STAR SHIP GIRL YAMAMOTO YOHKO / SIDE STORY

2-04:超光速の奇襲


>YOHKO
 くどいようだけど、今回の戦闘はTA−29Rのテスト戦だ。
 誠の乗るTA−29RはあたしのTA−29をベースにした戦艦で、次期標準戦艦の試作艦だ。何でもTA−29と同等の火力を持ち、TA−29よりも機動性と加速性能において優れているらしい。
 あたしたちはあまり詳しい説明を受けていないのだけど、どうやら新技術が盛り込まれているとかで、WASCOの主導でテスト戦を行うことになったというわけだ。
 指定戦闘空域は、太陽型恒星と2、3のガス惑星以外には特に見るもののない、銀河系島宇宙辺境に位置する無人の恒星系だ。まだ、ろくに学術調査も行われていないって、ローソンは言っていた。わかっているのは、惑星の数とサイズくらいなものらしい。
 この、数字とアルファベットの羅列で識別される星系全体が、あたしたちの戦場になる!
 星系全体よ! 全体!!
 差し渡し40天文単位の広大な領域全てがバトルフィールドだっていうんだから、もう燃えないわけにはいかないわよね。
 ところが、世の中にはこのノリがわからない人間の何と多いことか。
 対戦相手のフェイズ2チームときたら、小惑星の多いアステロイドベルトに陣取って、フォーメーションを整えている。要するに、例えは古いけど、いわゆる『待ちガイル』ってヤツだ。
 木葉が探知妨害をかけ、集が長距離狙撃を担当する。光は集のガード。近寄っていったら、翼と光、木葉が仕掛けてくる。そんな見え見えの構えだけど、まぁそれなりに有効な戦法には違いない。
 もちろん、そのことが直接確認できるような距離じゃない。あたちたちと集たちとは、相当遠く離れている。艦の長距離センサーで何とか捉えられるギリギリの距離だ。
「戦闘開始まで、あと40秒です」
 アソビン教授の報告を聞きながら、何気なく手元に浮かぶホロビューに目をやったあたしは、TA−29Rが大きく遅れていることに気が付いた。
「ちょっと、誠! 何をちんたらやってんのよ!」
 あたしが怒鳴ると、小さなホロビューが開いた。誠だ。
「気にしないで、先に行ってて構わないよ。すぐに追いつくからさ」
 そう言うと、誠は勝手に通信を切ってしまった。あたしが幾らコールしても、ダンマリを決め込んで返信を寄越してこない。
 ったく、何を考えているんだか。

>SYSAD
「ちょっと、ローソン。誠くんが遅れているわよ」
 エスタナトレーヒのブリッジで、リオン提督は怪訝そうな表情を見せた。
 だが、ローソンは飄々とした態度を崩さず、ただニヤニヤと笑みを浮かべるだけ。
「まぁ、誠くんなりの考えがあるんでしょう」
 そう答えた言葉の中にも、どこかしら空々しい調子が混じる。
「何か聞いているわね?」
「いや、『男の約束』ですからね。そう簡単に教えるわけにはいきませんよ。それに、もうすぐわかりますから」
 ローソンはそう勿体を付けて、リオン提督をはぐらかした。
 ――やれやれ、ローソンの悪い癖ね。
 リオン提督は溜息をつきながら、右のこめかみを押さえた。

「ミスター・マコト。もう少し速度を上げた方がいいのではありませんか?」
 TA−29RのサポートAIが、そう進言する。
「いや、これでいいんだ。どうせ最大加速でも、戦闘開始から接触までには時間がかかってしまうしね。ところで、『正宗』。僕はこれからこういう作戦を取ろうと思っているんだけど……」
 誠から切り出された話の内容を聞いて、『正宗』と名付けられたサポートAIは狼狽したような態度をとってみせた。
「危険です。リスクが大きすぎます」
「具体的には?」
「そのような作戦では、非常に高度な操艦技術が要求されます。それに、艦体への負担も懸念材料です。そこまでの過負荷に対する安全テストは行われていません。何より、システムの確率論的な――」
「僕の操艦技術じゃ、ダメかな?」
「ダメとは申しませんが……」
「だったら、いいだろう? それに、艦体への負担なんか、大した問題じゃない。過負荷をかけてみてこそ、実戦に耐えうるかどうかわかるというものだし、この艦はそれほど柔な艦じゃないよ。ローソンさんも問題ないと言っていたしね」
 ローソンの名前を持ち出されては、正宗も説得を諦めざるを得ない。
「わかりました。では、どのような段取りで行いますか」
「うん、そうだな……」
 誠はホロビューの隅でカウントダウンされる数字を一瞥した。
 ――あと、30秒、か。
「よし、戦闘開始5秒前にはサーフィングシステムを起動して、戦闘開始と同時に短距離サーフィングをする! 目標地点は、さっき言った通りだ」
「了解」

