パドック艦メオ=44 ブリッジ
「別のところ?」
ミザリーは鸚鵡返しにそう言って、また首を傾げた。
「そうだ。実は一番大きな理由というのは、政治的な問題だ。艦隊が各氏族の政治的道具としての性格を持つ以上、AIではなく人が乗っている方が何かと都合がいい。まぁ、TERRAは氏族社会じゃないけれど、事情はそう変わらないんじゃないかな」
その言葉を受けて、フライヤーがおもむろに口を開いた。
「AIの基礎理論も、応用研究も、その成果も、既に何百年も前に完成しており、純粋に理論的見地からすれば、むしろ無人戦艦を実用化できないほうがおかしい。――というのが、コンピュータ技術者の間では定説になっているんですが。……ご存じでしたか?」
そう問われて、ミザリーはゆっくりと首を左右に振った。
「いいえ」
「私に言わせると、これまでの無人戦艦の研究というのは子供騙しです。十分な予算も、必要な開発期間も与えられずに、満足行く結果が出せるはずがない。逆に言えば、オットーさんが言うように、政治的圧力の結果としてワザと無人戦艦を実用化させないようにしていたというのが、真実なのでしょう」
フライヤーはそう言ってから、勿体をつけるように少し言葉を切った。
「とはいうものの、無人戦艦の実用化が難しい問題であることも、また事実なんですよ」
「というと?」
「端的に言ってしまうと、費用対効果に難あり、というわけです。AIそのものは、基礎から応用まで、ありとあらゆる研究が行われ、また技術的基盤も整っている。……のですが、こと戦闘用のAIとなると、少し話が違ってくるんです」
「でも、サポートAIがあるではありませんか」
「そこが罠でしてね。サポートAIは確かに優れた情報処理能力を持っているが、あくまでもプレイヤーのサポートを行うに過ぎません。最終的に、判断し、決定し、行動するのはプレイヤー自身であって、サポートAIはそのための材料を提供するだけなのです。戦闘用AIは、そうではなく、自ら分析した情報を取捨選択し、その行動を決定しなくてならない。そして、そのプロセスは戦闘開始から終了まで繰り返し実行される。チーム戦が前提となる現在の艦隊戦のあり方をみるとき、更に状況は複雑となります。ソフトとハードの両面から、相応の投資が必要になるのですが、それだけの資金をかけるくらいなら、現行の人間のプレイヤーとサポートAIのコンビネーションの方が余程マシなんです」
「それでも、無人戦艦を開発しなくてはならないのですか?」
と、ミザリーは訊いた。
「まぁ、どうしても開発しなくてはいけないとは思いませんけどね」
フライヤーは、実にあっさりとした口調で言った。
「ですけど、私も技術者のはしくれとして、やはりやってみたいテーマであることは間違いない。野心とでも言えば納得してもらえますかね。戦闘用AIというのは、コンピュータの可能性を最大限に発揮させるには、もってこいの主題だと思っていますから」
そう嘯いて、フライヤーは笑った。
「開発状況としては、既に基本設計の段階を終了し、現在は学習フェイズに入っています。これまでに、百万時間に及ぶ戦闘シミュレーションを実施。約60パーセントの勝率をマークしています。まだトッププレイヤーの水準には遠く及びませんが、開発途上のシステムとしてはまずまずの値であると考えています」
「でも、そんなに膨大なシミュレーションを、この短期間でどうやって実行したのです? コンピュータ上では、ある程度融通が利くとはいえ、それにも限界があるでしょう?」
「なぁに、簡単ですよ。メオ氏族船団の時空間工学研究室に無理を言って、実験用の大型バブルボードジェネレーターを借りたんです。バブルボードの中なら、時間の流れを相対的に加速できますからね。……まぁ、だからこそ、こうした時間とお金のかかる計画を実行に移すことができた、とも言えるんですが」
そう言うフライヤーの顔には、悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
呆れ半分感心半分といった表情を浮かべるミザリーを見て、オットーは愉快そうに笑った。
