宇宙空間
潮汐力ブースターを全開にして突っ込んでくるドラーダGTに対し、牽制の意味を込めて、集がR−4300/DDを撃つ。
それを巧みな機動とヴェイパーシールドで回避しつつ、ドラーダGTはアーチャーフィッシュ目掛けて加速を強めようとする。が、後方からの強力な重力の腕に捕えられ、途端にその勢いが鈍る。
「そう何度も同じ手を食らうわけにはいかんちゃ!」
翼だった。
クロウフィッシュの重力アンカーがドラーダGTを捕捉したのだ。そして、すかさずアンカーに内蔵されたインパルス砲を放つ。
だが、発射されたプラズマ弾はヴェイパーシールドに空しく弾かれ虚空を舞う。クロウフィッシュのインパルス砲の出力では、ドラーダGTのシールドジェネレーターに過負荷を与え、緊急停止に追い込むには役不足なのだ。
しかし、重力アンカーはドラーダGTの足を止めるに十分な効力を発揮した。
これ以上の加速が困難と判断したドラーダGTは、船体下面から次元転換魚雷を射出した。
クロウフィッシュへ向けて次元潜行を開始する魚雷を見て、翼は慌てて重力アンカーを斥力反転。艦を後退させてドラーダGTとの距離を開けようとした。が、その判断が下されるのは遅すぎた。
次の瞬間、ドラーダGTとクロウフィッシュの間の空間で散発的な閃光が煌く。
その閃光の正体は、対消滅反応に伴う輻射バーストであった。
突如として起こった爆発に翼がひるんだ隙を見て、ドラーダGTは加速状態に入る。目標はフェイズ2チームの攻撃の要――アーチャーフィッシュだ。有効射程内にアーチャーフィッシュを捉えたドラーダGTは主兵装であるガトリングインパルスキャノンを猛然と発射した。
「このおッ!」
その猛烈な攻撃を光のバタフライフィッシュが受け止める。
だが、いつまでも凌ぎきれるわけではない。ガトリングインパルスキャノンは、単位時間あたりで見ればエヴァブラックにも匹敵する破壊力を生み出す兵器だ。バタフライフィッシュのヴェイパーシールドで耐えていられる時間は限られている。
「集さん! 早く、R−4300/DDを!!」
光が叫んだ。
バタフライフィッシュに向けてインパルス砲を撃ちこんでいるということは、ドラーダGTがアーチャーフィッシュの主砲の射程内に入り込んでいることを意味する。しかも、必中距離内に、である。
当然、この機を逃すわけには行かない。
「わかってますわ! R−4300/DD、発射!」
集も、光に応じて、主砲のトリガーを引き絞る。
それまで掩体代わりのバタフライフィッシュの陰に隠れていたアーチャーフィッシュが――僅かばかりであるが――身を乗り出す。と同時に、その主砲が激しい咆哮をあげた。
迸る高エネルギーの奔流が漆黒の空間を明るく染め上げ、ドラーダGTに牙を剥く。
咄嗟に爆発ペレットを焚いて、その強烈なプラズマ弾から逃れようとするドラーダGTであったが、コンマ秒だけ遅かった。
船体側面の装甲が焼き切られ、その内側にあるフレームが顔をのぞかせる。決して軽微とは言えない損傷である。
集が二射目を準備する間に、ドラーダGTは加速しながら弧を描くように飛び去り、フェイズ2チームと距離を置こうとした。
が、そうは問屋が卸さない。
周囲に点在する氷塊に身を潜めていた艦載機群が一斉に砲撃を開始し、ドラーダGTの進路を塞いだのだ。
「お姉ちゃんたちばかりに、ええカッコさせられませんえ!」
木葉の乗るサンフィッシュは空母だ。搭載している艦載機の攻撃力など高が知れている。だが、その搭載数は数百機に達し、プレイヤーの使い方次第では強力な武器に変わりうるのだ。
「紅葉姉ちゃんの真似するンはちょっと癪やけど、仕方あらしまへんな……。全艦載機、インパルス砲発射!」
