STAR SHIP GIRL YAMAMOTO YOHKO / SIDE STORY

3-06:回廊


「まさか、洋子ちゃん……」
 最初に気が付いたのは、紅葉の方だった。
「え、洋子?」
 首を傾げるまどかに向かって、紅葉はもどかしそうにまくし立てた。
「もう、忘れてもうたんか? ほら、洋子ちゃんの誕生日の時に、洋子ちゃんの部屋で見たアルバムがあったやろ。あれに載ってた小さいときの洋子ちゃんの写真にそっくりやで……」
 そこまで言われて、ようやくまどかも思い出した。ポンと手を打って、小さく声をあげる。
「言われてみれば、確かに……。でも、どうして?」
 もとより答えを求めた問いではなかった。だが、まどかの、そして紅葉の頭の中に鈴の音のような声が響いた。
「ふふ、だって、わかりやすいでしょ?」
 ギョッとして目を見開く二人の顔を、ちょっと悪戯っぽく見返してから、少女はおもむろに口を開いた。
「初めまして。あなたたちのことは全て知っているわ。でも、私のことをどうやって自己紹介したらいいのかしらね……」
 少女はそう言いながら、ケレン味たっぷりの仕種で小さなおとがいに手をやった。
「それはともかく、ここはどこなんや? 見たとこ、学校の廊下みたいやけど」
 首を巡らせながら紅葉がそう呟いた。
「そうね」
 まどかも頷く。
 それに対し、少女は相変わらずのにこやかな笑みを向けた。
「ここは『回廊』よ」
「回廊?」
「あなたたちには学校の廊下に見えているのでしょうけど、本当は高度に安定化させた異次元空間なの。かつては、この回廊を様々な物質と情報が超光速で行き交っていたわ」
「それって、もしかしてオールドタイマーの?」
 まどかが訊いた。
「大正解!」
 そう言って微笑むと、少女は続けた。
「私はあなたたち地球人類が『オールドタイマー』と呼ぶ知的生命体が残した人工知性体。山本洋子には『司書』として自己紹介したわ」
 司書。それは、かつて『ミラーラビリンス』というオールドタイマーの遺跡の中で洋子と接触した人工知性体が名乗った名前だった。
 そのことは、当然ながら、まどかや紅葉も知っていた。
「そう言えば……。でも、ミラーラビリンスなら、ここからずっと遠くじゃないの?」
 そう呟いてまどかがまた首を傾げた。
 少女――いや司書といった方がいいだろうか――は人差し指を立てると、軽く振ってみせた。
「物覚えはいいようだけど、人の話を聞いてなかったわね。御堂まどかさん」
 その物言いに、まどかはムッとしたような表情を浮かべた。
「どうゆうことよ?」
「超光速。そう言ったわよね、私は」
 司書の言葉に、まどかは曖昧に頷いた。
「この回廊は、銀河系島宇宙のあちこちに張り巡らされているわ。いわば、大都市に張り巡らされた地下交通網のようなものなの。だけど、回廊そのものは通常の時空からは観測できない」
「そやかて、出入り口があるはずやろ?」
「確かにね。でも、それぞれのゲートがマイクロブラックホールや他の人工天体という形で偽装していたり、あるいは量子スケールで設計されているとしたら?」
「……まぁ、ようわからんけど、見えへんのやろ?」
 そう応えながら、紅葉は無造作に自分の髪を掻いた。
「そういうこと。そこにあるとわかっていない限り、回廊にアクセスすることはとても難しいわ」
 そう言ってから、司書は少し言葉を切った。
「あなたたち地球人類が『ティターンズリング』と呼んでいる環状構造物は、わかりやすいようにわざと大きく建造したゲートなの。超次元回廊へのアクセス手段としては、かなり初歩的な技術で堅実にまとめたもので、オールドタイマーは全銀河系を網羅する回廊の完成記念碑として『ティターンズリング』を建造した。いつか、誰かがこの回廊の存在に気付く日が来ることを思い浮かべながらね」
