STAR SHIP GIRL YAMAMOTO YOHKO / SIDE STORY

2-05:激闘!秒速バトル


>YOHKO
「TA−29Rがサーフィングし、サンフィッシュに対して奇襲攻撃を仕掛けました。サンフィッシュは戦闘不能です」
 淡々としたアソビン教授の報告に、あたしは驚いた。本当にね。
「何ですって!?」
 と、思わず聞き返してしまったほどだ。
「TA−29Rは戦闘開始時刻と同時に短距離サーフィングを行い、サンフィッシュに接敵。戦闘開始から約5秒後にはサンフィッシュの戦闘力を奪い、これを戦線離脱させることに成功。現在、サンフィッシュはパドック艦へ帰投中です」
 思わぬ展開に、さすがのあたしもしばらく――と言っても、ほんの一瞬だけどね――は、口が利けなかったぞ。
 だけど、その戦法はとても面白いと思ったし、すぐに自分でも試してみたいという気持ちの方が驚きよりも大きくなった。
「そうか! その手があったのね!」
 あたしは、自分でも気付かないうちに、声に出して叫んでいたらしい。
「あの、まさか、サーフィングをするおつもりですか?」
 アソビン教授がおそるおそる訊いてくる。
「当たり前じゃない! 目標は、アーチャーフィッシュ。探知妨害がないんだから、別に問題ないわよね」
「……はい。ただちにサーフィングシステムを起動します」
 アソビン教授があたしの言いたいことを理解するにはそれで充分だったみたい。
 コックピットのホロビュー上にサーフィング先の座標が表示され、そのイメージが浮かび上がる。それは、アーチャーフィッシュ近傍のある一点だった。
 ……さすが、ダテにあたしのサポートAIやってない。
「これより、サーフィング開始します」
 すぐさま、目の前の空間がグニャリと歪み、渦の中に落ち込むような錯覚に襲われる。
 だけど、それもほんの一瞬の出来事。
 気が付いたときには、目の前にアーチャーフィッシュの艦影がクッキリと見えていた。
「準備、いいわよね?」
「はい。全武装、発射可能状態です」
 アソビン教授の頼もしい返事を聞いて、あたしはスティックを握る手に力を込めた。

>SYSAD
 突如として目の前に出現したTA−29の姿に、集は肝を潰した。
「なッ! 山本洋子!?」
 集はサンフィッシュを強襲したTA−29Rに気を取られて、洋子のことをすっかり失念してしまっていたのだ。
 サーフアウトを終えたTA−29は、集の乗るアーチャーフィッシュ目掛けて、フルスロットルで加速してきた。
 護衛につくはずのバタフライフィッシュは、その機動に対応できなかった。
 水準以上にバタフライフィッシュの足が遅すぎるからだが、かといって迂闊に攻撃すれば、アーチャーフィッシュにも当たりかねない。
「集さんッ!」
 バタフライフィッシュに乗る光には、そう叫んで注意を促すのが精一杯だった。

>YOHKO
 あたしは、TA−29をアーチャーフィッシュとバタフライフィッシュとを結ぶ直線上に滑り込ませた。
 そうすれば、バタフライフィッシュの攻撃を封じることができると同時に、アーチャーフィッシュの攻撃をも抑え込むことができると踏んだからなんだけど、その読みは大当たりだったみたい。
 バタフライフィッシュは、ヴェイパーシールドに包んだ槍を高速射出する『ファランクス』という攻撃手段を持っている。そして、アーチャーフィッシュは、敵艦の射程外から狙撃可能な大出力インパルス砲『R−4300/DD』を装備している。
 そのどちらも近距離で使うには威力が大きすぎる武器だ。
 要するに、下手をすれば、近くにいる味方の艦を巻き込む危険性があるというわけ。
 しょっちゅう弓矢を振り回している集でも、さすがに同士討ちする趣味はないと見えて、あたしが真正面にいるのにかかわらず自慢のR−4300/DDを撃ってこない。
「だから、甘いっての!」
 あたしはエヴァブラックの照準を正面のアーチャーフィッシュに定めた。

