STAR SHIP GIRL YAMAMOTO YOHKO / SIDE STORY

4-08:Strike Back


宇宙空間

 ドラーダGTが三度目の加速状態に入るまでに、それほど長い時間を必要とはしなかった。
 潮汐力ブースターが周囲の時空間を軋ませながら、ドラーダGTの船体を一気に最大戦速へと加速させる。
 と同時に、ヴェイパーシールドの淡い輝きが船体を包み込んだ。
 ……バレルロールを仕掛けるつもりなんだ。
 光はそう直感した。
 もはやあれこれ考えている時間はなさそうだった。
「翼さん、お願いします!」
 その声に翼は無言で頷いた。
 クロウフィッシュの重力アンカーが淡い燐光とともにバタフライフィッシュを捉える。
「覚悟はいいちゃな?」
「はいッ」
「それじゃ、行くちゃ!」
 翼は掛け声とともに素早くスティックを手繰った。
 まるで槍投げか砲丸投げの要領で、クロウフィッシュはバタフライフィッシュを投射した。そして、バタフライフィッシュは一直線にドラーダGTへと向かっていった。

 なぜ、バタフライフィッシュがクロウフィッシュに頼らねばならないのか――という問題については、多少の説明が必要かもしれない。
 プロジェクトR/フェイズ2の三番艦として就役したバタフライフィッシュは、装甲戦艦と銘打たれるだけあって、船体の各所にヴェイパーシールドのジェネレーターを多数装備している。よく知られていることだが、この手のジェネレーターというのは非常にエネルギーを消費する。その様子は『無駄食い』と表現しても控えめなくらいである。
 ジェネレーターへのエネルギー供給は艦の主動力炉から行われるが、当然ながら同じ動力炉から推進機関やインパルス砲、バブルボードシステムなどへもエネルギー供給が行われている。そして、主動力炉が単位時間あたりに供給可能なエネルギーには限りがある。
 知ってのとおり、相対30世紀の戦艦の動力炉には相転移機関が採用されている。真空を相転移させることによって、無限――と形容されるほどの莫大なエネルギーを得ることができる相転移機関だが、それでも時間的な制約から逃れることは不可能だ。相転移炉がどれだけエネルギーを生み出そうとも、生み出されたエネルギーを艦内の各部へ伝達するための経路は無限の伝送容量を持っているわけではない。いかに超伝導回路といえども、そのキャパシティーは有限なのだ。
 バタフライフィッシュは、ヴェイパーシールドによる高い防御力と引き換えに、高い機動力や優れた巡航性能を失った。今のバタフライフィッシュに付いている推進機関は、戦闘艦としての水準からしてみれば殆どオマケに近い出力しか出せないものであり、無いよりマシという程度に過ぎない。それゆえに、バタフライフィッシュ単独で素早い戦術機動を行うことなど不可能なのだ。

