オールドタイマーの遺跡『ティターンズリング』に接近したTA−23とTA−25は早速データ収集に取り掛かった。
「よっしゃ、艦載機を順次発進させて、リングの周辺に展開するんや」
「了解。艦載機の発進を開始します」
サポートAIの『AD』がそう応えると、TA−23の両サイドにある艦載デッキから100を超える艦載機が一斉に射出されていく。それらの位置情報が紅葉の頭に流れ込む。どのポイントに艦載機を配置するべきかという情報は、あらかじめ艦載コンピュータに入力してあるから、それに従って艦載機を展開していくだけでいい。それも半分はAI任せでOKだ。無論、艦載機は普段から搭載している攻撃用のものだが、それで充分な探知能力がある。TA−23の艦載機は高性能であるがゆえに、多目的に使用可能なのだ。
まどかはその様子をぼんやりと眺めていた。艦載機の配置が終わるまで、TA−25の出番はない。
「ティターンズって言っても、別に『Z』と関係あるわけでもなし……。ちょっと退屈ねぇ」
まどかの独り言に思わぬところから反応が返ってくる。
TA−25のサポートAI『コーチ』だ。
「ミス・マドカ。『Z』とは何ですか? 何かのプロジェクト名ですか?」
その真面目くさった科白に、まどかは苦笑する。
「まぁ、プロジェクト名には違いないけど……。『Zガンダム』って言ってね。そんなこと知らないわよね」
「申し訳ありません。本艦のデータベースには該当する単語が見当たりません。検索範囲を広げますか?」
「いいわよ、もう。それより、紅葉の作業は?」
「あと数分で終了予定です」
「それじゃあ、こっちも用意しておきましょう」
「了解。TA−23とニケへの通信回線を確保。各種センサーの感度を最大にします」
言わずと知れたことだが、TA−25は高速戦艦である。
高速戦艦という艦種は、艦隊の切り込み役としての役割を期待されているため、速力のみならず、通信索敵能力も群を抜いて優れている。その能力とTA−23の艦載機とを併用することで、効率よくデータを収集しようというのが、今回の調査にTA−23とTA−25が抜擢された理由のかなり大きな部分を占めていた。
「ミス・モミジ。艦載機250機の配置を予定通り完了。本艦とのデータリンクも準備できています」
「よぉし……。こちら、TA−23。聞こえてるか、エリクソンはん?」
「ああ、感度良好。よく聞こえているよ」
視界の隅に浮かぶエリクソンが明るく応答する。
「ほな、これから艦載機からのデータを送信するで」
「わかった。こちらも受信準備OKだよ」
エリクソンの返事を聞くと、紅葉はことさら大きな声を出した。
「送信開始!」
その合図とともに艦載機から送られてきた膨大なデータが、ニケ側のバッファメモリへと流れ込んでいく。
「コーチ、こっちも送信開始よ」
「了解」
TA−25からも周辺空域のデータがリアルタイムで送信される。TA−23からのデータと照合すれば、かなりの高精度で『ティターンズリング』のメカニズムを解明できるはずだ。
※
ニケのブリッジで、エリクソンは少し興奮していた。
次々に届くデータをフィルタにかけながら閲覧していくと、それだけでいろいろなことがわかった。幾つかの仮説を裏付けるものもあったし、また否定するものもあった。
「凄いですよ。クライフさん、見てください」
そう促されて、クライフはホロビューのひとつを覗き込んでみる。そこに踊る数列の意味するところはクライフには皆目見当もつかなかったが、その中に埋もれるように『ティターンズリング』の映像が浮かんでいることから、遺跡のデータであることはわかった。
「面白いですよ、実に。このリングの中には複数の質量体があって、リングの内部を高速で移動しているんです」
「円環加速器みたいなものか?」
「まぁ、そうですね。それが、この空域に存在する重力場の乱れの正体だったようです。あとは、その質量体の円運動が、どういう目的を持っているかですが、それは今後送信されてくるデータを検証する必要がありそうですね。ここで答えを出すのは難しいでしょう」
「なるほどね」
クライフは重々しく頷いた。
※
データ送信開始より、30分が経過。
『ティターンズリング』の周辺空域では、極めて平穏無事に時が流れていた。
「データ送信が始まってもうたら、ウチのやることはあれへんのやなぁ」
TA−23のコクピットで、紅葉がぼやく。
「そうですね。基本的に機械任せの作業ですから」
ADも短く同調する。
そのとき、突然まどかのおでこが紅葉の視界に割り込んできた。
「大変よ、紅葉!」
「どうしたんや? まどかちゃん」
「正体不明だけど、質量体が3つ、こちらに向かっているわ」
「なんやて? エリクソンはんには知らせたんか」
「もちろん。今、照会してもらってるところよ」
まどかが言い終えると、絶妙なタイミングでエリクソンのホロビューが表示される。
