STAR SHIP GIRL YAMAMOTO YOHKO / SIDE STORY

2-02:黄昏のランデブー


>YOHKO
 あたしと千里が新型戦艦を見学した週の土曜日、あたしはいつものメンバーと一緒に、学校にいた。
 何が悲しくて、土曜日を学校で過ごさねばならないのか。とても哲学的な命題だけど、実際のところはそれほど大したことじゃあない。
 要するに、夏休みが終わったのにも関わらず、まどかと紅葉の課題が終わっていないから、学校の教室――しかも、休みだから冷房なし!――で宿題を手伝っている。
 それだけのことだ。
 もっとも、教えているのはもっぱら千里と綾乃の役割で、あたしは持ち込んだゲーム雑誌をめくりながら、日本の残暑に打ちのめされていた。
「洋子ちゃん、ウチらの中でいちばん頭ええんやから、少しは教えてくれてもええんとちゃうの?」
 紅葉がそんなことを言ってくるけど、意外な人物がそれを押しとどめる。
「やめときなさい、紅葉。洋子みたいに大して努力もせずに勉強できる人間は、えてして教えるのが下手なものなのよ」
 まどかにそんなことを言われると、心中穏やかならざるものがあるけど、あえて反論はしないことに決めて、あたしは机に突っ伏した。
「あ〜〜、机が冷たくて気持ちいいなぁ〜」
 うーん、こうして人間は怠惰になっていくのね。
「全く、そんなことやってるから、ネコみたいだって言われるんだにょ」
 ムカッ!
「うるさいわねぇ。まどかこそ、おでこが太陽光線を全反射して、もの凄く眩しい上に、暑くてたまらないわよ! いい加減、テクスチャーマッピングでも施したらどうなのッ!?」
「なあんですってぇ!!」
「洋子ちゃんとまどかちゃんの掛け合いこそ、暑苦しいで……」
 そんな紅葉のぼやきよりも強烈な一言が、あたしたちを襲った。
「はぁ、焙じ茶がおいしいですねぇ……」
 しまったあああッ! いつの間に!?
 綾乃の夏の定番アイテム『熱い焙じ茶入り水筒』の存在を見逃すとは、不覚だった……。
 当の綾乃本人は涼しい顔して、湯気の立ち上るお茶を飲んでいるけど、見ているあたしたちはたまらないぞ。
「綾乃! 健康にいいのはわかるけど、頼むから、そのお茶をしまってちょうだい!」
 あたしの必死の懇願に、綾乃はきょとんとした表情を向けていたけど、お茶を飲み終えた後で丁寧に水筒をカバンにしまい込んでくれた。
 ふぅ、これで一安心だわ。
「どうせなら、アイスでも食べに行きませんか?」
 あたしたちの会話に呆れ気味だった千里の提案に、あたしたちは一も二もなく賛成し、駅前に繰り出すことに決定した。
 え? 宿題? そんなことは重大な問題じゃないのよ。
「そうと決まれば、善は急げ、ね」
 太陽光線を乱反射させながらまどかが立ち上がり、机の上に広がっていた筆記用具の類をまとめはじめたのを合図にして、あたしたちは蒸し暑い教室を離れる準備をはじめた。

