STAR SHIP GIRL YAMAMOTO YOHKO / SIDE STORY

2-03:そして、戦いへ…


>YOHKO
「ええ〜〜ッ!! 山籠もりぃ〜!?」
 まどかが甲高い声をあげた。
 ったく、そんな大声で叫ばなくてもわかるっていうの! 何て言うか、よく通る高音で叫んでるっていう自覚があるのかしらね。ないだろうな。あたしが耳を塞ぎながら横目で睨んでも、何食わぬおでこだし。う〜、まだ耳がキンキンする。
 ……おっと、説明がまだだったわね。
 あたしたちは昨日の綾乃の態度がおかしかったことを心配して、皆で綾乃の家まで様子を見に来たわけ。う〜ん、厚き友情。ところが、いざ着いてみると肝心の綾乃はいなくて、代わりに出迎えてくれた門下生筆頭の英美さんが言うには、昨日の夕方にやってきた同い年くらいの男の子と連れ立って山籠もりに出かけたらしい。
「恋の逃避行かしら?」
 そう言いながらまどかが首を傾げるけど、たぶん半分以上は冗談だろう。
「そんな感じではなかったんですけどね」
 英美さんも行き先を知らないらしく、困ったように頬を掻いている。
「しっかし、どこ行ったんや? 綾乃ちゃんは」
「山籠もりなんて、行ったことないから、見当もつきませんね」
 千里が当たり前なことを言う。
「あ、そう言えば、男の子がこんなものを置いていきましたけど」
 英美さんはそう言いながら、金属製の棒を取りだした。
「棒手裏剣やないか、これ! しかも、芝居で使うようなイミテーションとちゃう。本物の手裏剣や!」
 紅葉が素っ頓狂な声をあげて、その棒を掴みあげた。
「本物!?」
「手裏剣って言うと、まさか忍者が使ってたっていう……」
 まどかが驚き半分、困惑半分で英美さんの方を見る。
「まぁ、おそらく、その男の子が忍者なんでしょうねぇ」
 英美さんがほとほと困り切った口調でそう言った。
 確かに、他に言いようがないかもしれない。この現代で、格闘家と忍者が連れ立って山籠もりというのは、三文小説でも見かけないんじゃないかってなくらい、大雑把というかいい加減な展開だ。あたしたちが30世紀で宇宙戦争するのと同じくらい、……いや、それ以上に説得力やリアリティというものが欠落している。
 常識人のあたしは、思わず目眩を覚えてしまったぞ。千里なんか、頭を抱えてしゃがみ込んでいるほどだ。
 ところが、世の中にはそれくらいのことでは動じない人種もいる。それもすぐ近くに。
「忍者かぁ。イベントで、綾乃と大立ち回りしてくれたら、いい客引きになるわよねぇ……」
「忍者かぁ。今の内に仲良うなっとったら、将来、アクション映画撮るときに、安いギャラで出演してもらえるかもしれへんなぁ……」
 まどかと紅葉はやけに真剣な表情でそう呟いた。
 その言葉に、英美さんとあたしと千里の視線が交わる。
 心ならずも見つめ合うことになったあたしたち三人は、一緒に深い溜息をついた。
「やっぱぁ、苗字はハットリかしら?」
「いやぁ、葛籠やろ!」
 もう、ついていけない……。

