>SYSAD
私立東綾瀬高校は、全校生徒数の割に、やたらとクラブの数が多い。
……というのは、よく知られた話である。
その数あるクラブのひとつ、パソコン同好会の部室となっている視聴覚教室では、無意味にノリのいいコンピュータミュージックが流れていた。
そんなアップテンポのリズムで満たされた教室で、部員の皿成等は声を潜めて話しかけた。
「先輩、ゲーム○ューブの画像、見ました?」
先輩、と呼ばれた部長の野々村克也は、読んでいたゲーム雑誌から目を上げた。
「ああ、あの……」
そこまで口にしかけて、克也は辺りに妙な静けさが漂っていることに気が付いた。
反射的に、言うはずだった言葉を呑み込み、少し体をずらす。すると、克也の耳元で空気を切り裂くような鋭い音がした。
その一瞬後で、鈍い音が視聴覚教室に響き渡る。
「@#□$%○&*▽¥☆〜〜!!!!」
声にならない叫びをあげて、皿成が床に倒れ込む。
「大丈夫か?」
そう声をかけつつ、皿成の様子を窺った克也は、一枚の透明なプラスティックケースを拾い上げた。それは、プレイステーションのメモリーカードケースだった。しかも、CDケースサイズだ。
「洋子! 何も物を投げることはないだろう」
克也は、少し離れたところで『レイクライシス』にいそしんでいる洋子に、非難と抗議の入り混じった口調で、そう諫めたが……。
「ふん! あたしのいる前で、『京都』の話題を持ち出した罰よ。自業自得だわ」
モニターから目を離すこともなく、洋子はそう言い放った。
そんな洋子の態度に、傍らで洋子のプレイする様子を眺めていた――洋子の数少ない友人の一人――八十住千里が溜息混じりに呟く。
「しっかり、自分はポーズをかけて、わざわざ何も入ってないケースを探して投げるんだもんなぁ……」
「あら、いけないの?」
そうきっぱり言われると、かえって言い返し難い。
「もう、いいわよ」
千里はまたひとつ大きな溜息をついて、椅子の背もたれに体重を預けた。
洋子が、京都に本拠を構える某ゲーム機メーカーを毛嫌いしていることは、関係者の間では周知の事実であった。であるがゆえに、洋子の目の前では、皆『京都』絡みの話題を口にしないことが暗黙の了解となっていた。
ところが、皿成は、洋子がゲームに熱中していると思って、それをうっかり口にしてしまったのである。そして、洋子が聞き逃さなかった。そういうことである。
「やれやれ。大丈夫か? 皿成」
「……まぁ、何とか。山本さん、何もモノを投げなくてもいいじゃないですか」
皿成はぶつくさと文句を言いながら、赤く腫れた額をさすった。
その腫れ上がり方といったら、よく出血しなかったものだと感心――いや、感心していてもいけないのだが――させられてしまうほどだ。
「あたしが『京都』嫌いなの知っているでしょ?」
「だから、声を潜めて、配慮したんじゃないですか!」
「その、こそこそした態度も気に食わないわね」
「じゃあ、堂々と言った方がいいって言うんですか?」
「……命、惜しくない?」
「…………せ、先輩からも何か言ってくださいよぉ!!」
「触らぬ神にたたりなし、という格言を覚えておけよ。皿成」
「そ、そんなぁ」
哀れな皿成は、放課後の視聴覚教室で涙に暮れたのであった。
>YOHKO
皿成のバカに天誅を下し、『レイクライシス』のエンディングも見たあたしは、満ち足りた気分で学校を後にした。
「しっかし、洋子と二人で下校するなんて、久しぶりよね〜」
横にいる千里が感慨深げに呟くけど、確かにその通りだ。
いつも、綾乃やまどかや紅葉と一緒にいることが多いから、千里とだけ、ということは少なくなった。
「せっかくだし、どこか寄っていこうか?」
そう言って、あたしは気を利かせてみた。
千里の顔がパッと輝く。
「いいね! どうしようか。マックやケンタッキーはもう何度も行ってるし……」
千里が宙を見上げて、めぼしいお店をピックアップしていると、あたしのポケットで電子音が鳴った。
