「戦うと決まったら、なんや妙にワクワクしてきたわ。こら、洋子ちゃんが伝染ったんかもしれへんなぁ」
紅葉は、TA−23のコクピットで独りごちると、手早く戦闘準備に取り掛かった。
「AD、艦載機のうち100機はリングに残しといて、残り150機をこっちに呼び戻しとき。200機もあれば、何とかなるやろ?」
「はい。通常戦闘でも、搭載している艦載機を全て使用することは稀ですから、問題ないと思われます」
ADは丁寧な口調で、そう応えた。
既にホロビュー上では無数の光点が移動を始めていた。そのひとつひとつが艦載機であった。
「紅葉、準備はいい?」
突然ホロビューが開き、まどかの顔が視界に割り込んでくる。
「ああ、大体OKやで」
「ミス・モミジ。所属不明艦との相対距離がかなり縮まりました。このままの相対速度差を維持したと仮定すると、約5分後に会敵し、インパルス砲の有効射程に入ります」
ADの報告に、紅葉は軽く頷く。
「よっしゃ! 洋子ちゃんやないけど、誰にケンカ売ったか教えたるわ。な、まどかちゃん」
自分で言っていて照れくさくなったのか、紅葉はまどかに同意を求めた。
その様子に苦笑しつつも、まどかは頷きを返した。
「そうね……。じゃあ、あたしがバレルロールを仕掛けるから、紅葉は艦載機で各個撃破していってちょうだい」
「わかった。任しとき!」
「わ、ちょっと待ってください! まず、退去勧告を出してからじゃないと過剰防衛になってしまいますよ!」
盛り上がるまどかと紅葉を制するように、エリクソンが慌てて通信を入れる。
「あ、そうなん?」
「そうなんです。だから、攻撃はもう少し待ってください」
そう言うと、エリクソンはブリッジの管制官に合図を送った。
管制官は頷き返すと、マイクに向かった。
「……航行中の艦船に告ぐ。当該空域はTERRAの管理下にあり、現在は戦闘艦、非戦闘艦を問わず、艦船の航行が制限されている。ただちに当該空域より退去せよ。勧告に従わない場合は、実力行使も辞さない。繰り返す、……」
管制官はTERRA、NESS、そしてnoyssに共通の標準波長で、型通りの退去勧告を3回繰り返した。
が、所属不明艦は止まらなかった。
「仕方ないな……。お願いします。マドカさん、モミジさん」
「よっしゃ。ほな、手筈通り行こか。まどかちゃん」
「そうね。行くわよ!」
そう叫んで、まどかはスロットルレバーを叩き込んだ。
「見てなさいよ……。斥力場ターボ全開! バレルロールッ!!」
ヴェイパーシールド特有のコバルトブルーの輝きに包まれたTA−25が漆黒の宇宙空間に青白い軌跡を刻みつつ、最大戦速で駆け抜けていく。
それを見ながら、紅葉はひとり呟いた。
「へへっ。こりゃ、ウチも負けてられへんな……。AD!」
それだけで、ADは紅葉の言いたいことを察した。
「はい。艦載機のマルチコントロールを開始します」
紅葉の周囲に幾つかのモニター画面とコントロールパネルが浮かび上がる。その実体のない操作盤上に、紅葉は静かに手をかざした。
既に、紅葉は200機に及ぶ艦載機のポジションを全て把握していた。あとは、それをどのように動かすか、である。
突撃したTA−25によって、編隊を組んでいた所属不明艦は散開し、バラバラに行動し始めていた。
「行くで……」
紅葉は不敵な笑みを浮かべつつ、コントロールスティックを握る手にそっと力を込めた。
※
「取り敢えず、WASCOに提訴しておいた方がいいな。相手が誰かは知らないが、明らかにルール違反の行為だからな」
クライフはそう言いつつ、コンソールを叩いた。
すぐに幾つかのホロビューがクライフの眼前に投影される。どうやら、WASCOへの提訴申請用フォーマットらしい。クライフは慣れた手つきで入力欄を埋めていく。
「しかし、相手方の目的は一体何なのでしょう?」
そう言って、エリクソンが首を傾げる。彼は敢えて「敵」という言葉を使わなかった。
