STAR SHIP GIRL YAMAMOTO YOHKO / SIDE STORY

3-01:降下


 先般の対noyss戦において大破したTA−23とTA−25は、タイラント艦隊司令部『キャラウェイ』でのオーバーホールを完了し、再び宇宙を駆ける時を待っていた。
 だが、試作戦艦TA−29Rを収容しているパドック艦『エスタナトレーヒ』には、まだこの2艦を迎え入れる余裕がなかった。そこで、洋子たちも参加するフェイズ2艦隊とのテスト戦が終わり次第、TA−29Rを『キャラウェイ』のドックに収容し、それと入れ替わりにTA−23とTA−25を受領する予定になっていた。それまでは、2隻の戦艦はゆっくりと羽を休めるはずだった……。

「TA−23とTA−25を使いたい?」
 広大な『キャラウェイ』の一角にある応接室で、ゼナ・リオン提督は首を傾げた。
 だが、話し相手の男にはリオン提督の態度を気に留めるような気配はない。構うことなく話を続ける。
「そうです。それも、プレイヤーごとです。せっかくのチャンスなんです。ぜひ、あの2隻をお貸しいただきたい」
「お話はわかりますけれど、なぜ戦艦である必要があるのです? 他の調査船は?」
「提督も、アレの周辺空域の状況はご存知のはずです。はっきり言って、普通の船では役不足なんですよ。しかし、苛烈な戦闘にも耐えうるように設計された戦艦ならば問題ないのです。それに、TA−23とTA−25の性能は今回の調査にうってつけだと思いませんか」
「まぁ、確かに……」
 言い淀むリオン提督に対し、若い男は更に畳みかける。
「それに『オールドタイマー』の遺跡に関する調査は、TERRAにとっても重要な案件です。ぜひ、ご協力いただきたいのです!」
「いいじゃないですか、リオン提督。まどかくんと紅葉くんならば、問題ないですよ」
 後ろに控えていたカーティス・ローソンが脳天気な調子で、そう口添えした。そもそも今回の話を持ってきたのは他でもないローソンなのだ。
 リオン提督は深い溜息をつくと、諦めたようにかぶりを振った。
「わかりました。お貸ししましょう。ただし、プレイヤーが拒否したら、この話はなかったことにしてもらいますよ」
「承知しました。ありがとうございます、提督。このご恩は忘れません!」
 若い男は感極まったような声をあげたが、リオン提督の表情は晴れなかった。
「やれやれ……」
 リオン提督は誰にも聞こえぬくらい小さな声でそう呟くと、小さく溜息をついてこめかみを押さえた。

 それから一時間後。『キャラウェイ』上空に停泊するエスタナトレーヒのブリッジで、リオン提督はまどかと紅葉の二人と向き合っていた。
「いきなりで申し訳ないのだけれど、二人にはこれから『キャラウェイ』に降りてもらいます」
「どういうことですか?」
 リオン提督の言葉に、まどかが怪訝そうな表情を浮かべる。
「実は、至急あなたたちに担当してもらいたい任務ができたの。戦艦で『オールドタイマー』の遺跡調査に協力してもらいたいという依頼が来ていてね。要するに、アクアリウムで行った調査みたいなものと思えばいいわ。無論、断る権利もあるけれど?」
「面白そうやんか。ウチ、興味あるなぁ」
 リオン提督の説明に、紅葉が積極的な姿勢をみせる。
「紅葉だけに行かせるわけにいかないでしょ」
 まどかがそう言うと、リオン提督はホッとしたような顔になる。
「じゃあ、お願いするわ。これからエスタナトレーヒは出港しなきゃいけなから、依頼者の指示で動いてちょうだいね」
「そんな! ウチら、『キャラウェイ』には詳しくないんやけど」
 てっきりエスタナトレーヒのサポートを受けられると思っていた紅葉が、少しばかり不安げな表情を見せる。
「大丈夫。クライフを随伴につけるわ。二人だけで降りろとは言わないわよ」
「そやかて……」
 何か言おうとした紅葉を遮るようにローソンが口を開いた。
「頼むよ、紅葉くん、まどかくん。僕の友人のたっての希望でね。ぜひ協力してやってくれないか?」
 ローソンの嘆願に、紅葉は言いかけた言葉を呑み込んだ。
「……しゃあないなぁ、協力したろうやないの」
「ありがとう、紅葉くん!」
 ローソンの率直な謝辞に、思わず頬を染めて俯いてしまう紅葉であった。