>SYSAD
「くっ、これでは撃てませんわ……」
 コックピットの中で、集は苦々しげにそう呟いた。
 今、R−4300/DDを撃てば、TA−29を沈められる可能性は大きい。
 だが、距離が近すぎるために、貫通したプラズマ弾が間違いなく背後のバタフライフィッシュに当たる。もし、避けられたりしようものなら、事態はもっと酷いことになる。敵を倒すために味方を巻き添えにするような真似だけはしたくなかった。
 集が逡巡している間にも、TA−29は急速に間合いを詰め、アーチャーフィッシュを完全に捕捉していた。
 アーチャーフィッシュのコックピットにけたたましい警報音が満ちる。その警報音に押されるように、集はトリガーに指をかけた。
 が、それより早くTA−29のエヴァブラックが火を噴く。
 TA−29から放たれたプラズマ弾は、アーチャーフィッシュの艦首――R−4300/DDの基部――に吸い込まれるように命中した。
「インパルス砲の着弾により、主砲のエネルギー伝導システムに致命的な障害が発生しました。現在、主砲は使用不能です」
 サポートAIの無感情な声に、集は慌てた。
「そんな! 自己修復システムはどうなっているんですの!?」
「作動中ですが、自己修復システムのみでは対応不能。敵のインパルス砲は専用相転移炉のリロードシステムを直撃しています。これはパドック艦でなければ、復旧できません」
「そ、そんな……」
 それは事実上の戦闘不能宣告だった。
 R−4300/DDを撃たずに、TA−29と互角に渡り合うことなど不可能だ。アーチャーフィッシュがそのように作られていないことは、乗っている集自身が一番よくわかっていた。
 愕然とする集をよそに、TA−29はゆうゆうとアーチャーフィッシュの真横を通り抜けていった。

>YOHKO
 取り敢えず、これで集は大人しくなったわね。
 残るは、翼と光か……。
 そんなことを考えていると、バブルボードの中に独特の訛が飛び込んできた。
「わちは、こんなとこで、おめおめと負けるわけにはいかんちゃ!」
 わざわざ非暗号化通信を使って、そんなことを怒鳴り込んできたのは、誰あろう、クロウフィッシュに乗っている翼だ。
 やれやれ、そんなこと言っている暇があるなら、インパルス砲の一発でも撃てばいいのに。
「あんたの相手は、あたしじゃないでしょうが!」
 あたしが怒鳴り返すのと機を同じくして、アソビン教授が冷静な口調で報告してくる。
「右舷前方に空間動揺を検出。戦艦クラスの質量がサーフアウトしてきます」
 綾乃だ!
 あたしは、そう直感した。
 ホロビューを見やると、何もない空間からイタリアンレッドの戦艦が飛び出してくるところだった。
「鳳家の!?」
 翼が幾分上擦った声で叫ぶのも無理はない。
 いや、何というか、ホントに、シュールというか、ぶっ飛んだ光景だわ……。

