STAR SHIP GIRL YAMAMOTO YOHKO / SIDE STORY

2-06:移ろいゆく時


>YOHKO
 戦闘を終えたあたしたちを待っていたのは、リオン提督のお説教だった。
「……だから、もうあんな無茶はしないこと。いいですね?」
「はい、申し訳ありませんでした」
 素直な綾乃はそう言って頭を下げるが、あたしはどうして叱られているのかわからずにいた。
 すると、ローソンがリオン提督をなだめながら、口を挟んできた。
「まぁ、リオン提督、その辺でいいじゃありませんか。洋子くんも訳がわかっていないようだし」
「じゃあ、洋子さんにもわかるように説明してあげてちょうだい、ローソン」
「了解です。……いいかい、洋子くん、それと誠くん。君たちが採用した短距離サーフィングを利用した奇襲戦法は、今回は上手くいった。だけど、これからは使ってはいけない」
「なぜなの?」
 あたしはそう訊ねた。
「サーフィングというのは、異次元空間を利用した超光速航法だ。艦の周囲に異次元空間――疑似ニュートン空間――を発生させ、そこを潜り抜ける要領で一気に時空を跳躍するのだけど、サーフアウト地点は正確に決定することができないんだ。まぁ、大体の見当は付けられるけれども、細かい座標は確率論的に決まってしまうんだ。サーフィングする距離にもよるけれど、およそ数百メートルから数キロメートル単位の誤差が生じることがわかっている」
「ってことは、あたしがアーチャーフィッシュに激突したかもしれないってこと?」
「そういうことだ。君たちはとても運が良かったんだよ。それに、サーフアウトによって生じる空間動揺の影響も軽視できない。それまで何もなかった空間に、突如として巨大な質量が出現すれば、当然の結果として重力場の乱れが発生する。それだけならまだよいのだけれど、疑似ニュートン空間に保持されていた空間の構造が解放されることで、周囲の時空にかなりの歪みを生じさせる。サーフアウト直後に複雑な戦術機動を行うなんて、常識から逸脱している行為なんだよ。僕は確かに短距離サーフィングをしても問題ないと誠くんに言ったが、あそこまで至近距離にサーフアウトするつもりとは知らなかったからね。そうだと知っていれば、考え直すことをすすめていたよ」
「ふぅん。常識はずれなんて、ローソンに言われるとは思わなかったわね」
「僕は真剣だ。洋子くん! 僕は、自分の設計した戦艦のことよりも、君の身の安全の方がずっと心配なんだ。いいかい、二度と戦闘中に無茶なサーフィングはしないと約束してくれ!」
 ローソンのやけに真剣な眼差しに、あたしは思わず目を伏せてしまった。
 心臓が早鐘のように鳴り、掌がじっとりと汗ばむ。
 シャツの胸元を右手で掴みながら、あたしは答えた。
「わかったわ。二度としない」
「うん、約束だぞ」

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 頬に朱を散らした洋子の態度には少しも気付かぬ様子で、ローソンはリオン提督の方を振り返った。
「もう、いいでしょう。リオン提督。洋子くんもわかってくれましたしね」
「ええ。では、解散しましょう。みんな、ご苦労様でした。……あ、誠くんは残ってちょうだいね」
 リオン提督の言葉を合図に、洋子と綾乃はエスタナトレーヒのブリーフィングルームを後にした。
 そして、リオン提督、ローソン、誠の3人が残った。
 最初にローソンが口を開いた。
「さて、約束の期限が来た。これまでありがとう、誠くん」
「あなたの能力には艦隊上層部も注目していたのだけれど、このエスタナトレーヒには4隻しか戦艦を収容することができないし、量産化――つまり、この時代の人間に扱える戦艦に仕上げるためには、TA−29Rの再設計が欠かせないの」
「これまでのデータは大切に使わせてもらうよ」
「ということは……」
 誠が言おうとしたことを、ローソンが察して大きく頷く。
「うん、TA−29Rをベースとして次期標準戦艦を開発することが、非公式にだけど、決まったよ」
「そうですか! お役に立てたのですね」
「役に立つなんてものじゃないわ。勲章ものね。艦隊からの正式な感謝状は出ないけれど、私たちからのささやかなお礼を受け取ってちょうだい」
 そう言って、リオン提督はきれいに包装された箱を取りだし、誠に手渡した。
「開けてみて、いいですか?」
 リオン提督は無言で頷いた。
 包みをほどき、箱を開けた誠の顔が輝く。箱に収められていたのは、TA−29Rの精密なスケールモデルだったのだ。
「これ、いただけるのですか!?」
「もちろん。お気に召したかしら?」
「ええ! 一生、大切にしますよ」
「よかったわね、ローソン」
「え、まさか、ローソンさんが造ったんですか? これ」
「うん、そうなんだ。実を言うと、スポンサーに売り込むためにこの手のモデルを製作することは多いんだよ」
「そうでしたか。ありがとうございました。僕としても貴重な経験になりました。それでは、失礼します」
 誠はそう言いながら立ち上がると、TA−29Rの模型が入った箱を小脇に抱えて、ブリーフィングルームのドアへと進んだ。
「では……」
 ドアの前で一旦立ち止まって礼をしてから、誠は部屋を出ていった。

