>YOHKO
戦闘を終えたあたしたちを待っていたのは、リオン提督のお説教だった。
「……だから、もうあんな無茶はしないこと。いいですね?」
「はい、申し訳ありませんでした」
素直な綾乃はそう言って頭を下げるが、あたしはどうして叱られているのかわからずにいた。
すると、ローソンがリオン提督をなだめながら、口を挟んできた。
「まぁ、リオン提督、その辺でいいじゃありませんか。洋子くんも訳がわかっていないようだし」
「じゃあ、洋子さんにもわかるように説明してあげてちょうだい、ローソン」
「了解です。……いいかい、洋子くん、それと誠くん。君たちが採用した短距離サーフィングを利用した奇襲戦法は、今回は上手くいった。だけど、これからは使ってはいけない」
「なぜなの?」
あたしはそう訊ねた。
「サーフィングというのは、異次元空間を利用した超光速航法だ。艦の周囲に異次元空間――疑似ニュートン空間――を発生させ、そこを潜り抜ける要領で一気に時空を跳躍するのだけど、サーフアウト地点は正確に決定することができないんだ。まぁ、大体の見当は付けられるけれども、細かい座標は確率論的に決まってしまうんだ。サーフィングする距離にもよるけれど、およそ数百メートルから数キロメートル単位の誤差が生じることがわかっている」
「ってことは、あたしがアーチャーフィッシュに激突したかもしれないってこと?」
「そういうことだ。君たちはとても運が良かったんだよ。それに、サーフアウトによって生じる空間動揺の影響も軽視できない。それまで何もなかった空間に、突如として巨大な質量が出現すれば、当然の結果として重力場の乱れが発生する。それだけならまだよいのだけれど、疑似ニュートン空間に保持されていた空間の構造が解放されることで、周囲の時空にかなりの歪みを生じさせる。サーフアウト直後に複雑な戦術機動を行うなんて、常識から逸脱している行為なんだよ。僕は確かに短距離サーフィングをしても問題ないと誠くんに言ったが、あそこまで至近距離にサーフアウトするつもりとは知らなかったからね。そうだと知っていれば、考え直すことをすすめていたよ」
「ふぅん。常識はずれなんて、ローソンに言われるとは思わなかったわね」
「僕は真剣だ。洋子くん! 僕は、自分の設計した戦艦のことよりも、君の身の安全の方がずっと心配なんだ。いいかい、二度と戦闘中に無茶なサーフィングはしないと約束してくれ!」
ローソンのやけに真剣な眼差しに、あたしは思わず目を伏せてしまった。
心臓が早鐘のように鳴り、掌がじっとりと汗ばむ。
シャツの胸元を右手で掴みながら、あたしは答えた。
「わかったわ。二度としない」
「うん、約束だぞ」
>SYSAD
頬に朱を散らした洋子の態度には少しも気付かぬ様子で、ローソンはリオン提督の方を振り返った。
「もう、いいでしょう。リオン提督。洋子くんもわかってくれましたしね」
「ええ。では、解散しましょう。みんな、ご苦労様でした。……あ、誠くんは残ってちょうだいね」
リオン提督の言葉を合図に、洋子と綾乃はエスタナトレーヒのブリーフィングルームを後にした。
そして、リオン提督、ローソン、誠の3人が残った。
最初にローソンが口を開いた。
「さて、約束の期限が来た。これまでありがとう、誠くん」
「あなたの能力には艦隊上層部も注目していたのだけれど、このエスタナトレーヒには4隻しか戦艦を収容することができないし、量産化――つまり、この時代の人間に扱える戦艦に仕上げるためには、TA−29Rの再設計が欠かせないの」
「これまでのデータは大切に使わせてもらうよ」
「ということは……」
誠が言おうとしたことを、ローソンが察して大きく頷く。
「うん、TA−29Rをベースとして次期標準戦艦を開発することが、非公式にだけど、決まったよ」
「そうですか! お役に立てたのですね」
「役に立つなんてものじゃないわ。勲章ものね。艦隊からの正式な感謝状は出ないけれど、私たちからのささやかなお礼を受け取ってちょうだい」
そう言って、リオン提督はきれいに包装された箱を取りだし、誠に手渡した。
「開けてみて、いいですか?」
