STAR SHIP GIRL YAMAMOTO YOHKO / SIDE STORY

4-01:予感


パドック艦メオ=44 予備ドック

 メオ・ママンのオットーは満足げな表情を浮かべながら、目の前の物体を見上げた。
 それは戦艦の船体であった。
 だが、純白の塗装が施してある上に、全長1380メートルという桁外れに巨大なサイズであるものだから、一見しただけでは氷山か雪山のような巨大な塊にしか見えない。よくよく目を凝らしてはじめて、細かなディテールや鰭型の超光速機関に気が付くという代物である。
 それでも、同時代の戦艦と比較すれば、まだ小さい方だというから呆れたものだ。
「どうだい、ミザリーくん。大したものだろう?」
 オットーは傍らに控える副官にそう話しかけたが、相手の態度は素っ気ないものだった。
「オットー様、このドラーダカスタムが一体何の役に立つというのです? リヴァイアサン以降、プロジェクトRは進捗状況が思わしくないのにもかかわらず、noyssに無人艦まで供与したりして……」
 幾分か怒気を含んだメオ・ママンのミザリーの声を遮るように、オットーは口を開いた。
「ミザリーくん、声が大きいよ。一応、裏でこっそりってことになってるんだから、そんな大声で口にしてもらっちゃ困るな」
 その静かだが強い口調に、ミザリーは思わず口を噤んだ。
「先の『ファントム』にしろ、この『ドラーダGT』にしろ、次の『R4』へと繋がる重要なステップなんだ。僕だって、遊んでいるワケじゃあない。僕なりに真剣にやってるんだ。もう少しくらいは信用してもらいたいもんだね」
「そういうことは、普段から信用されている人間が言う台詞です」
「あ、やっぱり? ホント、僕って信用ないよね〜。普段の行いは良いはずなのにな。そう思わないかい?」
 ささやかな反撃を試みたつもりだったが、全く動じることなく飄々とした態度を崩さないオットーに、ミザリーは頭痛を覚えた。
 そして、自分がオットーの副官であり続ける限り、この種の頭痛からは逃れられないことに気付き、彼女は愕然とせざるを得なかった。


東京都足立区古流柔術白鳳院流道場

 秋風が吹き抜け、蒸し暑かった夏が嘘のように爽やかな空が広がる。
 広い道場の縁側で、洋子はタンポポ色した猫――いまだに名前がない――を遊ばせていた。
 洋子の腕を相手に懸命に取っ組み合いをする小さな猫。それを見つめる洋子の表情は、およそ彼女の普段の風評からは想像もつかないくらい、穏やかで優しいものだった。
 洋子はふと顔を上げ、薄暗い道場の中を覗き込んだ。
 その視線の先には、白鳳院流柔術の次期継承者である綾乃と彼女から柔術のレクチャーを受けている雉波田光がいた。
「にゃあ」
 目を落とすと、猫がじっと洋子の顔を見つめていた。
「な〜に、もっとかまって欲しいの?」
「にゃにゃあ」
 まるで洋子の言葉がわかっているかのように、猫は嬉しそうな声で鳴いた。