 洋子たちから遠く離れた宇宙空間に、異形の4隻の戦艦が浮かんでいた。
 NESSの『プロジェクトR/フェイズ2』によって建造された戦艦で、フィッシュシリーズと呼ばれている。
 超遠距離射撃に特化した『アーチャーフィッシュ』。
 既知宇宙で2番目の格闘戦艦『クロウフィッシュ』。
 防御面に特化した『バタフライフィッシュ』。
 空母としての機能を追求した『サンフィッシュ』。
 それぞれが、TERRAのTA−2系列艦を強く意識して設計されており、特定の能力ではTA−2系列艦を凌駕している部分もある。だが、あくまでも実験的な色彩の強い戦艦群であり、いろいろと課題を残してもいる。
「今日は、まどか先輩はエントリーしてないんですよね」
 ミノカサゴのフォルムを模したバタフライフィッシュのプレイヤー、雉波田光は心底残念そうに呟いた。
 TA−25に乗る御堂まどかに憧れて器械体操を始め、そして宇宙戦争を始めたという光だけに、まどかの出ない戦闘というのは張り合いに欠けるものなのだろう。
 それは、マンボウ型空母のサンフィッシュに乗る鷲尾木葉も同じのようだ。
「紅葉姉ちゃんの出えへん戦闘かぁ。なんや張り合いがあらへんなぁ……」
 そう呟いて、木葉は退屈そうに目を瞑った。
 ライバルを欠いて意気の上がらない二人とは対照的に、高取集と紅鵬院翼は燃えていた。
「今日こそ山本洋子を討ち取り、お兄さまの仇を取って差し上げますわ。待っていてくださいましね、お兄さま」
 テッポウウオ型戦艦のアーチャーフィッシュに搭乗する集は宇宙に向かってそう呟き、早くも自分の世界に浸る。彼女は、ゲームで洋子に負けっぱなしの兄・究を慕うがあまり、洋子を逆恨みしている。要するに、ブラコンである。
 そんな集の様子を横目で見ながら、ザリガニそのままの形をした格闘戦艦クロウフィッシュに乗り込んでいる翼も拳を握りしめた。
「今日こそ、このマッカチンで鳳家の娘を倒してやるっちゃ! そして、紅鵬院再興への輝かしい一歩を刻むちゃ!」
「戦闘開始まで、あと10秒です」
 サポートAIが無機的に報告してくる。
「そろそろ、準備をしないといけませんね」
 光はそう言ったが、武器の使用や探知妨害等の行為は戦闘開始時刻まで許可されないため、できることといえば敵に近づくことくらいである。だが、集たちは『待ち』の態勢を取っているため、することは何もない。
「あと5秒です」
 無機的な音声だけが、バブルボードに響いた。

「TA−29Rのサーフィングシステムがアイドリング状態になりました」
 エスタナトレーヒの管制官、ジム・ポラックがそう報告した。
「こんなところで、超光速機関を!? どういうことなの、ローソン!」
 リオン提督はシートから半身を浮かしながら、ローソンに向かって叫んだ。
 だが、リオン提督に詰問されたくらいで動じるローソンではない。涼しい顔をして振り向いた。
「まあ、見ていてください。おそらく、史上初の戦術が見られますよ」
 そう言って、ローソンはメインホロビューを見上げた。

>YOHKO
「TA−29Rがサーフィング準備に入ります」
 アソビン教授の報告に、あたしは首を傾げた。
「何、それ?」
 もう戦闘開始時刻まで5秒を切っている。
 今更、サーフィングで追いつこうってのかしら?
「そんなこといいから、戦闘準備よ!」
 あたしはアソビン教授にそう答えて、スロットルを全開にした。