「『求めよ、さらば与えられん』とでも言えばいいかな。700年以上前に人類は光速の壁を超えた。それなのに、いまだに実戦で通用する無人戦艦を実用化できないというのは、技術者の怠慢だと思わないかい?」
オットーは揶揄するような口調でそう言うと、ブリッジのメインホロビューに視線を戻した。
「ミザリーくん。僕はね、この模擬戦を通して、ドラーダGTに積んだ戦闘AIに『戦う』という実体験を積ませたいんだ。そのためには仮想空間のシミュレーションじゃあダメなんだよ」
「はぁ……」
ミザリーはそう応えるしかなかった。彼女はAIに関しては完全に専門外だったし、これ以上何か言ってもオットーの気が変わるとも思えなかった。
オットーは椅子に座りなおして、メインホロビューを見上げた。
「さぁて、彼女たちはどう出るかな……」
その横顔には、皮肉やからかいなどは微塵もなかった。
――教え子を見守る教師の顔。
そう形容するのが適当なオットーの表情に気づき、ミザリーは不思議な感覚にとらわれていた。
宇宙空間
フェイズ2チームは再びアーチャーフィッシュを軸としたフォーメーションを整えなおしつつあった。
もともと、フェイズ2チームの戦艦は単一の能力に特化した設計を採用しているため、個々の戦艦の対応能力には限界がある。各艦がいかに連携し、それぞれの性能を補い合うかということが、非常に大きな意味を持つ艦隊なのである。
それに対し、ドラーダGTは優れた攻撃力と高い機動性、そして強固な防御力を兼ね備え、単艦でも十分な戦闘力を発揮する。これもまたTERRAのTA−2系列艦を強く意識して設計されている艦であることは間違いなかった。
「このままだと、ジリ貧ですわね」
集は噛み締めるように呟いた。
相手のペースに巻き込まれていることは受け入れなければならない事実だった。
「やっぱり、こっちから仕掛けていかないとダメなんじゃないでしょうか?」
そう言ったのは、光だった。
「……そりゃそうちゃな」
翼は長い前髪を掻きながら、ホロビュー上に浮かぶ光を見た。
「でも、どうやるつもりちゃ?」
光は戦闘空域の広域マップを表示させると、ある一点を指し示した。
「ここに氷塊が高い密度で集まったエリアがあります」
そこは重力が不安定で漂流物が周囲の空間よりも高い密度で集積しやすい空域だった。恒星系の中にはこういった場所が幾つも存在する。人類が太陽系内開発に手を染め始めたばかりのころには航海の難所として知られていたが、時代は流れ、宇宙船の性能や空間航法の技術が飛躍的に向上した今日となっては、誰一人としてそういった暗礁を恐れるものはいなかった。
むしろ、WASCO管理下の戦闘が頻繁に行われるこの時代においては、プレイヤーの技量が求められる好ステージとしての認識のほうが一般的になっていたほどである。
「ここに移動してフォーメーションを組みなおせば、少なくともこの場所で戦いつづけるより、ずっと勝てるチャンスが増えると思うんですけど」
「なるほど、名案ですわね」
集の言葉に翼や木葉も頷く。
「たしかに、ここなら相手の死角を突くこともできそうちゃな」
「うん、ここやったらマンボウさんの本領も発揮できそうどすな」
「それじゃ、決まりですわね。早速、移動を開始しましょう」
そう宣言する集に、光は慌てて口を開く。
「あの、決まりはいいんですけど……」
「……いいんですけど?」
「えと、あたしの艦は足が遅くて皆さんのスピードについていけないんですよ。どうしましょう?」
苦笑いを浮かべて頬を掻く光をまじまじと見返した集は、翼のほうを振り返ってこう言った。
「翼さん、バタフライフィッシュを氷塊群のところまで投げ飛ばしてくださる?」
「ゑ……!?」
数秒後、独楽のようにくるくる回転しながら宇宙の闇を切り裂くバタフライフィッシュの姿があった。
「あんなことして、ええんですか?」
「大丈夫ですわ。光さんの艦は防御力では、わたくしたちの艦より優れていますから。さて、わたくしたちも移動しましょうか」
あっけらかんとそう言ってのける集に、翼と木葉はどこか薄ら寒いものを感じたのであった。