STAR SHIP GIRL YAMAMOTO YOHKO / SIDE STORY

5-02:TX-21


> SYSAD
 とうに昼食時を過ぎたエスタナトレーヒの艦内食堂はガランとしていた。
 その閑散とした食堂で、ローソンはTA-29の整備プログラムを再チェックしながら、サンドイッチとコーヒーで遅めのランチを取っていた。
 何か作業しながら食事を取りたいときには、サンドイッチは便利だ。パンの間に挟む具を欲張らなければ、手が汚れる心配もない。『オニギリ』という炊きあげた白米を円形や三角形に握ったものを好むスタッフもいるが、ローソンは断然サンドイッチ派であった。
「ローソン。探したんだぞ」
 突然、頭上から降ってきた少しなじるような口調の声に、ローソンはサンドイッチを食べる手を止めて顔を上げた。
「なんだ。ミスタ・クライフですか」
「なんだ、とはご挨拶だな。それにしても、今頃ランチとは。ずいぶん忙しいんだな」
 そう言いつつ、紅茶のカップを手にしたクライフは、ローソンの向かいの席に陣取った。
「おかげさまでね」
 と、ローソンは大袈裟に肩をすくめてみせた。
「TA-29の整備に時間がかかっているんですよ。今日中には終わると思いますけどね」
「昨日の戦闘では、それほどダメージを負っていたようには見えなかったが?」
 クライフが首を傾げると、ローソンは苦く笑った。
「戦闘でのダメージは軽微ですよ。勿論。だけど、機関駆動系に微妙な狂いが出ている。洋子君は、時として艦の限界性能めいっぱいのところで操縦をするんですが、その度に整備班は大わらわというわけです」
「ほぉ」
 クライフがカップ越しに、ローソンへ興味深げな視線を投げかける。
「設計したときは、かなり余裕をもって限界を設定したつもりだったんだけど……」
「洋子君の能力が、予想以上だったということか」
「ご明察。――彼女は特別ですよ。他のTA-2系列艦では、そういう問題は殆ど発生していない。おかげで、TA-29だけ整備プログラムは組み直し。特別メニューだ」
「結構なことじゃないか。エンジニア冥利に尽きるだろう?」
 クライフがそう水を向けると、ローソンは真顔で肯いた。
「全くですね。その点では、洋子君に感謝しなけりゃいけませんか」
「ところで、その限界性能とやらは、ロールアウトしたTX-21では改善されているのか?」
「勿論。TA-2系列艦に比べて、20%はアップさせました。――って、今なんて言いました!? ロールアウト? TX-21が?」
「ああ。さっきキャラウェイから連絡があった。TX-21がロールアウトしたそうだ」
 クライフは紅茶をすすりつつ、話を続ける。
「それと同時に、パドック艦『スジャータ』が就役。これがTX-21のテスト母艦となる。最初のテストは明後日1300時から、ロバート・L・フォワード総合火力演習場にて開始の予定だ。ちなみに、現在のTX-21の艤装状態は、約70パーセントと聞いている」
「ついに、TX-21がロールアウトか……。ところで、難航していたプレイヤーの選定はどうなったんです? もうテストのスケジュールまで決まっていますけど」
 そのローソンの言葉に、クライフは首を傾げた。
「聞いていないのか?」
「あぁ。たぶん」
「そうか……。プレイヤーは、もう決まっている。もっとも、タイラント艦隊のプレイヤー養成課程に在籍している候補生だがね」
「なるほど。しかし、そのプレイヤー――彼だか彼女だか知らないが――は、ちゃんとTX-21を動かせるんでしょうね?」
「その点は問題ない。既に、彼女の操縦でTX-21は建艦ドックを離床。スジャータ艦内への搬入作業を終えているからな」
「それなら安心。……って、彼女? そのプレイヤーは女性なのか?」
「そうだ。ローソンの好みに合わせて、15歳の少女を選んでおいた」
「おいおい、僕はロリコンじゃあないぞ!」
「冗談だ。ムキにならなくていい。だが、君が示した評価基準を満たした候補生が、その少女しかいなかったというのは、事実だ」
「…………ひとつ、良いかな?」
「何だ?」
「冗談なら冗談で、もう少しわかりやすい表情で言ってくれないかな。クライフ」
「……考えておこう」
 そう応えて、クライフは紅茶を飲み干した。


> YOHKO
 ローソンに呼び出されたあたしと綾乃は、エスタナトレーヒのブリーフィングルームで待機させられていた。
 説明したいことがあるとか何とかって言っていたけど、この部屋に入ってから、もう30分以上も放ったらかしだ。こんなことなら、まどかや紅葉みたく、私用で来れません――って言っておけばよかったかも。
 横目で綾乃の様子を窺ってみると、この娘ったら目を閉じて微動だにしない。瞑想か。それもいいかもね。
 んなこと考えながら、ボンヤリと天井を見上げたとき、軽い電子音と共にブリーフィングルームのドアが開いた。
「遅いわよ、ローソン!」
「いやあ、ごめんごめん。少し準備に手間取っていてね」
 ヘラヘラと誠意のない笑いを浮かべるローソンの後ろに、苦笑するリオン提督の姿が見えた。
「まぁ、いいわ。早速、本題に入りましょうよ」
 あたしがそう言うと、ローソンも頷く。
「うん、そうしよう。では、話に入る前に、これを見てもらおうか」
 そう言うと、ローソンはパチンと指を鳴らした。
 と同時に、ブリーフィングルームの壁の一部がホロビューに切り替わった。
 そこに映し出されるのは、漆黒の宇宙空間。
 だけど、その時のあたしは、黒いビロードに宝石を撒き散らしたような絶景を眺めて楽しむ気持ちにはなれなかった。
「これは、現時刻の艦外映像だ」
 そうローソンが説明してくれた時、ホロビューの隅に何か光るものが見えた。それは瞬く間に大きくなっていき、数秒後にはハッキリとその形を確認できるサイズになった。
 ゆったりとしたスピードであたしたちの視界を横切っていく、その物体のシルエットは、明らかに30世紀における戦艦のそれだった。
「TX-21……」
 真っ白な艦体に刻まれた文字をあたしが読み上げると、ローソンは言った。
「そうだ。あれは、TX-21。TERRAの最新鋭戦艦だ」
「それと、あたしたちが呼ばれたことに何の関係があるの?」
 その問いに答えてくれたのは、ローソンではなく、リオン提督だった。
「あなたたちには、あの戦艦との模擬戦闘を行ってもらいたいの」
「なぜですか?」
 と、綾乃が訊く。
「TA-2系列艦でなくては、あの艦の相手は務まらないからだ」
 ローソンはそう言うと、再び視線をホロビューへと戻した。
 そのホロビュー上では、TX-21が加速しながら遠ざかっていこうとしていた。
 TX-21のスタイルが、あたしたちの乗るTA-2系列艦によく似ていることに気付いたとき、あたしはここへ呼ばれたわけを朧気に理解した。それは、綾乃も同じだったと思う。だけど、敢えてローソンの言葉を待ってみた。
「あのTX-21は、僕がデザインした。TA-2系列艦と同等の能力を発揮することが求められている艦だ。現在の、TERRA連合艦隊に所属する標準的な戦艦では太刀打ちできない」
 ローソンはいつになく真面目な口調だった。
「……だから、あたしたちが相手になってやらなくちゃいけない、と?」
「そういうことだ。相変わらず、物分かりが良くて助かるよ」
 あたしたちの方に向き直りながら、ローソンは屈託ない笑顔でそう言った。


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