リオン提督は無言で頷いた。
包みをほどき、箱を開けた誠の顔が輝く。箱に収められていたのは、TA−29Rの精密なスケールモデルだったのだ。
「これ、いただけるのですか!?」
「もちろん。お気に召したかしら?」
「ええ! 一生、大切にしますよ」
「よかったわね、ローソン」
「え、まさか、ローソンさんが造ったんですか? これ」
「うん、そうなんだ。実を言うと、スポンサーに売り込むためにこの手のモデルを製作することは多いんだよ」
「そうでしたか。ありがとうございました。僕としても貴重な経験になりました。それでは、失礼します」
誠はそう言いながら立ち上がると、TA−29Rの模型が入った箱を小脇に抱えて、ブリーフィングルームのドアへと進んだ。
「では……」
ドアの前で一旦立ち止まって礼をしてから、誠は部屋を出ていった。
※
トラムの中で、誠はこれまでの経緯を思い返していた。
「ちょっと名残惜しいけど、これでいいんだよな。じいちゃん……」
ロケットの中で穏やかな笑みを浮かべる老人の写真を見つめて、誠はそっと呟いた。
パチン、と勢いよくロケットの蓋を閉めて、誠は静かに目を閉じた。
>YOHKO
あたしはエスタナトレーヒの売店――と言っても、デパート並の規模なんだけど――の喫茶コーナーにいた。
要するに、まどかと紅葉が帰ってくるのを待とうっていうわけ。
「さてと、さすがに暇ねぇ」
「いつ戻ってこられるのか、わかりませんからね」
あたしと綾乃が、そんな微笑ましい会話を交わしていると、視界の隅が眩しく光った。
……まさか!?
首を巡らしてみると、案の定、まどかのおでこが燦然と輝いていた。隣に紅葉もいる。
「まどか! 紅葉! 早かったじゃないの!」
あたしがそう声をかけると、まどかと紅葉が小走りにこちらのテーブルにやって来た。
「何を、そんなに急いでんのよ?」
「聞いてや、洋子ちゃん。ウチら、めっちゃ凄いこと、体験してんで!」
「そうなのよ! もう、凄かったんだから!!」
二人して、凄いを連呼されてもねぇ……。
「一体、どうされたんですか?」
綾乃がご丁寧にもそう訊いたもんだから、あたしたちは延々と土産話を聞かされるハメになってしまった。
このときの話は、また機会があれば紹介することがあるかもしれないわね。
※
後日、あたしたちは誠が期限付きで戦艦のプレイヤーをしていたことを聞かされた。
「もう、クロノスサテライトの有効半径内にはいないだろう」
ローソンはそう言った。
ということは、引越でもしたかな?
「残念ですね」
綾乃がしんみりとした口調で呟き、溜息をつく。
「折角の忍者さんでしたから、お手合わせしてみたかったのに……」
「やっぱ、綾乃ちゃんは違うなぁ」
紅葉がやけに感心してみせたのも、わかる気がするな。何というか、次元が違うのよね。
「格闘家ってのは、やっぱり拳を交えてナンボなのかしらねぇ」
まどかが比較的常識的な発言をするけど、『やっぱり』ってのが気にかかる(笑)。
だって、とっても含みのある言い方だと思わない?
「先の戦闘の結果を受けて、TA−29Rの改良型をベースに次期標準戦艦――つまり、TERRAの次世代戦艦のモデルとなる艦を開発することが決まったよ」
そう言うローソンの顔は、もう嬉しくてたまらないといった風情だ。
まぁ、わからなくもないけどね。
「さぁ、そろそろ準備に入ってちょうだい。エスタナトレーヒ分艦隊の復帰第一戦で、マスメディアの注目も高まっているんだから、しっかりね」
リオン提督の言葉に、あたしは椅子から立ち上がった。
「よし、そろそろ行きましょ。今日も星の海があたしたちを待ってるわ」
「どしたの、洋子? 珍しいこと言うわね」
まどかが目を丸くして驚いたから、あたしは言ってやった。
「いいじゃないの。あたしだって、ちょっと詩的なセリフを言ってみたいときはあるのよ」
「洋子さんらしいですね」
綾乃はそう言って微笑んでくれた。
「ほな、行こか」
紅葉の掛け声で、あたしたちは互いの顔を見交わした。
みんな、いい顔してる。
「誰にケンカ売ったか教えてあげるわ!」
やっぱりあたしにはこのセリフが似合っているな。うん。
(END)