STAR SHIP GIRL YAMAMOTO YOHKO / SIDE STORY

3-02:巨人の指輪


 トラムを降りると、そこは展望デッキになっていた。
 その場所で、二人は今回の調査の依頼者と対面した。
「まどかくん、紅葉くん。こちらが今回の依頼者である、エリクソンだ」
 クライフが紹介したのは長身の若い男だった。名前は英米系だが、髪の毛は黒く、風貌もどことなくアジア的だ。おそらく混血なのだろう。
 ――俳優に例えるなら、キアヌ・リーブスあたりやな。
 紅葉はそんなことを思った。
 年齢は20歳代半ば。どことなくローソンに近い雰囲気をたたえていた。
「初めまして。私はマイケル・エリクソンです。今回は、私の依頼を受けて下さり、ありがとうございます」
 深々と礼をするエリクソンを前にして、まどかたちも慌てて挨拶をする。
「こちらこそ。私は御堂まどかと申します。こちらが……」
「松明屋紅葉や。よろしゅう」
「ミドー・マドカさんに、カガリヤ・モミジさんですね。お噂はかねがね……」
 何も有名なのは洋子だけではない。まどかや紅葉もTERRAのトッププレイヤーの一員として、銀河系中にその名を知られていた。今では、知らない者の方が少ないくらいだ。
「ここで立ち話もなんだろう、エリクソン。場所を移さないか」
「そうですね、クライフさん。では、私のラボでお話ししますよ」
 エリクソンに案内されて、三人は再びトラムに乗り込んだ。

 エリクソンのラボは、殺風景という言葉がピッタリのシンプルな部屋だった。
 ラボ――研究室とは言いながらも、床面積は20世紀末における日本のファミリータイプのマンションなどとは比較にならないほど広い。研究設備と住居を兼ねているから、それは当然とも言えるのだが、まどかたちにはちょっとした驚きだった。そのラボの中にある応接間にまどかたちを案内すると、エリクソンは話をはじめた。
「単刀直入に言いますと、お二人にはオールドタイマーの遺跡のデータ収集に協力していただきたいんです」
「その遺跡って、どんなものなんですか?」
 まどかが訊ねた。
「我々は『ティターンズリング』と呼んでいるものです」
「てぃたーんずりんぐ?」
「ええ、ギリシア神話に登場する巨人神『タイタン』の名を取ってつけたものでして、これがその映像です」
 そう言うと、エリクソンは軽く弧を描くように右手を動かした。
 すると、エリクソンとまどかの間の空間にホロビューが浮かんだ。
 それは、漆黒の宇宙空間に漂う白い環状構造物の映像だった。
「このリングは、直径が100キロメートルを超える巨大なもので、さながら巨人の指輪のようだというところから『ティターンズリング』、つまり『タイタンの指輪』という意味の呼称が与えられているんです。この遺跡が発見されたのは27世紀の半ばですから、もう300年以上昔のことです」
「そんな昔に見つかった遺跡の調査を、なんで今頃になってせなあかんのや?」
 紅葉がもっともな疑問を口にする。
「実は、この遺跡の周辺空域は重力場が乱れていることで有名な場所で、発見当初は調査可能な船がなかったんです。正確に言えば、誰もそこに船を送りたがらなかった、ということです。で、その後、次々と発見されるオールドタイマーの遺跡の中に埋もれて、『ティターンズリング』は忘れられかけていたという具合なのです」
 そう説明するエリクソンに、まどかが首を傾げた。
「でも、なぜ今更? これから先も忘れていてもよさそうなものじゃない」
 まどかの科白に、エリクソンは微苦笑を浮かべてみせる。
「実は、最近になって行われた遺跡周辺空域の観測によって、面白いことがわかってきたんですよ。この空域の重力場の乱れがある規則性を持っていることがわかり、その中心に位置する『ティターンズリング』に、その原因があるのではないかと考えられ始めているのです。だとすると、このリングが一体どのような目的で建造されたのかという……」
「あ、わかりました。わかりましたから! とにかく、情報収集して今後の研究に活かしたい、ということですよね?」
 難しい話になりそうだと直感したまどかが、慌ててエリクソンの話を遮る。
 だが、そのことに対してエリクソンは鈍感だったようだ。
「そうなんです。早速、『ティターンズリング』に向かいましょう。ちゃんと、パドック艦も手配しているんですよ」
 エリクソンはそう言って立ち上がると、遊園地にでも行くかのような足取りで、ラボの出入口へと進む。
「まったく、子供みたいね……」
 まどかは呆れ気味に呟いたが、その言葉も彼の耳には入っていなかった。
「さぁ、行きましょう!」
 エリクソンは自動ドアを開けると、嬉しそうに三人を手招きした。

 トラムに乗ること5分で目指すパドック艦の鎮座するドックに着くと、既にパドック艦の発艦準備は終わっていた。
 まどか、紅葉、エリクソン、クライフの4人の搭乗後、ただちにパドック艦『ニケ』はドックを離床。静かに『キャラウェイ』を後にした。
 古代ギリシアにおける勝利の女神の名を冠する『ニケ』は、タイラント艦隊所属のパドック艦である。あの『エスタナトレーヒ』の同系艦にあたるが、戦艦を搭載し、分艦隊として運用されているわけではない。『キャラウェイ』にモスボールしている戦艦を緊急時に展開するために準備されている予備役のパドック艦であり、宇宙に出ることは年に一回の動作確認試験くらいなものだ。それでも、入念に整備されているので、航行には何ら支障ない。
 長距離サーフィングを終えると、そこは目指す『ティターンズリング』まで残り幾ばくもない空域だった。
 慣性制御フィールドに包まれているので体感することは出来ないが、既にこの空域の重力場は緩やかに波打っているはずだった。
「そろそろ、準備をお願いします。クライフさん、二人をドックに案内してあげてください」
「わかった」
 エリクソンに軽い頷きを返すと、クライフはまどかと紅葉を連れてブリッジを出ていった。