>SYSAD
「3秒、2秒、1秒……」
「いくぞ、正宗!」
「了解。短距離サーフ開始します!」
 たちまち、TA−29Rの後縁部に光が溢れる。
 超光速機関が発する強烈な光芒だ。
 そして、次の瞬間には、TA−29Rの姿は消えていた。

「戦闘開始です」
 サポートAIがそう告げた瞬間、サンフィッシュの前方の空間が歪んだ。
「前方5キロメートルのポイントにて、空間動揺を検出しました。何かがサーフアウトしてきます」
 サンフィッシュのサポートAIが木葉に注意を促すが、当の木葉はピンと来なかったようで、首を傾げる。
 だが、それも一瞬のことだった。
 目の前の、何もなかった空間から紺碧の戦艦が姿を現したのである。
 誠の乗るTA−29Rが、サーフィングによって、艦載センサーの有効半径ギリギリという長距離を一気に跳躍してきたのである。
 木葉は驚き、そして言葉を失った。
 遠くにいるとばかり思っていた戦艦が、突如として目前に出現したのだ。驚くなという方が無茶である。そして、その驚きは木葉だけのものではなかった。
「な、どういうことちゃ!?」
「一体、いつの間に!?」
 翼と集の驚きは、木葉のそれよりも数段深刻なものだった。
 それは、彼女たちが武道を修めているということに起因していた。間合いに入り込まれた時の不利さというものを身をもって知っているがゆえの感覚。それは、光や木葉には無いものだった。
 だからこそ、二人はその状況に対応しようとしたが、全て遅すぎた。

「ヴェイパーシールド展開!」
 誠は鋭く叫んだ。
「了解」
 サーフアウトしようとするTA−29Rの周囲を、淡い靄のようなものが覆う。
 TA−25に搭載されているヴェイパーシールドを改良した、『アドバンスド・ヴェイパーシールド』が展開されたのだ。
 これは、ヴェイパーシールドの欠点を補うために幾つかの改修が加えられた防御システムである。通常は、いわばアイドリング状態で微弱なフィールドを展開し、フィールドの表面に一定の閾値を越える負荷がかかったときにだけ、相応の出力で防御フィールドを発生させ、攻撃を防ぐというものだ。
 ヴェイパーシールドを展開している状態でも、常に攻撃に晒されているわけではない。攻撃を受けていないときは、フィールドジェネレーターは無駄にエネルギーを消費していることになる。ならば、攻撃を受けていないときのエネルギーを抑えれば、それだけ長くシールドを展開できるはずなのである。そもそもコットンアーマーで防ぐことのできる程度の攻撃にまで、ヴェイパーシールドを使う必要はないのだ――という割り切りから生まれた防御システムが、アドバンスド・ヴェイパーシールドであった。
「サンフィッシュ、接近」
「構うものか。擦れ違いざまにエヴァブラックを高速連射モードで叩き込む。サンフィッシュ側にあるレーザートラムも併用する!」
「了解。艦首エヴァブラック、およびレーザートラム発射可能状態です」
「よし!」
 サーフアウトを終えたTA−29Rは、コンマ数秒後にはサンフィッシュに突き刺さるような軌道を描いていた。
 だが、ぶつかる寸前でTA−29Rとサンフィッシュの間に青白い壁ができ、サンフィッシュを押し退けるように展開していく。
 ヴェイパーシールドの出力が上昇し、次元的に傾斜したフィールドが形成されたのだ。
「発射ッ!」
 誠は、トリガーを引き絞った。
 たちまち、猛烈な砲撃がサンフィッシュを襲う。
 バブルボードで守られた木葉には、何の衝撃も痛みもない。
 だが、文字通り、雨のように降り注ぐプラズマとレーザーは、サンフィッシュの装甲を瞬く間に剥ぎ取っていく。
 その間、まさに刹那の一瞬。
 だが、その短時間の砲撃で、サンフィッシュは両舷の艦載デッキをもぎ取られ、電子戦用の装置類をも完全に破壊されていた。
 アラート音が鳴り響くコックピットの中で、木葉は呆然としていた。
「相転移炉、出力30パーセント低下。艦内機能の維持を最優先にし、インパルス砲への電力供給を停止します」
 サポートAIの報告に黙って頷くと、悔しそうな表情を浮かべつつ、木葉は艦を退却させた。


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