>SYSAD
 深い緑に覆われた関東某所の山中にて、誠は座禅を組みながら瞑想していた。神経を集中し、感覚を研ぎ澄ます。
 綾乃も、誠から離れること10メートルほどの場所で目を閉じて正座していた。
 風が吹き抜け、木々がざわめく。鳥が鳴き、遠くの沢からせせらぎの音が聞こえる。音だけではない。臭いや皮膚感覚もいろいろなことを教えてくれる。目を閉じていても、誠には周囲の様子が手に取るようにわかっていた。
 自然の中でこそ、人間が本来持っていた野性的な感覚、能力が開放される。
 修験道などの厳しい修行はそういった思想――あるいは、経験的な知識というべきかもしれない――に基づいている。その流れを汲む忍者も、自然の中での厳しい修行を重ねることによって、己の感覚を磨き、生死をかけた任務を成功させてきたのである。
 やがて忍者は歴史の舞台から降り、誰も忍者を必要とはしなくなっていった。だが、それで忍者の血統が、伝統が失われたわけではなかった。中には、頑ななまでに忍者の技能、そして生き方を伝える者たちもいたのである。
 誠は、そのような代々続く忍者の家に生まれた。幼少期より、祖父から厳しい修行を受けた彼は、その才能も手伝って鋭敏な感覚と優れた運動能力を身につける。
 誠は自分が忍者の家系に生まれたことを誇りに思っていた。その一方で――忍者は常に影となるべき存在であるということは理解していたが――その技能を何かに役立ててみたいという欲求をも持っていた。
 そして、誠はふとした偶然からカーティス・ローソンと出会う。
 ――30世紀の未来で自らの力を試したい。
 そんな思いを胸に、誠はTA−29Rのプレイヤーとなることを承諾したのだった。

 パキッ。

 小枝を踏み折る音を聞き、誠は薄目を開けた。
 無論、それはとても人間の耳では聞き取れないくらいの微かな音である。普通であったら、周囲の環境音に紛れてしまって、まず聞き取ることは不可能だろう。
 だが、確かに誠はその音を聴いたのだ。あるいは、全身で感じ取った、と言うべきかもしれない。
 誠は静かに地面に伏せた。
「どうしたんですか?」
 怪訝そうに訊ねる綾乃を、手で制しつつ、誠は耳を澄ませた。
 ……一人か。結構、小柄だな。
 足音を聞いてどんな人物が近づいているか判断することは、忍者としては初歩的な技能である。雑音の少ない山奥では、その判断は容易となる。
 ……こちらに向かっている。
 誠の判断は正しかった。やがて、地面に耳を当てなくてもそれとわかるくらい、茂みをかき分けつつ何者かが近づいてくる音が微かに聞こえるようになった。
「聞こえるだろ?」
「どなたでしょう?」
 綾乃が誠のそばで囁くように訊いた。
「さぁ、ともかく小柄な人物だ。じきに、わかるだろう」
 綾乃の問いかけにそう答えると、誠はズボンの裾を捲って、一本の棒手裏剣を手にした。
「ここは、登山者が踏みいるような場所じゃない」
 そう独りごちると、誠は手裏剣を構える。その表情は、昨日、洋子たちに見せた人の良さそうな笑みとはうって変わって、厳しく鋭いものだった。
「それに、わずかだが殺気も感じる」
 その言葉と態度に綾乃もただならぬものを感じたのか、すっと腰を落とす。一見するとただ姿勢を低くしただけのようにも思えるが、白鳳院流には「構え」がないので、これで充分臨戦態勢なのである。