 トラムの中で、誠はこれまでの経緯を思い返していた。
「ちょっと名残惜しいけど、これでいいんだよな。じいちゃん……」
 ロケットの中で穏やかな笑みを浮かべる老人の写真を見つめて、誠はそっと呟いた。
 パチン、と勢いよくロケットの蓋を閉めて、誠は静かに目を閉じた。

>YOHKO
 あたしはエスタナトレーヒの売店――と言っても、デパート並の規模なんだけど――の喫茶コーナーにいた。
 要するに、まどかと紅葉が帰ってくるのを待とうっていうわけ。
「さてと、さすがに暇ねぇ」
「いつ戻ってこられるのか、わかりませんからね」
 あたしと綾乃が、そんな微笑ましい会話を交わしていると、視界の隅が眩しく光った。
 ……まさか!?
 首を巡らしてみると、案の定、まどかのおでこが燦然と輝いていた。隣に紅葉もいる。
「まどか! 紅葉! 早かったじゃないの!」
 あたしがそう声をかけると、まどかと紅葉が小走りにこちらのテーブルにやって来た。
「何を、そんなに急いでんのよ?」
「聞いてや、洋子ちゃん。ウチら、めっちゃ凄いこと、体験してんで!」
「そうなのよ! もう、凄かったんだから!!」
 二人して、凄いを連呼されてもねぇ……。
「一体、どうされたんですか?」
 綾乃がご丁寧にもそう訊いたもんだから、あたしたちは延々と土産話を聞かされるハメになってしまった。
 このときの話は、また機会があれば紹介することがあるかもしれないわね。

 後日、あたしたちは誠が期限付きで戦艦のプレイヤーをしていたことを聞かされた。
「もう、クロノスサテライトの有効半径内にはいないだろう」
 ローソンはそう言った。
 ということは、引越でもしたかな?
「残念ですね」
 綾乃がしんみりとした口調で呟き、溜息をつく。
「折角の忍者さんでしたから、お手合わせしてみたかったのに……」
「やっぱ、綾乃ちゃんは違うなぁ」
 紅葉がやけに感心してみせたのも、わかる気がするな。何というか、次元が違うのよね。
「格闘家ってのは、やっぱり拳を交えてナンボなのかしらねぇ」
 まどかが比較的常識的な発言をするけど、『やっぱり』ってのが気にかかる(笑)。
 だって、とっても含みのある言い方だと思わない?
「先の戦闘の結果を受けて、TA−29Rの改良型をベースに次期標準戦艦――つまり、TERRAの次世代戦艦のモデルとなる艦を開発することが決まったよ」
 そう言うローソンの顔は、もう嬉しくてたまらないといった風情だ。
 まぁ、わからなくもないけどね。
「さぁ、そろそろ準備に入ってちょうだい。エスタナトレーヒ分艦隊の復帰第一戦で、マスメディアの注目も高まっているんだから、しっかりね」
 リオン提督の言葉に、あたしは椅子から立ち上がった。
「よし、そろそろ行きましょ。今日も星の海があたしたちを待ってるわ」
「どしたの、洋子? 珍しいこと言うわね」
 まどかが目を丸くして驚いたから、あたしは言ってやった。
「いいじゃないの。あたしだって、ちょっと詩的なセリフを言ってみたいときはあるのよ」
「洋子さんらしいですね」
 綾乃はそう言って微笑んでくれた。
「ほな、行こか」
 紅葉の掛け声で、あたしたちは互いの顔を見交わした。
 みんな、いい顔してる。
「誰にケンカ売ったか教えてあげるわ!」
 やっぱりあたしにはこのセリフが似合っているな。うん。

(END)


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