 タイラント艦隊司令部『キャラウェイ』は、『オールドタイマー』の遺跡を参考にして、人類が建造したダイソン球殻天体である。正確には、ダイソン球殻天体の試作型、と呼ぶべきなのかもしれない。
 そもそもダイソン球殻天体とは、外部に電波を放射しない高度な技術文明の形態が存在しうることを示すために提唱されたモデルであった。提唱者の名を取って、ダイソン球殻天体(ダイソン・スフィア)と呼ばれている。
 ダイソン球殻天体の要点を簡潔に言うならば、恒星系を人工の球殻ですっぽりと覆ってしまい、恒星から放射される莫大なエネルギーを100パーセント完全利用する――ということになる。このモデルが提唱された20世紀の人類にとっては、あくまでも思考の産物としての域を出なかったダイソン球殻天体だったが、かつて銀河系島宇宙に存在した超文明『オールドタイマー』は、その圧倒的な技術力によって、既に幾つものダイソン球殻天体を現実のものとしていた。
 フリーマン・ダイソンの着想が決して非現実的なものではなかったことは、彼の死から約300年後になって証明されることになったのである。
 これまでに複数の『オールドタイマー』によるダイソン球殻天体が発見されている。その中には、TERRA連合艦隊司令部『シルフィウム』の例のように、人類がそのまま借用しているものさえある。
 人類が建造している『キャラウェイ』の規模は、それら『オールドタイマー』由来のダイソン球殻天体には遠く及ばない。せいぜい惑星の表面を覆うがやっとで、それも全体ではなく一部分に限られている。しかも、建設開始から100年以上経過しているにもかかわらず、未だに完成の目処がついていないのである。人類が独力で真の意味でのダイソン球殻天体を建造できるようになるまでには、おそらく気が遠くなるような歳月を積み重ねなくてはならないのだろう。
 その『キャラウェイ』へと降下する軌道エレベーター――といっても、エスタナトレーヒのブリーフィングルームよりも広いのだが――の窓から何気なく外を眺めた紅葉は、外に広がる光景に思わず息を飲んだ。そして、隣に座るまどかを肘でつつく。
「どうしたの? 紅葉」
「見てみぃや、まどかちゃん」
 紅葉に促されて窓の外へ視線を向けたまどかは、目の当たりにした光景に口を閉じるのをしばらく忘れた。
「空に、陸地が……!?」
 やっとの思いで絞り出すようにそれだけ言って、また黙り込む。
 その様子を見ていたクライフがおもむろに口を開く。
「あれが『キャラウェイ』だ」
「あれが……」
「そうだ。これまではこうやって降りることがなかったから、外から見るのは初めてになるかな」
「うん。そやけど、あないにごついもん、どうやって作るんやろ」
「簡単に言えば、惑星を取り囲むようにオービタル・リング・システムを建設し、いわばORSによる籠を作ってしまう。具体的には、『スターケージ』を思い浮かべるといいだろうな。ここからも、あちこちに細長いラインが見えるだろう?」
「あ、本当だ」
「そのラインの交点上に人工地殻を建設し、艦隊司令部として機能させている。それが『キャラウェイ』なんだ。まぁ、人工地殻はモジュール化されているから、編み籠の表面にパネルを貼り付けるようなものだと考えればいいだろう。ドック機能を有する地殻モジュールの場合だと、パドック艦を収容するドックがひとつのモジュールに10箇所ある。つまり、10隻のパドック艦を収容できるという計算になる」
「へぇ〜」
 まどかはそう感嘆してみせたが、よく考えてみるとこれはもの凄いことである。パドック艦の全長は軽く10キロメートルを超える。それを10隻収容するためには、どれだけのスペースを確保しなければならないか。全くもって、気の遠くなる話である。
「ちなみに、今もまだ『キャラウェイ』は建設途中だ。その証拠に、人工地殻のあちこちに隙間があいているだろう」
「ほんまやな。それに、むしろ覆ってへんところの方が多いんとちゃう?」
 紅葉が辺りを見回しながら呟く。
「その通りだ。実は、赤道部の上空にしか人工地殻は建設されていない。もっとも、それで十分に機能を果たしているから、実際上の問題はないのだがね」
 クライフがそう言うと同時に、エレベーターの周囲から景色が消えた。
「もうすぐ、居住区画に着くな」
 クライフの言葉を待っていたかのように、エレベーターは速度を落とし始める。それは体で感じることが出来るくらい、はっきりとしたものだった。
 たっぷりと長い時間をかけて減速を行ったエレベーターが完全に停止すると、まどかたちの目の前で重い金属製の扉が開いた。
 その四重の気密扉を抜けると、一台のトラムが待っていた。
 クライフは無言で右手をドア横のパネルに押し当てる。
《エスタナトレーヒ分艦隊のマーチン・クライフ副官ですね。ID識別完了しました》
 無機的なAIの声がガランとしたホールに響き、音もなくトラムのドアが開いた。
「さぁ、乗りたまえ」
 クライフはまどかと紅葉を先にトラムに乗せ、自身は最後に乗り込んだ。
「ところで、クライフさん」
 動き出したトラムの中で、まどかがそう切り出した。
「なんだね」
「あたしたちは、いったい何の調査をするために呼ばれたんですか? 依頼者が誰だとか、詳しいことを何も聞かされていないんですけど?」
 その言葉に、隣に座っていた紅葉も首肯する。
「ふむ」
 そう言ってクライフはおとがいに手をやった。
「まぁ、直にわかる。もう少しお楽しみにとっておいてもいいと思うが」
 顔色ひとつ変えずにそう言うクライフを見て、まどかは紅葉に耳打ちした。
「ねぇ、ローソンが伝染ったんじゃないのかしらね?」
「……かもしれへんな」
 そう言いつつ、紅葉はトラムの外を流れる風景に視線をやった。


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