STAR SHIP GIRL YAMAMOTO YOHKO / SIDE STORY

4-02:READY?


パドック艦メオ=44 第3ドック

 メオ=44のかなりの容積を消費している搭載艦ドック。
 その奥に、巨大な設備が設けられている。
 ――バブルボードジェネレーター。
 そう呼ばれる約15メートル四方の空間を占有する巨大な機構が、メオ=44には搭載艦ドックと同数――すなわち五基、設置されている。
 今、そのジェネレーターに電力が供給され、複雑精緻なメカニズムが目を覚ます。
 21世紀初頭の大都市が一日がかりで消費するだけの大電力を一瞬で呑み込み、そして使い果たす。
 そうすることによって、このジェネレーターは周囲の時空間から隔絶した別の宇宙を作り出し、その中にプレイヤーを格納して戦艦のコクピットへと送り込む。これは、ただ戦艦のプレイヤーが座る小さなシートのためにのみ存在するメカニズムなのだ。
「バブルボードジェネレーター、出力臨界」
「内部空間のストレスが極大化。相転移臨界に近づいています」
「独立次元泡の生成準備完了しました」
 そんな管制官たちの報告が行き交う中、スタッフの一人がシートに腰掛けている光に声を掛けた。
「光さん、準備はいいですか?」
 光は無言で頷いた。
「じゃあ、目を閉じていてくださいね」
 その女性スタッフは優しく言って、隣に座る別のスタッフに合図を送った。
「モデュレーション、開始します」
 若い管制官の声を聞きながら、光はふうっと息を吐いた。
 次の瞬間、光はバタフライフィッシュのコクピットにいた。
 目を開けると、ドックの内壁が見えた。
 ゆっくりと開いていくハッチを眺めながら、光はほんの30分ほど前に開かれたミーティングを思い出していた。

「模擬戦?」
「そうだよ」
 集の問いに、オットーは実にシンプルな答えを返して寄越した。
 メオ=44の一角にあるブリーフィングルームで、21世紀から召還された翼、集、光、木葉の四人とオットーが円卓を囲んでミーティングをしていた。
 突き刺さる視線を楽しむようにオットーは笑みを浮かべると、パチンと指を鳴らした。
 すると、ひとつのホロビューが浮かび上がった。
「ドラーダ……どすな?」
 木葉がきょとんとした表情を浮かべて、首を傾げた。
 木葉にとって――無論、翼たちにとっても――ドラーダといえば雑魚の代名詞みたいな旧型戦艦という認識だったから、それは無理からぬ反応だった。
「そう、ドラーダだねぇ」
 オットーはニヤリとした。
 濃いサングラスでも隠しきれない鋭い眼差し。
 だが、それはほんの一瞬のことで、傍らに控えていたミザリー以外に気付く者はなかった。
「模擬戦とはいえ、なぜわたくしたちがドラーダと戦わねばなりませんの? 明らかに格下の相手ではありませんか」
 集はそう言った。
「そうかな? 集ちゃん」
 薄ら笑いを貼り付けたまま、オットーは応えた。
「君たちは一度、レッドスナッパーズの入れ知恵があったとはいえ、TERRAの旧式艦に負けかけたよね」
 オットーはわざわざ『旧式』というところを強調して言ってみせた。
 その一言に、集が言葉を詰まらせる。
 次の言葉を探しあぐねる集の様子を確かめつつ、オットーは再び口を開く。
「確かにドラーダは旧式戦艦だ。カタログスペックでは、君たちが乗るフェイズ2の戦艦群に劣っている。だけど、未だにドラーダが現役であり続ける理由を考えたことがあるかい?」
 翼たちは首を振った。
「……だろうね。そんなことは、君たちが考えるべきことじゃない。まぁ、理由なんてものは幾らでもあるんだ。予算的な問題で新型艦を配備できないこともあるし、単なるプレイヤーの好みってこともある。しかし、それらの理由はドラーダの基本設計が優秀だからこそ成り立つんだ」
 そう言うと、オットーは椅子から立ち上がった。
「特に秀でた点はないけれども、全体的なバランスに関しては文句の付けようがない。だから、戦術的要求に応じて幾らでもカスタマイズできる余地が残されている。それに、戦闘の帰趨は戦艦の性能だけで決まる訳じゃない。プレイヤーの腕がものを言う。バラクーダやバラマンディは優れたスペックを持っているけど、現時点では乗り手がなっちゃいないから、まともな戦力になり得ていない。むしろ、プレイヤーの特性に合わせてカスタマイズされたドラーダの方が優秀な場合だって十分にあり得る。あのニス家の姉妹みたいにね」
 そこまで言って、オットーは少し言葉を切った。
 一同の顔をゆっくりと眺めてから、続ける。
「このドラーダは僕が徹底的にチューニングした艦だ。性能面では、最新鋭艦にも劣らない。君たちが乗るフィッシュシリーズと比べても遜色ないよ。……それとも、君たちは無人のロボット戦艦である『ドラーダGT』に勝つ自信がないのかな?」
 その挑発的な口調に、翼と集がことのほか敏感に反応した。
「わちのマッカチンは、そないなロボット艦に負けたりはせんちゃ!」
「わたくしのアーチャーフィッシュが、そんな得体の知れない艦に劣るとおっしゃるのですか!」
 憤然と叫ぶ二人の顔を見返すと、オットーは腰を上げた。
「じゃあ、決まりだね。発艦準備を進めておくから、後はいつも通りよろしく」
 そう言ってブリーフィングルームを後にするオットーの後ろ姿を見送りながら、木葉がポツリと呟いた。
「ったく、集姉ちゃんも翼姉ちゃんもノセられやすいんやからなぁ……」
「そうだね……」
 こればかりは、光も木葉に同意するしかなかった。
 しかし、表情には出さなかったけれども、光は模擬戦闘の話に乗り気だった。
 ……これをきっかけに、何かを掴めるかも。
 そんな漠然とした予感を抱いていたのである。