 ともあれ、クロウフィッシュの重力の腕に投げ飛ばされたバタフライフィッシュは、船体表面に装備された爆発ペレットと左右に大きく張り出した可動式のフィンを巧みに使って、ドラーダGTとの衝突コースを描いていた。
「目標の進路に変化なし。このままでは、約4秒後に本艦と衝突します」
 バタフライフィッシュのサポートAIは控えめな態度で報告した。
 どう見てもドラーダGTがバタフライフィッシュを無視してかかろうとしているのは明白だった。ドラーダGTが自分に向かって飛んでくるバタフライフィッシュをどのように判断していたかということはわからない。が、自らのヴェイパーシールドで凌げる相手だという認識が先に立っていたのは、どうも確からしかった。
 光は、ドラーダGTが何を考えているかなどということにまで思いを巡らせる余裕はなかったが、こちらの思惑通りにことを進められそうだという見通しには少し安堵をおぼえた。
「わかりました。本艦は、ドラーダGTに変化があるまで、現在の進路を維持。予定通り、目標に衝突します」
「了解。現状を維持します」
 サポートAIはそう応えて沈黙を守った。
 光の瞳に映るドラーダGTの姿が、一瞬ごとにそのサイズを指数関数的に増大させていく。
 思わず衝撃に備えて身を硬くした光だったが、すぐにそれが要らぬ心配だと気づいた。
 バブルボード内にいる限り、物理的な衝撃は伝わらない。
 光がそう思い直すのと、サポートAIが報告するのは、ほぼ同時だった。
「目標と衝突します」
 サポートAIの報告内容は、至極簡潔なものだった。
 その次の瞬間には、バタフライフィッシュはドラーダGTの側面にめり込むようにぶつかっていた。すぐさま両艦のヴェイパーシールドが相互干渉を起こし、膨大なエネルギーが接触面から放出される。激しい衝撃が双方の戦艦を襲い、同時に強い反発力がお互いを引き離そうとする。
 その混乱と喧騒の中で、光は自分でも意外なくらい冷静に状況を見つめていた。
「ファランクス発射!」
 光は迷うことなくトリガーを引き絞り、ファランクスを射出した。
 このヴェイパーシールドに包まれた槍――1本あたりのコストが標準戦艦数隻分に相当する!――は、あのTA−25のヴェイパーシールドを貫通した実績を持つ、強力無比な運動エネルギー兵器だ。
 至近距離から放たれたファランクスがドラーダGTの船体に突き刺さる。その衝撃は凄まじく、ドラーダGTの表面には第8装甲にまで達する黒い穴が開いた。
 こうなっては、ドラーダGTも攻撃対象としての優先順位を変更せざるを得ない。攻撃対象をアーチャーフィッシュからバタフライフィッシュへと切り替えると、すぐさま転進しようとした。
 だが、その一瞬を光は待っていたのだ。
 艦首を回頭させるためにドラーダGTの動きが鈍る。その一瞬の隙を突いて、光は再度トリガーを引いた。
 2本目のファランクスがドラーダGTの相転移炉を直撃した。ドラーダGTの動きから精彩が失われていくのが、誰の目にもはっきりとわかった。二基ある相転移炉のひとつを失えば、相当な戦力減になる。艦内システムの維持だけでもかなりの電力を消費するから、満足な戦闘を行うのが困難になることは明らかだった。
 だが、ドラーダGTの戦闘用AIはまだ闘志を失ってはいなかった。残るもう一基の相転移炉のエネルギーを振り絞って、バタフライフィッシュに特攻をかけようとしたのだ。
「!!」
 光はその行動に色を失った。
 が、相手が無人艦であることを思い出す。
 ……きっと、諦めるってことを知らないんだ。
 光は少し悲しい気持ちになった。
 同情したわけではないが、不思議な感情に胸が疼いた。
「だけど、負けられない!」
 光は真っ直ぐにドラーダGTを見据えると、スティックを握る手にグッと力を込めた。
 突っ込んでくるドラーダGTに対してヴェイパーシールドを展開する。そして、その力を受け流すようにシールドの角度をコントロールしつつ、同時に衝突の勢いを生かしてドラーダGTの側方に回り込むように艦を操る。器械体操をしていた光ならではの操艦だった。爆発ペレットを焚いて艦の回転に勢いをつけると、そのまま基部に固定されたままのファランクスをドラーダGTの横腹に突き立てた。
 結局、それが致命打になった。
 深々とドラーダGTを貫いた槍が、残る相転移炉にも巨大な穴を穿ったのだ。
 動力炉を二基とも失っては、もはやドラーダGTが選ぶべき選択肢は存在しなかった。
 ただ静かに沈黙する以外には。


パドック艦メオ=44 ブリッジ

「終わったね」
 オットーが静かに呟いた。
「そう、ですね」
 ミザリーとしても、それ以上コメントしようがなかった。
 ブリッジにも重苦しい沈黙が降りる。
 そんな空気を払うかのように、オットーは大きな声をあげた。
「状況終了だ。至急、フェイズ2チームとドラーダGTを回収する。メオ=44を移動させろ。集くんたちにはその場で待機するように伝えてくれ」
 オットーが矢継ぎ早に指示を出すと、ブリッジのクルーたちも息を吹き返したように慌しく動き始めた。
「オットー様」
「なんだい、ミザリーくん」
「……これでよかったのですか?」
「難しいことを訊くね」
 オットーはそう言って微苦笑した。
「ま、いいんじゃないかな? とりあえず、そういうことはもう少し後でゆっくり考えるとしようよ。今は、彼女たちに休息をあげることを考えるべきだ。違うかい?」
 その言葉に、ミザリーはブリッジのホロビューを見やった。
 漆黒の宇宙空間を無数の星々が埋め尽くしていた。その中の光点の幾つかは、集や光たちの駆る戦艦であるはずだった。
「……そうですね」
 ミザリーは静かに答えた。


宇宙空間

 パドック艦の到着まで、光たちはその場で待機するように言い渡されていた。
 メオ=44を待ちながら、光はメインホロビューに映る宇宙をぼんやりと眺めていた。
 思えば、この30世紀にやってきて以来、幾度も戦艦に乗って宇宙空間に出ていたはずなのに、こうして宇宙そのものをじっくり見るのは初めてだった。
 ただ一生懸命戦うことに必死だった。
 周りなんて見ていなかった。
 いや、見えなかったのかもしれない。
 ……どっちでもいいや。
 光は軽くかぶりを振った。
 ふと視界にドラーダGTの姿が入った。
 今、ドラーダGTはバタフライフィッシュと舷側を接する形で停止していた。
 人の乗らないロボット艦。
 しかし、光にはそれがまるで死んだ魚のように見えた。
 血の通わぬ冷たい機械だとは、どうしても思えなかった。
 もしかしたら、と光は考えた。
 あの瞬間には本当に命が宿っていたのかもしれない。
 今となっては確かめようもないけれども。
 そんなことを思いながら、光は再びメインホロビューいっぱいに広がる宇宙を見た。
 眼前の宇宙では、視界を埋め尽くさんばかりの星たちが身じろぎひとつせず、煌々と光り輝き続けていた。つい今しがた起きた出来事とは全く無関係に、ただ超然とそこに在り続ける星たちのあまりの美しさに、光は胸がいっぱいになった。
 思わず、シャツの袖口で目元を拭う。
 そして、もう一度、深い深い宇宙を見つめた。

(END)


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