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 相対30世紀のパドック艦エスタナトレーヒのブリーフィングルームでは、リオン提督とローソンが新型戦艦についての打ち合わせをしていた。
「どうなの? 誠くんは」
 リオン提督が短く訊ねる。
「一言で言ってしまうと、逸材ですね。戦闘シミュレーションを何度か行いましたが、何れも極めて優秀な成績でした。実機でのテストフライトも順調にこなしていますし、洋子くんたちと比べても、遜色のない才能を持っていると思いますね」
 ローソンはそう言って、手元のコンソールを叩いた。
 たちまち、幾つものホロビューが浮かぶ。
「まず、彼の身体能力は非常に優れています。反射神経、持久力、感覚の鋭敏さ、どれをとっても水準以上です。これまでは、相対20世紀の女の子に何らかの特殊性があって、戦艦のプレイヤーに適しているのかと思っていましたが、どうも性差はないようですね。好奇心旺盛で、身体能力に優れていること。これが、キーワードなのでしょう」
 ローソンは椅子に体を沈めつつ、少し考え込むような素振りを見せた。
 リオン提督はテーブルの上のアイスコーヒーに口をつけると、投影されたままの誠のホロビューを見ながら、誰に言うともなく呟いた。
「しかし、誠くんがそれだけの身体能力を持つに至った背景は何なのかしらね?」
「おそらく、彼が『忍者』の家系に生まれ育ったことが関係しているんじゃないですか」
「ニンジャ?」
「ええ、千数百年前の日本にいたという、諜報、特殊工作、暗殺を生業としていた、いわば一種の職能集団ですね。エンジニアや軍人のような、明確な定義はなかったみたいですが、後世の人間に『忍者』という呼び名を与えられ、広く知られるようになった反面、誤解も多く生んだとか」
「よく知っているわね、ローソン」
 目を丸くするリオン提督に、ローソンは悪戯っぽく微笑んでみせた。
「なあに、彼の受け売りですよ。誠くんのね。……彼なら、きっとTA−29Rを使いこなしてくれるんじゃないでしょうか? 僕としては、その期待感だけで十分ですよ」
「そうね。NESSとの間で行われるテスト戦が楽しみだわ」
 そう言って、リオン提督も笑みを浮かべた。

>YOHKO
「やっぱり、夏は冷たいアイスに限るわね〜〜」
 まどかが、ついさっき食べたアイスクリームの味を反芻しながら、うっとりとした口調で呟く。
「そうやなぁ〜〜」
 まどかの発言に、紅葉も同調する。
 そんな二人の様子に呆れたような顔をして、千里があたしに耳打ちする。
「ねぇ、御堂さんと松明屋さん、何かあったの? 頭ぶつけたとか」
「まさか。二人とも宿題できてないから、現実逃避気味なだけじゃないの?」
「ああ……」
 あたしの答えで納得したのか、それとも不満だったのか、千里は曖昧に頷いて話を打ち切った。
 そのとき、不意に背後から声がして、あたしたちは呼び止められた。
「ハンカチ、落としましたよ!」
 振り返ってみると、ちょっと大人しい雰囲気の、そこそこハンサムな男の子が立っていた。歳は、多分あたしたちと同じくらいだろう。身長は、紅葉より少し低いくらいだから、およそ165センチってところか。
「これ、あなたのでしょ?」
 彼はハンカチを綾乃の方に差し出した。ギンガムチェックのハンカチは、確かに綾乃の持ち物だ。
 綾乃は曖昧に頷きながら、何やら呆然とした面持ちで、そのハンカチを受け取った。
「では、また」
 そう言い残すと、彼は踵を返した。
 何気なくハンカチに視線を落とすと、何やら紙が挟まっている。あたしは、それを抜き取って読んでみた。
 そこには、次のようなことが書いてあった。

 ――山本洋子さんへ  30世紀で、お会いできることを楽しみにしています。

 あたしは慌てて周囲に目を走らせたけれど、さっきの彼の姿はどこにも見つけることができなかった。

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「ちょっと、どういうことよ!? この『山本洋子さんへ』って!」
 洋子が手にしていたメモを覗き込んだまどかが、周りがびっくりするくらい大きな声を張り上げる。
「知らないわよ! こっちが聞きたいわ」
 洋子も負けじと言い返す。
「そんなことより、この『30世紀』の方が問題ですよ!」
「ほんまや。……もしかしたら、新しいプレイヤーかもしれへんなぁ」
 千里と紅葉がそう言うと、まどかも考える顔になる。
「じゃあ、一体何者よ。あいつは? TERRA? NESS?」
「それがわかったら、苦労せえへんやろな」
「そうですね」
「言えるのは、未来で関わり合いになる相手が増えるってことかしらね」
「そやな」
 何だかんだと盛り上がるまどかたちとは対照的に、綾乃はハンカチを握りしめたままの状態で、ぼんやりと立ち尽くしていた。
「どうしたんですか? 白鳳院さん」
 いち早くそのことに気付いた千里が心配そうに綾乃に声をかけるが、反応は鈍い。
「ちょっと、大丈夫? 綾乃」
 同じく綾乃の様子がおかしいことを察した洋子が、肩を揺さぶった。
「洋子さん……」
「何?」
「私、さっきの方の気配を全く感じることができなかったんです……」
 そう呟く綾乃の声には、全く力がこもっていなかった。
 以前、体育祭の時にロートの気配が分からなかったといって、ちょっとした恐慌状態に陥ったことがあったが、ある意味、今回のショックの方が大きいようだ。
「週末で人も多いし、無理もないんとちゃうの?」
 そう言う紅葉の言葉も、綾乃の耳には届いていないようだった。
「実戦を前提とした白鳳院流なのに……、何という体たらく……」
 ぶつぶつと綾乃が呟く様は、全くもって彼女らしくなかった。
 思わず顔を見合わせた洋子たち四人は、計ったようなタイミングで大きな溜息をついた。