ドラーダGTの進路上に、たちまちインパルス砲の濃密な弾幕が形成される。
既に回避の余裕はない。
ドラーダGTはヴェイパーシールドを展開して無理矢理突っ切ることに決めたらしく、スピードを緩めない。その判断は間違っていなかったが、弾幕を突き抜けた後で待っていたのはシールドジェネレーターの緊急停止という非常事態だった。
態勢を立て直すべく、ドラーダGTは一気に加速して相対距離を開けにかかる。
今度ばかりは、さすがの木葉も阻止できなかった。
パドック艦メオ=44 ブリッジ
「す、凄い……」
フライヤーは溜息混じりにそう呟いた。
否、フライヤーばかりではない。ミザリーを始めとするブリッジに居合わせた乗組員の誰もが、ハイスピードで展開される戦闘の推移に息を呑んだ。ここまでハイレベルな戦いは、なかなか見られるものではない。ある者は呆然と、ある者は生唾を飲み込みながら、激しい戦闘の成り行きを、息を詰めて見守っていた。
戦闘が一旦小休止に入り、ブリッジがざわめきに包まれる。
そのささやかな喧騒の中で、ミザリーが信じられないという口調で呟く。
「あれが、AIの、無人戦艦の機動なの……!?」
「それは間違いありません」
と、フライヤーが応える。
「全く、恐ろしい成長速度だなぁ」
そう言うとオットーはミザリーからホロビューへと視線を戻した。
「それにしても、あの子たちの成長には恐れ入るね。さっきは手も足も出なかったのに、今度はきちんとダメージを与えてみせた。あれは戦艦の性能でどうにかなるもんじゃない。本人たちの才能ゆえ、だ……」
ミザリーは、そう呟くオットーの横顔がひどく穏やかなことに気づいた。
怜悧さと優しさ。
そのどちらが彼の本質なのかは、ミザリーにはわかりかねた。
あるいは、そのどちらも本当のオットーなのかもしれなかった。普段は濃いサングラスに覆い隠している素顔の裏にあるものを窺い知るには、まだ時間が必要だとミザリーは感じていた。
「さて、ドラーダGTが再び動くぞ。集くんたちは、どう出るかな」
いかにも楽しそうな調子で、オットーは言った。
宇宙空間
「翼さん!」
そう声をかけたのは、光だった。
「どうしたちゃ?」
「次にドラーダGTが向かってきたら、あたしを、バタフライフィッシュをあのドラーダGT目掛けて投げつけてください」
「は?」
翼は光が何を言おうとしているのか、すぐにわからなかった。
「どういうことちゃ?」
「きっと次もドラーダGTは一撃離脱を試みてくると思うんです。何か違った手を打たないと、またさっきみたいに逃げられてしまいます。そうさせないために、あたしをドラーダGTにぶつけて欲しいんです」
光はそう説明した。
「つまり、光さんはドラーダGTに取り付いて、その足を止めるつもりなんですね」
光の考えを理解した集が、そう念を押す。
「はい。でも、バタフライフィッシュの速力は遅いから、単独でその作戦を実行することはできない。……だから、翼さんに手伝って欲しいんです」
光はそう言って、ホロビューに投影された翼と集を見つめた。
そのあまりに真剣な眼差しに、二人とも二の句が継げずに黙り込んでしまう。
だが、光の提案に替わる妙案がすぐに思い浮かぶはずもない。こうして逡巡している間にドラーダGTも態勢を立て直すだろう。
そう考えたら、迷っている暇はなかった。
「仕方ありませんわね……」
集が諦めたようにかぶりを振りつつ口を開く。
「光さんの提案に乗ってみましょう」
「そうするしかないようちゃな。もし上手くいかなかったら、その時に別の手を考えればいいちゃ」
翼も集に同意した。
「そうと決まれば、早速準備に取り掛かりましょうか」
そう言いながら、集はホロビュー上に戦域図を開いた。