「全相転移炉、第一次臨界。相転移開始します」
「規定出力への上昇を確認。パドック艦からの予備動力供給をカットします」
 管制官がそう伝えると同時に、ドック内壁からバタフライフィッシュへと伸びていたアンビリカルコードが切り離され、ふわふわと所在なく漂いはじめる。
 主動力源たる相転移炉が真空に潜む膨大なエネルギーを掻き集めだした以上、もはやパドック艦からの電力供給は必要とされない。それは、戦艦が持てる機能を十分に発揮する準備を終えたことの証でもあった。
 ハードは整った。
 あとは、ソフト――つまり、乗り手である。
「思考制御システム、チェック開始。……チェック完了!」
「量子思考波のスキャン開始。……スキャン完了。思考制御システムとペンローズ器官を接続します」
 その途端、光は自らの内側に向けて広がっていく細波にも似た感覚を捉える。
 思考制御システムの接続が完了したのだ。
 この瞬間から、装甲戦艦バタフライフィッシュは光のもうひとつの身体になる。
 プレイヤーの意のままに動かせるだけでなく、艦のセンサーが捉えた情報が人間に知覚できるように変換されてプレイヤーに伝えられ、直に外界を知覚することができるようになる。
 つまり、戦艦はプレイヤーの手足であると同時に、目や耳としても機能するのだ。
 そうなってしまうと、シート脇に据え付けられたコントロールスティックやスロットルレバー、そしてホロビューを投影するスクリーンといった機器は、単なる補助としての意味合いしか持たなくなる。
 ふと見上げれば、ハッチは完全に開ききり、漆黒の宇宙空間が底知れぬ深さと果てのない広がりを見せていた。
「やあ、光ちゃん。準備はいいかい?」
 ホロビューにスキンヘッドの男が浮かぶ。オットーだ。
「はい、OKです!」
 オットーに対して、光は明るく応えた。
「それじゃあ、離床だ」
 ぐっと押されるような感覚が光の背中に伝わる。
 船体後方に取り付けられた無数のスラストユニットが、バタフライフィッシュをドックから押し出しているのだ。
 ゆっくりと風景が流れ、広大無辺な宇宙が肌で感じられるくらい身近に思えてくる。
 首を巡らすと、既に離床したクロウフィッシュとアーチャーフィッシュが見え、バタフライフィッシュと同じくドックから出ようとしているサンフィッシュの姿が確認できた。
 その刹那、シミュレーターとも実戦とも違う不思議な緊張感にとらわれ、光は少し戸惑いを覚えた。
 それを振り払うかのように、光は正面を見据え、スティックを握る手にそっと力を込めた。


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