『ニケ』のドックでは着々と発艦シーケンスが進行していた。
「マドカさん、モミジさん、準備はいいですか?」
 女性管制官が訊ねる。
「OKです」
「バッチリやで」
 バブルボードの中から、応える二人。
「では、これよりドックのハッチを開きます」
 聞き慣れたデリングハウスではない、柔らかな物腰の女性の声を聞きながら、まどかと紅葉はこれが普段とは違う任務であることに改めて気付かされていた。
 否応なく、緊張感が高まってゆく。
 そんな中、コクピットの片隅に小さなホロビューが浮かび上がる。
 エリクソンだ。
「そんなに緊張しなくてもいいんですよ。遺跡にある程度接近して、データを収集するだけの簡単な作業なんですから」
「え? あ、そうですよね……」
 どうやら知らず知らずのうちに顔が強ばっていたらしい。
 まどかは深呼吸して、気分を落ち着かせる。
「はは、普段とちゃうだけで、結構あがってしまうもんやなぁ」
 紅葉が照れたように話しかけてくる。
 その声に、まどかは妙にホッとするものを感じた。
「確かに。でも、しっかりやりましょ。紅葉」
「そやな」
「ハッチ開放しました」
 管制官が報告する声と同時に、TA−23とTA−25がゆっくりとパドック艦の外へ押し出されていく。そして、そのまま発進。
 2隻の戦艦は『ティターンズリング』へ向かって一直線に加速していった。

※※※

 ――時系列を少し遡る。
 TERRAのパドック艦『ニケ』がサーフアウトする直前、それとは反対の方角から『ティターンズリング』へと向かう1隻のパドック艦があった。
 その名は、『セイヴァーA』。
 今や、全宇宙の注目を集める新興勢力『noyss』が擁する馬蹄形の小型パドック艦である。
 既に旧式化したTERRAのパドック艦を改修したもので、戦艦を内部にではなく、外部に曝露した状態で運搬するようになっている。当然、その運用には制限がつきまとうが、バブルボード搭載艦の運用能力を持っているので、現在でも台所事情の厳しいTERRAの一部の分艦隊では使用が続けられている。
 そんなセイヴァーAの一室で、アロイス・フィンレイは父親のマーカス・フィンレイと向き合っていた。
「パパ。止めましょうよ、こんなことは。まるっきり犯罪行為ですよ」
「何を言ってるんだ、アロイス。私が過去にしてきたことを思えば、こんなことは大したことじゃない。noyssの勢力拡大のためにも話題作りは必要だし、上手く行けばオールドタイマーの遺跡から何らかの技術的フィードバックを得られるかもしれないだろう?」
「話題作り、って、リヴァイアサンやグラディエーターだけじゃダメなんですか?」
「当たり前だ」
 平然と言い切るマーカスに、アロイスは懸命の反論を試みる。
「だとしても、今回のような、博打みたいなやり方は危険すぎます。せっかく、WASCOに認められたのに……」
 アロイスの言葉を遮って、マーカスが口を開く。
「そうは言うがな、アロイス。そもそも、このnoyss自体が一種の博打みたいなものなんだよ」
 そう言うマーカスの口調には、有無を言わせぬ強さがあった。
 アロイスは唇を噛んで黙り込む。
「わかったなら、発進準備を手伝って来なさい」
「……わかりました、提督」
 不承不承頷くと、アロイスはマーカスに背を向けた。
 そして、一言付け加える。
「だけど、僕はパパの行き方に全面的に賛成している訳じゃない。そのことは覚えていてくださいよ!」
 叩きつけるように言い捨て、アロイスは部屋を出ていった。
 珍しいアロイスの激情。
 それでも、マーカスの表情は変わらない。
 だが、彼の心中は決して穏やかではなかった。
「やはり、駄目なのか……。アロイスには、わかってもらえそうにないな。ロゼ……」
 かつて、苦楽をともにした最愛のパートナーの名前を呟いてみる。
 卓上に置かれた写真の女性を見つめる。
 変わらぬ笑顔。
 それは、かつてマーカスが失い、そして二度と得ることのできなかった輝きだった。

「何やら忙しないわね」
 警報が響く艦内のロビーでシルヴィーが顔を上げた。その手に握られたホロペーパーにはnoyssに所属する打撃戦艦スティングレイのデータが踊っている。
「知るかよ。オレたちには知らされてねぇことだからな」
 手にした雑誌から視線を外すことなく、テンツァーがぼやく。
 警報音に混じって、アナウンスが流れる。
 それは、『ファントム』という名前の戦艦が発進するということを告げていた。
「聞かない名前ね」
「どうせ、あのくそ親父がどこかから調達してきたんだろ? よくやるぜ、全く」
 それは単なる当て推量に過ぎなかったが、事実、テンツァーの言うとおりだった。
「ファントム――亡霊――か……」
 シルヴィーは声に出して呟いてみる。
 マーカスが何かロクでもないことをしようとしているのは容易く推測できたが、それ以上のことは彼女にも想像できなかった。
 まさか、無人戦艦を使ってオールドタイマーの遺跡調査を強行しようとしているなど、シルヴィーには思いもよらぬことだったのである。


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