ディメカムだ。
音声通信モードで出ると、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「洋子くん、元気かい?」
案の定、相手はローソンだ。
「何? あたし、今忙しいんだけど」
「いやぁ、別に戦闘というわけじゃないんだよ。ちょっと面白いものがあるんだけど、見に来ないかい?」
「ちょっと待って」
そう言い置いてから、あたしは隣にいる千里に声をかけた。
「ねぇ、千里。帰りに寄るところ、30世紀でもいい?」
「……別にいいけど」
いささか呆れ気味の千里の返事を聞いたあたしは、再びディメカムを耳にあてがう。
「千里も一緒だけど、構わないでしょ?」
「ああ、勿論だよ」
「それじゃ、しばらくしたら行くわ」
そう言って、あたしはディメカムを切った。
>SYSAD
足早に校舎の裏へと向かう洋子と千里に、じっと視線を送る人物がいた。
物陰に隠れ、完全に気配を消している。
洋子と千里が光に包まれ、そして姿を消した。
その様子を見届けた彼は、懐からPDA様の機械を取りだしてスイッチを入れた。
「シルフィーさんですか。ローソンさんを……。あ、高橋です。山本洋子を確認しました。小柄で、碧色の瞳の女の子ですよね。……はい、わかりました。転送、お願いします」
ややあって、彼も光に包まれ、そして消えた。
>YOHKO
エスタナトレーヒに到着したあたしたちは、ローソンの案内でトラムに乗り込んだ。
「で、何なの? 見せたいものって」
あたしがそう訊くと、ローソンは待ってましたという顔になった。
「ふふ、実は新型戦艦をお目にかけようと思ってね」
「まさか、変形とかしないでしょうね」
「いや、さすがにそこまではしないけどね。それでも、幾つかの新機軸を盛り込んであるんだ」
そう言うと、ローソンは妙に嬉しそうにトラムのコンソールを叩いた。
ホロビューに浮かんでいた経路表示が切り替わり、トラムの進路が変更されたことを知らせるデータが表示された。
「ドック?」
「そうだ。TA−23とTA−25は、前回の戦闘で手痛いダメージを負ったから、『キャラウェイ』でオーバーホールを受けている。修理完了までは時間がある。その間、ドックを空にしておくのも勿体ないからね。空いたドックに新型艦を収容してあるんだ」
「それで?」
「テストをする」
「テストって、どんなことをするんですか?」
あたしたちのやり取りを聞いてるだけでは飽きたのか、千里が横から口を挟む。
「うん。まずは、艦のスペックを限界まで引き出すために、何度かテストフライトを行う。そうやって、通常推進――もちろん、慣性駆動も含めて――使用時における最高速度、加速力を計測するんだ。一連のデータが収集できたら、WASCOが主催するテスト戦にエントリーして、実戦能力を試すことになる」
「へぇ、結構手間がかかるんですね」
「まぁね。だけど、戦艦は戦いの道具であり、その戦いの結果はTERRAの権益に直接関わってくるわけだから、手間を惜しんではいられないよ」
「ふぅん。大変ですねぇ」
と、千里は素直に感心しているけど、ローソンの場合は絶対に趣味も入っているはずだとあたしは思うぞ。
「見てくれ!」
ローソンがトラムの外を指さした。
窓に近寄って外を覗くと、そこには一隻の戦艦の姿があった。深い青色でカラーリングされていて、フォルムはあたしたちのTA−2系列艦と酷似している。ドックを完全に占有してしまっているところを見ると、サイズも同じくらいなんだろう。
「わぁ、きれいな青ですね」
千里が歓声を上げた。
「まぁ、そこは洋子くんたちと同じで、プレイヤーの意向が反映されているからね。プレイヤーの趣味がいいんだろうな」
ま、確かに、どこかのおでこと違って、いい趣味してるわ。
「さしずめ、プロストってとこかしらねぇ」
