STAR SHIP GIRL YAMAMOTO YOHKO / SIDE STORY

3-05:デジャ・ビュ


「コーチ、どうなってるのよ!?」
 ファントムに追いかけられながら、まどかが喚き散らした。
「ミス・マドカ。遺跡から距離をおいてください。現在、遺跡から半径2000キロメートルの圏内に入っています」
「はぁ?」
 まどかはコーチの言っていることがわからなかった。
「目標の挙動は、遺跡から2000キロメートル付近を通過した後、変化しました。目標の行動は遺跡からの距離に左右されるものと推測されます」
「なるほどね」
 まどかは艦首を返した。
 ファントム01と03はしばらく追いかけてきたが、やがてTA−25を見失ったような挙動を見せ、遺跡へ向けて引き返していった。
 その様子を眺めていたまどかだったが、いささか呆れたように口を開いた。
「だけど、これじゃ意味ないじゃない」
「そうですね」
「あのね……。まぁ、いいわ。ここは、敵の手の内に乗ってあげましょう。聞こえてるでしょ、紅葉」
「ああ、ばっちりやで」
 紅葉のホロビューがTA−25のコクピットに浮かぶ。
「突っ込むわよ」
「わかった。このままやと、埒開かへんしな」
「そゆこと」
 まどかはそう言うなり、艦を加速させた。紅葉もそれに続く。
 瞬く間に相対距離が縮まる。
「遺跡まで2000キロメートルのポイントを通過。目標、転進します」
 コーチの報告を聞きながら、まどかは前だけを見ていた。
 ファントム01がインパルス砲を撃ちながら接近してくる。まどかはそのオレンジ色の弾丸を巧みな機動でかわしながら、更に距離を詰めた。ヴェイパーシールドを展開するのはギリギリまで我慢するつもりだった。2、3発のプラズマ弾が着弾するが、コットンアーマーにふんわりと受け止められ、大したダメージにはならない。
 十分に距離を詰めたところで、まどかは更にスロットルを押し込む。斥力場ターボを使用したのだ。
「コーチ、ヴェイパーシールド展開。バレルロ〜〜〜〜ル!!!」
 TA−25を覆う光の霧。それを構成する微細な粒子のひとつひとつが次元的に傾斜しており、外部からの攻撃をシャットアウトするのだ。
 そのまま、TA−25はファントム01に突き刺さる。圧倒的な相対速度差とインパルス砲の連射によってファントムを弾き飛ばしつつ、蜂の巣にする。電導系に引火したのか、猛烈なスパークを撒き散らしながらファントム01が沈黙した。
「目標を完全に破壊。沈黙しました。残存目標数、1」
「ま、ざっとこんなもんよ。紅葉、残りは任せたわよ!」
「よっしゃあ。行くで、AD!」
「了解。艦載機の配置は完了しています」
 ADの報告に頷きだけで応えると、紅葉も艦を加速させた。
 ファントム03目掛けて突っ込み、そして擦れ違う。これは誘いだった。ファントム03は、その誘いにまんまと引っ掛かった。たちまちTA−23を追いかけて速度を上げる。
「来い来い!」
 紅葉は微妙に速度を調整して、ファントム03を引きつけた。
「ミス・モミジ。予定のポイントです」
 ADがそう告げてくる。
 そこで紅葉はスロットルを限界まで叩き込む。TA−25に次ぐ速力を誇るTA−23は、たちまちファントム03を引き離しにかかる。相対距離があっという間に広がっていく。
「今や……、メガクラッシュ!!!」
 その掛け声とともに、ファントム03の全周囲からインパルス砲が雨霰と降り注いだ。紅葉は、自らを囮として、ファントム03を罠に誘い込んだのである。
 一発一発の破壊力は大したことのない艦載機のインパルス砲だが、一度に数百発、それも同時に着弾するとなると、その破壊力は侮れないものがある。亜光速で殺到したプラズマ弾の衝撃と熱エネルギーの凄まじさに、ファントム03の装甲は耐えられなかった。集中するエネルギーの奔流に、ファントム03のフレームは悲鳴を上げながら醜くへしゃげ、外付けの潮汐力ブースターは粉砕され、相転移炉は穴だらけになって機能停止した。
 もはや特殊合金の塊と化したファントム03は、その構成材料を周辺空域に散乱させながら、『ティターンズリング』から急速に遠ざかっていった。