「多分、君と同じだろう」
クライフが、コンソールを叩く手を休めることなく、そう応じた。
「はぁ?」
訝しげな表情を浮かべるエリクソンに構わず、クライフは続けた。
「遺跡のデータ収集だ。確実なことは言えないがね」
「……なるほど。となると、相手はNESSか、あるいは……」
「noyss、だろうな。他に思いつかない。戦艦3隻を差し向けるなど、中立星系や企業が単独で出来ることじゃないからな」
「やれやれ……。ニケのクルーたちはTA−2系列艦の戦闘が見られるから喜んでいますけど、私はもう少しまともに調査したかったですよ」
その言葉にクライフは微苦笑した。
「まぁ、そうだろうな。その点では、私だって同感だよ。……よし、送信完了だ。これで事務手続きは終わった」
「しかし、心配ですね」
「何が?」
「遺跡の近くで戦闘なんかやらかして、何かあったらどうしようかと気が気じゃないです。『スクランブルエッグ』の一件や『ディラックの嵐』も記憶に新しいことですし、何事もなければいいんですけどね」
そう言って溜息をつくエリクソンの横顔を見ながら、クライフもある事実に思い当たった。
「そう言えば、TA−2系列艦はそれらの現象に関わっていたな。まぁ、正確には洋子くんのTA−29なのかもしれないが……」
クライフの何気ない呟きに、エリクソンはハッとした。
「それじゃあ、かなりマズイじゃないですか!」
そう叫ぶと、エリクソンはシートから腰を浮かせた。
「TA−23とTA−25に通信を。危険だから、遺跡からなるべく距離をおくように伝えてください!」
「それが駄目なんです。さっきから通信が繋がりにくくて……」
「そんな……。まさか、通信妨害!?」
エリクソンは幾分青ざめた顔でシートに座り込んだ。
「厄介なことになったな」
クライフが相も変わらぬポーカーフェイスで呟く。
「……クライフさんが言うと、本当に実感が湧かないですね」
「それは申し訳ない」
そう謝ってみせたクライフだったが、エリクソンはただ困惑の色を深めただけだった。
※
TA−25のバレルロールを回避すべく散開した所属不明艦は、そのままオールドタイマーの遺跡へ向けて転舵した。
「行かせるかいな!」
紅葉の叫びに呼応するかのように艦載機の群が不明艦目掛けて殺到する。
「メガクラッシュ!!」
放射状に展開した艦載機のインパルス砲弾着タイミングを同期させて放つTA−23の攻撃に、頭から突っ込んだ不明艦の1隻が一瞬で蜂の巣になる。当然、もう戦闘はおろか航行することすらできない。
その呆気なさに、紅葉は拍子抜けした。
「なんやねん。もう少し避けてみるとかするもんやろ?」
「統計的には、回避行動を取るのが妥当な局面です」
「もう少しわかりやすう言うてくれへんか、AD」
「私たちが追っている所属不明艦には幾つか不自然な点が見受けられます。現時点では情報が少ないため、確定的なことは言えません。しかし、現時刻までに得られている情報をもとに推論した結果、最も可能性が高いのは目標が無人艦であるという可能性です。あくまでも推論であり、仮定の域を出ませんが」
サポートAIのADは、淡々と分析結果を報告した。
「なめた真似しよってからに……」
そう呟くと、紅葉は艦を加速させた。
これ以上、遺跡に近づけさせる訳にはいかないのだ。
スロットルを限界まで押し込みつつ、紅葉は近距離通信回線を開いた。
「まどかちゃん。敵は無人艦かもしれへんのやて!」
「なるほど、スリーパー仕様って訳ね。無人艦なら正体も隠せるし、リスクも最小限ですむって寸法ね」
その答えに、紅葉は目を丸くした。
「どうしてん、まどかちゃん。えらい冴えとるやん」
「ふふん。そんなことより、紅葉。早いとこ落とさないとまずいんじゃない?」
「そうやな。遺跡に近づき過ぎとるしな……。もういっぺん、バレルロールかましてくれへん?」