>YOHKO
 それからの綾乃は、なんだか様子がおかしかった。
 どうやら完全に意気消沈したみたいで、まるで火の消えたロウソクみたいだった。見ているこっちまで、何だか滅入ってしまう。
 そんなわけで、尻切れトンボ気味にあたしたちは解散した。
 明日には元気になっていればいいのだけれど、帰り際にいっていた山籠もりがどうのこうのというのが、気にかかる。
 まさか、本気で山に籠もるんだろうか?
 今の綾乃なら、それくらいやりかねないなぁ……。
 ちょっと心配しながら、あたしは家路についた。

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 自宅の道場に帰り着いた綾乃は、早速荷物をまとめ始めた。
 本気で、山籠もりをしようというのである。
「お嬢様、本当に山籠もりをなさるのですか?」
 門下生筆頭の柳英美が困り顔でそう言う。
「無論です。素人相手にその気配を感じ取れなかったとあっては、白鳳院流の名折れ! お爺さまにも顔向けできません!」
 いつになく強い口調で言い切る綾乃に、英美はますます困惑の色を深める。
「しかし、お嬢様……」
「止めても無駄ですよ! 英美さん」
「いえ、その、別に止めませんけど、どちらの山へ山籠もりに行かれるおつもりなのですか?」
 英美に訊ねられた綾乃は小さく声をあげた。
「あの、まさかこれといったアテもなく……」
 英美はいささか呆れ気味にそう言ったが、そのまさかだった。ここまで来ると、綾乃の天然ボケも堂に入ったものである。
 思わず立ち尽くした綾乃だったが、庭の方から聞こえた草葉をかき分ける音には鋭く反応した。
「何者ですかッ!!」
 そう叫んだ綾乃だったが、茂みの中から現れた人物を見て、思わず言葉を失った。
「いやぁ、お騒がせして申し訳ありません。山籠もりだったら、お薦めの場所を幾つか知っていますけど、ご一緒にいかがですか? 白鳳院さん」
 そう言ってお辞儀してみせたのは、つい先刻、綾乃のハンカチを拾った少年だった。
「あなたは……」
 目を丸くする綾乃に、少年は少しはにかみながら自己紹介をした。
「申し遅れましたね。僕は、高橋誠と申します。先程はどうも失礼いたしました。白鳳院とは伺っていましたが、まさか古流合気柔術宗家白鳳院流のお嬢様とはつゆ知らず……。ご無礼をお許しください」
 そう言いながら頭を下げる誠に、綾乃は困惑した。
「そんな、お気になさらないでください……」
「綾乃お嬢様、この方は?」
 英美が綾乃の耳元で、そっと訊ねる。
「先程、街でお会いした方です。私が気配を読めなかったのは、この方なんですよ」
「ええっ!?」
 驚く英美を愉快そうに見ながら、誠は懐から一本の細い棒を取りだした。
 掌にすっぽりと収まるサイズの金属製の棒を見て、綾乃も英美もピンと来た。手裏剣、である。その中でも、武道家の間で最もポピュラーな棒手裏剣であった。
「まさか……」
 そう言いかけた英美を、誠は手で制した。それは、いわば無言の肯定だった。
 そして、誠は綾乃を真っ直ぐ見据えた。
「どうします? 山籠もり、なさいますか?」
「お嬢様?」
「……そうですね。よい場所をご存知なんでしょう?」
 綾乃の返答に満足げに頷くと、誠は散歩にでも出かけるかのような気軽さで、手にしたバッグを持ち直した。
「じゃ、行きましょうか」
「はい!」
 妙に嬉しそうな様子で、綾乃もまとめた荷物を肩に掛けた。
「それでは、行って参りますね。英美さん」
「はぁ、お気をつけて……」
 英美は呆気にとられながら、二人を見送った。


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