> YOHKO
気がつけば、あたしはTA-29のコクピットの中にいた。
いったい、いつからここにいたんだろう?
そんなことを思う間もなく、アソビン教授の声があたしの耳を打った。
「ミス・ヨーコ。前方より敵戦艦が高速で接近中です。現在の針路を維持する場合、約3秒後に衝突します」
あたしは咄嗟にスティックを返して、回避行動に移る。
ホロビューに映る満天の星空がぐるりと大きく回転し、あたしの傍らを魚の形をした戦艦が猛スピードで通り抜けていく。
その特徴的なシルエットで、ドラーダ級と呼ばれるNESSの標準戦艦だと判る。
まぁ、あたしに言わせれば単なる雑魚だけど。
「更に、ドラーダ2隻が接近中」
アソビン教授が、安堵感に浸ろうとするあたしを容赦なく現実へ引き戻す。
正面のホロビュー上に、交差するような軌道を描いて迫り来る、2隻のドラーダの姿が確認できた。
「エヴァブラック、発射!」
あたしは迷わず主砲『エヴァヴラック』のトリガーを引き絞る。
狙いは、もちろん、接近してくるドラーダだ。
灼熱するプラズマ弾が亜光速で撃ち出される様子というのは、いつ見ても現実離れした迫力に満ちている。そして、その破壊力もまた充分に現実離れしたものだ。
2隻のうち、片一方のドラーダが高温高圧のプラズマ弾に呑み込まれるようにして爆散する。
元々、エヴァヴラックは要塞砲として設計された大型インパルス砲だから、その威力たるや半端なものじゃあない。既に旧式化したドラーダでは、とても太刀打ちなんてできっこないという訳だ。
生き残ったドラーダが狂ったようにインパルス砲を撃ってくるけれども、冷静さを取り戻したあたしの敵じゃない。
「やる気があるのは結構だけど、ケンカを売る相手を間違えたみたいね!」
軽くステップ踏んでプラズマ弾を躱すと、艦首に装備されたインパルス砲をお見舞いしてやる。エヴァブラックと比較すると見劣りしてしまうけれど、これだってTERRAの艦載インパルス砲としては最大級の攻撃力を持っている武器だ。数発も叩き込んでやれば、ドラーダはあっさりと沈黙した。
今度こそホッと一息――と思ったけど、そうは問屋が卸してくれなかった。
「ミス・ヨーコ。本艦の主砲射程外から、敵艦が多数接近中です。バラクーダ級打撃戦艦、およびバラマンディ級高速戦艦を主力とする混成部隊と判明。多少は、ドラーダ級、ソーレル級戦艦も混じっているようですが、巡洋艦、駆逐艦クラスの中型ないし小型艦艇の存在は確認できません」
「その数は?」
「現在、約50隻の戦艦を捕捉しています。目標艦隊規模、なお増加中。…60、…70、更に増えていきます」
そう報告するアソビン教授の口調は、あくまでも冷静さを保っていた。相変わらず、トンデモないことをサラッと言ってくれる。
「随分と多いわね」
「同感です。敵艦隊の総数は、84隻と判明」
そう言ったきり、アソビン教授は沈黙を守った。
思い返せば、TA-29でデビューしたばかりの頃には数十隻レベルの艦隊とやりあったこともあった。だけど、その大半は雑魚のドラーダ級標準戦艦と、駆逐艦や巡洋艦といった雑魚以下の戦闘艦だった。今回みたいに、新鋭艦を何十隻もまとめてぶつけてくるなんてのは、初めての経験だ。
と、そこまで思ってから、ようやくあたしはまどかたちのことを思い出した。
「そうだ。まどかや綾乃や紅葉は?」
「敵艦隊からの強力なジャミングにより、通信不能です」
「それじゃ、エスタナトレーヒとは?」
「通信不能です」
その返事を聞いたとき、あたしはちょっと妙だなと思った。思ったんだけど、目まぐるしく変化する戦況は、じっくりと考えるだけの余裕をくれなかった。
「敵艦隊より一斉にインパルス砲が発射されました。約1.5秒後に本艦およびその近傍空域に到達します」
アソビン教授が、状況の変化を告げた。
「!!」
何が起こっているのか理解するよりも早く、あたしの体が反応する。