>SYSAD
 サーフアウトしてきたTA−27に乗る綾乃の表情からは、いつものにこやかな笑みは消えていた。
「行きますよ。翼さん……」
 綾乃は素早くスロットルを叩き込んでクロウフィッシュとの間合いを詰める。
「お師匠様、1番と2番の重力アンカーを射出!」
「了解」
 TA−27の前方から2基の重力アンカーが勢いよく射出され、クロウフィッシュへと迫る。
 いつもなら、ここで重力子が目標を引きつけるところなのだが、今日は違った。
「重力アンカー、最大出力で斥力場を展開!」
 綾乃の叫びに呼応するかのように、クロウフィッシュは見えない力に弾き飛ばされ、姿勢を崩す。
「なッ、どういうことちゃ!?」
 完全に虚をつかれた格好になった翼がそう叫ぶ。
 開きっぱなしになっていたマルチ回線を通じて、綾乃が答える。
「こういうことです、翼さん! 3番、4番アンカーを射出!」
 さっきとは別の2基の重力アンカーが繰り出される。
 今度は、強烈な重力場がクロウフィッシュを襲う。
 斥力場と重力場とのはざまで、クロウフィッシュは激しく翻弄された。例えば、右肩を前から押され、左肩を後ろから押されると、身体は回転してしまうが、それに似た状況に置かれたのである。
 クロウフィッシュはたちまち回転を始め、その速度を徐々に、そして確実に速めていった。
 それくらいのことでは戦艦そのものはびくともしないが、乗っている人間はたまらない。
 たしかに、プレイヤーはバブルボードで守られてはいる。しかし、艦のセンサー系からもたらされる情報は思考制御システムを通じてプレイヤーの脳にフィードバックされるのである。たちまち、翼は乗り物酔いのような症状を覚え、頭がフラフラし始めた。こればかりは、バブルボードではどうにもならない。内部の時間を相対的に遅めるという手段もあるにはあるのだが、そんな補正でどうにかなるレベルはとうに超えていた。
「め、目が回るちゃ〜〜」
 コックピットで呻く翼のことを知ってか知らずか、綾乃は次の行動に移る。
「行きます。鳳旋渦!」
 綾乃は、重力アンカーの出力を微妙に調整しつつ、高速回転するクロウフィッシュをバタフライフィッシュ目掛けて投げつけたのだ。
「ええっ!?」
 光は思わぬ事態に目を丸くした。
 鈍足のバタフライフィッシュには、とても回避できるような余裕はない。
 となると、取れる行動は限られてくる。
「ヴェイパーシールド展開!」
 たちまち、バタフライフィッシュの周囲にコバルトブルーの輝きが満ちる。
 TA−25のように全周囲を覆うものではないが、その輝きは紛れもなくヴェイパーシールドだ。
 そのヴェイパーシールドの表面に錐揉み状態のクロウフィッシュが突き刺さる。勢いよく、などという生易しいものではない。凄まじいばかりの運動エネルギーが開放され、クロウフィッシュの前半分は激しく損壊。2基の重力アンカーも完全に破壊されてしまっていた。
 バタフライフィッシュはというと、猛烈な過負荷でフィールドジェネレーターが緊急停止し、衝突の反動で後方に吹き飛ばされた。
 その隙を待っていたかのごとく、オレンジ色の閃光がバタフライフィッシュに殺到する。
「きゃあっ!!」
 無数のプラズマ弾が着弾し、バタフライフィッシュの唯一の武装と言ってもいい『ファランクス』が根こそぎもぎ取られ、周囲の空間に散乱する。
 プラズマ弾が飛んできた方向を仰ぎ見た光の目に映ったのは、青と白に塗り分けられた戦艦の姿だった。

>YOHKO
 あたしは一瞬の隙を突いてバタフライフィッシュに高速連射モードでエヴァブラックを叩き込んだ。
「よぉし。これで終わりね!」
「はい。フェイズ2艦隊、全艦戦闘不能。TERRA側の勝利が確定しました」
 アソビン教授の型通りの報告は聞き慣れているものだったけど、ちょっと呆気なかったかな、今回の戦闘は。
 ホロビューの表示を見ても、まだ1分も経ってないもの。
「ま、実力からして、当然の結果かしら?」
 あたしはあえて非暗号化マルチ回線を開いたまま呟いてみた。
「イヤミですわね。相変わらず」
 そう言ってきたのは、集だ。
「あら、聞こえた?」
「自分から流しておいて、白々しいですわよ……。そんなことより、次は必ずやお兄さまの仇を討って差し上げますから、そのおつもりで!」
 それだけ言うと、集はさっさと通信を切ってしまった。
 ホロビュー上で、アーチャーフィッシュが回頭していくのが見えた。
「洋子さんも、人が悪いですよ」
 綾乃の顔が視界の隅に浮かぶ。
「へへへ、いーじゃないの。あたしは逆恨みされてンのよ?」
 あたしがそう応えると、綾乃は少し苦笑してみせた。
 たしかに、あたしってばちょっとイヂワルかもね(笑)。ま、わざとだし。
 そういえば、誠はどうなったんだろ?
「TA−29Rはどうしてるの?」
「既に、エスタナトレーヒへ向けて帰投中です」
「帰投中?」
「はい、……TA−29Rより超光速通信が入ります」
 アソビン教授がそう言うやいなや、誠の顔が視界の隅っこにカットインしてくる。
「やぁ! なかなか面白いテだっただろ?」
「まぁね。結構エキサイティングだったわ。さすが忍者ってとこかしら?」
「そういう訳でもないけど。せっかく超光速機関がついているんだから、使わないと勿体ないかなと思ってね」
「……貧乏性ねェ」
「そんなふうに言わないでくれよ。使えるものは利用する。それが忍びの行き方なんだからさ」
「ふぅん……」
 何はともあれ、勝ったからよしとしてあげましょうか。


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