宇宙空間
5秒など、あっという間だった。
迷ったり、躊躇ったりする猶予はなかった。
集は遙か彼方から迫り来るドラーダGTに意識を集中させると、スッとトリガーを引き絞った。
主砲『R−4300/DD』から、白熱するプラズマ弾が撃ち出される。
亜光速の弾丸は一直線に虚空を切り裂き、ドラーダGTに突き刺さった。はずだった。
しかし、集の思惑はあっさりと裏切られた。
またもや、ドラーダGTが展開したヴェイパーシールドがインパルス砲を防いだのである。
過負荷によるジェネレーターの緊急停止こそ避けられなかったが、アーチャーフィッシュの出鼻をくじくことには成功したと言えるだろう。
「くっ……」
予想外の結果に、コクピットの中で集は歯がみした。
が、すぐに気を取り直して照準を合わせ直す。
ドラーダGTが無防備状態にある今こそ、絶好の攻撃チャンスだった。
「お兄さま……」
そう呟きながら、集は再度トリガーを引いた。
今度こそ命中するかに思われたが、ドラーダGTはその俊敏な機動によって灼熱の弾丸を難なく回避してみせた。
「凄い……」
その見事な機動には、アーチャーフィッシュの直衛についていた光も思わず息を呑む。
続けざまに集は『R−4300/DD』を放ったが、ドラーダGTはそれらの攻撃をことごとくかわし、逆に彼我の相対距離を一気に詰めてきた。
焦る集の気持ちをよそに、まさに瞬きをするほどの短時間で、アーチャーフィッシュとバタフライフィッシュに接近したドラーダGT。その艦首に装備された主砲が鈍い予備光を放った。
既に、立場は完全に逆転していた。
「光さん!」
「わかってます!」
光はバタフライフィッシュをドラーダGTの方角へ――可能な限り迅速に――回頭させ、ヴェイパーシールドを展開した。
と同時に、集のアーチャーフィッシュが素早くバタフライフィッシュの影に隠れる。
間髪入れずに、ドラーダGTの主砲『ガトリングインパルスキャノン』が轟然と火を噴いた。
ヴェイパーシールドジェネレーターと一体化したそれは、インパルス砲の励起体を複数束ねたような形をしていた。一発一発の破壊力はTERRAでいうところの『SY=32』程度でしかない、ごく普通のインパルス砲である。しかし、ガトリング砲の要領で、使用する励起体を連続的に交換しながら発射するため、こと連射性と持続性においては申し分がなかった。
高コストゆえに、おいそれと装備できない『R−4300』シリーズではなく、あえて通常型インパルス砲を用いたところに、オットーの創意と工夫があったと言えよう。
一発の威力が弱くても、短時間に多数の弾丸を撃ち込めば十分に目標を破壊しうる。
それが『ガトリングインパルスキャノン』の基本コンセプトであり、そして早くも実証されようとしていた。
バタフライフィッシュが展開したシールド上に、猛烈な数のプラズマ弾が殺到した。
その数は毎秒100発にも達し、次元的に傾斜したフィールドを激しく乱打する。
「きゃあッ!!」
光は叫んだ。
バブルボードに守られているため物理的には何らダメージはないのだが、艦のセンサー系を通じて流れ込む膨大な情報量が光を圧倒したのである。
即座に思考制御システムの安全装置が作動し、流入する情報量を制限する。
息を吹き返した光がふらつく頭を持ち上げたときには、既にドラーダGTは後方へと飛び去った後であり、バタフライフィッシュのシールドジェネレーターは過負荷による緊急停止寸前という有様だった。
慌てて首を巡らせてみると、ほとんど光の点と化したドラーダGTがゆっくりと弧を描きながら急速に離れていくのが見えた。
「もう、あんな遠くに……」
光は呆然と呟いた。
一方、ほとんど無傷で済んだ集は戦意旺盛だった。
「主砲専用動力炉、交換完了しました」
というサポートAIの報告を最後まで聞かずに、集は艦を回頭させた。
無論、ドラーダGTを狙撃するためである。
目標との相対距離が多少開いたところで、集の技量を得たアーチャーフィッシュにとってみれば、それを狙い撃つことはさほど難しい芸当ではない。
集は、目標の移動方向と速度を計算に入れ、ドラーダGTに狙いを付けた。
言うほど簡単なことではないが、平素から弓道をたしなむ集にとっては造作もない。
「『R−4300/DD』発射!」
そう叫びつつトリガーを引いた集だったが、その意に反してアーチャーフィッシュの主砲は沈黙を守ったままだった。
「??」
小首を傾げる集に向かって、サポートAIが無感情な口調で告げた。
「現在、主砲の射線上には、パドック艦『メオ=44』があります。有効射程外に位置してはいますが、本艦の主砲の出力では、場合によってはパドック艦に何らかのダメージを与える可能性があります。これは、WASCO戦闘条約に反する行為であり……」
その無機質な声に、集は頭を抱えた。
「何てことですの……」
パドック艦メオ=44 ブリッジ
「わざとでしょう? オットー様」
メオ=44のブリッジで、ミザリーはそう訊ねた。
「まさか。……いくら僕でもそんなことはしないよ、ミザリー君」
にやにやと締まりのない笑みを浮かべるオットーに、ミザリーは素っ気なく応じる。
「そうですか。あのようなえげつない戦法は、オットー様の十八番だと思っていたのですけど」
「はは、キツいね」
オットーは口ではそんなことを言ってみるものの、本当はいささかも動じてはいないことくらい、その表情を見れば一目瞭然だった。
ミザリーは溜息をひとつついてから、オットーを見据えた。
「模擬戦で、ここまでする必要があるのですか?」
言うだけ無駄とわかっていながらも、ミザリーは口をついて出てくる言葉を止められなかった。
「ミリタリーレベルでインパルス砲を撃ち合うとなれば艦の損傷も避けられませんし、何よりプレイヤーへの負荷も無視できません。データ収集を目的とした模擬戦ならば、そこまでする必要はないのではありませんか? インパルス砲を使わずとも、低出力のレーザー照射で十分に事足りるはずです。作戦行動中でもない平時に、不必要なリスクを負うのは避けるべきではありませんか」
ミザリーは苛立ちを隠しきれない様子で、そう詰め寄った。
その言い分を最後まで聞き届けると、オットーはサングラスを右手で直しながら、傍らに立つミザリーを見上げた。
「そうじゃないんだよ、ミザリー君。今回の模擬戦は単なるデータ収集が目的じゃないんだ」
オットーは静かに、きわめて静かにそう言った。
「?」
「ミザリー君。なぜ、これまで無人のロボット戦艦が実用化されてこなかったか、考えたことがあるかい?」
突然の質問に、ミザリーは面食らった。
「……いえ、ありませんが……」
「全長1000メートル級の戦闘艦が出現した当初から、無人艦の研究は行われてきた。だが、実用化には至らなかった。なぜなら、現状を分析し、その結果に基づいて次に取るべき行動を論理的に選択していたのでは、戦闘の経過に間に合わないからだ。そう説明されてきた。戦艦の高速化および思考制御システムの実用化に伴い、戦況はますます流動可変で予測し難いものとなり、ロボット艦は完全に時代遅れになった、とね……」
「……そうではないのですか?」
ミザリーが首を傾げた。
「まぁ、それも一理あるよ。でも、事の本質はもっと別の所にあるんだ」
そう言って、オットーはにやりと笑った。