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TX-21の運用母艦であるパドック艦『スジャータ』は、進宙間もない新造艦である。エスタナトレーヒと同級の大型パドック艦で、当初の予定ではタイラント艦隊における予備役のパドック艦を更新するために建造されていたのだが、急遽としてTX-21のテスト運用母艦として使われることになった。他に適当な艦がないわけではなかったが、慣熟航行も兼ねて一石二鳥――という思惑が、タイラント艦隊の上層部にはあったようである。
もっとも、そのために経験不足の新米乗組員たちが、テストとはいえ、いきなり戦艦の運用を任されて右往左往することまでは、考えに入っていなかったようだが。
「TX-21、帰投コースに乗ります」
「ハッチ開放。タグボート展開」
「航行管制システムとコンタクト。コントロール、プレイヤーからスジャータへ移行」
「減速よし。TX-21、停船。ドックへの誘導を開始します」
スジャータのブリッジ内を、管制官たちの報告が飛び交う。
今や、スジャータの乗組員たちはTX-21の着艦に備えて、多忙を極めていた。搭載艦の離着艦プロセスは、ほぼ自動化されているとは言うものの、それは放っておいても上手く行くということを意味するわけではない。チェック項目だけでも膨大な数にのぼり、ブリッジでこなすべき作業は決して少なくなかった。
そんな喧噪渦巻くブリッジの中央部で、ひとりシートに身を沈める女性がいた。知性をたたえた美しい横顔は、一度見たら忘れられない。
その女性こそ、スジャータを率いるサラ・ハーディング提督だった。
ハーディングは、テストの第一段階である巡航試験が無事に終了しつつあることに安堵していた。
このスジャータの乗組員たちにとって、今回の試験航海は全てが初めてづくしである。シミュレーターを使った訓練は幾度となく受けていても、やはり実際にやってみると思わぬことにつまづいたりするものなのだ――ということを、ハーディングはよく知っていた。
彼女自身、ほんの三年前までは分艦隊の提督としてWASCO管理下における戦闘に幾度となく参加した経験の持ち主だったから、そうした状況は折に触れ目にしてきていたのである。
「TX-21、着床。アンカーロック固定」
「相転移炉、臨界から予備稼働状態へ移行。アンビリカルコード接続します」
なおも続く管制官の報告をBGM代わりにして、メインスクリーンに刻々と映し出される作業状況を眺めていたハーディングに、副官のウィリアム・モリスが歩み寄る。
「提督、TX-21の着艦作業が間もなく終了致します」
「了解。ご苦労様でした。……ところで、プレイヤーは?」
「先程、艦を降りました。船医の報告では、元気そのもので、何ら問題ないとのことです」
モリスの報告に、ハーディングが頷く。
と、ブリッジのドアが開いて、一人の少女が姿を見せた。
「噂をすれば何とやらですな」
モリスは面白そうに言うと、軽く会釈をして自分のコンソールに戻った。まだ彼の仕事が終わっていなかったからだが、少し気を利かせたということでもあった。
少女は迷いない足取りでハーディングの前に立ち、一礼した。
「ハルカ・クサカベ候補生。ただいま、TX-21のテストフライトを終了致しました」
ちょっと堅い調子の混じる声音で、ハルカと名乗った少女はそう報告する。そして、小脇に抱えていたホロペーパーをハーディングへと差し出した。
「今回の記録と、簡単な感想文です」
「ご苦労様。確かに受領致しました」
と、ハーディングも型どおりに応えて、ホロペーパーを受け取る。
「さて、堅苦しい挨拶はここまで。よくがんばったわね、ハルカさん」
そう言って、ハーディングは優しい笑みを浮かべた。
「TX-21は、どうでしたか?」
美貌の提督にそう問われて、ハルカは少しはにかんだような表情を見せる。
「ちょっと疲れました」