「これで、調査を再開できるかな……」
 そう呟きつつ、エリクソンは手元のコンソールを操作した。
「! 重力場の状態が変化している……。マドカさんたちと連絡とれますか?」
「はい、今つながります」
 管制官の返事と同時に、エリクソンの右側の空間にまどかと紅葉の顔が浮かんだ。
「マドカさん、モミジさん。急いで、そこから撤退してください」
 やけに真剣な眼差しを投げかけてくるエリクソンに、二人は戸惑いながらも頷きを返した。
 だが、その時になってまどかと紅葉は自分たちの置かれている状況の変化に気が付いた。
「艦が、動かない!?」
「どういうことや、AD?」
「周辺空域の空間構造が変化しています。リング中央部のある一点に強力な重力場が生まれ、我々はそこに引き込まれているようです」
「なんやて!?」
 そのやり取りを聞きながら、ふとブリッジのメインホロビューに目をやったエリクソンはある事実に気が付いた。そこには、『ティターンズリング』が映っていた。
「クライフさん、あれを、リングを見て、何か気が付きませんか?」
「……星がない。リングの内側に星が見えないな」
『ティターンズリング』を正面から最大望遠で捉えたその映像には、その背景として無数の星々が映っていたのだが、リングの内側に当たる部分だけが墨で塗りつぶしたような闇になっており、二つの光点――TA−23とTA−25――以外は見えなかったのである。
「特異点か?」
 クライフが訊いた。
「断定は出来ませんが、それに極めて近似した状態と言ってよいでしょう。モニタリングできていないので、あくまで推測ですが、リング内で円運動を行っている複数の質量体によって、リングの内側に強力な潮汐効果がもたらされ、それが……」
 エリクソンは自分の推測を最後まで言うことができなかった。
「大変です! TA−23とTA−25が……」
 自分の話を遮られたことなど忘れて、エリクソンは大声をあげた管制官の方へ身を乗り出した。
「どうしたんですか? マドカさんとモミジさんに、何かあったんですか?」
 そう問われた女性管制官は、信じられないという風にかぶりを振って、力無く応えた。
「TA−23とTA−25の反応が消えました」
「消えた、だって?」
「はい。そちらのホロビューにデータを転送します」
 エリクソンの目の前に、『ティターンズリング』のホロビューが浮かび、幾つかの数列と二つの座標が表示された。それらの情報は、2隻のTA−2系列艦がリングの内側で忽然と姿を消したということを示していた。
「くそ。どういうことなんだよ、一体……」
 騒然とするブリッジの中で、エリクソンは頭を抱えた。

「ここは、どこなの……」
 まどかは暗闇に囲まれて途方に暮れていた。
 突然、艦のコントロールができなくなったと思ったら、周囲から全ての景色が消えてしまったのだ。
 四方八方に見えていた星たちも、背後に浮かんでいたティターンズリングも見えない。
 まるで目隠しをされているようで、何がどうなってしまったのか、全くわからなかった。
「まさか、死んじゃった?」
「いいえ、ミス・マドカ。生きています。しかし、ここが私たちの知りうる宇宙とは異なる空間であることは確かですが」
 サポートAIの返答に、まどかの顔に僅かばかりの安堵が浮かぶ。
「コーチ。異なるって、どういうことなの?」
「空間構造が、閉じているのです」
「閉じている??」
 まどかはコーチの簡潔すぎる表現に目を瞬かせた。
「私たちは『ティターンズリング』が作り出した空間構造の著しい歪みの中に落ち込み、そしてこの場所に来ました。ここはワームホールの一種であると考えられますが、自然にできたワームホールではないと、高い確率で結論づけることができます」
「というと?」
「安定しているからです。2隻の戦艦という大質量を呑み込んで、なお安定しているというのはあり得ないことです」
「でも、あたしたちはここにいて、こうして会話しているじゃない!」
「まぁ、そう言わんとき。まどかちゃん」
 紅葉の声に、まどかはハッとした。
「紅葉、無事だったのね」
「当たり前やんか。ウチだけ勝手に殺さんといてや。それより、どうやったらここから出られるんやろな」
 紅葉はそう応えた。最後は独り言のような呟きになっていた。
 その一言を待っていたかのように、紅葉とまどかの周りで景色が動き始めた。
 強烈な光芒に目が眩み、二人はきつく目蓋を閉じた。

 気が付くと、眩いばかりの光はどこかに消え、二人は東綾瀬高校の廊下に立っていた。
 いや、それは正確ではない。
 確かに東綾瀬高校を強く思い起こさせる雰囲気ではあるが、『私立東綾瀬高等学校』の校舎の廊下はこれほど長くはなかったはずだ。
 ここは東綾瀬高校に似せた別の場所だ。
 まどかと紅葉は、そう結論するしかなかった。
「紅葉……」
「まどかちゃん……」
 二人は同時に互いの名前を呼び合い、そして決まり悪そうに口ごもった。
 先に口を開いたのは、まどかの方だった。
「……ねぇ、紅葉。あたしたちって、戦艦に乗ってたはずよね?」
 まどかの問いかけに、紅葉は曖昧に頷いた。
「そうや。そのはずやけど……。なんで、ウチらはここに立っとるんやろ」
 紅葉はそう言って頬を掻いた。
 まどかは答える代わりに、苦い表情をつくってみせた。
 辺りは妙な静けさに覆い尽くされていた。
 窓から陽光が射し込み、二人の足下を照らす。
 紅葉が何か言おうと口を開きかけた。

 コトリ……

 そのとき、背後で何かが床に落ちたような物音がした。
 ドキリとして振り向いたまどかと紅葉の目に、ひとりの女の子の姿が飛び込んできた。
 亜麻色の髪。
 碧色の瞳。
 屈託のない笑顔。
「……どこかで見たような……」
 まどかと紅葉の二人が、その既視感の正体に気付くには、もう少し時間が必要だった。


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