「武道というものは、闇雲に己の力のみに頼るのではなく、相手の力を上手く利用したり、相手の隙を突くことが大切です」
 綾乃は神妙な面持ちで、そう言った。
「でも、どうやって相手の力を利用するんですか?」
 光の問いに綾乃は少し首を傾げ、そして一歩踏み出した。
「そうですね……」
 そう言いつつ、綾乃は光の腕を無造作に掴み、そしてグイと引っ張った。
 その力があまりに強かったのか、光は思わずよろけそうになる。
 反射的に倒れないように足を踏ん張って、綾乃に掴まれた腕を引き寄せた。
 その瞬間だった。
 綾乃がパッと手を離した。
 勢い余った光がバランスを崩し、よろけて尻餅をつく。
 呆気にとられて綾乃を見上げる光の視線を受け止めると、綾乃はくすりと笑った。
「私はただ掴んでいた手を離しただけです」
 まぁ、そうには違いない。
「ちょっと驚かせてしまったかもしれませんけど、これが『相手の力を利用する』端的な例なんですよ。私が光さんを倒そうとすれば、光さんも倒されまいと抵抗するでしょう」
 光は無言で頷く。
 つい今し方、自分がやったことだった。疑問の余地はない。
「でも、その逆らおうとする力を利用することで、相手に自ら倒れるように仕向けることが可能になります。要するに、フェイントです」
「あ、バスケットボールとかでもありますよね」
「ええ。細かい点では異なりますが、大雑把に言えば同じことです。相手の意識を意図的に集中させ、それによって生じた隙を突く。この場合だと、光さんの意識を前へ倒れないようにしようという方向に向けさせることで、光さんに自分から後ろ向きに倒れるような力を出させたわけです。ほら、綱引きで片一方が手を離すと、もう片一方は勢い余って後ろに倒れるでしょう? あれと原理は同じです」
「なるほどぉ」
「これを利用して敵の体勢を崩し、それによって生じた隙を目掛けて技をかける……」
「それって、卑怯じゃないんですか?」
「いいえ。白鳳院流柔術は命のやり取りが前提です。正々堂々は確かに美しいかもしれませんが、それで負けては意味がありません。一見、卑怯に見えても、勝つことが大事です。所詮、卑怯云々というのは敗者の言い訳に過ぎません」
「それもそうですね」
 きっぱりとした口調で言い切る綾乃に、光は素直に納得してみせた。それがよいのかどうかはともかく、その素直さが光の取り柄であることは間違いない。
「さて、ちょっと一休みしましょうか?」
「はい」
「洋子さんもご一緒にどうです?」
 綾乃は縁側で猫を撫でていた洋子にも声をかけた。
「そうね……。それじゃ、お言葉に甘えるわ」
「お茶でよろしいですね?」
 洋子の返事に軽く頷くと、綾乃は板戸の向こうに消えた。
 しばらくして、綾乃は英美と一緒にお茶とお菓子を持って戻ってきた。
 英美は手にしていた盆を置くと、一礼して道場を退出していった。
 洋子たちは綾乃が淹れたお茶を飲みながら、ちょっと早めのおやつにすることにした。
「それにしても、結構続いてるじゃない」
 洋子の言葉が自分に向けられたものだと気付いた光は、少し照れたような顔を見せた。
「やっぱり、自己鍛錬ってのは簡単に止めちゃいけないと思いましたし、前にも言ったかもしれませんけど、体操は戦闘向きじゃあないと思うんですよね」
 確かにそれは言えていた。
 まどかが器械体操でオリンピック候補に選ばれたというのは、本人が常々口にしているところであるが、実際問題として、体操で培った技能をどれだけ宇宙戦闘に活かしているのかというと、かなり疑問が残る。
 結局、洋子が急場凌ぎで考えた体当たり戦法『バレルロール』をずっと使い続けてはいるけれども、それとて別に体操経験がなければできないような技とは言えなかった。
「だから、少しでも戦いのセンスを身につけようと思って、ここに来ているんです」
「ふぅん。……それだけ?」
 洋子がそう言うと、光は頬を掻いて俯いた。
「まぁ、まどか先輩に憧れて宇宙戦争をはじめたんですけども、自分なりに極めたいというか、中途半端で終わりたくないっていう思いがあって。ほら、あたしの戦艦って鈍足じゃないですか。まどか先輩みたく高速戦艦だったら違ったのかもしれませんけど、戦い方を工夫しないとどうしても足手まといになってしまうんですよね」
「でも、まどかみたいに突っ走りすぎるのも困りものよ? 突出しすぎれば集中攻撃を受けるのは、どんな艦でも変わらないんだから。それに、そもそもバタフライフィッシュは、装甲戦艦っていうくらいなんだから、防御面の弱い集の直衛につくことが基本でしょ? まどかみたいに前へ出ることばかり考えずに、チームとの連携を考えれば、いくらでも活躍の場はあるはずじゃないの」
「そうなんですけど、足の遅さのせいで集さんや翼さんとの連携も上手くいかないこともあるんです。翼さんに放り投げてもらうには、翼さんが近くにいなくちゃダメだし……」
 光はそう言うと、困ったような表情を浮かべた。
 その様子に、洋子と綾乃は顔を見合わせた。
 普段、自己中心的なお嬢様やお子様忍者を相手しながら、あっけらかんとした表情を崩さない光だけに、そんな思い詰めたような表情は珍しく、また看過できないものがあったからだ。
 だからといって、安易な慰めなど口にしないのが、いかにも洋子らしかった。
「速力が遅いってことを気にしているんだったら、いかに戦局の先を読んで行動するかが重要になるわよ。敵が狙いそうなところに先回りしておかないと。……綾乃はどう思う?」
 洋子に水を向けられると、綾乃は手にしていた湯飲みをそっと盆に置いた。
「……そうですね。敵の意図を掴むことは大切です。そして、それと同じように自分を知ることも大切です。『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』と言います。光さんの艦が速力で他の艦に劣っている。それは事実ですが、そのことも含めて、光さんにしかできない戦い方があるはずです」
 その少し持って回ったような台詞に何か感じるところがあったのか、光は妙に真剣な表情でじっと綾乃の話に耳を傾けていた。
 と、その時、聞き慣れない電子音がどこからともなく聞こえてきた。
「あの、雉波田さん。電話が鳴ってますよ」
 英美がそう言いながら、手のひらサイズの機械を持ってきた。
 一見すると二つ折りタイプの携帯電話だが、本当はディメカムの偽装した形であることに、洋子と綾乃はすぐ気付いた。
 21世紀で違和感なく見せるための工夫が凝らしてはあるけれど、30世紀を知っている者が見ればすぐにそれとわかる、一種独特の雰囲気を醸し出していたからだ。
 光はちょっと小首を傾げながら、ディメカムを開いた。


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