 ガササッ。

 誠と綾乃の目の前の茂みをかき分けて姿を現したのは、綾乃のよく知る人物だった。
 その人物を一目見た綾乃の表情がパッと輝く。
「翼さん!」
 何を隠そう、その人物は赤い柔道着を身にまとった、紅鵬院翼だったのである。
「ほ、鳳家の!?」
 いきなり名前を呼ばれた翼は、面食らって立ち止まる。
 どうやら、誠や綾乃には全く気付いていなかったようだ。
「翼さん、どうしてここに?」
「ふん、決まっとるちゃ。鳳家を倒すために山に籠もって修行しようとしとるところちゃ」
「まぁ、奇遇ですね。私たちもちょうど山籠もりしていたところなんですよ」
 嬉々としてそう語る綾乃に、少し毒気を抜かれた翼であったが、相手が仇敵である綾乃だということを思い出すと、さっと飛び退いて間合いを開け、構えをとった。
「ここで会ったが、百年目ちゃ! いまこそ、鵬家と鳳家の決着をつけてやるっちゃ!!」
 そういきり立つ翼に、綾乃はにこやかな笑みを返す。
「はい! では、参りましょう」
 その時、二人の、噛み合っているのか噛み合っていないのか、今ひとつよくわからないやり取りを横で見ていた誠が口を挟んできた。
「ツバサさんとか言ったよね。盛り上がってるところ、大変申し訳ないんだけど、急用ができたので、白鳳院さんと僕は下山しなきゃいけないんだ。多分、君も山を下りた方がいいと思うよ」
「おのれ、邪魔だてするちゃか!」
「誰もそんなこと言ってないよ」
 そう言って、誠はPDA様の機械を綾乃達の方に向けた。
「ローソンさん!」
「やあ! 綾乃くん、元気そうだね」
 そう、そこにはいつもと変わらぬ笑顔を貼り付けたローソンの姿があった。
「な! ディメカム!? まさか、お前も……戦艦の……」
 目を丸くしている綾乃と翼の顔をおかしそうに眺めてから、誠はおもむろに口を開いた。
「……ご明察。僕が、TERRAの新型戦艦のプレイヤーを務める、高橋誠と申します」
 その科白に、思わず綾乃と翼は顔を見合わせていた。

>YOHKO
 エスタナトレーヒのブリーフィングルームで、あたしと綾乃と昨日の少年はローソンから出撃前の説明を受けていた。
 あたしはテーブルの向かい側に座る少年(といっても、同い年なんだけど)の表情をちらりと見やった。まさか、昨日の少年が新戦艦のプレイヤーとはね……。ローソンに紹介されたときには、本当に驚いた。そう言えば、名前が「高橋誠」だっていうんで、まどかたちがやけに悔しがっていたなぁ。
 そんなことを取り留めなく考えていたあたしの視線に気付いたのか、誠は軽い会釈を返してきた。あたしは曖昧に頷き返しつつ、視線をホロビューへ戻した。
「……というわけで、今回の戦闘はTA−29Rのテスト戦ということになる」
 ローソンの科白をリオン提督が受ける。
「それに、対戦相手のフェイズ2艦隊のテスト戦も兼ねているわ。未だに充分なデータが揃っていないのよ、あの艦隊は。WASCOもTERRAも、NESSの『プロジェクトR』の実態を掴むために、あの艦隊のデータを欲しているわ。つまり、あれらの戦艦群が何を目指しているのか、という方向性ね。それを把握し切れていないのが現状なのよ」
「で、要するに、あたしたちは集たちと戦えばいいんでしょ?」
 あたしは、話の内容を要約してあげた。
「まぁね。なるべくフェイズ2艦隊やTA−29Rのデータを収集できるように頼むよ。何せ、TA−29RにはTERRAの上層部も注目しているんだ。次期標準戦艦の有力候補なんだからね」
 ローソンが、そう注文を付けてくる。
「OK。まどかと紅葉がいなくても、ベストは尽くすわ。でも、TA−29Rに関しては、結局は、誠だったっけ? 彼の力量次第なんじゃないの?」
 そう言って、あたしは誠の方を見た。
「僕もベストを尽くします。こと、ポテンシャルの高さにおいては、TA−2系列艦の設計が世界最高だということを示して見せるつもりです」
 誠は落ち着き払った態度で、そう答えた。
「うん、その調子で頼むよ」
 ローソンはいつもの軽いノリでそう応じたけど、あたしと綾乃は思わず見つめ合ってしまった。
 誠の言っていることはでかいけど、不思議と大風呂敷を広げているというか、ハッタリという感じがしなかった。やけに真剣な眼差しだけが、あたしの印象に残った。それはきっと綾乃も同じだっただろう。
 ――彼なら、何かやる。
 そんな漠然とした予感めいたものが、あたしの脳裏をよぎった。