即座にスロットルを叩き込み、緊急加速。
ドンと勢いよくTA-29が加速する。と同時に、あたしの周囲に眩いばかりの閃光が降り注いだ。
まさに雨霰と降ってくるプラズマ弾をかいくぐり、あたしは最大加速で駆け抜けた。何発かが着弾し、コットンアーマーの表面に焦げ跡を作ったけれども、まぁ、それは許容範囲内のダメージだ。特に慌てる必要もない。
「損害、軽微。戦闘継続には、何ら問題ありません」
アソビン教授の報告を聞き流しつつ、あたしは艦首を敵艦隊の方向へと向け、そして艦を再加速させた。
ホロビューの隅に浮かぶ三次元レーダー画面は、まるで壁のような密集陣形を組むNESSの艦隊の姿をしっかりと捉えていた。よく見れば、その壁が少し湾曲していることがわかる。かの有名なアルキメデスの鏡の要領で、インパルス砲の出力を集中させようということなんだろう。
80隻以上の戦艦が一斉に放つインパルス砲を一点に集中することができれば、紅葉のメガクラッシュなどとは比べものにもならないくらい、強力な攻撃になる。さっきは集束が甘かったから、それほどの威力ではなかったけれども、これは油断できない。
「敵艦隊に第二波攻撃の兆候が見られます」
「望むところよ!」
敵の攻撃は、明らかに『あたし』を狙ったものだ。
ならば、その思惑を外してやることはそんなに難しいことじゃない。
あたしは、左手で掴んだスロットルレバーを限界まで押し込んだ。周りの星たちが全て流星になって、後方へスッ飛んでいく。
と、敵艦隊から数発のプラズマ弾が飛んできた。
牽制のつもりだったのかもしれないけど、無駄だった。TA-29には掠りもしないで、何処かへ飛び去っていく。何というか、狙いが大雑把過ぎる感じだ。
「何というか、大味な攻撃ねぇ」
「艦隊規模の大きさに比べて、プレイヤーの練度は低いようです」
「それに、これだけの規模で戦艦を集団運用するなんてこと、普通はないもんね」
「仰る通りです。ミス・ヨーコ」
「それじゃあ、おねーさんが艦隊戦のイロハを教えて差し上げましょうかね」
「……どういうことです?」
「エヴァブラック、拡散モードにセット!」
「……了解。エヴァブラック、拡散モードセット完了。いつでも発射できます」
「よぉし。エヴァブラック、発射!!」
TA-29から放たれた巨大なプラズマ弾がまっすぐに敵艦隊へ向かって飛んでいく。
そのプラズマ弾は、目標の目前で大きく膨れあがるように弾け、無数の小さなプラズマ弾に分裂して、敵戦艦群に降り注ぐ――ハズだった。
だけど、なぜかプラズマ弾は分裂せず、どんどん膨張し、そしてその輝きを増していった。
「いったい何が……?」
あたしの疑問に応えてくれる者は、誰もいなかった。
瞬く間に、あたしの視界は真っ白に塗り潰され、そしてコクピットの中をジリリリリ……という耳障りな警告音が満たした。
……え? ジリリリリ――ですって?!
※
そこで、あたしは目を覚ました。
耳元で鳴り響いているはずの目覚まし時計を右手で探り、ベルを止める。
天井に貼られたF1のポスターをボンヤリと眺めつつ、あたしは確かにここが自分の部屋であると感じていた。
けれど、さっきまでの戦闘が夢の中の出来事だというのも、にわかには信じられない気持ちだった。
今し方まで感じていた、あの高揚した感覚。
それが急速に遠退いていくことに、あたしは言いようのない不安を感じた。
でも、なぜ?
だけど、その問いの答えは寝起きの頭には難しすぎたみたいだ。ちっとも考えがまとまってくれない。
と、そのとき、聞き慣れた電子音が部屋に響いた。
一瞬、あたしは、今のこの瞬間も夢で、また夢から覚めるのか――と思った。
音の主を探して首を巡らせると、机の上に置いておいた携帯ゲーム機のような機械――ディメカムが視界に飛び込んできた。
「!!」
あたしは、思わず布団をはねのけて、ディメカムに飛びついていた。