それはハルカの偽らざる本心でもあった。
「やっぱり、本物の戦艦は違いますね。訓練艦とは全然違っていて……。何というか、こう、感覚に訴えかけてくるものがあるというか……」
訥々と語るハルカは、まだ15歳。洋子たちよりも年少であったが、TX-21の操縦システムに対する高い適性を認められ、テストプレイヤーに選ばれたのだった。まだまだ経験不足な観は否めないけれども、ハルカの両瞳に宿る強い輝きに、ハーディングは確かな才能の片鱗を感じ取っていた。
「ふふ。ハルカさんは、気に入ったようね。TX-21が」
ハーディングがそう言うと、ハルカは大真面目な顔で頷いた。
「はい。このまま、正プレイヤーになってしまいたいくらいです」
「その気持ちはわかるけど……」
「わかっています。TX-21はあくまでも評価試験艦ですからね。でも、テストプレイヤーに選ばれたこと、光栄に思ってます」
「確かに、これはあなたにとって絶好のチャンスね。テスト戦の結果次第では、あるいはTX-2系列艦のプレイヤーへの道も開けるかもしれないわね」
ハーディングの言葉に、ハルカは明るい笑顔を見せた。
「そうですね。そうなれるように、がんばります」
「しっかりね。ハルカさん」
「はい」
元気よく応えて踵を返したハルカは、ブリッジのスクリーンに投影されているホロビューのひとつを少し眩しそうな表情で見つめた。彼女の視線の先には、他ならぬTX-21の艦影があった。
※
TX-21の第一次テストプログラムでは、合計3回の模擬戦闘が予定されていた。そのいずれもがTA-29との対戦であるというのは、異例中の異例であったが、そうでもしなければテストにならない――と、チーフデザイナーであるローソンが主張して譲らなかったのである。
当初、艦隊司令部はローソンの意見に乗り気ではなかった。が、最終的にはローソンの主張を受け容れる形で、TX-21とTA-29の実戦テストの実施が決定された。
現行のTERRA標準戦艦の水準を大幅に凌駕する戦闘艦が、例え模擬戦であっても、実際に砲火を交えるとなれば、当然のことながら場所を選ぶ。そこで、演習地として選ばれたのが、ロバート・L・フォワード総合火力演習場だった。というより、他に選択肢がなかったと言った方が適切かもしれない。
TX-21が巡航試験を無事に終えた翌日、TERRA連合艦隊の保有する演習地の中で最大規模を誇る空域の片隅で、互いに視認不能なほどの距離を置いて、2隻のパドック艦が停泊していた。
その一方のエスタナトレーヒでは、特一級打撃戦艦TA-29がドックからの離床準備を終えつつあった。
開ききったドックのハッチの外側へと、TA-29の巨体を無人のタグボートが押し出していく。普段と同じようにゆっくり流れる灰色の景色の中で、洋子はいつになく高揚する気持ちを抑え切れずにいた。
「離床終了。タグボートを回収する。いつでも発進できるぞ」
管制室のデリングハウスがそう告げる。
コクピットに小さく浮かぶホロビューに向かって、洋子は親指を立てて応える。
「OK! ……さあて、行きますかね」
「設定空域に到着し次第、模擬戦闘が開始されます。制限時間は、30分です。ルールについて、再確認しておきますか?」
アソビン教授が控えめな態度で訊いてくる。
「いえ、いいわ。どうせルールを逸脱しそうになったら、止めてくれるんでしょ?」
「……仰るとおりです」
「なら、問題ないわね」
洋子はこともなげに言い切ると、スティックとスロットルを握り直した。
「TA-29、全コントロール。パドック艦からプレイヤーに移行。洋子くん、しっかりやれよ」
デリングハウスの報告を聞きながら、洋子は前を見つめる。
漆黒の宇宙空間。
煌めく星々。
目を閉じ、深呼吸をして、高ぶった気分を落ち着かせる。
確かに感じられる、自身の体と艦との一体感。
やがて目蓋を開いて、洋子は言った。
「スーパーストライクTA-29ヤマモト・ヨーコ! ゲットレディ、GO!!」