>SYSAD
 今回のテスト戦は、TERRAが開発した試作艦・TA−29Rの情報開示を目的として、WASCOによって設定された戦闘である。いわば、新型艦が建造された際の恒例行事のようなものだ。
 対戦相手のフェイズ2艦隊を構成する戦艦は、どれも実験的要素を色濃く持っており、WASCOの規定から逸脱した設計となっている。普通なら、まず正式な戦闘にはエントリーできない艦だ。にもかかわらず、WASCOが特例的にこの艦隊を承認した背景には、某人物の関与があったとも言われているが、何よりも政治的に混迷するNESSの戦艦データを入手したいという思惑が強くはたらいたことが大きいとも言うことができよう。
 タイラント艦隊司令部『キャラウェイ』でのオーバーホールを完了したTA−25とTA−23を受領するため、まどかと紅葉はエスタナトレーヒの副官・クライフとともにエスタナトレーヒを離れている今、数の上ではエスタナトレーヒ分艦隊側にとって少しばかり不利な状況が与えられていた。
 だが、そんな要素を不利と感じるものは、エスタナトレーヒにはいなかった。

>YOHKO
「ああ、何だか燃えるシチュエーションだと思わない?」
 あたしは、ドックに向かうトラムの中でそう同意を求めてみた。
 だって、数の差をひっくり返して勝利する快感って、この上ないものがあるんだもん。
 武道やってる綾乃と、忍者の誠なら、この気持ちをわかってくれるかなって思ったんだけど、あまり芳しい反応は返ってこなかった。まあ、ストイックなのよね。要するに。
「でも、相手は翼さんたちの艦隊ですからね。油断できませんよ」
 綾乃の言うことはもっともだ。
 これまで、あたしたちはフェイズ2の戦艦に対して、一対一の対戦で勝利しているものの、それなりに苦戦させられたのも事実だしね。
「うん、確かにフィッシュシリーズは侮れないわね。集のR−4300/DDの威力と射程は桁外れだしなぁ」
 あたしがそう言って髪を掻き上げると、向かいの席に座っていた誠が不思議そうな顔をして、こちらを見返してきた。
「それほど、大した艦隊でもないと思いますが?」
「え?」
「個々の戦艦の能力は高いのですが、艦隊運用において見てみると、対ワコンダ艦隊戦の資料を参照した限りでは、特殊化しすぎていて柔軟性に欠けるというか、フォーメーションのバランスが崩れたら脆い艦隊ですよ」
「へぇ、よく調べてるじゃない」
「まぁ、『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』ですから」
 誠はそう言いつつ、照れたように頬を掻いた。
「兵法の基本ですね!」
 綾乃が嬉しそうに頷く。
 う〜ん、この二人って結構気が合うのかも。一緒に山籠もりした仲だし(汗)。
「まもなく、ドック区画に到着します」
 エスタナトレーヒの統合制御AI『ソロル』が、あたしたちにそう告げてきた。
「それじゃ、気を引き締めて行きましょ」
「はい」
「ええ」

>SYSAD
 エスタナトレーヒ近傍の空間に、パドック艦を離床した三隻の戦艦が一列に並んでいる。
 正面向かって右から、TA−29、TA−27、そしてTA−29Rだ。そして、今や遅しと発進の時を待っていた。
「戦闘開始まで、あと600秒を切った。各自、発進してくれ!」
 発着管制官のデリングハウスの指示を受けて、戦艦が発進していく。
 まず、綾乃。
「スーパーストラグルTA−27ハクホーイン・アヤノ・エリザベス、いざ参る!」
 次に、洋子。
「スーパーストライクTA−29ヤマモト・ヨーコ、ゲットレディ、GO!」
 そして最後に、誠。
「TA−29Rタカハシ・マコト、テイクオフ!」
 ソリトン化したニュートリノに乗った掛け声と共に、三隻の戦艦は戦場へと加速していった。


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