 司書はそこで言葉を切り、二人に背を向けた。そして少しばかり瞑目した。
「しかし、オールドタイマーが銀河系島宇宙を去った後、誰もこの回廊に気が付く者はいなかった。地球人類も銀河系島宇宙が未開の空間であると長い間信じて疑わなかった。でも、本当は違う。銀河系は隅々まで開発し尽くされた後のゴーストタウンなのよ。地上だけでなく、地下も! 人類は惑星の地表のみならず、地下部分の利用も古くから行っていたのに、なぜ宇宙空間におけるジオフロント開発に思い至らなかったのかしらね……。私は司書として観測と記録を続けながら、いつしか誰かがそのことに気が付く日を心待ちにするようになっていたわ」
 司書はそこまで言うと、再びまどかと紅葉の方へ振り向いた。
 その表情には再び笑みが戻っていた。
「そして、ついにその時が来た。あなたたちが扉をノックしたことで、ゲートは開き、そしてあなたたちを迎え入れた。回廊はミラーラビリンスにも繋がっているから、居ながらにして末端にアクセスすることは難しいことじゃないわ。むしろ、私にとっては日常のことだもの」
「超次元回廊だか、ハイパーゲートかなんか知らへんけど、ウチらは扉をノックした覚えはないで?」
 紅葉が怪訝な表情を浮かべて、司書を見た。
 司書は笑みを崩すことなく、その視線に応えた。
「まぁ、そうかもしれないわね。でも、リングの周囲で戦闘したでしょう? あれが刺激になったのよ。それに、私はあなたたちに興味を持っていたし、丁度いい機会だと思ってね」
「……ウチらが、洋子ちゃんの仲間やからか?」
 紅葉が少し険のある声でそう訊いた。
 普段から、事あるごとに『ヤマモト・ヨーコとその一味』呼ばわりされているせいか、必要ないとわかっているのに、つい過敏に反応してしまう。
 その隣でまどかも深く頷いた。
「それもあるわ。……でも、それだけじゃない」
 思いの外、静かな口調で司書は答えた。
「ただ、純粋に会ってみたかったのよ。山本洋子と一緒に戦艦を駆る少女たちに、ね」
 痛いくらいの沈黙が辺りを支配した。
 紅葉が急にそわそわし始めた。
「ところで、ウチらは今、どないなってるんや?」
「ああ、安心して。あなたたちの体は戦艦のコクピットの中にあるわ。私は思考制御システムを経由して、あなたたちの脳に直接イメージを送り込んでいるだけ」
 こともなげにそう言ってのける司書に、二人は目を丸くするしかなかった。
「だけ、って……。簡単に言うのね」
 まどかが呆れたように呟いた。
「ホンマや。こんなにリアルやのにな。ハリウッドの映像作家が聞いたら、腰抜かすで」
 紅葉もそう言って同調してみせる。
「だって、簡単ですもの」
 司書は笑って答えた。
 目を白黒させているまどかと紅葉の態度にまるで無関心な風を装って、司書は二人を誘った。
「こちらに来てみて」
 軽い足取りで廊下を進むと、司書は教室のドアの前に立った。
 まどかが何気なくドアの上を見上げると、そこにはまるで意味不明な数列が記してあった。
 司書は、そのドアに手をかけ、そして思い切りよく開け放った。
「!!」
 まどかと紅葉は、目を見開いた。
 ドアの向こうには、見慣れた椅子と机ではなく、漆黒の宇宙空間が広がっていたのだ。
「ど、どうなってんの!」
「……あれは、メリーゴーランドとちゃうか!?」
 紅葉が指さした先には、恒星を中心として同心円状に配置された4枚のディスクがあった。
『さいはてのメリーゴーランド』
 その特異性、位置、その他諸々の理由から、最も有名なオールドタイマーの遺跡のひとつである。まどかたちも、かつて訪れたことがあった。
「そんな……。銀河系から10万光年は離れているはずでしょ……」
「ふふ、距離は関係ないわ。あなたたちもサーフィングをするでしょう」
 そうとだけ言って司書は踵を返し、次々と教室のドアを開けていった。