「OK。……行くぞぉ〜〜ッ!!」
まどかは再びTA−25を加速させた。その猛烈な加速力がTA−25の最大の強みである。すぐに前方を航行中のドラーダカスタム――まどかたちは、それが『ファントム』という名前を持つことを知らない――に追いつく。そして、擦れ違いざまにインパルス砲を撃ち込む。
だが、その後の経過はまどかたちを裏切るものだった。
2隻のファントムは鋭い機動でインパルス砲をかわすと、逆にTA−25の真後ろにつけたのである。
※
「提督。ファントム01と03が、設定空域に到達しました。オートモード、第2段階へ移行します」
管制官の報告を聞きながら、マーカスはほくそ笑んだ。
「これからが、ファントムの本領発揮だぞ。アロイス」
「しかし、パパ。無人艦がTA−2系列艦と対等に戦えるのですか?」
常識による説得を完全に諦めたアロイスが、マーカスに向かってそう訊いた。
無人戦艦はこれまで幾度も研究されてきたが、今もって実用化に至っていない技術者たちの夢である。
最大の問題は、戦闘というシチュエーションの複雑さであった。
これまでの研究では、AIに流動可変な状況を分析させ、それに対してもっとも適切な行動を取らせようとしていた。ところが、そのコンセプト自体が間違いだったのである。
そもそも、戦艦のプレイヤーは常に最適化された行動を取っているわけではない。時には間違え、それを後の行動で挽回したりする。それが出来るのは、人間の脳の柔軟性の現れでもあると同時に、あまり多くの可能性を考慮できないからでもあった。何はともあれ、いざとなれば、人間はそれほど悩むことなく反射的に行動できるのだ。
だが、AIは違う。限られた状況下では有効なAIも、宇宙空間という無限の広がりの中ではフレーム問題にぶち当たり、即座にシリコンとカーボンの塊に過ぎなくなってしまうだ。
確かに、この千年紀の間にコンピュータサイエンスは恐竜的進化を遂げ、コンピュータの演算能力は飛躍的に向上した。しかし、そのことが逆に戦闘用AI実現の足を引っ張る結果になった。無数の可能性を考慮できるがゆえに、その中からどれかひとつを選び出し、決定するということが困難になってしまったのである。特に瞬間的な判断となると、もうお手上げ状態であった。
サポートAIのように、あくまでもプレイヤーのサポートに徹し、自らは行動しないのであれば問題は少ない。だが、無人艦に搭載すべきAIは自律的に行動することが求められるため、幾つものハードルを乗り越える必要があった。時々刻々と変化する戦況という事象は、気象シミュレーションよりも困難で複雑な命題であったのである。
自律型戦闘用AIは理論的に可能であると、ことあるごとに技術者たちは主張した。だが、費用対効果として見た場合、とても採算の取れるような研究成果が生まれなかったことも、また事実であった。
だから、アロイスの疑問は至極もっともなものだったが、マーカスは余裕たっぷりに応えた。
「オットーくんのチューンしたファントムを侮ってはいかんな。彼はなかなか面白いやり方でAI特有の問題を回避したんだよ」
「何です? その面白いやり方って?」
「要するに、自分で自分に枠をはめてしまうのだ。幾つかの条件を与えておき、それを満たしている条件下でのみ戦闘を行うわけだ」
「それが、遺跡から2000キロ以内で、かつ敵艦との相対距離が100キロ以内というわけですか……。その条件に当てはまらない場合は、例え攻撃を受けようとも戦闘行動をとらないことで、フレーム問題にはまりこむのを避けよう、と?」
「その通りだ、アロイス。それに、例の『フェイズ2チーム』の運用で得られたプレイヤーの思考アルゴリズムも移植してあるらしい。ただのドラーダカスタムではないぞ」
満足げに頷くマーカスを横目で見ながら、アロイスはおとがいに手をやった。
「しかし、そんなに上手く行きますかね?」