を詰めて2体のゾイドを見守った。
 やがて、ライジャーが完全に事切れた。
 セイバーD+はゆっくりと牙を離す。
 そして、先刻まで生死をかけて争った相手を静かに見下ろした。
 その胸に去来するものが何なのか、表情から窺い知ることはできない。しかし、セイバーD+はライジャーを見つめ続けた。その様子は、まるで死者を悼むかのようであった。
 どれだけの時間が流れただろうか。立ち尽くしていたセイバーD+のもとに一陣の風が吹き寄せ、その風に押されるようにしてセイバーD+は歩みだした。


 気絶したままのハインケルを乗せたセイバーD+は、ミューズ森林地帯を西へ向けて進んでいた。それは、仲間の待つ帝国勢力圏へと向かう道だった。
 溢れるばかりの闘争本能に満ちたセイバータイガーD+ではあるが、ただ闘うだけが能の野獣ではない。闘うべき時と状況というものをちゃんと心得ているし、決して無駄に吠えることもないのだ。
 もう野良ゾイドたちは襲ってこない。せいぜい、遠巻きに眺めるだけである。
 あのライジャーが殺られたという事実が与えたインパクトは決して小さくはなかった。
 セイバーD+の実力を嫌と言うほど思い知らされていたから、野良ゾイドたちの戦意は完全に失せてしまっていたのである。
 そうして、30分から40分ほどの時が経っただろうか。
 平穏に歩き続けたセイバーD+の前で森が途切れ、突如として大きな湖が広がった。
 グラム湖である。
 ……ここまで来たなら、帝国の勢力圏も近いな。
 ようやく意識を取り戻したハインケルは、懐かしい風景を見て安堵した。
 と、その時、ハインケルの気分に冷や水を浴びせるような出来事が起こった。セイバーD+の後方から猛烈な弾雨が降り注いだのである。
「くそ、ここまで来て……」
 ハインケルは毒づいた。
 まだ、頭がフラフラする。全身がズキズキと痛む。この状態で、またセイバーD+に振り回されようものなら、今度こそ命が危ない。
 ハインケルは右手を伸ばしてリミッター解除キーをイジェクトすると、自ら操縦桿を握った。
「どうせ死ぬのなら、自分の責任で死ぬさ」
 そう吐き捨てるように呟くと、ハインケルはメインモニターに映る敵影を見据えた。
 そこにあるのは、共和国軍所属の小型戦闘ゾイドの群だ。おそらく共和国軍の追撃隊の一部であろう。撤退する帝国軍部隊を幾つも壊滅、降伏に追い込んできた連中であることは間違いない。
 今のハインケルが操るセイバーD+にとっては手に余る相手に違いない。スペック的には格下でも、万全ではない状況では、対等に渡り合うことすら困難だ。
 だが、それでも戦うしかなかった。前には敵。背後には湖。逃げる場所など何処にもありはしないのだ。
 ……たしか、『背水の陣』とかいう格言があったっけな。
 そんなことを思い出しながら、ハインケルは覚悟を決めた。


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