「照会してみたけど、この空域を航行する民間船舶はスケジュールにないんだ」
「船とは限らへんやろ?」
「いや、異常軌道を取っている小惑星などの天体なら、それこそデータベースで一発検索可能だ。何らかの人為的なものであることは間違いない」
エリクソンが少しばかり早口でまくし立てる。
「そうやとしたら……」
紅葉が言い終える前に、ADが報告してきた。
「ミス・モミジ。例の質量体を本艦の艦載センサーで捕捉しました。データを分析したところ、接近中の質量体の形状はNESSのドラーダ級標準戦艦に極めて近似していると推定されます」
その報告内容に3人は思わず顔を見合わせた。
※
「パパ。先客がいるとわかっているのに送り込むことはなかったのではありませんか?」
セイヴァーAのブリッジで、アロイスがいささか投げやりな口調でそう言う。
「ふふ、甘いな。オールドタイマーの遺跡だけでなく、TA−2系列艦のデータも収集できるとあれば、まさしく一石二鳥。それに『ファントム』の使い道なんて、そうそうあるもんじゃないぞ」
自信満々で言い切るマーカスに、アロイスは口を開きかけ、そして閉じる。
何を言っても無駄と悟ったようだ。
「やれやれ、『二兎を追うもの、一兎をも得ず』って諺なんか、知らないよね」
そう呟くと、アロイスは小さく溜息をついた。
※
「やはり、戦艦だな。間違いない」
コンソールに向かっていたクライフがきっぱりと断言する。
「しかし、ドラーダ級というのは厄介ですね」
女性管制官がそう言って、渋い顔になる。
「長年に渡って使用され、大量に生産されてきた艦種だけあって、無数の戦術バリエーションが存在していますから。WASCOのデータベースにアクセスしても、回答を得られるまでに相当時間がかかりますよ」
「それでも、とにかく検索してくれ。現状では、あまりにも情報が不足しているからな」
実戦慣れしているクライフがてきぱきと指示を出す。
「了解!」
よく通る女性管制官の声を聞きながら、クライフは背後へと向き直る。そして、エリクソンに歩み寄った。
「どうするつもりだ、エリクソン?」
「無論、一旦退くしかないでしょう。相手がどういう意志を持っているのか知りませんが、危険すぎます」
「……ふむ。確かに、危険ではあるな」
エリクソンの言葉に、クライフはあえて全面的な同意をしなかった。
「なんやて!?」
「退却しろ、ですって!?」
エリクソンから届いた通信にまどかと紅葉は納得しなかった。
「なんでや、そんなけったいな戦艦なんか、追っ払ったらええやないか!」
「そうよッ! こんなことでおめおめと退却してたんじゃ、洋子に何言われるかわかったもんじゃないわ!」
あまりの剣幕にたじろぎながらも、エリクソンは説得しようと努めてみる。
「しかし、仮に相手が攻撃の意志を持っていたとしても、これはWASCO管理下の戦闘じゃない。君たちが無理に戦う必要はないんだよ。それに万が一のことがあったら……」
「万が一て、何やねん。ウチらが死ぬっちゅうんか?」
「いや、それはあり得ない。バブルボードがあるからな」
エリクソンではなく、クライフが応える。
「相手が誰であろうと、この調査を邪魔する権利はないはずよ。それとも、そういう妨害行為に対して実力行使する権限が無いとでもいうの!?」
まどかの勢いに押されるかのように、エリクソンが呻く。
「いや、もちろん、自衛権の行使としての戦闘行為は認められている……」
「そやったら、躊躇うことはあれへんやんか!」
「そうよ! 反対する理由がないなら、存分にやらせてよ!」
「しかし……」
紅葉とまどかの主張にも決断し切れぬエリクソンだったが、思わぬ人物がまどかたちに賛意を示した。
「面白いではないか。まどかくんたちの思うようにやらせればいいのではないか?」
「クライフさん!?」
エリクソンが驚いたように振り返る。
まどかと紅葉も意外そうな表情を浮かべている。まさか、クライフが助け船を出してくれるとは思っていなかったからだ。
「確かに、リスクはある。だが、この『ティターンズリング』がTERRAの領内にあり、我々が正当な調査権を有している以上は、交戦もやむなしかもしれない。相手が戦艦であるということは、それが有人であれ、無人であれ、それなりの強い意志を持っていることは確実だ。戦艦2隻を擁しながら、ここで退くのは考え物かもしれないぞ、エリクソン」
クライフの言葉に、エリクソンも覚悟を決めた。
「そうですね。クライフさんの言うとおりです。私たちは私たちの権利を守らなきゃいけない……」
「そういうことだ」
「マドカさん、モミジさん、当初の依頼内容からは外れてしまうけど、当該空域に接近中の正体不明艦を撃退してくれますか?」
「もちろんよ!」
「当たり前やんか!」
そのやり取りに、ことの成り行きをじっと見守っていたニケの乗組員たちの間からは割れんばかりの歓声が沸き起こった。