第4話:もうひとつの「D+」


 セイバーD+が共和国の戦闘ゾイドの一群へ向けて一歩踏み出した。
 その時、突然目の前のバリゲーターが砕けた。それを合図に、ガイサックが、ゴドスが、居並ぶ共和国軍のゾイドたちが次々と倒されていく。明らかに何者かに狙撃されているのだ。
「ど、どういうことだ……」
 ハインケルは唖然とした。
 喜ぶべき状況には違いないが、それにしても鮮やかな手並みである。
「そんな芸当のできるゾイドが、我が軍にあったか?」
 首を傾げるハインケルのもとに通信が飛び込む。
『先輩ッ! お待たせしましたね!』
「その声は、クライバウム大尉か!?」
 ハインケルは声の主を探して視線を走らせた。すると、ちょうど左手の地平線上に紫色に輝く2体の中型ゾイドの姿が見えた。
「……ライトニングサイクス?」
 つい先日から配備が開始されたばかりの新鋭戦闘ゾイド『ライトニングサイクス』。当然、その存在はハインケルも知っていた。
 だが、こちらに向かってくるゾイドは、資料で見たものとは色が違うようだった。
 色が違うということは、すなわちそれが戦術バリエーションであることを示唆していた。
 そして、視界に映るサイクスの装甲はやけに光り輝いて見えた。
「……まさか!?」
 ピンと来たハインケルが思わず声に出して呟く。
『ご明察ですよ、先輩。こいつはタダのサイクスじゃないんです。先輩のセイバーと同じ「D+」なんですよ』
 そう応えながら、クライバウムは針穴に糸を通すばかりの精密さで次々に共和国ゾイドを射抜いていく。パイロットの技量もさることながら、リニアバレルによってディオハルコン製の弾丸を撃ち出す『ハイブリットバルカン』の威力と命中精度には目を見張るものがあった。高速で走りながら撃っているにもかかわらず、全く跳弾が出ない。全ての弾丸が標的に吸い込まれるように飛んでいく。
「す、凄い……」
 ハインケルは固唾を飲んで、その様子を見守った。
 ライトニングサイクスD+は、セイバータイガーD+と同様の対ビームコーティングと出力強化を行ったカスタムゾイドである。通常型を凌駕する高い機動性を持つが、扱うパイロットにも相応の技量が必要とされるため、さほど生産数は多くない。しかし、オプションの換装により多目的に運用可能であることから、今後が期待されているゾイドでもあった。
 2体のサイクスD+がセイバーD+の前に立ちふさがり、防御壁を形成したときには、生き残った幸運な共和国軍のゾイドたちは慌てふためきながら我先にと退却を始めていた。
『ふふ、賢明な選択ですね』
「! シュタイン大尉も来てくれたのか!!」
『少佐、気付くのが遅いですよ』
「そう言うな。こっちも余裕なかったんだから」
『何はともあれ、ご無事でよかったです』
 クライバウムがそう言うと、シュタインも同調した。
『全くです。撤退してきた輸送部隊に聞けば、少佐だけが後衛として残っているというではありませんか。それで急いで出撃したんです。幾ら少佐が優れたパイロットでも、共和国の勢力圏でたった一人戦うというのは自殺行為に等しいですからね』
「でも、どうやらセイバーD+のおかげで、命拾いしたようだよ。もっとも、一度は気を失ったけどな。……そうか、仲間は無事に脱出できたのか。よかった……」
 ハインケルは目を閉じ、シートにもたれた。再び、意識が遠退いていった。

「先輩、寝ちゃってるよ」
 コックピットハッチを開けたクライバウムは、幾分呆れ気味に呟いた。
「無理もないんじゃないかな。見ろよ、あれ」
 シュタインが顎をしゃくる。
 クライバウムがコックピットの中を注意深く覗き込むと、ハインケルの足下に一枚のカードが落ちていた。
「あれは?」
「おそらく、リミッター解除キーだ。このセイバータイガーD+には試験的に導入されたと聞いている」
「何それ?」
「ゾイド本来の戦闘能力を100パーセント引き出すための鍵だよ。使用すれば、カタログスペックの2倍の性能が発揮されるそうだ。その分、パイロットの身体的負担は半端なものじゃないらしいけどな」
「それを使った、と?」
「多分ね。でなけりゃ、タフで有名な少佐がここまで消耗するものか。それに、少佐自身が言ってたろう?『セイバーD+のおかげで命拾いした』って」
「そう言えば……」
 二人の若い大尉は互いに見つめ合い、そして破顔した。
「すげぇや、先輩は! それでも、まだ生きてるんだから!」
「違いない! こりゃ、帰投したら英雄だな!!」
 その時、サイクスD+のコックピットの通信機が鳴った。
 クライバウムがマイクを掴む。
「こちら、第13遊撃小隊。……すまない。報告が遅れたが、ハインケル少佐とセイバータイガーD+を無事に保護した。ただちにグスタフを回してくれ。それと救護班もだ。……ああ、急いで頼む。……了解、引き続きポイントを確保するため、警戒を続ける。以上」
 スイッチを切って、マイクを放り投げる。
「さて、お仕事の続きと行きますかね」
「そうだな」
 シュタインは、クライバウムの言葉に頷くと、コックピットに潜り込んだ。
 クライバウムはセイバーD+のハッチを静かに閉めてから、自分のシートに戻った。
 辺りは穏やかだった。
 地平線に沈む太陽が全てを赤く染め上げてゆく。
 森の切れ目にゾイドの残骸がなければ、つい先刻までここで戦闘が行われていたと誰が思うだろう。
 そんな残酷なまでに美しい風景が、どこまでも広がる。
 湖畔に佇むゾイドたちを見下ろすように、白い鳥が飛んでいった。


(END)


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