あたしはそう論評してあげたけど、千里もローソンもあまりよくわかっていないみたいだった。二人とも20世紀末のF1事情には詳しくないから、無理もないけど。
「この艦はTA−29Rといって、TA−2系列艦のデータを元に開発されたTERRAの次期標準戦艦の実用評価試験機なんだ。TA−2系列艦の戦績は抜きん出ているからね。次期戦艦はTA−2系列艦をベースにしたものにしようというのが、シルフィウムの一致した見解なんだ。ただ、実際に量産されるとなれば、改良しなきゃいけない点が多くてね。例えば、思考制御システムなんかがいい例なんだけど、プレイヤーへの負担が半端じゃない。だけど、このTA−29Rは基本的にはTA−2系列艦と同じものだ。違うのは、より汎用性を追求したというか……」
「それはそうと、プレイヤーは誰なのよ? TA−2系列艦ってことは、この時代の人間じゃないってことなんでしょ?」
あたしはそう訊ねて、ローソンの話を遮った。このままでは、千里の脳味噌がパンクしてしまう。
「まぁ、それは今度のお楽しみに取っておいてくれよ」
ニヤリと笑って、ローソンは誤魔化した。
多分、あたしの質問が核心に迫っていたんだろう。そう好意的に解釈することにして、深く追求することは止めてあげた。
>SYSAD
洋子と千里がローソンに案内されてTA−29Rを見学している頃、同じドックのキャットウォークを歩く二人の人影があった。
一人は、エスタナトレーヒ分艦隊のゼナ・リオン提督。もう一人は、落ち着いた印象の少年だった。
「誠くん、これがあなたの乗るTA−29Rよ」
リオン提督は、眼下に広がる全長1580メートルの金属塊を示して、そう言った。
「凄いですね。やはり見ると聞くとでは大きな違いだ……。まさか、これほど巨大とは思っていませんでしたよ」
微笑みつつそう答えた少年は、キャットウォークの手摺りから身を乗り出すようにして、TA−29Rを眺めた。その眼差しは、好奇心で満ちている。
そこから見えるTA−29Rは、まさにちょっとした山くらいの大きさはある。一目で見渡すにはあまりにも大きすぎるサイズだ。しかし、これが相対30世紀では戦艦の標準的な大きさだというから、もう驚くしかない。
深みのあるブルーで塗装された艦体は、そのフォルムとも相まって、20世紀末のフォーミュラマシンを彷彿とさせるデザインになっていた。
艦体側面には『ESTSANATLEHI』の白い文字。そのおかげで、F1マシンっぽさが倍加しているが、これは「――折角だから、所属している艦隊の名前を入れたい」という、誠の申し出により書き込まれたものである。この一件で、誠に対するエスタナトレーヒのスタッフの心証がよくなったことは、紛れもない事実である。もっとも、初めからそんなに悪くもなかったが。
「全長1580メートル。艦首に省電力型エヴァブラック2門を装備。その他にも既存の装備を改良したものを幾つも搭載しているわ。現時点で、洋子さんのTA−29に拮抗しうる火力を持つTERRA艦は、これくらいなものね」
TA−29Rのホロビューを投影しながら、リオン提督はそう解説した。
「なるほど、TA−29に匹敵する艦を作ろうと思ったら、TA−29に行き着くわけですね。それだけ、ローソンさんの基本デザインが素晴らしいということなんでしょうね」
視線を戦艦から外すことなく、誠は応えた。
「あなたには、連合艦隊上層部も期待しているわ。あの洋子さんたちと同じ、相対20世紀から来たプレイヤーとしてね」
リオン提督はそう声をかけた。
「わかりました。この高橋誠、若輩者ではありますが、精一杯頑張ります!」
誠は、今度はリオン提督を見据えて、きっぱりと言い切った。
「頑張ってちょうだいね」
「はい」
快活に頷く誠を見て、リオン提督は、
――洋子さんたちも、これくらい素直だといいのだけど。
と思ったが、それが無い物ねだりであることもまたよく理解していた。