 教室の安っぽいドアの向こうには、二人がこれまで目にしてきた天体やオールドタイマーの遺跡の数々が在った。そして、まだ見たことのなかった奇妙な天体や遺跡も在った。
「これらは全て回廊のゲートなの。あなたたちには、単なるドアにしか見えてないでしょうけどね。この回廊を通じて、銀河系のあらゆる場所にアクセスできるわ」
 司書は教室のドアを撫でながら、そう言った。
 その横顔に慈しむような表情が浮かぶ。
「どうして、これをあたしたちに見せたの?」
 まどかが何気なく質問した。
 司書はまどかに向き直ると、困ったような笑みを浮かべてみせた。
「どうしてかしらね。特に理由はないわ」
「これといった理由もなしに?」
「まどかさん。あなたのお友達なら、こう言うわ。『理由がなきゃいけないの?』ってね」
 軽くウィンクしながらそう言った司書の姿に、まどかは洋子を透かし見た。そして、初めて会った頃の洋子の台詞を思い出した。
「そろそろ、時間かしらね」
 そんなことを言いながら、司書はまた教室のドアを開けた。
 その向こうには白く光る輪が浮かんでいた。
 ――『ティターンズリング』だ!
 まどかと紅葉はそう直感した。
「行きなさい。みんな、待っているのではないかしら?」
「そやな。行こか、まどかちゃん」
「そうね。えっと……」
「また、会えたらいいわね。まどかさん。紅葉さん」
 ニコリと微笑んだ司書に、まどかはこくりと頷いた。
 気が付けば、二人は戦艦のコクピットの中にいた。
「あたし、どうしてた?」
「30分ほど、目を閉じてシートに座っておられました。その間、活発な脳の活動を記録しています。それと、外部から思考制御システムへのアクセスがありました。脳神経保護のためのプロテクト機構が有効に機能していませんでしたが、異状はありませんか?」
 コーチの返答は、まどかにとって、つい先刻の体験が夢でないことの何よりの証に思えた。
「どうってことないわ。ただ、銀河系のあちこちを垣間見ただけよ」

「『ティターンズリング』の内周部に二つの質量反応を検出しました!」
「何だって!」
 管制官の報告に、エリクソンは思わずシートから腰を浮かせていた。
「今、識別信号を確認。……TA−23とTA−25です! 間違いありません」
「そうですか。よかった……。プレイヤーと通信できますか?」
「はい、接続します」
 管制官が返答して間もなく、ブリッジのメインホロビューにまどかと紅葉の顔が大写しになった。
「無事でよかったです。戦艦の反応が消えたときはどうしようかと思いましたが、2分足らずで戻ってこられたので、安心しましたよ」
 エリクソンの台詞に、まどかと紅葉は顔を見合わせた。
「そんな……。あたしたち、少なくとも30分はあっちにいたのに……」
 まどかの呟きに、エリクソンは手元の時計を見た。
 発艦から1時間ほどしか経っていない。
「そちらの時計はどうなってます?」
「え?」
 質問の意味がわからなかったまどかたちに代わって、TA−25のサポートAIのコーチが答えた。
「パドック艦を離床してから、1時間32分47秒が経過しています」
「ほぉ、面白いな」
 クライフが表情を変えることなく、そう言ってのけた。
 だが、エリクソンはコーチの返答にショックを受けたようで、しばらく茫然としていた。
 その様子を見て、傍らに座っていたクライフがマイクを掴んだ。
「まどかくん。紅葉くん。取り敢えず、帰投したまえ」
「わかりました」
 二人が頷くと、メインホロビューの表示は消えた。
「一体、どういうことなんでしょう?」
 エリクソンはやっとの思いでそう言った。
 水を向けられたクライフは軽く肩をすくめて、こう言った。
「まぁ、ローソンにでも訊いてみることだな」


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